pr16 絶望的な格差リーグの1955年について
五月に突入したが、ゴールデンウィークは基本的に自粛に徹してつまらない事この上なかった。というか遊びに出ようにも目当てのイベントが無事中止となったのではどうしようもない。
「という事でカープの歴史編だけど、今回は一九五五年」
「前回は中日が日本一になったり洋松が派手に沈没したりしてた中で、カープはベテラン勢の頑張りもあって四位を確保してたね」
「しかしいつまでもベテラン頼みではジリ貧という事で、オフには大きく動いた。まず貴重な戦力ではあるものの一塁三塁というポジションの割に長打が少なく年齢的にも先が見えている大沢と山川を引退させた。ついでに宮崎や藤原もね。また三十七歳になる白石もショートから勇退してファーストに転向し、試合出場も半減と次第に指導者への道筋を固めていった。同年代の長持も同じぐらいの出番になっている」
「これで大体三つほどレギュラーの枠が空いたわけか」
「そしてそこに若手選手を起用する事で若返りを図った。この年の新人からは藤井弘、横溝桂、木下強三、恵川康太郎、橋本敬包などが今後登場してくると思うわ。横溝は木庭教という後に伝説のスカウトとなる人物がまだその職につく前の単なる野球好きの素人だった時代に球団に『こういういい選手がいるよ』と推薦した一人目という意味でも重要だけど、即戦力という意味ではアメリカ出身の平山智が第一になるわ」
「ハワイじゃなくて今度は本土出身の人なのか」
「タイプとしては日系アメリカ人の先輩である銭村にも似た俊足好守の外野手で、闘志あふれるプレーぶりからフィーバーとの愛称で親しまれたそう。また肩も強くてこの年はライトに定着し二十一捕殺を記録している。身長百六十センチと小柄な割には割とホームランも打てるから当初は三番、シーズン終盤には五番を任されている」
「なかなか大きな補強となったんだね」
「というわけでカープのレギュラーをまとめると、外野は銭村小鶴平山で、秋頃から小鶴がファーストに回り長持がセンター。それと国鉄から獲得の元盗塁王土屋も地元広島に戻って奮発したか二桁盗塁と控えとして一定の活躍を見せた」
「やはり頼れるのはベテランの力か」
「内野はセカンドはこの年四十一盗塁の金山で安泰として、ファーストは一発長打が魅力の新人藤井を開幕戦のスタメンに抜擢するなど期待するも変化球が全然打てず打率一割未満と大失敗に終わったので白石や小鶴で補った」
「あらまあ」
「サードは三村が開幕戦でホームランを打って復活かと思いきや結局その一本だけに終わり、これといったレギュラーを固定出来ないまま磯田や前年は外野の控えでぼちぼち出場していた原田信吉といったユーティリティで埋めた。ショートは二年目の米山がメインだけど、守備はともかく打撃は一割台と力不足を露呈。そして内野全ポジションをこなす広岡が状況に応じて色々なところで出場している。打撃成績も相対的に改善されたし、なかなか便利な選手に育ってきた」
「そういう選手が一人いると楽になるよね」
「そしてキャッチャーだけど、三十八歳になる門前がいよいよ衰えを隠せなくなってきた。同じ二割ギリギリでも広岡は改善の結果、門前は下落の結果だから意味合いも変わってくるわ。そこでいずれも新人の小谷信雄、野上浩郷、川原政数らが起用されるようになったけど、まあこの辺は成績云々じゃないわね」
「まさに将来に期待って起用か」
「金山銭村平山に加えて小鶴も二十六盗塁と健闘するなど盗塁数はリーグトップで失敗数も比較的少なく、機動力野球に活路を見出そうという意図は強く感じられるけどいかんせんパワー不足。一方投手陣ではエース長谷川が全盛期を迎え、球団初にして唯一となる三十勝を達成し最多勝に輝いた」
「ひゃあ凄いねえ」
「太田垣と松山も二桁勝利したけど、その次が中卒新人山本文男の二勝で実績ある片山川本渡辺は軒並みさっぱりでやはり人材不足。それでチーム成績は、意外と前年と同じぐらいの勝敗で順位も四位をキープ」
「いきなりレギュラー引退させても案外どうにかなるものなんだね」
「個人成績だと長谷川が圧倒的だけど、投高打低の時代を考慮すると小鶴もかなりの好成績。ただやはり選手層はまだまだ。特に三遊間とキャッチャー。そして優勝は巨人。しかも勝率七割台だから圧勝よ」
「ああ、戻ったのか」
「藤本英雄が二百勝達成を置き土産に引退するも別所大友中尾らは安泰で、安原という新鋭も出てきた。野手では千葉や南村は数字を落としたけど川上はMVP。宮本敏雄、国松彰、土屋正孝、森昌彦といった次代を担う若手がこの年に初出場を果たすなど将来に向けての投資も万全で、まさに王者の風格。ああ、そういえばこの五十五年は今に至るウエスタンリーグとイースタンリーグが結成されるなど、プロ野球全体として二軍組織がようやく整備されるようになった年でもあるの」
「ふーん。だから若手が出てくるようになったのかな」
「プロ野球における二軍史も、特にカープは育成を旨とする球団であるがゆえに重要な部分だけど、いかんせん情報が少ないからね。ただセパ全球団がちゃんと話し合って合同で物事に取り組めたのは分裂の緊張感も多少は薄れた証明にはなるんじゃないかしら」
「さすがに五年も経てばそうもなるか」
「順位に戻るけど、二位は前年度覇者の中日。天知監督がフロントに戻り、正捕手野口明が監督就任したものの方向性は前年と変わらず。成績も六割近く勝ってたんだけど巨人が強すぎた。三位は大阪。岸一郎という早稲田や満洲で活躍してたけどプロ経験皆無の六十歳をフロント主導で監督に据えたものの五月で休養とごたつき、その後普通に勝ち越しはしたけど優勝争いには程遠い成績に終わった」
「こう見るとわざわざ監督変えたところが落ちてるみたいだね」
「一仕事終えて退任の天知は仕方ない。結果的にここから半世紀以上日本一になれなかったとかこの時点で分かるはずもないし。でも若返りを推し進めたもののベテランの反発に遭い監督のほうが飛ばされた、しかも衝突したベテラン筆頭の藤村富美男を後任に据えられた岸はいささか気の毒。結局ここで抜擢された若手は後の主力になってるし。とは言えいきなりしゃしゃり出てきた老人とタイガース一筋で頑張ってきた人気者との比較だと前者は分が悪いわね」
「もっと昔ならアマ時代の実績で抑え込めたかも知れないけど、プロもそれなりに歴史を重ね人気も得た時代においては通用しなくなった部分もあるのかな」
「特に藤村は黎明期からプロを支え続けた自負もあるからね。渡辺博之田宮謙次郎吉田義男と好打者は多くても大砲は藤村のみで代わりがいないのも増長の理由になったかな。まあそのつけはすぐ払う事になるんだけど。五位は今年もカープと争った末に国鉄。成績を見るとカープは序盤に負け越すも夏頃から徐々に成績を整えていった。一方国鉄は大きな波がなくダラダラと負け越しを重ねる中で最後は一ゲーム差で捲られた。選手だと町田佐藤らホームランを打てる選手を揃えてて、投手陣も大黒柱の金田以外も防御率二点台三点台で百イニング以上投げる投手が揃っててなかなか質が高いように見えるけど結局カープに及ばなかったのも前年と同じ」
「どの辺が問題だったんだろう。監督とか? 今のカープが打撃成績の割に異常に点を取れないみたいな」
「当時の新聞を見てもやっぱり実力はカープより上なのに、と見られていたみたい。それでカープはベテランが多くて良い意味でのずるさがあったとか白石監督がそれほど向いているとは思えないファーストで奮闘した闘志が他の選手にも伝わったとかなんとか。そして最下位は、松竹が抜けて名前が洋松から戻った大洋ホエールズ。なお本拠地も下関や関西から離れて川崎へ移ったので、東京近郊に三球団名古屋関西広島に一つづつという今に至るセリーグの基本形はこの年に完成した」
「でも順位は駄目なままか」
「最近映画会社が球団持ってるからじゃあ自分もって程度の意欲しかなかった松竹が抜けるのは必然だったにしても、ぐちゃぐちゃな土台が即座に改善されるわけじゃないからね。そして改善に当たってチームが立ち返る場所、アイデンティティはどこかと考えると勝率五割突破と健闘した大洋一年目の五十年になるのは当然だし、そのために当時を知る者を監督に据えるのもごく普通の考えと言える。で、その五十年の主力選手は門前大沢長持片山とやたらカープに移っている。また巨人から移籍の田中中島平山はすでに全員現役を退いてて、特に中島は五十一年に監督就任も途中から降ろされて『人として許し難い事があった』という言葉を残しプロの世界から去っている」
「なかなか重たい言葉だね。カープに移籍したベテラン達だって大洋より貧乏球団のほうがましと思わせる何かがあった証明でもあるだろうし」
「他にも安井今西らはパリーグへ移籍してて、初年度から在籍し続ける主力は藤井勇、宮崎剛、高野裕良ぐらい。でも宮崎は前年に打率一割台、高野は三勝と不調に終わっていた。それで一番成績の良い藤井が兼任監督となったけどそれで貴重な主力打者である藤井選手の出番が減るマイナスもあった」
「何か色々と本末転倒なような」
「頼みの青田も骨折するし、投高打低の情勢を勘案しても打撃が貧弱過ぎるし、投手陣も長谷川や金田に匹敵する大エース不在で規定到達のワーストスリーを独占してる。カープ関係者だと杉浦がこの年移籍したけど二試合登板で二桁防御率という無残な成績に終わり引退した」
「一番苦しい時代を救ってくれた功労者が……、お疲れ様でした」
「まあそれでも最初は不調だったカープと順位争い出来てたんだけどね、六月八月十月に月間二勝という壮絶な負けっぷりを見せて独走体制に入った」
「そして最終成績は……?」
「三十一勝九十九敗のセリーグワースト記録更新!」
「おお、もう……」
「こうなると大洋相手にどれだけ稼げるかの勝負になるし、カープは二十一勝五敗とえげつなく絞ったけど国鉄は一四勝十二敗止まりで、これが順位にも大きく影響したのは言うまでもないわ」
「国鉄もしっかり取り立ててたら夢の百敗突破だったのに、惜しい事をしたね」
「しかしそうはならず以降も大洋やその後継は百敗した事がない。つまりこれが一番底で後は上がる一方よ。そしてパリーグは、こっちも南海が九十九勝という凄まじい成績で覇権を奪還した。二位西鉄、三位毎日も勝率は六割を超えてて、四位阪急だって五割台後半という年によっては優勝しかねない数字」
「こっちも地獄の格差リーグか」
「無理やり球団数を増やしておいて当然生まれる実力差を是正する気がないんじゃこうもなるわ。下位は五位近鉄、六位大映、七位東映で、最下位は高橋がトンボ鉛筆と業務提携したトンボユニオンズ。明るい話題はスタルヒンが三百勝達成した程度で、チーム内部の創価学会員がシーズン中にも関わらず政治活動を始めたりぐちゃぐちゃだったみたい。その中には後に誕生する公明党の国会議員となる人物もいて……。そう言えば日本の政界には五十五年体制って言葉があって、分裂していた社会党が統一されたのに呼応して保守政党の民主党と自由党が合体して自民党が誕生したのもこの年よ。それと共産党も、方向性を変更して武装闘争路線を放棄した」
「自民党と社会党はともかく共産党は何やってたの!?」
「まずソ連にしろ中国にしろ暴力的な革命で政権を奪ったという歴史があって、それからすると日本共産党のやり方は手ぬるいと海外の共産主義者から批判されて、それに賛成の国際派と反対の所感派に別れたのが五十年の事。数の上では後者が多数派だったみたいだけど、結局海外からの圧力に屈した所感派主導で火炎瓶を作り交番を襲うなど愚かなテロ行為に走った。それで共産党の国会議員は全員落選したし公安は未だに暴力路線を捨てていないと思って監視してるし、一時の過ちと呼ぶには暴れすぎたわね」
「怖いものだね。で、実際今の共産党って暴力捨ててないの?」
「基本的には今時爆弾をばらまく意味はないって理解してるとは思うけど『破壊活動は分派が勝手に行った事で党としてその方針を取った事は一度もない』って共産党の言い分は相当無理があるわ。それこそお得意の自己批判すれば良いのに。とにかくこの頃の日本はこういう政治的な流れの中に置かれてて、その日本に生きるプロ野球選手もうねりとは無関係ではいられなかったって事よね。それで本業の勝率三割はいただけないけど」
「でも大洋よりはましだったのか」
「大映東映あたりも普通に最下位レベルの成績だから、そういう弱小同士で戦うと多少はましになる。逆にトンボが大洋と入れ替わりでセリーグにいたらどうなってたやら。それで日本シリーズは南海が先に王手をかけたもののそこから若手を抜擢した巨人が三連勝して逆転優勝したのは割と有名なエピソードだけど、カープからするとどうでもいいはるか雲の上の話よ」
「これを遠い異国のおとぎ話ではなく、自分達にも届くものにするにはまだまだ時間がかかりそうだね」
「実際二十年かかるしね」
そんな事を語っていると敵襲を告げるサイレンの音が鳴り響いたので、二人はすぐに着替えて敵が出現したポイントへと走った。
「ふはははは、私はグラゲ軍攻撃部隊のソコボウズ女だ。この暗黒のような星に正義の光をもたらしてやろう」
深海に潜み頭部がツルンと丸っこいから坊主呼ばわりされる魚の姿を模した侵略者が海岸に出没した。しかも最大で二メートルを超えるという巨大魚だが人型ではなかなかサイズ感も伝わるまい。ともあれそういう侵略者の攻撃が始まる前に地球からのメッセージは届いた。
「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ」
「わざわざこんな田舎の星まで来てくれてご苦労さまだけど、非常事態だしすぐに帰ってくれるかな」
「何を言うかと思えば愚かな。何の手柄もなく帰るなどありえんわ。行け、雑兵ども、奴らを八つ裂きにせよ!」
闇の中から這い上がってきた気泡のように次々と出現した暗黒の殺戮マシーンを、二人は次々と破壊していった。
「よし、これで雑兵は尽きた。後はお前だけだソコボウズ女」
「誰だって帰るべき場所がある。私達はこの地球がそうだから、あなたも母星に帰りなさい」
「よくこんな環境で生きて生けるものだと呆れ果てているのだ、やはり環境ごと変えるしかないか」
そう言うとソコボウズ女は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。やはり戦うしかないようだ。二人は覚悟を決めると合体して目の前の暴力に対抗する暴力を得た。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
にわかに曇り始めた空の上で、海を泳ぐようにしなやかな動きで攻め込むソコボウズロボットをメガロボットが受け止める。そして力任せに放り投げて身体の自由を一時的に奪った。
「今よとみお君!」
「よーし、ここはレインボービームで勝負だ!」
一瞬だけ与えられたチャンスを逃さず、渡海雄は白いボタンを押した。胸から七色のビームを放ち、その光がソコボウズロボットを捉えた瞬間に勝負はついた。
「うわっ、強い。ここまでとはな」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってソコボウズ女は彼女が本来住む漆黒の彼方へと戻っていった。黄金週間は終わっても、光ある世界は途切れる事がないと祈りたいものだ。
今回のまとめ
・大局的にはかなり重要な年だけどプロ野球のシーズンとしてはどうかと思う
・野手にも若返りの波が訪れつつあるがまだまだ力不足
・一気に投高打低が進んだのでエースの役割が大きくなったようだ
・格差が生まれるのは仕方ないけど是正する努力がないとつまらなくなる一方だ