so10 PRECOCIについて
十月が進むにつれてぐんぐんぐんぐんと涼しくなってきた。雨上がりの朝、金木犀の匂いが水分の多い空気を伝っていつも以上に鼻孔を強く刺激してくる。それでも渡海雄と悠宇は夏と変わらない心の熱量を保ったまま道を歩いていた。
「決勝戦はイングランドと南アフリカか」
「前回大会では開催国にも関わらずグループステージ敗退のイングランドと日本相手に史上最大とも呼ばれる大金星を献上した南アフリカ、ともに屈辱を味わったところがこうして優勝を争っている」
「イングランドはあのニュージーランドに勝ったし、南アフリカも日本に雪辱を果たして今ここにいる。なかなかのドラマだよね。それで今回はPRECOCIについて」
「いやもうちょっと上手く話題切り替えようよ。まあいいけど。それは何?」
「今から二十年ほど前に活躍していた、エンターテインメント集団と称していたグループだよ。歴史的経緯から語ると、まず当時沖縄アクターズスクールという芸能養成学校出身の連中が一世を風靡していた。安室奈美恵とかSPEEDとか出てきてて、特にSPEEDは小中学生でありながら主に同世代からは『単なるアイドルではない。若くして大人並に歌い踊れる本格派』みたいな評価を得て大いに売れた。今見ると本格派とアイドルって実力じゃなくて売り方の違いでしかないなってところはあるけど」
「というか今となっては議員になった人とかスキャンダルの常連とかそういうイメージにしかならないから全盛期が凄かったって実感はないわね」
「それもそうだけど今はなしで。とにかく直接的にはSPEEDとか声変わり前の三浦大知らが所属していたFolderあたりを見て、こういうのやろうってなったのかなと思う。まずは一九九八年にオーディションで子役など小中学生を集めてレッスン開始、デビュー前のSPEEDが出てたのと同じテレビ番組に出演するなどして知名度を高めつつ翌年にデビューと相成った。グループ名の由来は早熟とかませたって意味のあるPRECOCIUSという英単語から来たらしい。そしてメンバーだけどね、実に二十六人もいる」
「うおお、多いわね」
「だから個別での紹介は割愛。世代は最年長が一九八三年生まれ、最年少が一九九〇年生まれ。ほとんどが当時十歳から十五歳ぐらいとなる八十年代後半生まれで占められている。またその中で男は五人のみで圧倒的に女優位」
「この辺の世代だと女の子のほうが早熟だって言うし、そんなものなのかな」
「それでメンバー全員が歌って踊れて、タップが出来るのが特徴」
「なんてタップ? ちょっとセンス古くない?」
「なんてエンターテインメントっぽいって企画考えた人が思ったんじゃない? また『kidsじゃないyoungでもないtweens世代が自分達の夢を実現するために創り出した仮想独立都市PRECO CITYの住人のシンボルであるエンターテインメント集団』みたいな設定はさすがに作りすぎ。子供たちが本人の意志で歌ったり踊ったりしてるのがPRECOCIですって言いたげだけど、こんなの明らかに大人が作った設定でしょ」
「でもそれだけ気合入ってるって証明なのかな」
「確かに最初からコンセプトを色々と考えてたのは間違いない。それでコロムビアが子会社として設立したヒートウェーブというレーベルからデビューするやいなや、立て続けにシングルを切りまくった。またアルバムも出てて、それがこの『PRECOCI BOX 1』。一九九九年七月にセカンドシングルと同時発売されている」
「路上で踊ってるジャケットだけど、いかにも当時のチャラチャラした子供みたいなファッションが素敵ね。そして一曲目が『いーじゃん!!』。作詞池田裕幾、作曲KANAME、編曲河野伸」
「これがデビューシングルで、いかにもチャラいタイトルの通り、当時大人が考えてた『今どきの子供像』をなぞったような歌詞が特徴。作詞の池田は放送作家で、PRECOCIの歌詞の多くは彼の手によって書かれている」
「本業の作詞家とは違うのね」
「だからこそ、プロならもうちょっと技巧に走るところをかなりストレートに表現してるから時代の雰囲気が伝わってくる。昔の雑誌を見てるような感覚。作曲のKANAMEは、確か解散後の佐藤敦啓のミニアルバムプロデュースしてた事あったな。コーザ・ノストラというグループに所属してたけど知らないし。編曲の河野はブラックミュージックの造詣が深いらしく、だからこれも当時のストリート系のエッセンスが大いに詰め込まれたサウンドとなっている。一言でまとめるとチャラくてませてて、まさにグループのコンセプトを体現した楽曲」
「次は『夢中にさせて』。作詞AKASAKA、作曲編曲真田カオル」
「作詞は赤坂泰彦という名義のほうが多分有名。当時DJとして大いに活躍していたけど昔は東京JAPというバンドで活躍していて、真田もそのメンバーだった。またこの曲はPti-Ptiという女三人によるグループ内ユニットによって歌われているのが特徴」
「随分早い段階でグループ内ユニットが出来てたのね」
「早いも何もどうやらデビュー前からすでに存在してたみたい。ちなみに今語ってる情報源の一つとしてPRECOCIの公式サイトをアーカイブで閲覧したけど、このPti-Ptiに関してはいわく『スーパースウィートアイドル』だそうで、実際スーパーにスウィートな楽曲に仕上がっている。というかこの曲凄く良いぞ。歌詞としてはちょっと早熟な女の子が男の子にアクションかけてる感じだけど、その手練手管がストレートな割に奥ゆかしいのがかわいらしい。ちょっとピコピコしたサウンドも良いし、歌唱もなかなか。冷静に考えるとちょっとあざとい歌詞ではあるんだけど、全体的には純粋さ、甘酸っぱさが勝っている」
「次は『恋のLucky Check』。作詞AKASAKA、作曲編曲真田カオル」
「これもpti-ptiの歌唱で、相変わらずハイクオリティ。歌詞もサウンドも前曲と大体同じコンセプトだけどちょっとテンポ早めで、特にサビでは激しい掛け合いが繰り出されてるけど、ここのちょっと切羽詰まった歌唱がとても胸を打つ。今を生きる時間を一瞬たりとも無駄にしたくないというひりひりするような切実さを思わせるというのかな。とにかくPti-Ptiの楽曲は素晴らしい。この二曲を生み出しただけでもPRECOCIというプロジェクトは間違いじゃなかったと断言出来るぐらい良い。是非買って聴いてみてね」
「Bメロのシンセのフレーズが何か良かったな。それで次は『1 or 8』。作詞池田裕幾、作曲小林ヨシオ、編曲美久月千晴」
「これはニキ・リナという双子によるグループ内ユニットによって歌われてる。でも歌詞をよく見ると女のほうからちょっと反応鈍い男にアクションかけるってシチュエーション自体はあんまり変わらないぞ。ただサウンドは全然違ってて、こっちは全編に渡って弾けたサウンドが繰り広げられるにぎやかなロックナンバーとなっている。小林はそういうのが得意な作曲家みたいだし、美久月はベーシストとしてスタジオでの活動が有名かな。当然光GENJIやチャゲアスでもいっぱい弾いている」
「次は『秘密のスペル』。作詞池田裕幾、作曲渡辺和紀、編曲美久月千晴」
「これもキーボードが縦横無尽に騒ぐカラフルなロックサウンドで、大体前曲と同じような路線。でも甲乙つけがたかったPti-Ptiと異なりこっちは前曲を凌ぐ事はないかなって感じ。サビがちょっとキャッチーさ狙いすぎではあるけど、まあ悪くはない。このPti-Ptiとニキ・リナはシングルCDとしても発売されているけど、それだけのクオリティはあるよ確かに。まあ結局これっきりで終わったわけだけど、もったい話だね」
「次は『Future』。作詞井ノ上和宏、作曲編曲保泉ヒロ」
「それでこの曲もまたPANICという男女混合三人組ユニットが歌ってる。ヒップホップに強いメンバーで構成されてるようで、途中でラップが入ったり本格派を目指したのかなとは思うけど、曲も歌唱ももう一歩。公式で豪語する『固定観念にとらわれた大人たちにパニックを引き起こす』レベルには至ってないかな。しかしPANICのメンバーの一人はその後研鑽を積んで、去年最も流行った曲の一つであるDA PAMP『U.S.A.』ミュージックビデオを手掛けるなど、本当に日本にパニックと呼べるようなムーブメントを巻き起こしたのはお見事」
「いかにも結果論だけどね。仕掛け人はどこまで子供たちの未来を考えていたのかしら。アルバムに戻ると、次の曲は『NAKED』。作詞石塚裕美、作曲編曲氷室マサユキ」
「これを歌うのはHARUKAというユニット、というかソロ。いわく『コンセプトは無意識の不良』で少女が大人になる瞬間の『"刹那"と"切なさ"を歌うボーカリスト』だそうだけど、形容はいささか大袈裟にしても確かにそこそこ歌えてるとは思うよ。で、この曲を最初聴いた時SPEEDの『STEADY』が頭に浮かんだ。グループ内では年長でも世間的にはまだまだ子供と呼ばれる年齢の子にこういう歌詞を歌わせるあざとさはなかなかのものがある。オーケストラヒットっぽい音がおもむろに連発されるサウンドはかえって安っぽいけどそれはそれで味がある」
「次は『OKです!!』。作詞池田裕幾、作曲編曲RYOZI」
「これはグループ内ユニットじゃなくてPRECOCI全員の歌唱による二枚目のシングル曲。相変わらずチャラいサウンドで、ラップも組み込まれてるし間奏ではカッカッカッってタップしてる音も入っててまさにここまでの集大成的存在。実際『いーじゃん!!』よりあらゆる面でパワーアップしてて、より好みでもある。そういえばこれのカップリング『ハジケて行こう』でもガッツリラップパートあるし、そういうヒップホップ的感性が当然になりつつある過程にある楽曲とも言えるかな。この頃デビューした嵐も頑張ってラップやってたしね」
「そんな嵐も来年には活動休止か。次は『Dream Power』。作詞池田裕幾、作曲楠瀬誠志郎、編曲前田和彦」
「これが『いーじゃん!!』のカップリングだった曲。作曲の楠瀬は『ほっとけないよ』という自作のヒット曲があって結構有名な歌手。元々は山下達郎とかそっち系のポップスの出だけに他と比べてもストリート指数が低めなメロディーが特徴となっている。歌詞もあんまりチャラくなくて前向きポジティブ純粋って感じだけど、それ以上にチップチューンにも近しいピコピコしたアレンジが印象的。そこが強すぎて、終わってみると微妙に食い足りない部分なきにしもあらず」
「後はシングル曲のリミックスと、なぜか『Future』『NAKED』のカラオケバージョン」
「このアルバムが初出の新曲だからね。でもこんなマイナー曲カラオケで歌えるところあったんだろうか。帯には『1stコンピレーションアルバム』と書かれてるだけあって、普通のアルバムとは違うよって部分かな。リミックスに関しては『いーじゃん!!』がMAASA、『OKです!!』がSOICHI TERADAなる人物が手掛けている。寺田のほうが有名っぽいけど、楽しめるのは前者。それとCDエクストラと言って、映像や写真も収録されてるみたいだけどなんか動作環境が合わないのか見られなかった」
「あらまあ。動くPRECOCIの雄姿が拝めたかも知れないのに。ほとんど女の子だけど。そう言えば当時の売上はどうだったの?」
「客観的な事実だけを述べるとまず楽曲リリースがあったのは一九九九年限り。公式サイトのアーカイブを眺めてても割と早い段階で活動は縮小されてるみたいだし。そして彼らがデビューしたヒートウェーブというレーベルは二〇〇一年、債務超過のため消滅した。PRECOCIのせいばかりとは言えないけど、売れてたらこうはなるまい」
「ううむ、やはりままならぬものね」
「それで二〇〇一年十月十四日、TOKYO FM HALLで行われたライブを最後に解散した。とは言えデビューから二十年も経って、前述の通り今でも芸能の最前線に立つメンバーもいるわけだし、それなりに役割は果たしたと言えるんじゃない? まあ当時の売上やメンバーのその後なんて本当はどうでも良くてひたすらPti-Pti最高と叫びたいだけなんだけどね!」
そんな事を語っていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いたので、やはり戦いかと覚悟を決めて二人は着替えて敵が出現したポイントへと急いだ。
「ふはははは、私はグラゲ軍攻撃部隊のタワヤモリ女だ! この汚れた星を浄化してみせよう」
四国や瀬戸内海沿岸に多く、模式標本の産地が香川県の多和村だったのでこの名を付けられたヤモリの一種の姿を模した女が山の中に出現した。まもなくそのカウンターとなる存在も山中に駆けつけた。
「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ」
「せっかくの爽やかな秋晴れを見てこれを破壊しようなんて、間違ってるわ」
「突然出てきたと思えば何を意味不明な戯言を。だがそれが貴様らの辞世の句だ。行け、雑兵ども」
聞く耳持たずとばかりにいつの間にか周囲に伏せていた雑兵たちが一斉に襲いかかってきたが、二人は冷静に対処してついに全滅させた。
「よし、これで雑兵はすべて片付いたか。後はお前だけだタワヤモリ女!」
「秋なんて素敵な季節に殺し合いなんてしたくないから今すぐ立ち去りなさい!」
「また意味の分からない言葉だ。しかしお前たちを殺せば私も軍団長だ。ゆえに死んでもらうぞ」
そう言うとタワヤモリ女は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。人に心を伝えるのは難しいものだと痛感しつつ、渡海雄と悠宇は合体して強大な暴力に対抗した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
清々しい日光きらめく秋の空に激闘の炎が灯った。しかしほとんどの人はそれに気付かず何気ない秋の一日を楽しんでいる。そう言えば巨人四連敗は笑えたがソフトバンク四連勝は興醒めだった。一番良かったのはどっちも負ける展開だったが、あんなつまらない戦いで頂上決戦面されると未来は心許ない。閑話休題。
戦いはタワヤモリロボットの粘っこい攻撃を悠宇がうまく回避しつつ間合いを見計らい、一気に組み伏せて相手の自由を奪った。
「よし、今よとみお君!」
「ゆうちゃんありがとう! なら今回はランサーニードルで勝負だ!」
一瞬の隙を見逃さず、渡海雄は素早く黒色のボタンを押した。胴体から大量に発射されたニードルが敵の装甲を撃ち貫いた。
「ええい忌々しい奴らめ。仕方ない、出世はまた今度だ」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってタワヤモリ女は宇宙へと帰っていった。帰り道の金木犀の香りはいつもより清々しく思えた。
今回のまとめ
・ラグビーも良かったしルヴァンカップ決勝も面白かったよ
・Pti-Ptiの楽曲最高という事実がもっと広まると素敵
・PRECOCI全体で言うととにかくチャラいし映像だと結構痛い
・コンセプトだけで力尽きたっぽい大人たちはもっと頑張れ




