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so09 ラ・ムーについて

 夏も終わって涼しくなってきたと思ったのもつかの間、日本列島にまたしても熱気が襲いかかってきた。ついでに関東には台風も襲いかかってきた。秋とは言えども所詮は八月と地続きだと改めて認識させる熱波にもへこたれず、渡海雄と悠宇は日々を過ごしていた。


「高野連や大学野球のホームページにプロ志望届が掲載されて平日に日々更新されるようになるといよいよ秋めいてきたなと思うけど、この日差しじゃ夏も同じね」


「まったくねえ。それでも今は確かに秋だし、時々夏みたいになる事はあっても夏は戻らない。進んでいくしかないんだよ」


「それはそうだけどね。残暑と呼ぶにはあまりにも強烈だから」


「そうだね。それじゃ今回は夏の余波で行こうか。しばらくオメガトライブというプロジェクトについて語ってきたけど、彼らをプロデュースした藤田浩一は時代的には並行する八十年代、菊池桃子というアイドルの楽曲もプロデュースしていた」


「アイドルかあ」


「この菊池はいわゆる清純派のアイドルの典型で、ただ当時は山程アイドル歌手がデビューしててもはや可愛いだけでは売れない時代に突入していた。そこでどうにかして凡百のアイドルと差別化を図る必要があったけど、菊池はサウンド面の強化とそれに伴うビジュアル面を工夫してみた」


「ぐちゃぐちゃな言い方してるけど具体的には?」


「例えば当時のレコードのジャケット。それまでのアイドルは笑顔を大写しにした通称ニコパチみたいな素材の味そのまんまで工夫ないものが多かったけど、菊池はアルバムでは本人よりも風景中心みたいなジャケットにしたり、そもそもシングル偏重になりがちなアイドル戦線においてアルバムに凝るだけでも立派な工夫の一つだった。そうした手法によってちょっと違うぞと思わせれば勝ちよ。正直歌唱力なんかはアイドルだから許されるってレベルなんだけどね。なお当時のメインコンポーザーは林哲司」


「やはりオメガトライブと同じか」


「それだけ藤田に信頼されていた人物だからね。菊池のアイドルとしての高い素質もあってオリコン一位ヒットも数多い。ただ現在まで広く知られてる曲ってなると意外と厳しい。例えば『卒業』ってタイトルの曲が複数の歌手から発売された年あって、当時一番売れたのは菊池のものだったけど今でも名曲と呼ばれてるのは別の『卒業』だったりするのは歌詞の弱さに原因があると思う。ライターが誰とは言わないけど」


「なんて嫌味ったらしい言い回し。それで作詞者は……、あっ」


「まあ、そういう事だよ。ともあれアイドルとして成功した菊池だけど、この稼業の旬は短いもの。年齢を重ねるにつれていよいよ人気が下落していく時代が訪れる。それを補うかのようにだんだんサウンドが本格的になっていったんだけど一九八八年、ついに大胆な動きを見せた。それが今回語るラ・ムーだよ」


「ラ・ムー、それは何?」


「平たく言うとね、菊池がボーカルの自称ロックバンドを結成したんだ。でも結論を先に言うと守勢を挽回するには至らなかった。その原因はビジュアルイメージの失敗が大きかったとされていて、実際動画サイトなんかで見てもびっくりする。特にこの衣装」


「おおう強そうなデザイン! 近未来っぽいイメージなのかな」


「ソロ時代は普通の服でほとんど振り付けもなく歌ってたのが急にこういうのを着て奇っ怪なステップを踏み出したので騒然となったと言う。またラ・ムーにはコーラス要員としてロザリン・キールとダレル・ホールデンという外国人女性が加わった」


「オメガトライブと同じ事してるのね」


「自分たちがやってたのは所詮外国のものまねに過ぎず、リアル外国人を入れる事で偽物の限界を克服し本物に近づきたいという意識に囚われていたのかな。ともあれこの両名、元々はアメリカで活動していたものを日本に呼び寄せたらしく実力は確かなんだけど、決して歌唱力があるわけじゃない菊池が異様にごつい外国人を引き連れて歌い踊るという絵面はかなりの違和感を伴うものであったとされる。そして何より楽曲、特にシングル曲のタイトルがこれまた奇抜なものばっかり」


「ラ・ムーとしてのデビュー曲が『愛は心の仕事です』。確かにインパクトあるタイトルね。作詞売野雅勇、作曲和泉常寛、編曲新川博はカルロス時代のオメガトライブと同じなのに」


「ブラック・コンテンポラリーと呼ばれる、シンセをふんだんに採り入れたタイトなリズムと都会的で洗練された当時流行のサウンドを土台に菊池のふわっとしたボーカルと外国人による鮮烈なコーラスが絡むスタイルはこの段階ですでに確立してて、そういう意味では完成度は高かった。不思議な乗り物に乗った古代人のような一団が未来都市に浮遊するジャケットのイラストも、古代の祭典の狂乱を最新鋭のシンセサウンドで再現したイメージかと思うと納得出来る。よく分からない歌詞だってサウンドありきと思えば……、まあでも奇抜なのは間違いないから瞬く間にネタ化するのも仕方ないのかな。ちなみに個人的にシングルで一番好きなのは『青山Killer物語』で、一番ラ・ムーらしいのはイントロから強烈なコーラスがまさしく炸裂する『少年は天使を殺す』かな。『Tokyo野蛮人』は、アウトロにおける菊池とコーラスの掛け合いが結構好き」


「なんか物騒なタイトルばっかりね」


「ジリ貧を打破して流れを変えるには莫大なエネルギーが必要であるがゆえに、力を入れた結果じゃないかな。『青山Killer物語』は、まず東京の青山にキラー通りと呼ばれる一角があって、これをもじったタイトルを冠するこの楽曲はそういう都会の真ん中を舞台にしたアーバンな別れ歌なんだよ。でもそうやって説明されないと意味不明だし、そこは力みすぎたかな」


「楽曲自体はタイトルほど奇抜じゃないのにね」


「イメージと異なりすぎたので進化に取り残された人々からするとまずは唖然として、後はネタとして笑いのめす以外に道はなかったんだよ。コーラスの人達もいつの間にか帰国し、この『青山~』を最後にラ・ムーは自然消滅という末路をたどる。ゆえに世間的にはアイドル史上に残る珍プロジェクト、本人の資質を無視しすぎて色物化してしまったテコ入れ失敗例として理解されている」


「あらまあ」


「しかし菊池本人はその後事務所移籍し女優業メインの活動に変更して無事復活、それから大学で色々学んで政府機関の委員になるなど確実な活躍を見せている。そういう意味では脱アイドルの目的は確実に果たしたと言えるけど、ただこの堅調な活動がかえって『あれは何だったんだ』というネタ度合いを増していたのも否めない」


「それで結局ラ・ムーって何だったの?」


「それが理解され始めたのはようやく最近になってからなんだ。ラ・ムーへの違和感って要は菊池桃子という清純派アイドルの存在が基礎にあって、そこから急にずれまくったって点にあるからね。でもそういうビジュアル面を取り除いたサウンドがどうだったかと言うと、決して色物ではない。ブンブンうねるベースにジャストなタイミングで跳ねるドラム、そしてきらめくシンセサウンド」


「いかにも八十年代っぽいよね」


「そこが大事なところ。当時ならではの音って今となっては失われた楽園、一種のファンタジーとして響いてくるからね。シティポップ界隈からの評価も高く、ラ・ムーを再評価する機運は年ごとに高まっていると言える」


「へえ、そうなんだ」


「菊池のウィスパーボイスが硬質なサウンドにミスマッチって評価もあるけど、冷静に考えるとハーフゆえにふわっとした日本語になっていたカルロス・トシキと方向性は同じ。またラ・ムーの前年に藤田はジャッキー・リン&パラビオンという、香港出身の女性ボーカルに日本語で歌わせるグループを結成してデビュー曲をヒットさせてた。彼女も決して日本語が流暢ではなかったけど、それが味となっていた」


「まさに女オメガトライブか」


「ジャッキーは日本の芸能界に馴染めず帰国してグループは一曲のみで解散したけど、セカンドシングルになるはずだった楽曲が再利用されている事実からも分かるように藤田からするとラ・ムーはそれまでの成功ルートと地続きな存在であり、決して唐突な暴走ではなかったはず」


「でも駄目だったのは、やっぱり菊池の存在の大きさって事なのかな?」


「ラ・ムーを五年でも十年でもやる覚悟があればまた別だったかも知れないけどね。ちなみにアルバムは一枚残されており、この『Thanks Giving』だけどね、やはりクオリティは高いよ。特にアルバム前半は初っ端の『Rainy Night Lady』からちょっとお洒落なリズムの『夏と秋のGood-Luck』、もうじきワールドカップ開幕するラグビーが題材のしみじみしたバラード『Two Years After』など名曲の嵐だけど、特におすすめはキーボード担当でバンドのリーダー格だった松浦和義が作曲と編曲を担当した『Carnaval』」


「そう言えば一応バンドだったから他のメンバーもいたわけか。どういうメンバーだったの?」


「前述の菊池、キール、ホールデン、松浦以外だとドラム中西望、ギター勝守理、ベース吉岡誠司らしい。『Carnaval』に戻るけどサウンド自体はかなりクールなんだよ。盛り上がりすぎないメロディーは菊池の抑えられた歌唱も合わさって心憎いほどのドライさ、クールさが漂っている。そうだ、菊池の決して上手くはない歌唱から漂うボーカロイドにも通じるクールネスは意外と魅力的なんだよね。これに関しては現代のほうが受け入れられやすいかも知れない」


「サウンドどころか歌唱まで機械化が進んでる時代だもんね」


「でもただクールなだけじゃなくて、これにコーラスが加わる事でかなり大きなカタルシスを生み出している。イメージとしては例えばリオのカーニバル、コーラスは地上に吹き荒れる熱風だとすれば菊池の歌声は街を見守るあのキリスト像から吹き下される涼風で、この二つの風のコントラストが非常に鮮やか。松浦は他にも『オリエンタル・プレイボーイ』という中華フレーバー漂う佳曲も手掛けている隠れた実力者。いつもの面々によるシングル曲はさすがに強力だけど、どうせバンドを組んだからにはメンバーの個性が輝いてほしいじゃない。そういう面でもちゃんといいものを見せているのは素晴らしいよ」


「まあせっかく外国人のコーラス部隊を入れたからにはうまく使わないともったいないもんね」


「ただ菊池は完成度の高いアイドルだったからこそラ・ムーの個性は菊池のそれとぶつかり合い、世間からすると清純派が急におかしくなったって理解になるのも仕方ない。でも菊池のアイドル時代を知らない世代や、そもそも菊池自体まったく知らない外国の人たちからするとガチガチに作り込まれたシンセサウンドに可愛らしいウィスパーボイスが乗っかかるミスマッチの妙をそういうものとして自然に受け入れられている」


「しっかりした音楽を残してきたからこそそういう機運も高まるのね」


「これが十年ぐらい前ならまだ存在自体がネタという前提で『色物だけどサウンド自体は意外といけるじゃん。俺は好きだよ』ぐらいの距離感だったけど、もはや前置きは必要なく普通にラ・ムーいいよねって時代が訪れている。そういう意味だとラ・ムーは三十年早すぎたプロジェクトと言えるかも知れない」


「先取りしすぎも考えものね」


「そこがプロデュースの難しいところではあるんだろうけどね。凡庸だと埋もれるけど進みすぎるとそれはそれでジャストフィットしないものだし。またサウンド自体は受け入れられる要素はあったはずなのにうっかりロックバンドなんて言ったのも失敗だったとされている。確かにこういうのもロックの一種類ではあるんだけど、世間でロックと言えば頭に浮かぶタイプのロックじゃないからね。そこも早まりすぎた部分かな」


「『REIKO』にしてもそうだったし、やはり時代と寄り添い続けるのって大変よね」


「でも時代を無理に掴み続けようとすると若者と呼べない年齢にあっても若者であるかのように振る舞いいつまでも解散したがらないジャニーズグループとか、それこそ菊池の作詞してた人みたいな醜悪さを漂わせずにはいられないからね」


「ノーコメントで」


 このような事を語っていると敵襲を告げるサイレンの音が鳴り響いたので、二人は話を止めてすぐ戦場へと赴いた。


挿絵(By みてみん)


「ふはははは、私はグラゲ軍攻撃部隊のリチャードソンジリス女だ。この汚れた星に真実の風を吹き込むのだ」


 学者で探検家のリチャードソンさんが発見したのでその名を付けられた、やけに小さな耳が特徴的な地を這うリスの姿を模した女が山の中に出現した。ペットとしても知られているが、この侵略者はペットなんてかわいいものではない。危険を排除すべく、すぐに地球からの対抗者は訪れた。


「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ」


「相変わらず活動が活発だけど、夏の暑さと同じようにいずれは大人しくなってほしいものよ」


「何かと思えば噂の連中か。早速だが死んでもらうぞ。行け、雑兵ども!」


 ためらいもなく繰り出してきた雑兵のマシンたちを、二人は勢いよく破壊していきついにはボスを残すのみとなった。


「これで雑兵はすべて片付いたか。ならば後はお前だけだリチャードソンジリス女!」


「これから秋なんだし、もう少し慎みを持って来てくれれば良いものを」


「ふん、やはりこの私自ら手をかけるしかないようだな」


 しっぽを震わせながら、リーチャードソンジリス女は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。このしっぽを振る仕草から英語ではフリッカーテールとも呼ばれているそうだが、こうなったからには戦うしかない。渡海雄と悠宇は意を決して合体した。


「メガロボット!!」

「メガロボット!!」


 巨体同士の素早い動きによる攻防がしばらく繰り広げられたが、ジリジリと悠宇が制圧していった。戦いに順応した結果だが、悠宇本人にそれを問うと「それに慣れると人間終わりよ」と嫌がるのであまり言わないようにしている。ともかく悠宇はうまく背中を取って一撃を食らわせた。


「よし、今よとみお君!」


「分かった。ここはドリルキックで勝負だ!」


 一瞬の隙を見逃さず、渡海雄は青いボタンを押した。足が変形したドリルで突撃して、敵の胴体に風穴を開けた。


「くっ、さすがに強い。ここまでか」


 機体が爆散する寸前に作動した脱出装置に乗って、リチャードソンジリス女は故郷である宇宙へと帰っていった。


 現時点でも広島の永川と赤松、ヤクルトだと館山と畠山といった選手たちの引退発表がなされているが、これからも次々と明らかになっていくのだろう。とりあえずはお疲れ様でした。

今回のまとめ

・早くもっと涼しくなってしまえばいいんだ

・ラ・ムーのシングルは癖の強さがインパクト大

・忘れられた結果余分な情報が削ぎ落とされる事もある

・異なる個性を発揮させつつ調和させられれば最高

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