pr27 ドラフト一期生が入団した1966年について
春のテンション高い気温に二人の心も高まる一方だ。学校の庭に植えられたチューリップパンジー水仙、別に植えてはいないのに勝手に自分の居場所を見つけて咲き誇るタンポポやカラスノエンドウその他青や白の花を咲かせた野草達。桜はもう峠を越したが、春の大地には輝きがいくらでも広がっている。
加えてカープは好調、サンフレッチェも三連勝という結果以上に新監督のサッカーが明確な形で見えつつあるという点でも気分を良くさせていた。
「ただその辺はもうちょっと待機として、今回は昔話。時は一九六六年よ」
「前年はついに白石監督が退任したね」
「そして本格的に監督就任した長谷川良平はヘッドコーチに初代監督の石本秀一を招聘し、久々にユニフォームを纏う事となった」
「えっ何歳?」
「六十八歳。現代でもかなりの高齢コーチだけど当時となると空前の数字じゃないかしら。そして新戦力補強だけどこの前年である一九六五年、いよいよプロ野球の歴史を大きく塗り替える一つの制度が発足した。それがドラフト制よ」
「ああ、いよいよか」
「元々は西鉄の西亦次郎オーナーが赤字体質改善のためにアメリカのフットボールリーグで採用されていた制度を知り提案したと言うわ。この場合重要なのはドラフトで指名された選手は指名した球団以外とは交渉出来なくなるという独占交渉権で、今までの自由競争では有望選手を振り向かせるべくオークションのように高騰していた契約金を抑制出来るんじゃないかって目論見よ」
「カープですら西川投手の件で問題を起こしたし、他球団はもっとそういうのを抱えていたと思うとそりゃ負担にもなるか」
「人気あって有望新人獲り放題だった巨人阪神は反対したけど最終的には賛成多数で採用に至った。でも特に巨人は別に納得したわけじゃないので、今後も新聞で川上監督にドラフト制度廃止を延々と訴えさせたり制度を骨抜きにする策略を仕掛けたりする」
「まあ巨人からすると自由競争のほうが望ましいもんね。人気の巨人だから優秀な選手が入団して勝ちまた名が上がり……、という永遠の好循環が続くわけだから」
「ともあれこうして導入されたドラフト制度で今までは金がない、地方球団だからと敬遠されがちだったカープみたいな球団でも独占交渉権を得られるようになった。それが嬉しかったんでしょうね、いきなり大量十八人の指名を敢行した。この人数は現在に至るまで日本最高記録となっているわ。なお八人から拒否されたので入団は十人となる」
「拒否多いねえ」
「特にドラフト初期は必要だから指名するのではなく他球団に獲られたくないから交渉権だけは獲得するけど選手枠とか戦力の兼ね合いで別に今は必要ないからろくに交渉もせず対外的には球団拒否、というケースもあったみたい。だからカープでも入団拒否選手は下位に固まってて、本当に欲しかったであろう上位陣はしっかり入団させてるわ。あるいは上位をしっかり入団させられたから下位はろくに交渉しなかったって見るべきか」
「実際十八人入団してたら枠とか大変そうだもんね」
「というわけで上位陣はまず専修大から内野手の佐野真樹夫が一位で、二位に徳島県出身の左腕白石静生、三位に法政大の三拍子揃った外野手鎌田豊、四位に宮崎商から大型投手の水谷実雄といった面々。拒否された中では八位の福島久は狙ってたのに駄目だった可能性もあるけど、他はどうだか。なお最下位付近にいるのは入団テストに合格した人達だそうで、当時はドラフト外入団という抜け道もあったけどちゃんと本指名したのは律儀よね」
「なんだかんだで前年までにコネがあるところからの入団が目立つね。専修大は興津、法政大は山本で徳島からもちょっと前に高校生をよく獲得してた」
「制度が変わったところで人が変わるわけじゃないからね。。なおここで指名しまくったため他球団からの移籍選手はなし、また小坂川原木下佐々木など多くの選手が退団している。将来の監督候補とも称された小坂は球界に未練を見せず地元横浜に戻り、一方川原はコーチ就任、木下はスカウトとなり球団を支える事となる」
「佐々木も一時期いい打撃を見せてたのにもったいなかったね」
「素質はあったと思うけどね。ともあれそういう形で始まった新生カープだけど、出だしは優勝争いにも絡むほど良かった。六月頃から停滞するもAクラスはいけるんじゃないかってペースだったけど、八月から十連敗し一気に脱落。とどめに十月にも最終戦まで十連敗して、結局四位で終了となった」
「あらまあ」
「選手で言うと山本がついに打率三割到達でベストナイン選出、登録名を戻した大和田は春先絶好調でトータルでもある程度復調した。古葉は最多三塁打とスピードは見せたものの盗塁より盗塁死のほうが多いのは気になるところ」
「と言うかチーム全体でも四十四盗塁五十二盗塁死じゃ走らせるだけ無駄じゃない」
「藤井興津もこれでよく二桁ホームラン打てたなという低打率。キャッチャーは相変わらず田中で、ショートは今津が多く起用されたけどともに打撃は弱い。宮川は代打中心でいい数字なんだけど、よっぽど守備が不安だったのか。なお新人だけど、佐野はサード中心にある程度起用され、ドラフト七位の竹野吉郎も外野の守備固めなどで九十四試合に出場したけどいきなりチームを変えるほどの選手はいなかった」
「衣笠もまだまだって数字だね」
「主力が三十歳を超えてシーズンフルでの活躍が苦しくなってきた中で若手がそれを押しのけきれないのはいかにもパワー不足よね。一方投手陣は、池田は相変わらずの安定した成績でしっかりエース格の働き。それに八年目の大羽が規定到達して十三勝と飛躍した。龍もリリーフとしてタフに投げ、安仁屋も負けが込んだものの奮闘。一方で大石や鵜狩はもう一歩で、白石は貴重な左腕として多く使われたけど防御率五点台と通用せず。外木場西川森川あたりも未勝利だし、選手成績だけ見ると四位でも御の字かな。優勝は巨人」
「だろうね」
「ONは三冠を分け合い柴田は盗塁王を獲得。セカンドは土井が定着して、広岡が駄目になったショートにも前年イースタン首位打者の黒江透修が台頭してきた。外野も吉田勝豊が息切れしたけど二年目の末次民夫が出てきた。投手陣は金田が怪我であまり投げなかったけど城之内に加えて渡辺秀武がアンダースロー転向で一気に飛躍、更にドラフトでタイミングよく堀内恒夫の獲得に成功した。いきなり十三連勝を含むシーズン十六勝かつ防御率一位という破格の活躍で新人王獲得。独走優勝で日本シリーズも連覇したのも必然の結果よ」
「そう言い切っても全く問題ないぐらいの分厚い戦力だよね。うん、強い」
「二位は中日。新人の広野功が早速中軸に入りなかなかの好成績を残したけど外国人はイマイチだった。阪急から移籍の佐藤公博はリリーフ中心にそこそこの成績。三位は阪神。藤本定義に代わり杉下茂が監督就任したけど藤本も総監督として残る二頭体制でスタートしたけど混乱をきたし、結局杉下は途中辞任とゴタゴタしつつもカープの大失速もあり勝率五割未満ながらAクラスに浮上した」
「こんな混乱した球団以下なのは痛いね」
「そして五位は大洋とサンケイが同率で並んだ。まず大洋は本来の軸が弱ったのが痛かったわね。野手は松原誠の台頭はあれど桑田は一時期一割台に落ちるなど打率低迷して、投手にしても佐々木吉郎が完全試合達成したけど肝心の秋山はさっぱりだし南海から移籍のスタンカも六勝止まり。ところで佐々木朗希の完全試合は凄まじかったわね」
「十三連続奪三振だもんね。まさしくパーフェクトなピッチングだった」
「オリックスはお気の毒様よ。元々凄まじい潜在能力を持つ投手の一番強烈なタイミングに鉢合わせたんだから。話を戻すけど、電車由来のスワローズから鉄腕アトム由来のアトムズに名称変更してユニフォームも鮮やかな色使いで格好良くなったサンケイだけど豊田が全然駄目になった。彼が担っていた主砲の役割は新外国人のジャクソンがパワーを発揮し、ショートには近鉄から移籍の矢ノ浦が座ったけど目立ったのはそういう新参者ばかり。投手陣は大洋よりましだけど盤石とは言い難い。鶴岡監督招聘を狙っていたけど失敗して元南海かつ国鉄でも活躍した飯田徳治が監督就任したけど、優しすぎて向いていないともっぱら」
「こう見るとカープの四位も妥当なラインかな」
「そしてパリーグだけど、優勝は南海。監督人事でごたついた影響か前年ほどの強さは見られず、でも投打に層の厚さを見せて逃げ切った。二位は西鉄。田中勉は完全試合を達成し池永も前年に続き好投、加えてこの期に及んで稲尾が最優秀防御率という投手陣はなかなかの布陣で、もはや代打専任となった中西も六ホームランと存在感を発揮。土井のセカンド定着に伴い巨人から移籍した船田和英がレギュラー定着するなど補強も悪くなかったけど、結局力不足。六十三年は奇跡の追い上げで優勝したけど今はこれが精一杯かな」
「ここも全盛期から戦力をジリジリすり減らしてる感じで厳しいよね」
「三位は東映。野手は張本中心に相変わらず強いし、投手陣はエース尾崎に嵯峨も復調し剛腕ノーコン高卒ルーキー森安敏明も十一勝と健闘するも土橋がもう一歩。また前年台頭の永易は契約更改の際、プロ入りの時スカウトに契約金ピンハネされてたと発覚するなど色々あってやる気を失ったらしく三流投手に逆戻り。四位は東京。鶴岡招聘に失敗してプロ経験のない田丸仁が一軍監督になったけど凡庸な成績で終了。若手投手の成田文男木樽正明あたりが出番を増やして将来には期待出来そう」
「五位は阪急か。ここもなかなか上手くいかないね」
「投手陣はかなり良さそうなのにね、なぜか梶本が十五連敗してる。野手もルーキーの長池徳二や森本潔といった若手の台頭は見られるものの中軸がもう一歩。スペンサーも落ち着いたし。そして最下位は近鉄。土井にボレス、クレスの外国人コンビと打線は一見迫力あるけど得点最下位だし、投手も期待の高卒ルーキー左腕鈴木啓示が十勝したもののそれが最多勝ってのは苦しい」
「それにしても二桁勝利した高卒新人投手が二人いるのに新人王該当者なしって馬鹿じゃないの?」
「まあねえ。六十年代は新人への風当たりが無駄に強い時代だったけど、そんな事してるから人気が伸びないんじゃないのって気持ちはないでもないわ。ともあれカープがこのドラフト制度によって大きく生まれ変わったのは間違いないけどそれはあくまでも未来の話、現時点ではまだまだ海のものとも山のものとも言えない制度をどう活かすのかは分からなかったでしょうし、実際ドラフトのやり方もここから試行錯誤は続くからね」
「と言うかこの年のやり方が説明されてもちょっとよく分からないんだけど」
「だから一年で廃れたとも言える。三十六年秋季リーグの順位決定方式みたいにね。その辺のルール整備も含めて球界の発展だからね。物語はこれからが真のスタートよ」
このような事を語っていると敵襲を告げる合図が瞬いたので、二人は人気のないところへ隠れると変身してすぐ敵が出現したポイントへと走った。
「ふはははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のホタルイカ男だ。この惑星を覆う汚れた液体を浄化してやる」
ちょうど今頃が旬となる、富山県を中心とする日本海側でよく獲れて夜には青白く発光する姿が美しいイカの姿を模した侵略者が浜辺に出現した。しかしホタルイカの発光は神秘的でも今眼の前にいる存在は人類にとって神秘どころか死を呼ぶ悪魔。その横暴を防ぐべく、すぐに二つの影が追いついた。
「出たなグラゲ軍、お前達の思い通りにはさせないぞ」
「春爛漫のこのタイミングで侵略なんて絶対に許されないわ」
「出たかエメラルド・アイズ。今日が貴様らの最期だ。行け、雑兵ども!」
ホタルイカ男が発した無慈悲な指令を忠実に実行するだけの無機質な殺戮マシーンを、二人は情熱的に撃破していった。そして残る敵は一人だけとなった。
「よしこれで雑兵は尽きた。後はお前だけだホタルイカ男!」
「あなたが光り輝くように、この星とあなたの星の間にも友情の光は灯るはずよ」
「馬鹿げた話だ。蛮族の分際で何を生意気な」
けんもほろろな言葉の後、ホタルイカ男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。こうはなりたくなかったのだがこうなったからには戦うしかない。二人は覚悟を決めると合体して強大な力を手に入れた。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
春どころか初夏の陽気さえ感じられるほどの空だが、その彼方でまかり間違えると二度と今の空の色を拝めなくなる運命の一戦が繰り広げられていると知る者はそう多くない。
光による幻惑機能はやっかいだったが、悠宇がタイミングを見計らって捕まえるとカウンターで一瞬動きを止めた。
「よし、いまこそチャンスよとみお君!」
「分かってるよゆうちゃん。ここはレインボービームで勝負だ!」
一瞬の判断で渡海雄は白いボタンを押した。胸から放たれる波長の異なる七本のビームが敵を貫いた。
「ええい忌々しい。こんな汚らわしい相手に屈するなどと!」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってホタルイカ男は宇宙へと帰っていった。改めて言うけど佐々木朗希のピッチングは本当に圧倒的だった。弱冠二十歳、彼の未来にはどれほどの光が待ち受けているのだろうか。
今回のまとめ
・やっぱり春って暖かくて美しくて心躍る素敵な季節だよ
・これ書いてる最中に佐々木が完全試合達成した凄い投球だった
・ドラフト制度が追い風になったのは間違いないが遅効性なので現状ではまだ
・でもこの時期のカープは高齢化が進んでいささか冴えない




