am24 キッチン戦隊クックルンについて
桜満開、黄砂全開でまさしく春だ。そしてこの三月から四月にかけては出会いと別れが交差する季節でもある。
「それにしても見た? 広島市のサッカースタジアム、熱いコンペを経ていよいよ事業者まで決定してデザイン案もついに公開されたわ」
「へえ、そうなんだ。おおっ、格好良いデザイン!!」
「でしょ! 今回出てきた四つの案、どれも魅力的でさすがプロが練り込んだ計画は違うという大迫力のプレゼンバトルが繰り広げられたけど、その中でも希望の翼と称した屋根の形状など『これが本当に出来たら凄い!』って、新スタジアムとしてのときめきを一番感じさせたがこの案だったから、見事に選出されてやっぱりそういうものなんだなって思ったわ。それにしても信じられる? これが二〇二四年完成予定なんて。後たったの三年よ! 今まで停滞していた日々を思うとまさしく一瞬先の未来。ワクワクが止まらないわあ!」
「そうやって改めて言葉にされると本当にドラスティックな変革の真っ最中なんだね。ところで今週からEテレの番組も時間帯変更とか新シリーズ突入とか色々変化があったんだ」
「えっ、とみお君Eテレとか見てるの?」
「子供だからね。それで今回はクックルンについて。正式には『ゴー! ゴー! キッチン戦隊クックルン』という番組名で、Eテレのサイトによると『ユーモアたっぷりのアニメと、歌ありダンスありの実写料理パートで、楽しみながら料理のコツや食材の知識が学べる食育番組』との事」
「ふうん。まあ定番の奴よね」
「でもそもそもEテレって異様な部分が剥き出しのまま当然のような顔をして存在してる番組がちらほらあって、これもその眷属じゃないかという疑いが濃い。まずきっかけとしては、ある日偶然Eテレ見てたら信じられないぐらいハイテンポで進むアニメに遭遇して何だこれはとびっくりしたのがクックルンとの出会いだった。それで密かに前回の新シリーズの最初から最後まで、全話とは言わずともある程度まとめて視聴したからようやく語ってみようという気になったんだ」
「それはまた悠長な話じゃない」
「もちろん事前に調べはするけど、それだけじゃ分からない事もいっぱいあるからね。とか言いつついきなり調べただけのデータになるけど、この手の子供が料理を作る番組としての祖先は一九九一年に開始された『ひとりでできるもん!』で、子供に包丁を持たせ火を使わせたのが当時の放送界のタブーを破るエポックメイキングな出来事だったらしい」
「今ではその程度で何が問題なのかとしか思えないぐらい歴史を変えたわけか」
「全盛期は視聴率二桁に到達して紅白出演を果たすなど教育番組としては極めて高い人気を誇り、十五年ほど続いた。とは言うもののその中身は時代によって大きく変わっていったみたいで、最初はアニメやCGのキャラによるアシストを受けつつも女の子一人で出来るもんって形式だったけど男女ペアになったり初代の女の子が先輩役として戻ってきたり、最後の方は子役レギュラー廃止なんて記述も。曰く普通に大人の料理研究家が日本各地をロケして現地の子供達と料理するって内容だったとか」
「へええ、なかなかに試行錯誤の歴史なのね」
「歴史のトップランナーだから仕方ないね。で、そんな偉大なるパイオニアが十五年にも渡る使命を終えると、その後継として『味楽る! ミミカ』という番組が始まった。基本的にはアニメだけど、料理は実写だし金曜日には今週の作中で作られた料理を女の子が実際に作ってみるパートが盛り込まれたんだって。サビがジンギスカンの『めざせモスクワ』に似てる主題歌もインパクトがある」
「アニメも漫画を動かしたような、なかなか奇妙な味があるわね」
「これが三年ほど続き、その次が『クッキンアイドル アイ! マイ! まいん!』。今回もストーリーはアニメで料理する時は実写というスタイルだけど、前作はアニメパートにおいて本職の声優が声を担当していたけど、今回はアニメの主人公=実写で料理作る子なのでアニメの声も子役が一括して担当しているのが特徴」
「一人で出来る要素復活ってところかな」
「主人公の名前からして初代リスペクトだしね。アイドルを夢見る女の子がひょんな事から妖精と出会って『歌って踊れるお料理番組の司会者として奮闘する』という設定上、歌ったり踊ったりといったアイドルっぽいムーブも盛んにこなすようになった。だから主題歌はもちろん挿入歌も何十曲と歌いまくってるし、振り付けはPerfumeなどを手掛けるMIKIKOが担当だからかなりの本格思考だ」
「MIKIKOと言えば東京オリンピックの問題であんまり良からぬ形で注目されたわね。ただ逆に言うと彼女は確かな才能のある人だと証明されたわけで、問題はそれを掠め取ろうとするような人間がより上に立てる風土であって……。ごめん、喋りすぎた。松山の守備と同じくこれ以上触れても気分が悪くなるだけだから程々にしておくわ」
「口にすると唇が穢れそうだからあんまり触れたくない気持ちは大いに分かるよ。そう言えば仮に開催するとして、開会式の演出って結局誰になるの?」
「さあね。そもそも本当にやれるのかって疑問もあるけど、それでも聖火リレーはスタートしたしもはや『一度動き出したのだから今更後には引けない』とかそういう代物になってるのがあまりにも残念。祭典なんだから、喜ばれなくちゃつまらないのにね」
「本当にそうだよね。話を戻すけど、料理する、歌う、踊る、演じる、声を当てるといったまいんちゃんのマルチな活躍は現在のクックルンにも継承されている。しかしアテレコ上手いよね。実は声優だったりしないってぐらい。その上で本作最大の武器が、主人公であるまいんちゃんを演じた女の子が大変可愛いって事で、これがまた本当に可愛いんだよね。彼女は二十歳を超えた今も女優として活躍してるけど、未だに十年前の番組であるまいんちゃんなんて呼ばれたりするのはそれはそれで辛いような気もするよ」
「でもそういう役に巡り会えたのは幸いと気付く瞬間はいつか来るはずだから心を強く持って生きてほしいわね」
「そうだね。そんな人気番組も二〇一三年に最終回を迎え、始まったのが現在にも至るクックルンってわけだよ。この時点における正式なタイトルは『すすめ! キッチン戦隊クックルン』。タイトルからも予想がつくように日曜朝にやってるスーパー戦隊シリーズのパロディで、最初は三人組、途中で追加戦士も加わる事になるクックルンというチームがダークイーターズという悪の組織によって地球に送られた怪人を料理の力で退治する一話完結型のお話が基本線となっている」
「料理でどうやって怪人を倒すの?」
「倒しはしないよ。退治するんだ。怪人だって大体嫌がらせレベルで血を見るような真似はしないしね。という事でアニメパートではちょっとしたドラマと怪人登場、クックルンに変身して怪人と対峙しつつ程々のところで『今のうちにパワーチャージを』って事で実写の料理シーンに突入する。何らかの異次元空間みたいなところにあるキッチンでおいしい料理を作りパワーをチャージ、必殺技の満腹ビームで怪人を吹き飛ばしてエンディングに至る」
「私達もそうやって解決出来ればどんなに良いか」
「ははっ。まあ大まかな流れはそんな感じだけど、その中で一話やその週のうちに完結するドラマだけじゃなく長期的な伏線もちょくちょく挟んで怪人の個性をアピールして食材や調理法の知識をレクチャーして料理して歌や踊りも入れて時にはクイズなど視聴者を飽きさせないためのミニコーナーも加えて食べて感想言って毎度おなじみのフレーズやら小ボケも添えて……、とやる事は多い。本家の戦隊ものもそういう制約の中で毎年ドラマ作りしててまさに職人技だけど、あっちは一話三十分あるけどこっちはわずか十分だからね」
「かなりギリギリになりそうね」
「でも食育番組としては本編たる料理パートに手は抜けないよね。そこで犠牲になるのがアニメパート。凄まじいスピードで展開するためにご都合主義的展開やそれを揶揄するかのようなパロディメタネタ内輪ネタがポンポン出てくる。最初見た時はその強引さに本当にびっくりしたよ。本来アニメパートなんておまけみたいなもののはずなんだけど、そこだけでも見るに値する異様なパワーを有している。それと視聴者から怪人募集とかやってるけど、採用された時『〇〇県の××さん』じゃなくて『○○星の××星人』みたいな言い回ししてるのが好き。でも去年その××星人、というか一般の子供がリモート出演っぽく出てきたのにはさすがに絶句したけど」
「なんとまあ……。さすがEテレの底力よね」
「多少カオスでも教育のためって言えば何となく収まるから建前って大事だよね。またクックルンのメンバーは二年ごとにチェンジしている。設定は微妙に変更されつつも大体一度は先輩との共演週は用意されているから継続視聴者にも優しい。それでこの四月から、正確には三月末の月曜日から五代目となるクックルンが活躍を開始したばかりなんだ!」
「へえ、いきなり見そびれてるじゃない」
「大丈夫。そこは見過ごしが多発する子供向け番組、新作が放送された翌週には確実に再放送されるし、その後も折に触れて再放送があるから一度見逃したらもう二度と見られないという番組じゃないんだよ、基本的には。でも世代最終盤はそうでもなくて、この間なんて国会中継と大相撲とセンバツが同時開催だったでしょ。どれも本来はNHK総合でやるけど物理的に不可能だから、Eテレを利用したんだ」
「でもそれぞれ需要が多くて外せないから大変よね」
「それで最終回の本放送がなされるはずだった十九日の金曜日はセンバツ開幕と鉢合わせしたから潰れて、再放送も延長戦が多発した翌週水曜日は駄目だったからね。また金曜日の試合展開が長引いたら最終回は通常の時間帯で放送されずいつになるのかとヒヤヒヤしながら野球を見守っていたんだよ」
「人知れずそんなドラマを演じてたとか知らなかったわ」
「まあ幸い時間内に終わってくれたから良かったけど。そんな四代目クックルンだけどコロナのせいで新作撮影不能だった時期もあるからね、それで最後はかなり強引に詰め込んだ上でなおも伏線を全部回収しきれなかったように見受けられるのが惜しいところ」
「あらまあ」
「一応最終回は卒業式って事で綺麗にまとまった形ではあるんだけどね。新作作れなかった時期は歴代クックルンの傑作選でお茶を濁してて、それはそれで初期を知らない自分からするとありがたかったけど。当初はそこまで忙しなくないぞとか発見も多かったし。それを踏まえて今回の五代目クックルンは、今までメンバー構成は女二人男一人だったのに男二人女一人と逆転したのがまず一番驚いた」
「それはまた、なかなかの大変革じゃない」
「歴代の番組でも男女一人ずつのペアって形式がせいぜいでここまで男優位なパターンはない。そういう意味だと単にクックルンの中で異端というだけでなくこの番組三十年の歴史を全てひっくり返すようなチャレンジなのかもね。とは言え『ひとりでできるもん!』の時代から大胆な変更は常に行われてきたし、まあそんなもんなんでしょ。他にもロゴ変更、音楽担当者交代など変化は多いけど相変わらずダークイーターズは続投だから、そこで同一性を保っている。また作中に異星人が出てくるけど、その異星人の住んでた星が先代に出てきた星の名前と同じなのはもしかすると描ききれなかったドラマを引き継ぐ要素なのか関係ないのか、その辺もこれからの楽しみになっていきそう」
「それで肝心の面白さについては?」
「まあ話を作る人は変わってないみたいだしそこは問題なしとして、歌唱に関しては……、ちょっと下手かも。みんな若いしベンチャーズっぽいテケテケしたギターなどサーフサウンドを導入した曲が難しいのではって指摘もあるけど、そこはこれからのレッスンで克服していくべき課題じゃないかな。そういう演者の成長も含めて子供番組だからね」
「二年後どうなってるか、楽しみね。そして三年後には新スタジアム」
「その頃にも続いてるかな。新しい顔を揃えながら」
そんな事を語っていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いたので、二人はすぐさま戦闘モードに移行して敵が出現したポイントへと急いだ。
「フハハハハ、私はグラゲ軍攻撃部隊のチーズダニ女だ。この星に正義を植え付けるの任務、見事に果たしてみせよう」
オランダのエダムチーズやフランスのミモレット、ドイツのミルベンケーゼなどの熟成に使われるダニの姿を模した侵略者が菜の花咲く川沿いの土手に出現した。蝿を寄生させるイタリアのカース・マルツゥにしろ虫が付いた食べ物なんてと思えるが、それがヨーロッパと日本の酪農文化の深度の差と言えるのだろう。でも文化は認めても侵略は勘弁なので、対抗する力はすぐに現れた。
「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ」
「ようやく四月でこれからだって言うのにあんまり迷惑かけないでよね」
「ふふっ、君達が噂に名高いエメラルド・アイズか。その死は私の栄誉となる。行け、雑兵ども!」
チーズダニ女の発した欲深い指令にただ従うだけの殺戮マシーンの襲撃を、二人は次々と撃破していった。
「よし、雑兵は片付いた。後はお前だけだチーズダニ女」
「明日は雨と言うけれど止まない雨はないように、虚しい戦は止めましょう」
「何が虚しいものか。わざわざこんな星に来て何も果たせずすごすご帰られるものか!」
チームダニ女はそう言うと懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。やはり戦うしかないのか。二人は合体して目の前の暴力に立ちはだかった。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
雲のモザイク越しにチーズダニロボットとメガロボットは激戦を繰り広げた。そして悠宇がガッツに満ちた一撃を食らわせて敵の動きを一瞬止めた。
「今よとみお君!」
「よし、ここはレインボービームでとどめだ!」
わずかに生じた隙を見逃さず、渡海雄は白色のボタンを叩いた。胸から放たれる七本の光が敵を包むと、爆発的な破壊力をもって継戦能力を奪い去った。
「ぐううっ! やるな。この私を退かせるとは!」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置に載せられて、チーズダニ女は宇宙へと帰っていった。時はまさに春爛漫。この輝きを侵略に任せるわけにはいかない。そういう美しいものを守るためにこれからも頑張ろう。二人はまた友情を確かめ合い、家に帰った。
追記。数ヶ月進んだ段階で今回のクックルンについてざっくりまとめると、一人身長が高い真ん中の男の子がちっちゃい両端の子達と一緒にああいう服を着てああいう振り付けを決めてるのが大変良い。子供ながらに「いい年して」「男なのに」みたいな葛藤をプロ精神で乗り越えた先にある美の境地だ。
今回のまとめ
・新スタジアムはついにはっきりした絵が出てきてテンション上がりまくり
・クックルン以外にもEテレには化け物が多数潜んでいる
・設定の変化は特に何も思わないが歌唱力だけはしっかり高めよう
・雁字搦めな決め事の中で確かなドラマを構築する様はまさにプロ中のプロ




