vm18 やたらと好調な城福体制について
まだ春のはずなのに気温が三十度を突破するなどいささか太陽が図に乗りすぎな感なきにしもあらずな今日このごろ。しかし渡海雄と悠宇はさすが太陽の子、風のようにアスファルトを駆け抜けて登校していた。
「しかしまあ、暑いわね」
「そうだね。でもいいけどね。元気が出るから」
「今はそうも言ってられるけどね、夏場にはどうなっている事やら。そう言えばサンフレッチェが想像以上の好調よね」
「リーグ戦ではここまで磐田に引き分けた以外全勝だよね。凄い勢いで勝ち点を積み重ねて、もう勝ち星に至っては去年に並んだって言うからね。ここまで走るとは思ってなかったよ。何が起こったの?」
「まず明確に言えるのは守備が良くなったって事よね。ペトロヴィッチの戦術において守備は基本的にリトリート、つまり自陣に戻って人数で守るやり方だったけど現在の城福監督はそうじゃなく、よりアグレッシブにアプローチをかけていくように変えてここまでは非常に上手く行ってるわ。わずか二失点だからね。いわゆるウノゼロで勝った試合も多く、この粘り強さこそチーム全体として高い集中力のもとで統率が取れている証拠よね」
「個人で言うと林がいいよね。PK二本も止めるし」
「あれは凄かった。PKなんてものは決められる時はどうやっても決められるものだから特に再現性のある状況ではないにせよ、本来失っていたはずの勝ち点を四も個人でもぎ取ったとなれば月間MVPも当然か。去年は怪我もあって調子を落としていたけど、やはり本来は安定感の高いGK。最後尾にどっしりと構えているだけでも威圧感が違うわ。それと水本もよくやってる」
「今のディフェンスラインは右から和田、野上、水本、佐々木で大体固定されてるね」
「和田は新加入だし佐々木は怪我で二年間を棒に振ってからの復帰だからこれもまあ計算しにくいって意味では新加入に準じる存在と言える。しかし彼らがそれぞれの特徴を活かしてよくやっている。千葉が開幕戦でいきなり離脱して丹羽もルヴァンカップで倒れて、代役にはやや乏しいものの今のメンバーはかなり安定しているわね。それと稲垣」
「稲垣は存在感増してるよね。去年はもっと下手というか、オウンゴールやらかしたりシーズン最終盤の土壇場で連続ゴール決めたりと良くも悪くもハラハラさせる選手ってイメージだったけど」
「元来豊富な運動量が武器の選手だから、今までのサッカーだと足元の覚束なさなどがマイナスになっていたけど城福サッカーだと水を得た魚よね。森保監督も稲垣のそういう特徴を今までのサッカーに加えたかったから獲得したんでしょうけど、それは一年後に別監督によって成った。異なる個性の融合って難しいものよ。サッカースタイルの変化によって働けるようになったと言えば工藤もそれよね」
「得点はあまりないけどゴールに背中を向けてのプレーとか、地味な部分でしっかり貢献している」
「稲垣に森崎和幸をさせようとしても技術不足だし、工藤に佐藤寿人の代役を求めたところでスピードに乏しいストライカーのなりそこないが生まれただけ。でも稲垣は稲垣として工藤は工藤として、それぞれが本来の持ち味を発揮するならそれは崇高な事よ。それとティーラシンは前評判通り、色々こなせるいい選手よね。ジャッジの基準を見極めてペナルティエリア内でポコっと倒れてPK得るとかそういうのも含めて、やり手。新加入選手では和田もそうだけど、非常に心得ている選手」
「そして最前線だと、何と言ってもパトリック」
「とってもいいわね。やはりあのパワフルな存在感は他に代えがたいわ。思えば時は二〇一四年、当時のナビスコカップ決勝でパトリックに滅多打ちにされて優勝を逃したサンフレッチェは翌年、パトリック的な選手を求めてドウグラスを補強したわ。その活躍はもはや言うまでもないけど、当時J1での実績皆無だったドウグラスでもあれぐらいやれるんだから本家本元と言えるパトリックが活躍するのも当然なのかもね。ドウグラスの腕組みみたいにパトリックのマシンガンポーズが定着する勢いで活躍している」
「しかしまあ去年よく獲れたものだよね」
「怪我が相次いで稼働率が落ちてたタイミングとサンフレッチェが大低迷で残留のためなりふり構わず補強を連発したタイミングがちょうど重なった、本当に運命的な一致あっての素敵なハプニングよね。そういう意味でパトリックの不安要素ははっきりしているんだけど、選手としてはもう間違いないからね。しかしパトリック放出したガンバが今年ここまで苦戦しているのはなかなかに皮肉めいた巡り合わせだけど」
「ガンバはルヴァンカップで相当やばそうに見えたけど、やっぱりだったね」
「とは言え大阪ダービーに勝利してようやく最下位脱出したし、これからの巻き返しは十分に考えられるわ。勝ち点を見るとまずサンフレッチェが勝ち点二十五で独走として、それ以外はかなり詰まっている。現在最下位の名古屋でも勝ち点七で、二位の東京は十六。最終的にはひっくり返っても不思議じゃない程度にしか開いていないんだから。去年はサンフレッチェと大宮、新潟が離されていたけど、今年はそうじゃなくて混戦模様の中で激しい争いが繰り広げられそう」
「長崎が三連勝で鹿島を抜くなんて展開、予想出来るはずもないよ」
「長崎は本当によく健闘しているわね。高木監督の手腕に選手の頑張り、中原、黒木、鈴木武蔵など補強選手もしっかり戦力になってるし、つまりはチーム全体でよくやってるって事。こういうチームは報われてほしいものよね。それとこの手のチームにしては割と得点力があるのも良い。いい試合は出来るけど勝ち切れずズルズルと降格ってパターンはありがちだし、残留のために反発力はどうしても必要になるものだから」
「そんな長崎も去年の今頃は経営が火の車で存続すら不透明な状況。やはりフロントは大事だね」
「本当にね。一方でJ2を見ても、これまた壮絶な光景が広がっているわ。首位はJ3を経験した大分で、他にも上位には岡山山口熊本町田水戸と、J1経験のないクラブが目白押し。ヴェルディももう十年ここにいるわけだし、すでに過去の威光とは関係ないラインで戦っている。一方で甲府新潟大宮の降格組は揃って二桁中盤の順位。親会社が金持ちなくせにJ2暮らしが久しい千葉と京都も無残な成績を晒している」
「血の気が引けるよね。もし去年残留に失敗してたらって」
「もし落ちてたとして、それでもとりあえず城福監督は確保出来てたと思うけど、補強だってJ1だからこそって部分もあったと思うし当然抜ける選手もいただろうし、今J1で好調だからと言ってJ2でも同じ成績を残せたかと言うとそんな簡単な話じゃない。本当に紙一重のタイミングだったわ」
「ところでこれからサンフレッチェはどこまで勢いが保つかな?」
「まず現時点での勝ち点ペースは明らかに出来過ぎで、そういう意味だと絶対に失速すると断言出来る。ただ失速具合がどの程度かよね。今までの優勝で言うと十二年は仙台、十三年は大宮、十五年は浦和と先行するチームがいた中で戦ってきたわけで今年みたいな大逃げはあまりないからね」
「逆に言うとこれらのチームは長らく上にいながらも広島に抜かれたわけか。そう思うと不安になってくるな」
「でもそれも一概には言えないからね。ガッツリ連敗で二桁順位まで落ちた大宮のケースは最悪だけど、浦和はその年のサンフレッチェが過去最高勝ち点を稼いだせいで抜かれたけど十分優勝レベルの勝ち点は稼いでたわけだし、案外逃げ切る可能性だってそりゃあないでもないでしょうよ」
「でも現状どこが追いかけてくるか見えてこないのも怖いよね。東京二位と言っても、下との差を見るにかなり不安定な立ち位置だし」
「それがどう作用するかは、もっと進めてみない事にはね。ちょうどワールドカップの年なので連戦が続いているからスタミナは現在進行形で削られている頃合だし、夏場にも今のサッカーを続けられるかは不透明。ガクッと落ちてしまうかも知れない。とは言え、去年の最悪な戦いの後だから残留は果たせそうってだけでとりあえずはOKよ」
「そう言えばワールドカップと言えば、ハリルホジッチ解任されたけどあれはどうなの?」
「ううん、まああんなタイミングでよくもまあやったわねってところ。デュエルを強調するハリルホジッチのサッカーに対して賛否は色々あれど、やっぱりタイミングがきつすぎる。そんなんだから有力選手が圧力かけたとかスポンサーがどうこうって言われるわけだし、実際そういう黒い部分も内包していないわけではないでしょうし」
「それで西野朗監督就任、オリンピックチームを率いる森保や下田がコーチ兼任となって、結局日本人指導者による体制になったね」
「Jリーグで実績を残した指導者が監督になると、原理原則から言うとそれはそれで良いんだけどね。とは言えもはや二ヶ月しかないし、西野カラーを出す暇もなく選手が自分達のやりたいサッカーをやるだけじゃないかしら。それは選手の望んだ事でもあるし。見てる方からすると四年前と同じ所をぐるぐるしてるだけじゃないかってなってもね」
「後は、カープの事だけど。ここまではちょっと唸りたくなるような成績だよね」
「まあちゃんと勝ち越してはいるんだけどね。去年だって最初の頃は加藤と床田のルーキー二人がローテーションに入ってたりしたわけだし、今はまだ今シーズンのスタイルを構築する段階であってあまり悲観的になりすぎる必要はないわ。ただ高橋昂也とか若手ならともかく、本来やってくれないといけない人達の内容見るとげんなりするのもまた事実。具体的に言うと投手陣、四球出しすぎ。確かに薮田とか実績からすると去年は出来過ぎって面は確実にあったにせよ、それにしても……。それでまだまだ育成途中のはずのアドゥワがやたらと出番多くなっている。確かに貴重な経験を積んではいるけどね」
「でもアドゥワ、球威はそれほどでもないけど持ち前の腕の長さに動くボールを駆使して想像以上にやれてるじゃない」
「それが怖いところよ。まだあの細い体型なのになまじ便利だからって無理に使って壊したりしなきゃいいけど。本来は今二軍にいるいい年齢の人達にやってほしい仕事よ。戸田とか、飯田オスカル横山ら社会人出身の皆さんとかね」
「社会人から即戦力を期待された選手がなかなか戦力にならないのは厳しいよね。どうしても現有戦力や有望株をすり減らしながらの戦いを強いられてしまう」
「見る目の問題ではないとすれば裏金時代に金の切れ目がって事で社会人球団とのコネが切れたのがまずいのか、そこそこやれる即戦力の社会人ってのが全然いないのは大変よ。それでいて去年の素材ドラフトだし、この流れで今ではなく将来を見据える目が正しいかどうか判明するのは未来の話となるでしょうね」
「それと野手陣だと、怪我人もあってこっちもまだ勢いに乏しく見えるね」
「まずは鈴木誠也のコンディションが戻れば、それだけでかなり変わってくるはずだけど。四番松山もまあそれなりによくやってくれているけどね。雰囲気作りとしては新井もまだまだ必要だし、とにかく早い段階で今年のスタイルを見つける事、これに尽きるわ。去年薮田が先発に回ったのは交流戦の頃だし、まだまだシーズンは始まったばかり。Jリーグの場合はもう四分の一が終わってるから一試合ごとの結果であれこれ言われても仕方ないけど、野球は試合数多いし悠然と構えるのも必要。しばらくは様子見よね」
このような事を語っていると敵襲を告げる警告のフラッシュが輝いたので、二人はすぐ人目につかないところに行ってから戦闘モードに移行した。
「ふはははは、私はグラゲ軍攻撃部隊のハリモグラ女だ! この汚れた星を真実の姿に正すのだ」
背中がトゲに覆われた動物の姿を模した女が川辺に出現した。一部生態とか顔なんかがちょっとモグラに似ているだけで特にモグラの仲間ではないらしい。卵も産むぞ。昔はりもぐハーリーとかいうアニメがあったのを何となく思い出した。でも地球にとっては危険なのでそれを除くための勢力はすぐに現れた。
「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ!」
「まだ朝なのにこんな時間から侵略なんて許されてはならないわ」
「黙れ逆臣ネイの操り人形ども! お前達は今日ここでグラゲ繁栄の土となるのだ。行け、雑兵ども」
問答無用で襲い掛かってくる無機質な雑兵たちを渡海雄と悠宇は次々と破壊し続け、ついにはボス一人を除いて全滅させた。
「これで雑兵は打ち止めか。後はお前だけだハリモグラ女!」
「お互いにとって無益な戦いはもうやめにしませんか?」
「そうだな。お前達が服従の道を選ぶならそれも良い。だが所詮蛮族は戦いなくしては生きられまい。だから潰すのだ!」
一方的な主張をまくしたてながら、ハリモグラ女は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。接近しすぎても棘に刺さるのだから心を通わせるのは難しい。しかし生きるためには戦わねばならない。二人は覚悟を決めて合体した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
自慢の針を活かした突撃戦法を紙一重で回避する悠宇の反射神経。攻撃は最大の防御の言葉通り、突撃を繰り返すハリモグラロボットは隙がなく、かなり苦戦した。もう遅刻不可避だし仕方あるまいと開き直った渡海雄は持久戦に持ち込むよう指示を出し、悠宇はそれに従ってじっくりと構えてチャンスを伺った。そしてじわじわとダメージを重ねてようやくハリモグラロボットの動きを止めた。
「はあ、はあ、ようやく弱まったみたいね」
「うん。ランサーニードルで一気にけりをつけるぞ!」
渡海雄はすかさず黒いボタンを押した。相手は背中を突き出して防御姿勢を取ったがそこは悠宇が地道にダメージを与えていた部分。ニードルが針を突き破った。
「くっ、強い。撤退するしかないとは」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってハリモグラ女は宇宙へと脱出していった。そして午後、春の空を見上げつつ悠宇はたんぽぽの種を蹴散らした。フワフワと空に舞い上がる白い綿毛がキラキラと反射して、春だなと清々しくなった。この美しいもの、朗らかな笑顔のために二人は今日もまた血の涙を流すのだ。
今回のまとめ
・勢いは確実に続かないので途切れた時どう戦うかが大事
・ここまでカオス極まる順位表がどうまとまりを見せるのかも必見
・確かに球威は大切だけどコントロールもどうにかしないと
・アドゥワはなかなか面白い投手だし無理にすり減らすような起用は勘弁