熱戦
すでに終業式を終えて長い長い夏休みに突入した直後である今は七月の終わり。だらしない格好で寝転びながらEテレや高校野球の予選を見たりしてダラダラ過ごすのも計画性を持って宿題を少しずつ終わらせるのも、どちらも平等に今しか出来な時間の使い方なのでそこに是非はない。
ただ暑すぎる夏が状態化している上にまたコロナも出てきたから、少し気が立っていた。きっかけは本当にそれだけだった。それがまさかこのような危機的状況を招くとは、一体誰が想像していたであろうか。
「だからねえ! 僕が言いたいのはそういう事じゃないんだよ!!」
「じゃあどういう事!? 根本的にねえ、とみお君は自堕落なのよ!!」
「ああっ言ったな! 仮にそう思ってても口にすべきではないという最低限の理性さえもかなぐり捨てて!」
「ええ言ったわ!! そもそも戦う時だって、私がギリギリで相手の攻撃を躱したり隙がない中から攻撃を仕掛けたりしてるのにとみお君ときたらタイミングよくボタン一つ押すだけで同じぐらい頑張りましたみたいな顔して!!」
「そこが難しいんじゃないか!!」
「どこが!?」
「それすら分からないの!? まったく呆れた。そんな人間とさあ、今まで僕はよく一緒に戦えてきたものだよ」
「勝手に呆れないでよ。まあどうせろくな説明も出来ないからなんでしょうけど」
「そういう発想しか出来ない性根が気に入らないんだよ!」
南郷宇宙研究所の片隅にある冷房のよく効いた部屋の中で、加熱する感情がバチバチと火花を散らしながらぶつかり合っていた。
「何だ何だ随分と騒がしいじゃないか」
「ああ所長、お帰りですか。見ての通り喧嘩ですよ。ちょうど夏の特訓がとみお君の家族旅行と日程が被ったみたいで、それで行きたくないとぼやいたらゆうちゃんが『地球人類全ての命と家族数人、どっちが大事なの?』みたいに怒って、それでとみお君も怒って」
「ふうむ……」
「止めるべきでしたでしょうか?」
いささか不安そうに見つめていたネイに対して、南郷所長は破顔一笑して首を横に振った。
「構わんよ。夏休みの子供はこれぐらい元気でなくちゃな」
「しかし我らがメガロボットは二人の心のシンクロこそが力の源。万が一にも戦場にまで引きずるようであれば……」
「確かにそうなれば由々しき事態だな。しかし我々大人が頭ごなしに叱りつけるようなやり方では結局意味がなかろう。表面上は和解となっても心の底のわだかまりは一切解決していないのだから。それより心ごとぶつかり合い、そして心ごと認め合うほうが本当の意味での友情となる。そしてそれが出来ない二人ではないよ。それはネイ君も分かるだろう」
「それは……、はい」
ネイ基本的にはその言葉に納得しつつも、心の中の不安が完全に解消されたわけではなかった。万が一負けたらこの星までも失う事になる。それだけは避けたかったからだ。険しい表情のまま話題を変えた。
「ところで所長、会議の首尾はどうでしかた?」
「うむ、その事だがな、喜んでくれ! このご時世にも関わらず、幸いにも予算を貰える運びとなった!」
この返事を聞いてようやくネイの表情は緩んだ。それは彼女が地球に降り立って初めて見せる、本来の技術者としての血が騒いだがゆえの野心的な笑みであった。
「それでは早速取り組むとしましょう。メガロボット改良計画を!」
これまで数多くの侵略者を宇宙へと逆落としにしてきた地球の守護神たるメガロボット。しかしグラゲ帝国軍団との戦いが開始されて九年もの年月が流れた今となっては、決して最新最強のマシンとは言い難くなっていた。
当初はグラゲ星の中でも指折りの技術者であったネイが精魂込めて作り上げただけあって極めて高いスペックで相手を圧倒していた。それまで戦闘訓練を受けていたわけでもない普通の子供である渡海雄や悠宇が操縦しても軍人相手に勝利するほどの格差と言えばその実力格差が分かるというものだろう。
しかし相手とてプログラム通りの行動を繰り返すだけのゲームではない。マシンは強化されているし、なかなか勝てないとなると軍人の質も高まってくる。その中でも地球が勝利を重ねられてきたのはひとえに渡海雄と悠宇が戦士として極めて高度な成長を果たしたからに他ならない。
そうなってほしくはないと願っていたが、実際問題として戦いの連続の中で生き延びるためには強くなるしかなかった。しかし時が巡りどれだけ強くなったところで渡海雄も悠宇も子供なのはずっと変わらないのだ。
だから宿題はしなきゃいけないし人間として成長するためのイベントもまだまだ数多くこなしていかなければならない。そして何よりまだ子供だから、大人のように割り切った関係で生きられるほどの器用さはないのだ。
それで今も喧嘩している。もはや元々何が原因でそうなったのかを彼方へ置き去りにして。
「大体とみお君は趣味が悪いのよ! 好きな歌手もやたらと薬中が多いしそもそもアニメとか漫画の趣味も含めて古臭いのばっかりだし!」
「ああっ!? 古臭さならゆうちゃんだって同じだし、加えて現在進行系でもカープやサンフレッチェの成績次第で露骨に態度が変わるのどうかと思うな! 人生の半分がイライラになるとかさあ、切り離そうよ!」
言葉のボルテージは加熱上昇する一方で、そろそろ手が出かねないという危険な空気を切り裂いたのは、それ以上の危険を告げるサイレンのけたたましい叫び声であった。
「うわっ出たよグラゲ軍」
「仕方ない。喧嘩は後回しだ。奴らを叩いたら決着をつけようね」
「ええ、そうしましょう。場所は?」
悠宇の指示を聞いてすぐ、あるいは聞く前から全自動的に、渡海雄は胸からペンダントを取り出して地図モードに切り替えた。
普段は変身に使うが主目的のこのパーツだが、様々な機能が付与されており敵がどの地点に出現したかのマップ機能もまた重要な要素となっている。そしてそういうのを見るのは大体が渡海雄の仕事となっている。
「見たところ山裾あたりだね」
「よし! 変身!」
「今日もしっかり戦うぞ!」
そして二人は全く同じタイミングで戦闘モードに移行した。今日から始まった喧嘩であれば一日あれば簡単に解消出来るものだ。「ほらな」と言わんばかりの優しい目つきでそれを見つめる南郷所長と、それでもやはりなおざらついた肌触りの胸騒ぎが消えずにいたネイ。そしてその不安は的中する事となる。
「ふはははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のライオン男だ。さあ出てこい逆臣ネイ! この俺が血祭りにあげてやろう!!」
夏草が伸び放題となった草原に出現した穣なる鬣の中心で、まさに獅子の咆哮を上げるこの男の声を聞き、ネイは稲妻に打たれたかのような驚愕の表情を浮かべた。
「こ、この声は……!」
「知っているのかネイ君!?」
「ええ所長間違いありません。この声の主はグラゲ軍最強勇士と名高いグレンガンザーに他なりません!」
グレンガンザー。その響きを聞いただけでグラゲ帝国の若者は嘆息を漏らす。それほどに有力、優秀な軍人である。地球年齢に換算すると四十歳前後で、これまで千の星を屈服させてきた逸話は帝国内の幼稚園児でも知っている。
そもそもグラゲ帝国においてもやたらと抵抗の激しい星があるという事でこの地球は有名になっていた。それに付随して逆臣と称されるネイや、その手下にして最高傑作の戦闘マシーンという事になっているエメラルド・アイズの二人はグラゲ最大級の仇敵として、これまた低学年にも知られていた。
その強敵を潰すために、いよいよグラゲ軍は本気を出してきた。最高の人材をライオンという最強のモチーフで派遣してきたのだから。
「そうであればさしもの渡海雄君と悠宇ちゃんであれ、危険だ……!」
「しかし我々はこれから始まる戦いに手助けする力を持たない。……まったく情けない大人の姿だ。少年少女の手を汚させて、祈りだけを決め込むとは」
大人たちの嘆きも知らず、少年と少女は目の前に迫る危機を前にさっきまでの争いも忘れて、スーツの中を正義一色に染めて強敵に立ちはだかった。
「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ」
本当は小動物のように温厚な渡海雄がその小さなハートの中、しかし確実に存在している勇気を全て絞り出して胸を張りこう叫ぶ。これ以上の狼藉を止めるためにも。
「せっかくこんな地球まで来ていただいて申し訳ないのだけど、戦う前にやるべき事があるんじゃないかしら」
普段はがさつな面のある悠宇が本人なりに最大限の理性と誠意を込めて敵将に語りかける。多くは無駄になると知っていても人を信じる心をなくしたくないがゆえに。
「出たな小童ども! 勝負だ!」
高温多湿でどろりとぬるんだ空気を一発で引き裂くようなライオン男の咆哮の迫力に二人は気圧されそうになったが、それでも退くわけにはいかない。小枝のような両足が震えそうになるのを必死でこらえながら大地に突き刺し、避けられない戦いに向かうための構えを見せた。
「さあ行け雑兵ども! 奴らを切り裂いて手柄とせよ!」
相も変わらず二人の心を踏みにじるような冷酷な指示をこのライオン男も例外なく発した。無論向こうには向こうの倫理観があって、それが地球人のものと相容れないからこうして虚しい戦いが始まるのだが、特に今日のライオン男グレンガンザーなどは軍人という概念がそのまま命を持ったようなものなので、和解は絶望的であった。
そして毎度毎度大量に吹き出ては二人に倒される雑兵たちだが、その鋭利な刃による攻撃はまともに受ければ肉体など簡単に真っ二つになってしまうほどの威力がある。
そういう命の危険と常に隣合わせで、しかし寸前でどうにか回避しながら今日まで命をつないできた二人だ。感覚が麻痺しているとは言いたくないが、そう取られても反論しようがないほど危機に対して的確に対処し、反撃を行っていた。
その巧みな身のこなしは敵将でさえも「なるほど、確かに一筋縄ではいかん相手だな」と感心させるほどであった。そして雑兵は全滅した。
「よし、これで雑兵は全滅だ。後はお前だけだライオン男」
「毎回繰り返される無意味な戦い。もはややめにして手をつなぐべきよ」
「ふん、やるではないか。だがこの俺自ら戦うとなればもはや貴様らの死は確実だ。覚悟するが良い!」
ライオン男の言葉には一切揺らぎが見られない。それは敵地制圧の要である雑兵の全滅さえも想定内と言わんばかりであった。そしてためらいなく懐からスイッチを取り出して巨大化した。
等身大の時でさえ威圧感にあふれていたのに更に巨大化となると、襲いかかるプレッシャーは凄まじいものがある。どうせなら逃げて帰りたい。でもそれをすれば地球人類は自分たちも含めて全員殺されてしまうだろう。大気が塗り替えられてしまうのだから。
戦いは嫌だけど、そんな末路はもっと嫌だ。だから二人は勇気を重ね合わせて、目の前にそびえる恐怖に立ち向かうのだ。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
まったく同じタイミングで発される誓いの言葉とともに、巨体は大地に立った。次なる争いの舞台はこの光り輝く大空となる。そしてこれが最後の戦いとなる運命を誰も知らないまま……!