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so08 カルロス・トシキ&オメガトライブについて

 大地を焼き尽くすほどのうだる暑さは猛威を振るい、もはや日中は行動不能なほどだ。それでも人は急に夜行性になれないもので、渡海雄と悠宇はプールではしゃいだりした。


「いやあ、疲れた疲れた。指がもうしわしわだよ」


「濡れた髪もあっという間に乾いていくんだから日差しの強さが凄まじいわね。それにしても前はもう優勝はないかなってところまで離されたと思ったのにあっという間に首位巨人にあんなに近づいていったカープの変動は物凄い。二位のDeNAも含めて一ゲーム差にひしめいててもはや優勝争いはまったく読めない。こんな急激に動きまくるシーズンもそうないわね」


「そうだね。ところで変動といえばオメガトライブはまさしく人気絶頂で解散したものの、その名はメンバーが自発的に付けたものではなくプロデューサーお仕着せの、まさしくプロジェクトとしての名称だった。せっかくヒットして名声が高まったオメガトライブというブランドをここで捨てる手はない。というわけで、オメガトライブ第二弾はメンバーを改めつつ発進した。その名も1986オメガトライブ」


「何年の出来事か分かりやすくてありがたいわね。で、具体的にはどんな人達が集まったの?」


「まず解散には比較的反対だったと思しきギターの高島とキーボードの西原が引き続き参加。そして新たに加わったのは、まずアイドルのバックバンドなど豊富なキャリアを誇るギタリストの黒川照家」


「えっ、なにこのおじさん。ルックスは結構浮いてるわね」


「十歳ぐらい年上だから、そりゃあね。ただ同年代の集まりだった先代のオメガトライブは長続きしなかったから、あえて世代が明確に上のリーダーを据えて引き締めを図ったのかな。そしてもう一人、バンドの顔であるボーカルには杉山とはまったく異なる個性を持った人物を持ってきた。それが日系ブラジル人のカルロス・トシキ」


「へえ、外国人? ネルソン吉村にも繋がるソフトなルックスしてて可愛らしいけど」


「サングラスをかけてビシッと決めていた杉山とは正反対のルックスに加えて歌唱も、声がふわっとしてる上にブラジルで生まれ育ったがゆえに日本語の発音が片言という独特な個性を持っている。来歴としてはブラジルに育ちながらも日本の歌謡曲が好きで、オメガトライブ以前に出された『ルシア』なる楽曲は西城秀樹のモノマネっぽい歌唱が相当きついけど、藤田プロデューサーは彼一流の眼力でその素質を見抜いた。普通あれから何かを見いだせないって思うけど、ここがプロの仕事なんだろうね」


「まさに見る目が違うって事か。それでどういう感じにプロデュースしたの?」


「楽曲の洗練は言うまでもないけど、歌詞に関しても覚束ない日本語を逆手に取った純朴さ、それゆえもう一歩が踏み出せないもどかしさを強調している。なんかアイドル歌謡みたいな文脈だけど」


「ふうん。そう言えばドラムやベースはいないの?」


「シンセサウンドが急激に進化した時代の流れに乗って、より最新のサウンドに追従するためにあえて入れなかったみたい。また楽曲制作者も林哲司から作曲和泉常寛、編曲新川博のコンビがメインとなるのもこの変化に対応したものと言える」


「なんだかんだで以前に出た名前ではあるわね」


「特に和泉はこのプロジェクトが彼の本拠地と言ってもいいぐらいぐらい大きな貢献をしている。この杉山時代とは異なるサウンドにカルロスの舌っ足らずな甘いボーカルの新鮮さもあって、デビュー曲『君は1000%』から早速ヒットした。」


「有名なタイトルよね」


「光GENJIデビュー前の内海と大沢が生徒役として出演している『新・熱中時代宣言』という学園ドラマの主題歌でもあったけど、タイアップ効果はどれだけあったのか。ただこれ以降もドラマやCMなどのタイアップを積極的に取っているのは知名度アップに確実な貢献を果たしたと言える。楽曲で言うと個人的には第二弾『Super Chance』が一番好きだし、その次の『Cosmic Love』の浮遊感も八十年代らしくて良い。今のように暑苦しい夏だからこそオメガトライブの爽やかなサウンドは清涼剤としてより素敵に鳴り響くんじゃないかな」


「やけにキラキラしたシンセサウンドがファンタスティックよね」


「まさに当時ならではだよね。それとアルバムの出来もいいんだよ。1986名義では『Navigator』と『Crystal Night』の二枚が出てるけど甲乙つけがたいクオリティ。前者はリゾート寄りで、船山基紀編曲による朝のニュース番組で流れそうなイントロとカルロスのやたらと流暢な英語の発音が印象的な表題曲『Navigator』やカルロスのキャラを生かした『Older Girl』など個々の楽曲ではこっちのほうが強いかな。後者はアーバン寄りでアルバムとしてのまとまりに関しては上。特に前半の流れが好き」


「高島や西原が作った楽曲が増えてるのもなかなか良い傾向じゃない」


「そうしてバンドとしてのグレードアップは確実に進んでいたはずなんだけど、しかし一九八八年に体調不良などもあってか黒川が脱退、また1986って名前が古くなったという理由もあってグループ名をカルロス・トシキ&オメガトライブに改める」


「年号なんか付けたら古くなるなんて分かりきってたでしょうに」


「でもいきなり年号付けるとかインパクトあるでしょ。三人体制で出された『DOWN TOWN MYSTERY』は、カセットでは『DAY LIGHT VERSION』それ以外では『NIGHT TIME VERSION』という二人のエンジニアが別のスタジオで異なるミキシングを施したという物凄い凝りようだけど、カセットとか見つからないし再生もままならないぞ。今はデジタル配信されてるみたいだけど」


「色々な媒体が通用していた時代ならではのアイデアか」


「かえって混乱を招いてる気がしないでもないけど、それも結果論か。アルバム全体としては『Crystal Night』から続くアーバン路線を強化したもので、表題曲でもある『Down Town Mystery』と『Matenro Island』のメドレーにおける上昇志向は今までになかった路線。でも一番好きなのは爽やかな『Sky Surfer』だったりする。全体的にシンセサウンドがより硬質になってて、特に一曲め『Emmy Angel』はメロディーを凌駕したサウンドメイクが炸裂している」


「つまりより本格的なサウンドを目指すようになったのかな」


「しかしそれはある意味イカロスのような危うさを孕むもので、ついにはジョイ・マッコイという黒人の加入というとてつもなく大胆な策に走る」


「もはやルックスが浮いてるなんてもんじゃないわね」


「この体制最初のシングルにしてトレンディドラマの象徴『抱きしめたい!』主題歌にもなった『アクアマリンのままでいて』でマッコイはコーラスなんかを担当し、それまでの爽やかさや透明感を損なわない程度に本格風味を加えた。そして次の『REIKO』では早くもメインボーカルを担当するに至る」


「へえ、いきなりそんな重用されるなんてえらい出世じゃない」


「ただこれは明らかにやりすぎだった。当時流行のブラコン的なサウンドをマッコイはマイケル・ジャクソンさながらの切れ味鋭いダンスを披露しつつ歌ってたけど、歌詞は変だし、何よりカルロスの名をバンド名でアピールしたのにいきなり見ず知らずの黒人が大暴れするのは違うだろって事で、この一曲に留まらない人気ダウンを誘発してしまった」


「実際映像見てみると、確かにこれは……。異物感が強すぎて楽曲の良し悪し以前に絶句しちゃうわね。カルロス手持ち無沙汰だし」


「元々ライブでは黒人のドラムとベースを付けてたみたいだし、プロデューサーからするとビジュアル強化のためにマッコイ加入はそう唐突な判断じゃなかったんだろうけど、ファンはそれほど敏感には動けない。そこは間違いなく読み違えた部分だと思う」


「あまりにも先を読みすぎるのも考えものね」


「この辺から藤田の感覚と世間のそれがずれ始めたのか、だんだん楽曲ごとの当たり外れのムラが大きくなった印象。でも加入第一弾アルバム『be youself』は結構いいよ。アメリカでも有名なジェリー・ヘイという人物がホーンアレンジを担当してて、だからヒット曲『アクアマリンのままでいて』にしても、曲自体は意外とスカスカなんだけど華やかなブラスサウンドのお陰で救われてる。ああ、そうだ。このアルバムねえ、非常にバブルっぽい雰囲気が漂ってるのも特徴だよ」


「確かに海外で実績あるミュージシャンをバンバン使う様はバブルっぽいわね」


「それと歌詞もね。『Body Works』とか、かつて純朴だった青年があぶく銭を得て随分いけ好かない性格になりましたねみたいな妙に生々しい嫌らしさが漂ってるし。他にも不思議な脱力感漂う『太陽を追いかけて』とか意外と好きだけど駄目な曲はとことん滑ってるのが完成度の観点で言うと惜しいかな。最後の杉山清貴作曲の『Last Train』も案外今ひとつだし」


「あれ、無理にバンド解散とかしてたのにまだ繋がりあったの?」


「大人だからね、プロだからね。地味に林哲司も復活してるし。ただ改めて過去の名前を利用しているのは落ちた勢いを補うためかと邪推してしまうし、実際バンド内はぎくしゃくし始めたらしい」


「またか」


「とは言えミュージシャンとしての自我が芽生えるのは当然だし、どっちが悪いってわけじゃないんだけど、やはりそうなると一貫したプロデュースとはいかないものでね。一九八九年に発売されたアルバム『BAD GIRL』の表題曲はカルロス作曲だけど、妙にスカスカな楽曲でコンポーザーとしての未熟さを露呈。ドラマ版こち亀の主題歌などでおなじみ小西康陽を起用した歌詞もバブルの痛いところって感じだし。アルバム全体でもコクのない曲が増えたかな。ゴージャスなブラスサウンドは買いだけど。そしてレコード会社移籍して一九九〇年に出した『natsuko』がラストアルバムとなった」


「今までと路線が全然違うアルバムタイトルになったわね」


「なんかナツコさんって都会に生きるお洒落な女性に向けた、みたいなコンセプトがあったみたいで。そのナツコさんは上田三根子というイラストレーターによる絵で表現されている」


「ああ、この絵のタッチ見たことある。キレイキレイの人だ!」


「やっぱりそこだよね。今でもバリバリ活躍中の実力者が手掛けてるんだけど、アルバムのイメージからするとポップすぎるかなって思ったり。楽曲に関しては、当時人気絶頂の松任谷由実から提供されてたり高島が作詞に挑戦してたり新機軸満載だけど散漫な印象も強い。個々の楽曲では前作よりましだけど、ユーミン作の神秘的な『時はかげろう』でスタートしたと思ったら次はラテン炸裂な『バランス』、クールな打ち込みが印象的な『夏の罠』と曲調がバラバラすぎ。全編英詞の『Automaion』とかやたら勢いある『Winner』も我を忘れた暴走って感じが漂い、あまり良からぬ意味でラストアルバムっぽい」


「もはや心はバラバラか。プロデューサーがどれだけ頑張ってもやはり結束とは解けていくものなのね」


「人のやる事だから永遠には続かないものだよ。それと秋元康の歌詞が本当に気持ち悪い。杉山時代はここまでじゃなかったのに、なぜだ。ともあれ、これを出した翌年にオメガトライブ第二陣も倒れた。もはや藤田の感性はオメガトライブの名とともに時代と乖離しており、だから実はオメガトライブ第三弾もあるんだけどほとんど知られぬまま消えていき、またカルロスのソロ活動も尻すぼみに終わった」


「杉山の時とは対象的な結果に終わってしまったのね」


「デジタルサウンドしかりトレンディドラマしかり、八十年代後半のイメージが強すぎたのが新時代では逆風ともなったかな。カルロス・トシキって名前も一歩間違えたらお笑いだし。それでサッカーブームの際ブラジル出身の経歴を活かしてJリーグ関連のタイアップを得たりレコード会社移籍して鷹橋敏輝という名義でCD出したりしたけど……。いや、本人の作曲能力もかなり上がってて意外といいアルバムなんだけどね。結局その後は健康問題もあって帰国。今は全く別の仕事に就いてて、でも時々日本へ歌いに来たりしてる」


「着実に生きているならそれは素敵よね」


「まとめると、サウンド自体は杉山のほうがシンプルで受け入れやすいと思う。カルロスはいかにも八十年代らしい打ち込みサウンドとちょっと覚束ない歌唱というダブルの障壁があるからね。メロディーも林のほうが和泉よりキャッチーだし。正直僕も最初は明確な杉山と比べていかにも中途半端だなという印象はあった。でも慣れればこれ以外ないという面白みを感じられるものだし、杉山の後釜にこれを据えて、しかも当てた藤田の慧眼にも感心する事しきり。プロがプロの仕事でガチガチに固めていく中でど真ん中にあえて素人っぽい部分を置く絶妙な感覚。まさに時代の寵児だったからこそ成し遂げられたんだろうね」


 そんな事を語っていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いたので、二人はすかさず変身して敵が出現したポイントへと走った。濡れた髪はすでに乾ききっていた。


挿絵(By みてみん)


「ふはははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のオニオオハシ男だ! この星を美しく塗り替えてやる」


 極端なまでに大きく発達したオレンジ色のくちばしがいかにもトロピカルでアマゾンの宝石の異名を持つ鳥の姿を模した男が、夏草生い茂る平原に出現した。どれだけ暑くても、こういった存在は排除のために動かねばならない。そのための力は間もなく到着した。


「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ」


「まったくせっかくの夏休みなら終始休んでくれれば良かったものを」


「ふん、お前たちは間もなく永遠の休暇が訪れるのだ。行け、雑兵ども!」


 命を狙うメカニカルな雑兵を二人は次々と破壊していき、ついにはボスを残して全滅させた。


「よし、これで雑兵は片付いたみたいだな。後はお前だけだオニオオハシ男!」


「見た目だけでも暑苦しいし早く本拠地へ戻りなさい」


「何も成し遂げずに帰れるものかよ。お前達の首と引き換えに栄光を得るのだ!」


 そう言うとオニオオハシ男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。この星に住む命も彼にとっては出世のため踏みにじられる木の葉以下の存在に過ぎない。渡海雄と悠宇は生きるためにも、合体してこれに対抗した。


「メガロボット!!」

「メガロボット!!」


 巨大なくちばしを振りかざすオニオオハシロボットの攻撃をうまく回避しつつタイミングを見計らって、悠宇はついに掌底を六発ほど食らわせた。


「よし、今よとみお君!」


「任せてゆうちゃん! ここはフィンガーレーザーカッターで勝負だ!」


 力のこもった声で渡海雄は群青色のボタンを押した。指先から放たれたレーザーを操って、オニオオハシロボットはサイコロステーキのように細切れにされた。


「さすがだなエメラルド・アイズ。今日のところはここまでで撤退してやろう」


 機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によって、オニオオハシ男は故郷へと帰っていった。甲子園も始まったしまさしく真夏の開幕だ。

今回のまとめ

・カープはもはや一喜一憂するだけ無駄なのか

・原石の資質を見抜く目は誰にもあるものではないものだ

・1986オメガトライブは楽曲の水準が高いのでおすすめ

・カルロス・トシキ&オメガトライブは良くも悪くもバブル臭い

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