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oi19 北京冬季オリンピックについて

 目を開ければそこには白く輝く一面の銀世界。凛とした空気を吸い込めば自由な鳥になれそうだった。今日は家族や南郷宇宙研究所の職員と一緒にスキーを楽しむ日だ。先日街を白く染めた雪のその何倍も、何十倍も積み重なった結晶に渡海雄と悠宇は滑らかなシュプールを刻みつけながら滑り降りていった。


「ふうっ、いやあスキーってやってみると楽しいものよね。器具を揃えるのが面倒だからなかなかやる機会がないけど」


「それとここまで来るのも簡単じゃないし、そういう意味で環境を整えるのが大変だよね。バブル時代はブームだったって言うけど昔の人達はよくやってたよね」


「そういうエネルギーと金があるって素敵よね。それで単なるウィンターソングというだけではないゲレンデを舞台にしたヒット曲なんかも出てたわけだし」


「そうだね。それで今まで語ってきた部分で言うと光GENJIは『君にCheer Up!』『冬の贈り物』という二つのスキーソングが存在する。前者はちょうど三十年前の二月に発売された『TAKE OFF』のカップリングで、爽快なブラスの音色が印象的な楽曲だった。まさに今の僕達みたいにギュンギュンと風を切ってゲレンデを疾走するイメージにピッタリだけど、これを流すスキー場なんて存在したんだろうか」


「ないんでしょうね。でも当時のスキーウェアって原色のモザイクって感じでこれまた凄まじいよね。この曲のイメージもああいう服だと思うとなかなか愉快」


「初期Jリーグのユニフォームもあんな感じのカラフルさだったし、ああいうビーム放ちそうなカラーリングはまだ『ダサいのが逆に味があっていいよね』レベルだけど、センター分けの髪型みたいにいずれ真面目に復権するといいなって内心思ってる。後者は忍たまのアルバムに収録された曲だけあって普通なら恋人と言いそうなところを友達と言ってみたりほのぼの系だけど、忍たまの世界観でもないのに何で入ったんだろうって疑問はかなりある。光GENJIの通常営業って曲でもないし」


「それ言うならやけにアダルトな歌詞の『SHAKING NIGHT』とかもどうなのって話にもなるじゃない。それと収録されたアルバムのジャケットは乱太郎達がスキーしてる絵が描かれてるのは明らかにこの曲のイメージだけど、そこまでするほどの曲?」


「そこは逆に主題歌でもない忍たまのイメージでもないこの曲を『でもこういうジャケットだから挿入歌として問題なしですよ』って救済措置にも見えたり。『RUN RUN 乱太郎』みたいな曲もある以上格やプライドの問題でモロ忍たまな歌詞はNGってわけでもなさそうだし」


「案外シングル候補がアルバム収録に回ったって事は……、ないかな?」


「謎は尽きないけどとりあえずここまでにしておこうか。日本のポップスにおけるウィンターソングで毎回思うのが広瀬香美『ロマンスの神様』の偉さだよね。歌詞を見てもスキーやゲレンデどころかそもそも冬を連想させる単語は何一つ入ってないのに完全に定着してるんだから。いくらスキー用品を売るお店のCMに使われたからってさあ」


「でも今の広瀬香美は凄いと言うか変な事になってるけど、あれはどうなの?」


「ASKAよりましじゃない? 性格に関してはそもそも『ロマンスの神様』の歌詞の時点で結構やばいわけだし素だよ。そう言えばこの曲の発売が一九九三年でその冬にヒットして九十四年のオリコン年間二位となったわけだから、バブル景気はとっくにしぼんでいた時期にも関わらず『バブル全開』とか言われたりする二重の錯覚もある意味この曲が持つ無二のパワーの証明と言えるかな。それで最近バブルというものに関して今までと違う考えが浮かんできたんだ」


「へえ、どんなの?」


「まず実際のバブル景気は概ね八十七年から九十年までの時期なんだけど、現代においていかにもバブルと扱われるものがどんなものかと言うとまず広瀬香美はオーバーしてるし、数年前にバブル女を模した容貌で知られる平野ノラの出囃子やどこやらの高校ダンス部がバブルファッションで踊るパフォーマンスで使われた荻野目洋子『ダンシング・ヒーロー』は逆にバブル到来前の八十五年の曲じゃない」


「それで実際のバブル時代に売れた曲はというと……、それこそ光GENJIとかになるのか。でも彼らの存在自体がバブルという時代のアイコンになっている印象は薄いわね」


「バブル景気に浮かれてバコバコ消費しまくってたのはいい年した大人達で、光GENJIはもっと若い人間からの人気だからね。バブルとはまた別のムーブメントって感じはある。その存在に込められた純粋さ、真心が違うんだよ」


「どうだか」


「諸星とか痛い男ではあるんだけど、バブル男の痛さとはまた違うしね。そう言えば以前某テレビ番組でバブル男の典型として歌手のKATSUMIが取り上げられてたのには驚いたよ。本人としては好景気に乗れた実感はなかったみたいでその違和感を雑誌インタビューで触れてたりするし、個人的にもKATSUMIはソバージュヘアや妙に強気なハイトーンボイスも含めて典型的九十年代前半のキャッチーなサウンドの人って印象だから『バブル期を知悉しているはずのテレビマンが雁首揃えて出した答えがそれなんだ』ってなった」


「結局メディアが一番誤解を広めているのかな」


「他にもいかにも八十年代バブル的と言われるファッションが実際は九十年代前半のものだったり、結局当時を体感していないからってのが一番なんだろうけど印象と数字上の乖離は僕の心の中で膨らむばかりだった。なお自分が所有してる曲の中で一番『うわあバブルっぽいなあ』ってなるのは杉山清貴『ROCK ISLANDS』。キラキラした音、持っていき方が強引な曲、そして海外が舞台なのに登場人物全員日本人の歌詞は特にそんな感じ。八十年代後半って案外貧乏じみたところがあるけど九十年代に入るとその辺もアップグレードされるから、インパクトがあって派手なのはそっちだよね」


「バブルが終わってからがバブルの本番って感じなのはなかなか不思議ね」


「その辺に関しては『九十年代前半はまだバブルの余韻が残っててそこまで不景気の実感はなかった』みたいに言われがちで、その余韻とやらが消えるのは阪神大震災やオウム事件といった世紀末的な怪イベントが立て続けに起こった九十五年ってのが定説。それではたとひらめいたのがここから述べる『概念としての昭和六十年代、そしてバブル』という発想。平たく言うと日本において九十四年まではまだ一繋ぎの昭和時代が続いていたんじゃないかな」


「いや九十四年って平成の、しかも六年も経ってるじゃない」


「うん、そうだね。だから実際のそれじゃなくてあくまでも概念。実際のバブル景気とは別に、また昭和天皇の崩御によって三年ほどで終わった実際の昭和六十年代とは別に、昭和六十年の八十五年から昭和六十九年換算となる九十四年までの十年期の主に音楽やファッションといった文化風俗を言い表す概念としての『昭和六十年代』があり、でも実際は平成のほうが長くて昭和と呼ぶには限度があるから何か言い換える必要があった」


「そしてその言い換えがバブルだったって言いたいの?」


「この時代において最もインパクトの強い、現在の日本とかけ離れているムーブメントがそれだからね。それに従うと『ダンシング・ヒーロー』は昭和六十年、『ロマンスの神様』は昭和六十九年という同年代のヒット曲だからまとめてバブル扱いでも問題なし!」


「なかなか強引なやり口ね」


「でもこの発想を思いついたお陰でそれまでみたいに光GENJIを昭和のアイドルみたいに言われるたびにいちいち『でも平成のほうが活動期間長いのに』と忸怩たる感情を抱く必要がなくなったから精神衛生上は良くなったよ。つまり彼らは概念としての昭和六十年代を最後まで駆け抜けて、次世代型のアイドルの雛形を作ったSMAPへとバトンタッチして解散したって考えたほうが美しい流れでしょ。それ以降は『概念としての昭和七十年代』とか言い出すともうわけわからなくなるからやめとくけど。それっ!」


 リフトに載せられて辿り着いた初心者向けコースの緩やかな斜面に渡海雄はストックを入れて勢いよく駆け出したが、間もなく小さなコブに捕まって顔面から雪原に突っ込んだ。


「ぐぎゃっ!?」


「とみお君頭大丈夫?」


「はっはっは、雪の上だから思いっきりコケてもノーダメージだったよ! いやあ頭冷えた。ところで来月には冬季オリンピックが開幕なんだね」


「しかも開催地は北京! 二〇〇八年には夏季オリンピックも開催された都市で、夏も冬も開催されるのは言うまでもなく史上初となるわ」


「よくやるよね。しかし施設は大丈夫なの? ちゃんと雪降ってるの?」


「そのための人工雪よ。そもそもその国を代表する大都市で開催されるのが常の夏季オリンピックと違って冬季オリンピックは北国じゃないとまず論外なわけだから比較的なマイナーな都市でも開催しているのが特徴よね。今回も正確には北京だけじゃなくて、張家口という北側に隣接するもっと寒い都市も共同で開催するって事だけど、それなら素直に張家口オリンピックで良かったものをまあ無理するわね。平昌、東京と来てまた北京って東アジアばっかりでやってるのも地域バランスの観点から不安になってくるわ」


「しかも東京と今回はコロナという大災厄も加わっていよいよ大変だよね」


「東京みたいにまったくの無観客とはならないものの海外からの客は入れず国内の人達だけ観客として受け入れる形になるみたいね。東京もそれで良かったのに。ともあれバッハ会長もかねてから『いちばん大事なのは中国国民』と言ってたように、人々の安全に気をつけて平和な大会を実現してほしいものよね。今更コロナの発端がどうこうみたいな話はしないから」


「本当に平和って大事だよね。中国国内も色々あるみたいだけど」


「その辺に抗議する意味を込めて選手は送るけど政府からの代表者は行かないという外交的ボイコットを行う国もすでにいくつか決まっている。大会と政治は切り離すべきとは理想論だけど、オリンピックもまたこの世界の出来事である以上世界情勢から全く自由になれるものではない。歴史的に見てもろくでもない独裁国家がオリンピックやワールドカップといった大型イベントを開催って流れは割とあるし、大体そういうのは後付けで『最悪の大会だった』みたいな話が出てくるけどその時限りにおいては熱狂的成功を収めたって事になってたりするし」


「それを考えると独裁政権がやらかしたわけでもないのにやる前から最悪の大会扱いだった東京オリンピックは格が違うよね」


「でもやっぱり、開催してて良かったでしょ。一月もそろそろ終わり、二月にはプロ野球のキャンプも始まる。ただでさえ新外国人の入国の目処が立たない上に日本人選手も各球団コロナ感染者が続出しててもう無茶苦茶だけど、そんな状況の中でもベストを尽くした上に栄冠は輝くもの。頑張ってほしいわね」


 滑走しながらそんな事を語っていると敵襲を告げる合図が輝いてしまった。二人は心の底から恨みつつも、こうなったからにはさっさと仕留めるしかないと気持ちを入れ替えて戦闘モードに移行した。


挿絵(By みてみん)


「ふはははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のミコアイサ男だ。この泥沼のような惑星を浄化するのだ」


 白と黒のくっきりしたモノトーンからパンダガモという愛称もある鳥の姿を模した異星人が雪山に出現した。この敵対的な侵略に対して地球からの使者は間もなく駆けつけた。


「出たなグラゲ軍! 恥を知れ!」


「よくもまあ今日という日に来てくれたわね。即刻消え失せなさい!」


「ほう、言ってくれる。だが消えるのはお前達のほうだ。行け、雑兵ども」


 侵略者の無慈悲な指令にただ従うだけのマシーンが雪の中から次々と出現した。二人はこれを勢いよく破壊していき、ついに指揮官を除いて全滅させた。


「よし雑兵はこれで尽きたな。後はお前だけだミコアイサ男!」


「美しい姿をしていてもやっぱり迷惑なものは迷惑だから、お互いそういう事はしないようにしましょう」


「確かに迷惑ではあるな。こんな辺境の惑星にまで送られて……。だからこそ成果の一つでも持って帰らないとつまらんだろう」


 ミコアイサ男はそう言うと懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。話し合いで終わればもう少し早く済んだだろうがやはり戦うしかなさそうだ。二人は覚悟を決めて合体した。


「メガロボット!!」

「メガロボット!!」


 山の天気は変わりやすい。さっきまで輝いていた青空があっという間にどす黒い暗雲に隠され、その上空でこの星の運命を決める戦いが繰り広げられている。悠宇はスキーでも発揮した反射神経をフル活用して相手の突進を回避しつつ、タイミングを見計らってカウンターを食らわせた。


「よし、今よとみお君!」


「分かった。ここはランサーニードルで一気に決めるぞ!」


 ほんの僅かだけ生まれた隙にすかさず渡海雄は黒いボタンを押した。腹部から発射された棘がミコアイサロボットに突き刺さりまくった。


「うおお、ここまでか。まったく……」


 機体が爆散する寸前に作動した脱出装置に載せられて、ミコアイサ男は宇宙の彼方へ帰っていった。戦い終えて再びスキー場へと繰り出したが、もう帰る時間だったので最後の一滑りも出来ずに終わった。二人は泣いた。両親は「そんなに楽しかったのね」と感じていた。それもあるけどそれだけじゃないとは言えなかったのでなおさら泣いた。


 こうなったら絶対に来年もスキーに行ってやる。そのためには戦い抜いて生き抜かねばと決意を新たにした。

今回のまとめ

・若い頃はよくスキーに行ってたけど雪山まで車を走らせる親が偉かった

・でも広瀬香美は頭が飛んでるだけだしバブル扱いはやっぱり違うかな

・三十年に札幌五輪を狙っているって話もあるけどどこまで正気なのか

・北京五輪はとりあえず東京以上なら御の字って低いハードルで考えたい

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