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oi11 花園生観戦記念 アルゼンチン対トンガについて

 瑞々しい黄緑色の上に乗る黄金色の稲穂が西から吹く風に揺れる水田を横切りながら南へ南へと電車は進む。この光景に心動かされた私達の先祖がこの国を瑞穂国と讃えたのだろう。命の糧に囲まれた線路を進むと、定刻通りに大和西大寺駅で奈良線に乗り換えた。


 東の奈良から西の大阪へと進みゆく電車は山を二度超えた先にある石切駅でしばし停車する。そしてこれを抜けると間もなく、地平線の先までもビルで覆われた一大市街地が眼前に広がってくる。


「おお……」


 思わずため息を漏らす大パノラマから電車は鉄筋コンクリートと人間の群れに流れ込むが、完全に馴染むにはもう少し時間が必要かという頃合で目的の東花園駅に到着した。九月二十八日土曜日、時は十一時を少し回った頃であった。


 ここに降り立った理由はもはや言うまでもなく、今日この地で繰り広げられる熱戦をこの目で確かめるためであった。ラグビー熱の高まりから、ついに観戦というレベルにまで達してしまうとは、人間の運命なんて分からないものだ。


「いやあ着いた着いた。これが噂に聞く高校ラグビーの聖地花園の最寄り駅か。隣に河内花園駅なんてものがあるからちょっとややこしかったけど。それにしても、周辺の町並みを見ると案外普通だね。さすがに出てすぐの植え込みに今日ここで試合するアルゼンチンとトンガの旗が掲げられてるあたり本番モード漂ってるけど」


「とは言え普通の駅前にこんな派手な自動販売機はないでしょ」


「むう、このイラストは!?」


「中央はサントリーで左側はコカコーラ。それぞれサンゴリアス、レッドスパークスという社会人ラグビーのチームを持っているから、そのマスコットなんかが描かれてるわけよね。さすが聖地花園、一発目から魅せてくれるわ。ついでにここまで来るのに使った近鉄もラグビーにおいては戦前のまだ近鉄になる前の大阪電気軌道、通称大軌時代からの名門として有名で、バファローズ死すともライナーズは死せずとばかりに、この右側の自販機にもイラストが描かれているわ」


「そんなに歴史があるものなのか」


「今は二部だけどね。それで今日試合がある花園ラグビー場の歴史もこの近鉄ラグビー部と歩みを同じくしていたと言っても過言ではないぐらいに、非常に密接な関係にあったの。まずこのスタジアムの辺りは大軌の社用地だったらしく、そこにラグビー場が作られたのが昭和になってすぐの一九二九年。戦時中は軍隊に利用され、戦後も進駐軍に接収と日本の国難をそのままなぞるような臥薪嘗胆の日々を経て一九四九年には接収解除され、一九六三年には高校ラグビーの大会で使われるようになった」


「それまではどこだったの?」


「調べたところ第一回は豊中市。以降も戦後に一度東京の今で言う秩父宮ラグビー場が完成した時に開催されたけど基本的には宝塚や甲子園、西宮と関西でやってたみたい」


「他はともかく甲子園ってあの?」


「そう、あの。元々甲子園は阪神電鉄が一大スポーツ施設を作ろうって計画の中心地だったからね。だから戦前には甲子園南運動場ってところもあったし、甲子園自体も野球専門ではなく、もちろん野球中心だけどそれ以外のスポーツにも対応可能な作りになっている。今でもアメフトの甲子園ボウルで使われているし、広島や今度日本ハムが北広島に作ろうとしているボールパークとはまた別の哲学に基づいた施設と言えるわ。そしてこの花園もそういう意味では近鉄版甲子園のようなもので、かつてはラグビーだけでなくゴルフ場としての機能も有していたらしいし、実はJリーグの試合が開催された事もある」


「同じフットボールだからってよくもやるねえ」


「長く続くってそういうものだからね。もちろん甲子園や神宮など歴史あるスタジアムがそうであったように花園も今の姿となるまでに幾度もの改修を通り抜けている。先に言ったゴルフ場についても整備されたのは戦後で、その痕跡が消えたのは去年になってからだと言うし」


「それもやはり今回の大会に向けてって事なのかな」


「そうね。せっかくの聖地だもんね。ワールドカップ日本誘致が決まってから『やっぱり花園でやらなきゃ』と自治体は意欲満々だった。でも近鉄はあんまり金がないから改修にも後ろ向きで、結果二〇一五年に近鉄からこの東大阪市に譲渡された。それに伴って東大阪市花園ラグビー場がこのスタジアムの正式名称となっているの。それで大規模改修して、それが先述の通り去年終わった。そしてこの大会を万全の体制で迎えたわけよ」


「そういえば車窓からもちらっと見えたけど、いかにも新しそうだったね。コンクリートのくすんだ感じとかまったくなくて。ああ、楽しみだなあ。聖地と呼ばれる花園、どんな世界が広がっているんだろう。どれぐらいで着く?」


「この東花園駅から花園ラグビー場まではほとんど一本道みたいなものだから、まあ五分程度歩けば到着するわ。とは言え今は人も多いからもうちょっとかかるかも知れないけど」


「でも逆にこの人の流れに棹さすように進んでいけばもう到着するわけか。それでこの道がスクラムロードなんて名付けられてるんだね」


「ラグビー用の服とか売ってる店もいくつかあるのはさすがよね。それとマンホールが」


「あっ、ラグビーの絵柄だ」


「街頭には今大会出場チームの簡単な紹介もあるし、気分が高まるじゃない」


 その道すがら、市議会選挙の掲示板がいくつか並んでいた。どうやらこの試合の翌日に選挙があるらしい。ラグビー好きをアピールする候補がいる一方で共産党は「ラグビー場はピカピカ学校はボロボロでいいの?」などと主張しており場外戦も盛んな模様だ。


 学校と言えば、近くにある中学校のグラウンドにしっかりとH型のゴールポストがそびえ立っていたのはさすがだと感心した。ゆるキャラにラガーマンを使うだけの事はある。


「そしてここが本物の花園ラグビー場よ」


「おおー、これがかあ。最近改修されただけあって立派で綺麗な外観してるねえ。それにまだ開場前なのにもうこんなに人が集まってるよ。凄い熱気だ」


「水色と白が横縞を描くアルゼンチンのジャージや赤いトンガのジャージだけでなく、意外と日本代表の紅白のジャージを着た人も多いし、もちろんそういうのとは関係ないノーマルな私服も多数。それに周辺のイベントスタッフやボランティア、マスコミの車も停まっててまあにぎやかなものよね。猫ピッチャーが描かれた読売新聞のトラックかわいい」


「四年に一度じゃなくて一生に一度って言われてるもんね。まさにお祭り騒ぎ」


「一方で常設の施設に目を向けると、スタジアム前の庭にはストーンヘンジみたいなモニュメントがあるのはイギリス発祥のスポーツに対するリスペクトなのかしら。また右にはラグビーの森という空間があって、歴代高校ラグビー優勝校の一覧などがある」


「なんか別の人物を連想させるね。それはともかく歴史を見ると初期の優勝は京都ばっかりだね」


「何だかんだで伏見工業とか同志社大学とか強豪のイメージはまだあるもんね。その歴史を打ち破り慶應が優勝もここから台湾朝鮮満洲の外地勢が大暴れ。それと秋田工業もやたら強い。そしてここ数年は大阪か福岡かって争いになってて、最新の優勝校は大阪桐蔭」


「野球だけじゃないんだね。ああ、そう言えば大阪桐蔭も東大阪市だっけ?」


「いや、そっちは北にある大東市。正直ちょっとややこしいけど山梨県と比べるとまだましかしらね。さあ、そろそろ開場よ」


 試合開始二時間前に開場した。スタジアムのコンコースでは食べ物や飲み物、ついでにプログラムなんかも売っていた。それから確保したチケットに指定された南側の席へと向かうべく階段を登った。


「ああ、いい景色! 予報では雨だったくせにむしろ晴れてて暑いくらいだし。グラウンド一面に生え揃った芝生もとっても綺麗だ」


「でも上部から吹き下ろされる風は紛れもなく秋のものよね。噂に聞いてた通り食べ物や飲み物はあんまりだけど、この空気を食べるだけでも十分お腹いっぱいになりそう」


「ハイネケンとかさ、飲めないし」


「未成年だもんね」


 と、ここで突如雷鳴のような叫び声が轟いた。地球の裏側からはるばる訪れたアルゼンチンのファンたちは早くも歌い叫び元気爆発だ。それにしてもアルゼンチン人は美男美女多い。さすがガウチートくんを生み出した国だけあって美意識が高い。


 スタジアムのパノラマを見渡しても、水色と白のジャージのほうが多いようだった。しかしトンガのファンも着実に集まっている。腕から刺青が覗く人も多く、なるほどそういう文化圏かと納得した。


 他に紅白の日本代表ジャージや、鮮やかな黄色が燦々と輝くオーストラリアのジャージなども確認した。他に特製のTシャツを着た人も多く、そうやってプラスチックのスタジアムに花が咲きつつ試合開始の時が刻一刻と迫ってきた。


「ところで今日のアルゼンチン対トンガだけどね、実際のところどっちが強そうなの?」


「基本的にはアルゼンチンが優位よ。サッカーのイメージが強い南米の中では突出した強豪で、これまでの最高成績は三位、前回大会では四位。今回も先日これまた強豪のフランスと対戦し、後半に一度はリードしたもののドロップゴールを食らって惜敗という好勝負を繰り広げた。一方トンガはこれまで決勝トーナメント進出はなし」


「そうなるとやっぱり今日もアルゼンチンってなるのかな」


「ラグビーはなかなか番狂わせってないからね。攻めるにしても守るにしても突出した個人がいたところでどうにもならない、チーム全体の戦いになるからね。その中で劣るチームが必死に頑張って前半はある程度持ち堪えても、スタミナがすり減る後半以降に実力を見せつけられるパターンもありがち。日本代表が弱かった頃は『後半途中まで僅差! 大健闘!』みたいな報道がなされてたぐらいだし」


「でももう今の日本代表は善戦じゃ満足されなくなってるよね」


「つまりそれだけ強くなったし期待されてるって事だからね。例えば日本代表チームの愛称は胸の桜のマークからチェリーブロッサムズと呼ばれているけど、二〇〇三年ワールドカップで勇敢に戦ったからブレイブブロッサムズと讃えられた。でもその時の成績って普通に全敗だからね。それでも特に九十五年の惨状を鑑みるに今回は諦めずよく頑張ったって言い回しだったけど、今は本当の意味で勇ましい戦士として戦えている。先週のロシア戦も内容に不満はあれどしっかり結果は残せたわけだしね」


「元々はロシアの立ち位置だったもんね。それで今日のアイルランド戦はどうなるかな」


「さあねえ。ただいきなりスコットランドの攻撃をほとんど封じ込めての完勝する実力だし、点はあんまり入らないだろうからどれだけ相手の攻撃を凌げるかじゃないかしら。とにかく前回南アフリカに勝ったんだから、今回も何か起こらないとは限らない。とにかく諦めない事よ。諦めたら九十五年のニュージーランド戦みたいになる」


「あれ後から動画サイトで見たけど、酷いなんてもんじゃなかったね。最初は日本のフルバックのやたらと長い襟足を笑う余裕もあったけど、あれは駄目だよ」


「スピードもパワーも全然違って、正視に堪えない光景が延々と続くからね。そりゃあラグビー人気も落ちるわ」


「あっ、選手が出てきた。いよいよだね」


「それにしても見てるだけでもこの選手たちの肉体よね。高い、分厚い。まずは国歌斉唱からだけどね、もうちょっと見ててね、トンガのほうを」


「トンガを……、あっ! おお! いきなり踊りだした!」


「これは戦いの前に気勢を上げるためのウォークライ、日本語で言うと鬨の声というもので、世界的にも有名なのはニュージーランドのハカだけど、トンガの場合はシピタウと呼ばれる一連の動きをラグビーの試合前には必ず行うの」


「凄い迫力だ。こちらの背を向けているにも関わらず、空気がビリビリとしびれている」


 そして試合開始だが、早速アルゼンチンがラインアウトからトライを決めた。それにしてもただでさえ大柄な選手たちが空へと飛び出すラインアウトの光景はまさしくラグビーならではの迫力であった。


 そして決定的だったのは前半十六分、アルゼンチンがまたもラインアウトからモールを押し込んだかと思ったら、直後にトンガのミスをかっさらい独走トライを決めた。この連続得点で勝負ありか。ついでにもう一発トライを決めた。


「うーん、思ったよりも差がついたわね」


「まずいね。トンガはミスも多いし、アルゼンチンの強さが目立つばっかりだ」


「全体的にミスが多いのは今日が結構気温高めなのもあるのかな。でもまだ試合は半分も終わってないし、ここから意地を見せられるかよ。ほら、トンガコールだって鳴り響いてる」


 アルゼンチンやトンガのコールはそれぞれ勝手に発生している感じだったが、全体的にはトンガコールのほうが多かった気がする。それは単に判官贔屓によるものなのであろうか。しかし四回もトライを決められてなお、トンガはその勇気を震わせて三十分頃にまずトライ。そして前半終了間際にもあわやというシーンを作り出した。


「うわあ、どっちだろ。ここからじゃ見えなかったな」


「大丈夫。そのためのビデオ判定よ。ラグビーにおけるビデオ判定はTMOと呼ばれていて、その映像が大型ビジョンにも流れる親切設計よ」


「結構うまくビジョンって使われてるよね。スクラム組む時どうしても時間かかるけど、そこで音楽流れてちょっとリプレイ流したり、だれないような工夫が凝らされてるみたい」


「そして判定は……、あー、ノートライで前半終了か。ここまで二十八対七とアルゼンチンはトライ数の勝ち点も得た上で大量リードだけど、後半はどうなるかな」


 まずアルゼンチンの勝利は確定かなという空気で突入した後半戦だが、ここからトンガも意地を見せた。後半の二十五分にはまたもギリギリのプレーでTMOに持ち込まれた。


 大型ビジョンにスローモーションの映像が流れる。二万の観客は固唾を呑んでそれを見つめていたが、ゆっくりと、しかし確実に、トンガの選手がインゴールの右隅にボールを叩きつける決定的瞬間が映し出された。


「ああっ、入ってる!」


「トライだ!!」


 渡海雄が、悠宇が、そしてスタジアムの誰もがその厳然たる事実に気付いた瞬間、三百六十度から今日一番の大歓声が巻き起こった。前半ラストを経てだから「今度こそ」という感激はひとしおであった。


 そこからもトンガは積極的に攻めたが肝心なところでボールをこぼすなどミスもあり、最終的にはアルゼンチンが二十八対十二で逃げ切った。ノーサイドの瞬間、膝をついて悔しがったトンガの選手たちも間もなく立ち上がり、お互いの健闘を称えていた。


「ふう、終わったねえ」


「終わったね。いいもの見たわ」


「うん。やっぱり生は迫力が違うねえ。選手もみんなでかい。藤色のビブスをつけた控え選手がちょくちょく目の前でアップしてたけど、そういう簡単な動きでさえも違って見える」


「専用のスタジアムだから選手との距離が近いというメリットはサッカーにおいてもしばしば唱えられているけど、より巨人のひしめくラグビーだとなおさらよね。それと自発的にコールしたり、いいプレーが出たら一気に沸き立つ観客の空気感も良かったし、今度は日本のリーグ戦とかも見に行くかな」


「機会があればそうしたいね。それじゃ、もう帰る?」


「そうしたいけど今はもうちょっと、退場規制とかしてるみたいだからね。もうちょっと落ち着いたらにしましょう。幸い天気も曇りになってきたし」


「うん。花園、いいところだねえ」


 それで多少落ち着いてから帰路に就いた。それなりに時間使った後でもまだスタジアムの前ではそれぞれのファンが無礼講とばかりに一緒に写真を撮ったりとはしゃいでいた。本当にお祭りだな。


 電車の中で日本対アイルランドをちょくちょく確認したが、まず見たら三対十二、次は六点になってて、前半終了時には九点とジリジリ差を詰めていた。この点差ならもしかするかもとはちらりと思った。しかし実際にそれが起こると、さすがに口をぽかんと開けるしかなかった。


 くたびれた体と頭を家まで押し込むと、すでに液晶の向こうは奇跡を讃えるニュースで埋め尽くされていた。野球でもサッカーでもなくラグビーに染まる日が自分に訪れるとは、一体どうして想像したであろうか。不可思議な運命に見守られながら、筋書きのない令和の日々を生き抜こうと誓った秋の一日であった。

今回のまとめ

・ラグビー熱がこれまでにないほど高まっている

・美しい稲穂を見ると日本に生まれた良さを感じる

・アルゼンチン人の熱狂は聞きしに勝る大迫力だった

・後半のトンガのトライは生で見て良かったと強く思えた

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