pr24 割と久々の最下位となった1963年について
猛烈な勢いで燃え盛る炎のように新年を迎えた日本列島を席巻したコロナウイルス。本当にあっという間だった。しかも原因はアメリカ軍だと言う。それはともかく渡海雄は最近手に入れた金属片を悠宇に見せびらかしていた。
「見てこれ! 去年から作られるようになった新しい五百円玉初めて見たよ!」
「まあ綺麗!」
「専門用語ではバイカラー・クラッド貨幣という特殊な技術が用いられたり、他にも色々盛り込まれてるらしいけど、見た目自体は意外と変わってないね」
「これからはこのコインがスタンダードになるんだからさっさと見慣れておきたいものね。というわけで今回は昔話。今から約六十年前、まだ五百円がお札だった時代の一九六三年よ」
「打撃は大いに発展したものの投手整備に失敗した門前監督は前年限りで退任となり、後任は小鶴招聘に動くも内部の権力争いなどもあって結局白石監督復帰となったね」
「ええ。そして復活の白石一年目だけど、宮崎県日南市にある天福球場竣工に伴い春季キャンプをこの地で行うなど環境改善に尽力した。新加入選手の目玉としては西鉄のエースの一人だった島原幸雄の獲得に成功。石本秀一に目をかけられて五十六年に二十五勝と一気に台頭した投手で、この移籍に関してはやはり石本の勧めもあったみたい。しかしシーズン前にいきなり今季絶望の重傷を負い、結局一試合の登板さえなくこの年限りで引退してしまった」
「ううむ、これはまた」
「同時に引退となった河村もトータルではてんで期待外れに終わったけど、島原はそれ以上のがっかり案件よね。また新人選手においては佐伯鶴城高校から明治大学に進学した八木孝投手の獲得に成功。つまり高校は阿南の、大学は前年加入した池田や漆畑の後輩に当たる人物で、ガチガチのコネクションあってのものよね。その他天本光、城野勝博、羽里功とか割と格好良い名前の選手も続々入団」
「でも成績は残念な感じだね」
「ただこの年の新人は不運だったのも事実よ。というのも前年就任した内村祐之コミッショナーの肝煎りで導入された新人研修制度というものが始まって、開幕から成年は五十試合、未成年は百試合の間一軍公式戦出場が制限されたの。それで両リーグ新人王該当なしという特異な結果が訪れた。リーグ分裂で新人選手も大量加入した煽りを受けて二年目の選手にも権利が与えられた五十一年を除くとこの頃の新人王はまさにプロ一年目の選手だけしか資格がなかったからね」
「でもせっかく新人王という制度を作ってるのにこれが今後も続くんじゃ興醒めもいいところだよね」
「それもまたごもっともな意見、というわけで翌年は五月までと短縮され、それ以降出場制限は消え失せた。内村鑑三を父に持つ内村コミッショナーは優秀な医者であり良識ある教育者であり野球人としても学生時代はエース左腕として活躍しその後も『ドジャースの戦法』を翻訳するなどその知性を大いに発揮したけど、プロ野球という興行に対しては潔癖が過ぎた。そういうのは河野安通志が日本運動協会で挑戦して、そして今のプロ野球は河野を否定する形で隆盛を迎えた歴史がある以上受け入れられないのもまた必然かな」
「でも教育自体は大事だし、なかなか難しいね」
「ともあれカープの話に戻ると、結局ろくな新加入選手は得られなかったけど既存の選手は門前時代に引き続き打撃は好調だった。中でも古葉は選手としての絶頂を迎え、開幕戦で決勝のスリーランを放つとその後も長嶋茂雄と首位打者争いを繰り広げ、結局顔面に死球を受けて動けない間に逆転されて二位に終わるも初のベストナインに選出されるという大躍進を見せた」
「今まではちょっと地味な役割だったけどいきなり凄いねえ」
「興津も三割台、大和田は二割九分台、また藤井は二割八分を放ちいずれもホームランは二十本ぐらいと中軸は盤石だった。また三年目の山本一義も二桁ホームランを放つなどようやく戦力になってきた。宮川や高卒五年目の佐々木有三といった大砲候補も代打中心ながら存在感を発揮。田中は二割で御の字かな。競合相手の川原久保はもっと酷いし。前年首位打者の森永は落ち着いて、小坂が打率一割台など成績を落とした選手もいたけどチーム打率はリーグ一位。ただ精査するとそれ以外の数字はあんまり良くない。ホームランは最下位だし盗塁数や第一次白石政権における特徴だった四球もブービー止まり」
「そうなるとやや淡白で打率以上に怖くない打線だったのかもね」
「そして投手陣だけど、二年目の池田が二十一勝と躍進し、弘瀬は自己最高の十勝と健闘したけど大石と龍がともに防御率四点台と急落しつつもそれぞれ十勝と九勝で、投げさせるしかなかった苦しさが見えてくるよう。後は鵜狩が谷間を埋めて六勝、ついに先発登板がゼロになった長谷川もどうにか防御率三点台で二勝でこの年以降は指導に専念。しかし問題は勝ち星を挙げられたのがこの六人だけだったという事実よ」
「これをトータルすると五十八勝か。ちょっと少なくない?」
「拾い物の岡田忠弘や佐々木勝利、防御率七点台と衰えきった河村なんかは別にいいとして、着実に存在感を増しつつあった大羽の停滞は痛いわね。ともあれ投手陣の弱体化を止められず、順位は五十一年以来十二年ぶりとなる最下位に終わってしまった」
「あらまあ。でもそんなに長く最下位になってなかったのも意外な話だよね」
「草創期の悲惨な状況はいくらでもエピソードを語れるけどそこから立ち直り、でもAクラスになるほどでもないって微妙な時期は語り口が難しいので存在感が薄れるのも仕方ない。でも地味に頑張ってたんだけど白石再任なんて後ろ向きな動きしか出来なくなったフロントの不統一さが一番の問題よね。一本化にはもう少し時間がかかるからしばらくは灰色の時期が続くかと思われるわ」
「まさに停滞の期間って感じだね」
「そして首位は巨人。結局首位打者にMVPも獲得した長嶋に加えて、この年からは王も最初からホームラン王として君臨しているからね。一人いるだけでリーグ最強を保証する存在が二人いるんだから、そりゃあ強いわ。投手としては球威不足と判断されたものの俊足を活かして外野コンバートされた二年目の柴田勲も出てきた。投手陣も城之内や藤田だけでなく国鉄からトレードの北川芳男や高卒三年目でそれまで未勝利の高橋明が二桁勝利、ほぼリリーフ専任で防御率一点台の宮田征典も存在感を出したりと層の厚さを披露」
「さすがに巻き返してきたか」
「二位は九州出身者を贔屓しすぎと叩かれた濃人に代わって地元愛知県出身かつ六大学のスターという文句なしの出自を誇る杉浦清が監督就任した中日。岐阜県出身の高木守道が盗塁王獲得に加えて、マーシャルとニーマンという優秀な外国人も打線に加わり一時期独走だった巨人を八月頃から猛追したけど届かず。投手陣も南海から移籍三年目の柿本実が最優秀防御率獲得したけど権藤は無理が祟ったか苦戦した。三位は阪神。相変わらず非力な打線に投手陣も去年の疲労か村山小山のダブルエースが数字を大きく落とした。ただ来日二年目のバッキーが伸びてきたのは好材料」
「ソロムコという長距離砲もいるし、やっぱり外国人使いこなせないときついよね。巨人みたいに思いつきで優秀新人獲得し放題なところならともかく」
「四位は国鉄。金田が三十勝と久々に獅子奮迅の大活躍を見せたのは見事だけど、加えて西鉄から豊田泰光、巨人から宮本敏雄を獲得という華やかな大型補強も大きかった。五位は大洋。外国人がしょぼくれて桑田森の和製大砲も打率低すぎ。投手陣も秋山が控え目な数字であわや最下位と低迷したものの、最後ギリギリで五位浮上した」
「どうもここは浮き沈みが激しいよね」
「結局本当の意味で実力がないからなんでしょうね。そしてパリーグだけど、途中までは南海が独走してこれで決まりと思いきや八月開始時点では勝率五割未満だった西鉄が驚異的な猛追を見せて、なんと最大14.5ゲーム差をひっくり返し衝撃の逆転優勝を果たした」
「凄まじいねえ。しかも主軸豊田を放出しながら」
「成績は良くても不満分子と化した豊田を粛清し、そのトレードマネーも用いてロイ、バーマ、ウイルソンという外国人打者三人を加える事で打線に厚みを加えた。中西も去年よりは出番増えたし、投手は田中勉や安部和春も伸びてきたけどやっぱりこの年も最多勝を獲得した稲尾にとどめを刺すわ。そして日本シリーズ、巨人が先に王手をかけるも西鉄も粘り迎えた第七戦、頼みの先発稲尾が早々と撃沈して以降も巨人打線に滅多打ち、結局十八対四と玉砕して西鉄の栄光は終わった」
「うわあ凄絶。でも五十年代は西鉄の引き立て役を強いられた巨人からするとようやく忌まわしい過去を払拭した感じになるのかな」
「やっぱり負けたままでは終わりたくないからね。なお二位南海だけど、野村が小鶴の記録を抜く五十二ホームランの新記録を達成しMVP獲得、投手陣も二桁勝利が六人などかなり強力チームだったけど西鉄との直接対決で九勝二十敗一分はさすがに……。三位は前年日本一の東映。張本は二割台だし、投手陣も前年途中から実は負傷していた尾崎や大学時代から投げすぎていた安藤が大きく数字を落とすなどして平凡な勝率に落ち着いた」
「水原東映の物語は去年で落ち着いたみたいだ」
「そして四位だけど、近鉄が早くもここまで巻き返してきた。連続首位打者のブルームを筆頭に高打率選手が多い中に狼藉が過ぎて水原監督から見切られ東映から移籍の山本八郎も故郷大阪の水が合ったか攻守に奮闘した。前年強引に抜擢して使いまくった土井はこの年全試合出場して打率リーグ十二位に二桁ホームランと戦力になってきたのは嬉しいところよね。投手も前年最多勝の久保が今度は防御率トップで、徳久とともにダブルエースを形成。Bクラスながらも勝率は五割突破で、いいチームになってきたわ」
「前任者が酷すぎたとはいえ、別当監督の手腕はかなりのものだね」
「そして五位はリーグ分裂の際に加わり二軍監督を務めていた本堂安次が一軍監督に昇格した大毎。強力打線は山内と榎本は健在も葛城は成績を落とし、やや出番は減ったもののまだまだやれそうな田宮はあっさり引退。投手陣も抜けた選手はなく、全体的にパッとしないチームになっちゃったなあって感じ。カープでほとんど出番がなかった斎藤達雄という内野手が移籍してそこまでの数字でもないのに自己最多出場を果たしてるのもなんだか不思議。そして最下位は阪急。しかも九十二敗と結構な惨敗」
「近鉄が改善されたと思ったら今度は阪急か」
「前年コーチを務めた西本が監督就任したけど打線は相変わらず弱い上に五人連続安打したのに走塁死を連発し無得点という日本記録を達成するお粗末さ。なお新人の早瀬方禧外野手がレギュラー定着してそこそこの成績を残すも『最下位チームで気楽にやれたのにこの程度の数字では』の矢ノ浦状態と見られたか新人王を逃した」
「せめて二桁ホームラン打ててれば見栄えも良かったのに、試合制限さえなければねえ」
「投手陣も米田が防御率四点、梶本は九勝止まりと全体的に厳しい数字が並ぶ。これで一リーグ時代を含めても初の最下位なのが驚きってぐらい脆弱な姿を晒した。とは言え体質改善には時間がかかるもの。小林一三亡き後にオーナーの職を引き継いだ息子の小林米三としても多少の不出来は許容範囲だったので問題なく続投が決まり、西本は引き続き厳しい指導で選手を鍛えていった」
「なかなか腹括ってるね」
「いつまでも灰色とか言われたくもないからね。あの近鉄すら浮上するご時世、阪急に出来ないわけがないわ。そしてカープだけど、もちろん松田社長にも白石監督にも阪急の人達と同じく信念はあったでしょうけど、それを貫き通せる環境でもなかった。金もなかった。さあどうやって浮上していこうかなってところ」
「でもどうせかなり時間かかりまくるんでしょ」
「一年も十年も今となっては同じ過去。しかし未来に向かう今年のシナリオは未だに見えない。新外国人来日時期未定は仕方ないとして今年もコロナ感染してるフランスアはねえ……。それとサンフレッチェも、私が贔屓してなかったら絶対降格候補筆頭に挙げてるなってムーブ連発で大層不安だけど、ともあれ全員で頑張ろう」
このような事を語っていると敵襲を告げる合図が輝いたので、二人はすぐに変身して敵が出現したポイントへと急いだ。
「ふはははは、私はグラゲ軍攻撃部隊のミドリゾウリムシ女だ。劣化しすぎたこの星を正義で浄化してやろう」
クロレラと共生する事で光合成によって栄養を供給、それによって得られた栄養でクロレラに二酸化炭素などを与えて光合成を促進するという双方にメリットある生き方を選んだ単細胞生物の姿を模した侵略者が雪の残る山裾に現れた。しかし悲しい事にグラゲ星は地球と共生しようと考えていない。だから地球としても暴力を止めるための暴力を必要としているのだ。
「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ」
「わざわざこんな時期に来なくてもいいのに」
「ほう、これが噂に名高いエメラルド・アイズか。行け、雑兵ども。奴らを根絶やしにするのだ!」
冷徹な指示にただ従うだけの殺戮マシーンを、二人は次々と叩いて機能を停止させた。そして残る敵は一人だけとなった。
「よしこれで雑兵はいなくなった。後はお前だけだミドリゾウリムシ女」
「こんなに寒い季節ならお互い温めあうように生きるのが正しいでしょう」
「蛮族どもがほざくな!」
ミドリゾウリムシ女はそう言い切ると、懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。なかなか共生関係を結ぶのは大変だ。いずれそうなればいいけど、今こうなったからには戦うしかないので、二人は覚悟を決めて合体した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
緑と白と枯れ木のブラウンが入り混じった山の頂のそのまたはるか彼方、空の上で両巨体により激闘が繰り広げられた。ミドリゾウリムシロボットの柔軟なアタックに手を焼きつつも悠宇は持ち前の反応速度で背中に回った。
「よし、今よとみお君!」
「分かった。ここはサンダーボールで勝負をつける!」
一瞬だけ生じた隙を逃さず、渡海雄は黄色のボタンを押した。右手首から発射された電気の球が敵の全体を覆うと、一気にスパークした。
「うぐうっ、強いな。この私を退かせるとは」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置でミドリゾウリムシ女は宇宙へと帰っていった。明日もまたこの穏やかな夕日を見つめられるようにと、北風に吹かれる丘の上に佇む二人は同じ心で同じオレンジ色に染まっていた。
今回のまとめ
・理念は良くても正論止まりではなかなか人は付いてこない
・ノーアイデアな監督再任なんて手しか取れないようじゃ最下位も不可避か
・打線は良いけどONという最強打者を揃えた巨人相手にはさすがに無理
・新500円玉は綺麗だけど観光地のメダルみたいでちょっと違和感もある




