so07 杉山清貴&オメガトライブについて
七月に入ってから本格的に梅雨前線が活動を開始し始めたようで、天候の優れない日々が続いている。しかし今のうちに降っておかないと水不足となになるのもそれはそれで問題だし、これもまた自然の摂理だと従う以外に道はない。
渡海雄と悠宇は雨合羽を羽織り、透明な傘越しに空から舞い降りる水の筋を眺めるととてもきれいなのでこんな季節もまんざらではなかった。
「それで今回はオメガトライブってバンドについて。前々からいつかやろうと思ってたけどなかなかタイミングなかったけど、幸い夏だからね。今がチャンスと思い至ったわけだよ」
「なんだかよく分からないモチベーションだけど、それでその人達はどんな集団なの?」
「まず最近シティポップという界隈が密かに賑わっている。このシティポップというものは大雑把に言うと都会的なイメージを纏う洗練された音楽の事で、八十年代にブームを巻き起こした」
「へえ。でも大雑把すぎてよく分からないわね」
「つまりは当時におけるお洒落っぽい音楽だよ。それはだんだん日本における都市生活も板についてきて、過去も未来もなく今この街に生きている男と女が繰り広げられる生活感に乏しいドラマがより現実に近づいていた時代の要請でもあったと言える。それと関東圏だと例えばちょっとドライブして湘南あたりへ行ったり、海外旅行なんかもそれまでより身近になっていったのに伴い、そういうシチュエーションにふさわしい音楽もまた求められた。チャゲアスで言うと『黄昏を待たずに』なんかはこの流れの影響を受けた楽曲と言えるかな。ちょっとチャラい感じの。それでも暑苦しさが残るのがまさしく個性と呼べるものなんだろうけど」
「ふうむ」
「そんな時代の真っ只中と呼べる一九八三年、彼ら杉山清貴&オメガトライブはデビューした。メンバーはボーカルでサングラスがトレードマークでバンド名にも使われた杉山清貴、ギターでボワッと丸っこいシルエットの高島信二と眼鏡の吉田健二、ベースでガッチリしたルックスの大島孝夫、ドラムで眼鏡の広石恵一、キーボードで実はルックスはトップかも知れない西原俊次の六人」
「眼鏡が二人いるのね」
「広石のほうがあっさりした顔つきかな。でも彼らの個性なんて、オメガトライブという存在の本質的にはあまり関係ないんだ。というのも、まず彼らは元々きゅうてぃぱんちょすという、いかにも当時の素人臭い名のアマチュアバンドに所属しており、ポプコンで入賞を勝ち取ったんだ。そこに藤田浩一というプロデューサーが条件付きでデビューの話を持ってきて、メンバーはそれを受けた」
「その条件とは?」
「つまり元々やってた音楽じゃなくて藤田のイメージする通りの音楽をやれって事だよ。そういう意味からオメガトライブはバンドではなくプロジェクトであったって言い方もなされる。実際曲作りはほとんど康珍化や林哲司といった職業作家任せで、演奏やコーラスも腕利きのスタジオミュージシャンがやってたって話だし。特に林。光GENJIでは癖の強い歌詞ばっかりあてがわれてたけど、ホームグラウンドとも呼べるここではまさしく獅子奮迅の活躍を見せている」
「見せているのはいいけど、それじゃバンドメンバーいる意味ないんじゃない?」
「ライブとかじゃ頑張ってたらしいから。しかし藤田が想定する音楽を実現するには高度なテクニックが要求される。さっきまでアマチュアだったようなミュージシャンが一朝一夕に身につけられるものじゃない。だからメンバーは藤田の要求に必死に食らいつく毎日だったと言う」
「それはそれで大変そうな世界ね」
「でもその甲斐あってデビュー曲『SUMMER SUSPICION』は都会的でありながら湿り気のある世界観に加えて杉山の澄んだ歌声の素晴らしさもあって早速ヒット。今聴くと結構もったりしてるなとはなるけど、やっぱり杉山の声は武器だよ。ともかくアルバム『AQUA CITY』と合わせて夏、海、リゾートといったオメガトライブのイメージを早速形作った。この『AQUA CITY』はいいアルバムだよ」
「高層ビルが立ち並ぶ夜の海岸の写真が大写しでメンバーは影も形もないジャケットからしていかにもなムードが漂ってるわね」
「この写真はハワイのワイキキらしい。ゆえにアルバムの内容も日本らしからぬ都会の夜を描いた『MIDNIGHT DOWN TOWN』や南の島へ行く途中の空港が舞台となった『TRANSIT IN SUMMER』の世界観が基本線なんだろうけど『PADDLING TO YOU』や『海風通信』みたいな海辺ではしゃいでるような明るい曲もあって、これらの曲はデビュー前の路線が固まり切る前に作られたものであるらしい。ただそういう不統一感がダイナミックさを呼ぶ面もあるので、むしろ貴重なものと捉えたい」
「曲自体はこういうののほうが分かりやすいしね」
「でもよりハイブロウな路線で行きたかったのか、この手の曲は少なくなっていく。そしてセカンドシングル『ASPHALT LADY』は夏の海から離れて秋の都会を舞台にラテンサウンドを採り入れた面白い曲だけど、売上は減少した」
「あらまあ」
「ただ曲を聴いてみるとそれもむべなるかなってなる。都会に颯爽と生きるお洒落で格好良い女を描いたと思しき歌詞の表現が割となにこれって感じだったり、大袈裟なサビの出だしも……。当時どう受け止められたかはともかく、今の目から見て何これってなるのもまた昔のものを探る醍醐味だからね。実際昨今のシティポップも来なかった未来をあの頃の未来だった今の視点で面白がるって部分もあるみたいだし。特に外国の人は」
「考える事は案外変わらないものね」
「みんな地球人だからね。音楽に戻るけど、セカンドアルバム『RIVER'S ISLAND』は飛び抜けた楽曲こそないもののアルバム全体でよくまとまっていて完成度は高く、売上も伸びたみたい」
「おお、やるじゃない」
「サードシングル『君のハートはマリンブルー』はヒットしたみたいだけど、独特の大人っぽいムードがあってバシッと即座に心奪われるタイプの楽曲でもない。アルバム曲だと『SATURDAY'S GENERATION』が特に好きかな。出だしの杉山の繊細な高音が最初は女の人かと思った。しかもこれがメンバーによる自作ってのも素晴らしい」
「作家に頼らずともやれる実力はあったのね」
「でもプロデューサーの眼鏡にかなう曲をアルバム作れるほど量産出来たかと言うと、まず無理だっただろうしね。だからプロの作家に頼ったわけだし。それでも必死に食らいつきながら、確かな成長を遂げているのは間違いない。さて、次のサードアルバムは『NEVER ENDING SUMMER』」
「あら夏のイメージに回帰したのかな」
「でも発売が冬なだけあってサウンドは落ち着いてる。一曲目の『Misty Night Cruising』はスリリングな疾走感があっていきなりいいんだけど、終わってみるとここがピークかなってなったり。最後の四曲からなる組曲とか、なかなか大掛かりな仕掛けだとは思うけどちょっと手に余るかな。そして次のアルバムが『ANOTHER SUMMER』」
「また夏か」
「これが出た一九八五年に、CMでも使われた『ふたりの夏物語』が決定的にヒットして、まさにバンドは人気絶頂期を迎えようとしていたんだ。その勢いに乗ってオリコンでも一位を獲得するなど、このバンドの代表作と呼んで差し支えない一枚となっている。でも『FUTARI NO NATU MONOGATARI』だの『AI NO SHINKIRO』だのアルファベットで表記してるのは正直かなりダサいぞ。実際は前々からこういう表記だったけど日本語タイトルが少なかったから大目に見てたけど、ここまで増えるともはや看過出来ない」
「まず読みにくいしね。ところで肝心のサウンドはどんな感じ?」
「まず『ふたりの夏物語』は打ち込みサウンドが全面的に導入されたんだけど、この音がまた軽い軽い。それが爽やかさに繋がった面もあるんだろうけど、アルバム一曲目の『ROUTE 134』にも言えるけど正直もうちょっとガツッとした音のほうが好みかな。まあそれでもこのアルバムバージョンはシングルと比べて微妙にサウンドに厚みが加わってるんだけど、いかにも消費されるヒット曲って感じで個人的にはそこまででもない。また、この時期にギターの吉田が脱退している」
「なんでこんなタイミングで?」
「もう限界だったんだよ。自分たちの中から生まれたものじゃない藤田プロデューサーの世界観を押し付けられて、それでも必死に食らいついていって代名詞ともなる大ヒットを手にしたけど今度はそれを維持せねばというプレッシャーも加わった。そしてそのストレスは吉田だけでなくほとんどのメンバーが感じていたもので、メンバーが話し合う中で高島と西原は当初反対していたもののついに総意として解散を決意する」
「なんとまあ」
「でもその前にちゃんとけじめを付けようぜって事で、もう一枚アルバムを制作する事となった。そうして出来たのが『FIRST FINALE』。特徴としては杉山に加えて西原や高島といったメンバー作曲の楽曲の増加と、それに伴う個性の違いが明確に出始めたという点。ガツンとしたバラードの『REMEMBER THE BRIGHTNESS』なんて、今までにはなかったカラーのサウンドとなっている。そしてそれは後にソロデビューする杉山のやりたかった音にも近いんじゃないかな」
「ああ、やっぱりそろデビューもするんだ」
「というかソロでもかなり売れたんだけどね。まあ今回はオメガトライブの話だから割愛するけど、個人的にはこのアルバムに収録されている楽曲に好きなものが多い。まずシングルにもなった『ガラスのPALM TREE』は彼らの曲の中で一番好きで、イントロからして名曲オーラが溢れ出している。また歌詞はどうやらドライブ中の出来事だけど、これはデビュー曲にしてやはりドライブ中の車内が舞台となっている『SUMMER SUSPICION』のアンサーソングであると言う」
「ラストアルバムだからこそファーストアルバムとリンクさせた作りにしたのね」
「他にも『海風通信』の続編かという『夕凪通信』や、『MIDNIGHT DOWN TOWN』に対応するかのような『霧のDOWN TOWN』なんてタイトルの曲もある。しかもどっちもメンバーによる作曲で、技量の高まりを感じさせる。やはり解散を控えた状況もあってやや重たい雰囲気は感じるけど、その中でもクオリティを高めていくのはまさにプロの矜持か。でもシティポップ的な観点からするとどうだろうってのはあるけど。あの人達ってもっとサラッとした曲が好みみたいだし」
「……なんだかここまで聞いた話だと、とみお君ってシティポップなるジャンルをあんまり好んでない?」
「うーん、まあ、そうだねえ。実際動画サイトで多く再生されてるシティポップの名曲を聴いても『ああ、はいはい』って感じで終わるものもあったりするしね。オメガトライブにしても楽曲の全てが正解と呼べるほどの存在ではない。ただ杉山の声は掛け値なしに素晴らしい」
「終わってみればそこに行き着くのかな」
「なお去年『杉山清貴&オメガトライブ 35年目の真実』という本が出てて、メインコンポーザー林哲司を始めとしてエンジニア、スタジオミュージシャンなど関係者のインタビューでプロジェクトとしてのオメガトライブについて様々な証言がもたらされたけど、例えば『あいつら実は演奏してないんだぜ』といった低次元な暴露話とは一線を画す謎解きのような楽しさもあった。そして今、メンバーたちは過去の諍いを超えて時々再結成したりしてる。感情が時を経て浄化されても音は残る。そういう形で光GENJIも早く正当な評価されるようになるといいなあ」
「結局落ちはそこかい」
そんな事を語っていると敵襲を告げる合図が瞬いたので、ふたりはすぐ戦闘用の服に着替えて戦場へと身を躍らせた。
「ふはははは、私はグラゲ軍攻撃部隊のイッテンフエダイ女だ。毒素に満ちたこの汚れた星を正しく導くのだ」
体に黒い斑点があるためこのような名前で呼ばれる魚の姿を模した女が雨に滲む海岸に出現した。体内に毒を有しているが、彼女たちにとって地球の酸素は毒となるのでそういう意味では対等な関係なのではないか。それはともかく、勝手に侵略されたら困るのですぐに対抗する力が登場した。
「やはり出たかグラゲ軍。お前たちの思い通りにはさせないぞ」
「そろそろ侵略以外の道を選んでくれるとありがたいんだけどな」
「蛮族に語る意味はない。行け、雑兵ども。奴らの討ち取るのだ!」
いつの間にか引き連れていた大量のメカニカルな雑兵を二人は次々と撃破した。撃破した残骸は砂となって消え去り、残ったのはボス一人となった。
「よし、これで雑兵は片付いた。後はお前だけだイッテンフエダイ女」
「これ以上戦う意味はない。今すぐ退きなさい」
「何の権利があってこの私に命令しているのだ。まったく不愉快だ」
イッテンフエダイ女はこう言い切った後で懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。まるで話にならない。ならばやはり戦うしかない。二人は覚悟を決めて合体してこれに対抗した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
空に浮かぶ水の中で二機の巨体は激しくぶつかりあった。それはあたかも地球に渦巻く嵐のようであった。しかしやまない嵐はない。このバトルを制したのは地の利がある悠宇のほうであった。うまく背後を取って一撃を食らわせた。
「よし、今よとみお君!」
「うん。フィンガーレーザーカッターで八つ裂きだ!」
この隙を見逃さず、渡海雄は群青色のボタンを押した。ヒートした指先から放たれたプラズマ超高熱線によって、敵の機体はあっという間にバラバラになった。
「さすがに強いな。だがこのままで終わると思うなよ蛮族どもめ!」
捨て台詞もそこそこに、機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってイッテンフエダイ女は宇宙へと戻っていった。
それとこんな事を書いてるうちにジャニー喜多川逝去。先月十八日に倒れて病院搬送というニュースもあったし、もはや長くはないのだろうとは思っていた。色々な噂があったけど、とにかく光GENJIを作ったというだけでもう十分だろう。
光によって影が消え去る事はないが、影によって光が否定される事もない。どちらも合わせて、大人物であったとは言えるだろう。ご冥福をお祈りいたします。
今回のまとめ
・まずは何よりも杉山清貴の声が素晴らしい
・今となってはこれどうなのってなるの含めての宝探し
・綺麗にまとまりすぎるより様々な色が混ざってるほうが好み
・海外から評価されるのは素敵だけど最後は自分がどう思うか