rm35 夏の終わりを告げる西風について
めっきり涼しくなってきた。日差しも確かにまだまだ強くはあるものの往時のえげつない激しさは鳴りを潜め、今や西から吹く風が心地良く感じられる。暦の上だけでない秋の訪れを確かに感じられる日々であった。
九月を待たずして始業式を迎えた渡海雄と悠宇は夏と同じ服を夏とは違う感覚で着こなしていた。
「涼しいっていい事だねえゆうちゃん」
「本当にねえ。あの頃はどんなに薄着でもそれを暑苦しく感じるぐらいだったもんね。それが今や日陰に避難しなくても大丈夫なんだから、ありがたい話よ。それでいきなりカープの話をするけど、一時期かなり首位に接近したけど現状はかなり優勝はしんどくなってるわね」
「そうだね。巨人もついにマジック点灯したし」
「もちろんマジック点灯したから即優勝決定ってわけじゃないんだけどね、ただ基本的には巨人が圧倒的に優位なのは言うまでもない。でもやっぱり巨人ってそんなに強いのかなって疑念は拭えないにせよ、一時期接近されたところからしっかりと離していったのは人智では止められない宿命のような何かが横たわっていると考えてもよさそう。そういう状況から追い抜くには例えば二〇〇八年に阪神を追い抜いた巨人のように常識的なレベルを超えた勢いが必要だけど、今のカープにそれを感じられる?」
「ないねえ」
「まあそういう事よ。まあ今年のカープはよく分からないタイミングでいきなり上げたり下げたりがあったから、ここからまた波が来ないとは断言出来ないけど、それならそろそろ来ないといけないし。お誂え向きに次の火曜日から巨人戦があるけど、ここでそれこそ三連勝でもすればまた話は別だけどね、一つでも負けたらその時点で資格なしと判断されるまさしく崖っぷちにある。いや、実はすでに崖から落ちてるのに気づかないふりをしてるだけとも……」
「まず投手陣が苦しい感じだよね」
「夏場にある程度打たれるのは仕方ないけど、そもそも抑えが事実上不在と言っていいのはさすがにね。フランスアがセットアッパー時と同じ内容を抑えでもやれたらいいのにね」
「そして中崎が戻ってきたけど、この間の中日戦で三点差を追いつかれる見事な炎上を披露。やっぱり駄目だった」
「メンタル的にはフランスアより中崎のほうが抑えには向いているのかなとは思うわ。ただ今の中崎は単純に実力が及んでいないと見るべきか。まあリリーフなんてポジションは消耗して使い捨てられるポジションだし、この三連覇に貢献したほどの投手がノーダメージでいられるはずがない」
「今村もかなり消耗してるし一岡は現在離脱中、ジャクソンに至っては退団だもんね」
「だから中崎は休んでればと言いたいけど、そうも言ってられない層の薄さよ。二年目の遠藤が健闘してるけど、やっぱりそういうキャリアの選手にあんまり重い荷物を背負わせるのもどうかと思うし。とは言え本来やるべき人がいなくなったところで誰かがやらねばならぬが、やはり満を持しての登場とはいかないからには相応の摩耗を覚悟せねばならない。そういった苦しさも含めて今年はきついなと」
「やはり四連覇なんてそう出来るものじゃないね」
「大体三連覇の時点で稀なわけだしね。今年優勝しなかったからと言って、それを駄目だったとは呼びたくないわ。ましてや長年のBクラスもあったし、全体の歴史を見ると今年だって十分に黄金時代だった、良い年であったと未来には言われて然るべきなんだから」
「ただ優勝はかなり遠くなったとは言え順位争いもあるもんね。それも幸い上位争い出来ている」
「現状DeNAと二位争いしてるけど、まああっちもあっちでそれほど勢いを感じられないしどうなるのかしらね。三位は近年もそれなりにあったけど二位となれば実に一九九五年以来となるので、どちらかと言うとこっちになってくれるといいかな」
「ふうむ、そんなに二位になってないものなのか」
「それもちょっとしたタイミングに過ぎないんだけどね。とにかく、今年の優勝がないならないで別の楽しみもあるわけだし、若手の育成とか、そういった部分を楽しまないと損よね」
「小園は驚くほどスタメンに定着したね」
「それもまあどうかと思うけど、本当によくやってるわ。一方小園が上でも十分やれるという目処が立ったのを見計らったかのようについに田中広輔が二軍落ちしてしまったのはいかにも哀れだけど、未だに打率一割台のままじゃあどうしようもないわね」
「毎年安定した成績を残していたのに急にこれだもんねえ。本当に残念な結果」
「前任者の梵は年ごとの成績がバラバラだったからこういうのも想定内と言えたけど。まあこれで小園がしっかりと成長してくれれば災い転じてとも言えるでしょうし、とにかく過去にこだわりすぎずこれからの過程を見守っていくだけよ。そして田中としても、もう今シーズンは駄目かも知れないけど来年以降の捲土重来を願うわ。本来はやれる選手なんだから」
「そう言えば野手で言うとバティスタの件については?」
「……」
「いや、言いたくないなら言わないでもいいんだけど」
「でもこのタイミングぐらいしかなさそうだから一応触れておくけど、まあ様々な意味でかなり痛いのは間違いないわね。ただ問題は今後よ。他球団の前例だと大体契約を打ち切られるパターンが多い。実際もし残留させる意志があるにしてもそれ相応のペナルティに加えて周囲の雑音を気にせず使い続ける覚悟も必要となるだろうし、でももしも出来るならそうやって一つの道を開くのもまた手だとは考えている」
「でもそこまでして使う意味ある?」
「そうは言ってもメヒアだのサンタナよりは上だし、代役は簡単に見つかるものではない。そりゃあ新外国人をいきなり当てたりしたら懸念は一瞬で吹っ飛ぶけどね。ただ野手に関しては近年それほど大きな当たりもなく、今シーズンは全員がカープアカデミー出身となっているわけだし、そう簡単にいくかどうかってところだけど」
「どの道を選ぶにしてもなかなか簡単じゃなさそうだね。いっそ新人任せか」
「ドラフトは、そろそろより具体的な情報も集まってくるかとは思うけど、今のところは投手中心のドラフトになる公算が高いとされているわ。そもそも去年と比べても野手の人材には乏しいし。投手は百六十キロを投げる佐々木や甲子園でも見事な活躍を見せた奥川なんかがいるんだけどね。大卒では森下なんかも。それに野手は好素材だとしてもある程度時間がかかって当然なものだし。ほら、小園だって今一軍で使われてるだけでも凄いんだけど、その成績を見ると文句無しでレギュラー確実ってレベルではないでしょ?」
「あくまでも将来を見越しての起用だよね。それと田中がいまいちとかチーム内の事情込みで」
「田中が普通の成績ならこういう使われ方にはならなかったのは確実。一方で投手の即戦力は実際に規定到達とか二桁勝利とかする人は毎年出てくるものだし、そういう意味でも投手のような即戦力を野手に求めるのは酷」
「やはりじっくりと育てていくしかないのか」
「急がば回れよね。ところでサンフレッチェはなかなか世代交代がうまくいってるみたいで非常にありがたいところよね。森島とかついにポジションを掴んだかな」
「ディフェンダーの荒木もよく出てるよね」
「高さという武器があって、そして何よりやはり若さがある。この荒木に加えて、井林もある程度戦力として見込めるようになったところで水本が松本へ移籍となった。長年確実な戦力として活躍してくれたけど今シーズンは出番がなかったので覚悟はしていたけど……、もう連覇もすっかり過去よね。思えばあの頃は柏も佐々木も柴崎もいなかったんだから」
「当時の主力で残ってるのはもう青山ぐらい?」
「一応清水もね。しかし清水は言うまでもないとして、青山も怪我明けってのもあるんだけどスタメン出場機会は限られている。無論、出場させすれば流れを自分のところへ引っ張っていく力はあるんだけどね、とりあえずそういう実力あるベテランに頼り切りにならずとも上位につけているのが今のサンフレッチェの良い流れよね。選手もそうだし監督やコーチ陣なんかも含めて、トータルで戦えてないとこうはならないでしょ」
「そうだね。もう降格の危険もなさそうだし。こっちの争いも激しいけど」
「鳥栖や松本もある程度上げて混戦度合いが増しつつある中で取り残されそうなのが磐田。去年の時点で名波監督の限界は見えてたけど留任させた上に補強はほとんどなし。その数少ない補強にして気性の荒い点取り屋として活躍したロドリゲスはわずか半年で放出する始末」
「うーん、いかにも降格しそうなチームの動きだねえ」
「当然成績は上がらず名波監督は退任となった。しかし後任となった鈴木秀人も一ヶ月程度で文字通り倒れ、かくしてOB路線は無残な形で終焉を迎えてしまった。名波監督の能力が高かったわけじゃないしそれをヘッドコーチとして支えていた鈴木監督が体調万全だとしてもどれだけやれたかと問われると相当怪しいんだけど、そこの見極めも含めてフロントがもっとしっかりしてあげないといけなかったかな」
「それで今度はスペイン人の監督だってね」
「彼が優秀だとしても時間は限られている。思えば一昨年のサンフレッチェも、特にヨンソン監督以降はもう内容がどうとかそういう気分じゃなくなってたわね。とにかく磐田に必要なのは内容じゃなくて勝ち点だけど、救世主となるべきルキアンはいきなり退場するし道は険しい」
「それでも希望を捨てずに頑張るしかないね。一方で昇格は?」
「戦前からの予想通り柏が快調に走っているわ。やはり選手層が違うと言うか、そもそも落ちるなよって話で。予想以上に健闘しているのは京都や水戸など。特に京都は監督クラスが複数いるごちゃごちゃした指導体制でよくやってるわ。いずれ瓦解しそうだけど、とりあえず新スタジアムの完成も近いしここらでもうひと踏ん張り出来るかよね」
「夏も終わりこれから実りの秋を迎えるにあたり、今までどれだけのものを培ってきたかの勝負になりそうだね」
「そうね。ところで昨日の昼頃に飛鳥がチャゲアスから脱退というニュースが出たけど、あれはどう?」
「どうもこうもないよ。まあ来るべき時が来たって事じゃないの。そもそも長らく活動してなかったんだし、お互いソロ活動はやれてるんだからつまりは現状追認って話でもあるし」
「でも寂しくはなるよね」
「まあね。ただ別に今回は何か犯罪でも犯したわけじゃないし、それに何よりふたりとも生きているんだから。決して残された歌手生命も長くない中で、一番はそれぞれがそれぞれの活動を充実させる事だろうし、その先に何かあれば何かあるだろうと、まあそんな感じ」
「それにしても解散じゃなくて脱退ってのはどういう意図があるのかしらね」
「とは言えまさかチャゲが新たに飛鳥募集するわけもないんだし。別のバンドやユニットを組む可能性は大いにあるだろうけど、ひとまずのピリオドになるのは間違いない」
「夏の終わりだから秋風も吹くものか」
このような事を語っていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いた。やはり来たか。渡海雄と悠宇は素早く着替えて敵が出現したポイントへと走った。
「ふはははは、私はグラゲ軍攻撃部隊のナガメ男だ。この汚らしい空気を清らかにするのだ」
菜の花などアブラナ科の植物に集う、黒とオレンジでどこかの球団を彷彿とさせる色合いをしたカメムシの仲間の姿を模した男が夏の終わりの山麓に出現した。しかし葉っぱを食い荒らされるように地球を食い荒らされてはたまらない。対抗する力はすぐに現れた。
「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ」
「ようやく心地良い天気になってきたのに、あんまり迷惑かけないでよね」
「ふふふ、やはり出てきたか。今日こそがお前たちの最期だ。行け、雑兵ども」
次々と出現した雑兵たちを二人は勢いよく叩いて、ついには指揮官を除いて全滅させるに至った。
「よし、これで雑兵は打ち止めみたいだな。後はお前だけだナガメ男」
「地球には地球の秩序だってあるんだから、勝手に異臭を撒き散らされても迷惑というものよ」
「ふん、宇宙全体の秩序に従わぬ未熟者が言えた口か。やはり死ぬしかないようだな」
交渉は決裂した。ナガメ男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。このまま放ってはおけない。渡海雄と悠宇もすぐに合体して、それに対抗した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
清々しい色をした大空を舞台に巨大なマシン同士の戦いはしばらく繰り広げられたが、悠宇が一瞬のタイミングを見てカウンターパンチを食らわせるとナガメロボットはバランスを崩した。それが合図だった。
「よし、今よとみお君!」
「ここはスプリングミサイルで一気に決めるぞ!」
悠宇の掛け声に呼応して、渡海雄はすかさず橙色のボタンを押した。左膝からクイックで放たれるミサイルが敵の胴体を打ち砕いた。
「さすがにやる。どうやらここまでのようだな」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってナガメ男は宇宙へと帰っていった。今週はどうも雨らしいが、今日明日ならともかくもっと先の予想なんて平気で外れるものだ。さて、どうなるかな。未来への賽はおそらくすでに投げられているが今はその目がどうなっているのか、それは誰にも分からない。
今回のまとめ
・八月の終わりにしてすでに秋の空気が漂い過ごしやすい
・さすがに今シーズンの優勝は厳しいと認めるしかない
・小園ら若手がどれだけ成長してくれるかも楽しみ
・サンフレッチェはこの選手起用で上を狙える位置にいるのは立派




