ca16 THE STORY of BALLADと楽曲提供について
ゴールデンウィークに向けて順調に気温が高まり、悠宇などはすでに上着が半袖になっていた。渡海雄から「さすがに寒くない?」と問われて「全然平気よ」と返したが、今日は比較的涼しかったので内心ちょっと我慢していた。
「で、今までで八十年代のチャゲアスの活動の多くを見てきたわけだけど、それを総括するかのように出されたアルバムがこの『THE STORY of BALLAD』。発売は一九九〇年二月」
「おお、ようやく新しい時代に」
「ただこれは八十年代の総括と言うか、コンセプトに沿って選曲されたタイプのベストアルバムで、いわゆるバラード、スローテンポな曲にこだわらず基本的に物語性のある楽曲が収められているんだ」
「一番古いのが『オンリーロンリー』で、当時最新アルバムに収録されていた『WALK』『天気予報の恋人』までか。八十年代前半はさすがに切り捨てなのね」
「あんまり古いの入れると『今までこういう曲作ってきたけど新しいものほどクオリティ高いでしょう? これから更に良くなるから乞うご期待』というアルバム自体のストーリーが薄まりかねないからね。アップテンポな曲だとシンセの音が今となっては……、となりがちだけどバラード中心なのでそういうサウンドの癖も控え目だから後追いファンでも戸惑いは少ないはず。ただ後の爆発的ヒット曲は割とスルーされてるからやっぱりある程度経験を積んだ人向けか」
「でもこういうジャンルになると、やっぱりチャゲが割を食うわね」
「飛鳥曲が軸でチャゲ曲はスパイス的に挟み込まれているのは確かにそう。特に久石譲の冷たい打ち込みサウンドが、某アルバム九曲目の如くちょっとしたアクセントになっている『ショート・ショート』とか。それでも『夏の終わり』『ripple ring』等ここぞって曲はしっかり抑えてるし、総じて言うとなかなかバランスはいいと思うよ。そしてそんなアルバムの最後にオリジナル楽曲が収録されている」
「それがこの『心のボール』。作詞作曲A、編曲近藤敬三」
「これはちょうど一九八九年に福岡市が市制施行百年という事で記念ソングを作ろうって話になったんだ。それで白羽の矢が立ったのがともに福岡出身の飛鳥と徳永英明。徳永に関しては、名前ぐらいは知ってる?」
「カバー曲の人でしょ?」
「今はね。でも当時は繊細な歌声を力強くぶつけた『輝きながら…』『風のエオリア』などヒット曲を連発する現役の人気歌手だったんだ。それと直接的には関係ないけどこの『風のエオリア』はエオリアってパナソニックのエアコンのCM曲で、その後『リラの咲くころバルセロナへ』もエオリアのCMに使われたんだよ。無論その際には光GENJIのメンバーも出演していた」
「へえ、そうなんだ。本当に関係ないわね」
「それで、このアルバムが出た九十年にはアニメ主題歌になった『夢を信じて』や代表曲『壊れかけのRadio』といった名曲をリリースしてて、まさに人気絶頂期。福岡といえば日本屈指の芸能どころで他にも有名な歌手はいっぱいいたけど、その層が厚い中から一人選べってなると選ばれるぐらいの存在だったわけだからね。という訳で、原曲は徳永が歌唱してて、これはそのセルフカバーなんだ」
「徳永版の編曲は瀬尾一三」
「だから結構がっしりしたアレンジになってる。一方でチャゲアスバージョンはいきなり鐘の音が響くなど教会音楽を思わせる透明感が特徴。出だしで飛鳥が今まで見せた事ないような低音からスタートしててこれが提供曲ゆえの違いなのかと思わせるけど、それも楽曲の重厚な清らかさを高めている。二番でチャゲがソロで歌うのもこの時期にしては珍しい」
「初期はともかくこの時期は両者そこまで立ち入らないのが基本だから新鮮味あるわね」
「普通のアルバムじゃない中のおまけ楽曲だからこそって部分あったのかな。というわけで名曲『心のボール』だけど、こういう行政が絡んだ大型プロジェクトに選ばれるだけの格を当時の飛鳥はすでに備えていたという証明でもあるって理解は出来るかと思う。じゃあそれは何で得たものかと言うと、申し訳ないけどチャゲアスの売上だけでは無理だよね。というわけで楽曲提供者としてのチャゲアスの活躍を見ていきたい」
「へえ、それは面白そうじゃない」
「とは言えその活動の半分ぐらいはすでに語ってるんだけどね。まず提供者として最も顕著な活躍を見せたのは光GENJIだけど、これは散々語ったので割愛。あえて繰り返すとすれば『荒野のメガロポリス』は超絶名曲だよって程度かな」
「私は『いつかきっと…』も素敵だと思うな」
「まあ大体名曲しかないからね。チャゲ曲で言うと実は『LONG RUN』だって……、とかやってるとあっという間に潰れちゃうから割愛するんだよ! それと『ボヘミアン』『Newsにならない恋』などすでにセルフカバーしている楽曲に関してもカット。その上で言うと、まず八十年代は非常に多くの女性アイドルが乱立していた時代で、その中でも頂点と呼べるのが松田聖子と中森明菜の両巨頭だったんだ」
「今でもよく活動してる二人よね」
「福岡出身の松田には提供ないけど、中森にはいくつか提供している。中森は有名無名合わせた大量の作家から楽曲を提供してもらって、その中からふさわしいシングルを切るというトップにふさわしい贅沢な制作体制だったそうだけど、惜しくもシングルに漏れた楽曲だけを集めた『Stock』というアルバムを出している。その二曲目『夢のふち』の作詞が飛鳥」
「作詞だけで、作曲は後藤次利なのね。編曲は後藤と中村哲」
「非常に力入ってるサウンドが特徴で、これが落ちるんだからハードな争いだよ。他にも当時売れてたアイドルへの提供曲は多く、シングルになった例だと中山美穂『MIDNIGHT TAXI』や南野陽子『フィルムの向こう側』。中山のほうはアイドルから大人に生まれ変わろうという意図を感じるバラードで、正直地味だし歌唱力からしても厳しいチャレンジかな。B面『本気でも…』のほうが良い曲だと思う。南野のほうは程よく可愛くてそれでいて格上げモードも発動した名曲だよ。パッヘルベルのカノンを引用しつつ、温かみのあるミディアムテンポの中にファンタジーをまぶしつつもメッセージ性の強い歌詞が鮮烈」
「編曲は佐藤準なんだ。オーラのある曲ね」
「他には特異なキャラクターで知られる酒井法子の『一億のスマイル-PLEASE YOUR SMILE-』や去年辺りからバブル女として知名度復活した荻野目洋子の『DEAR~コバルトの彼方へ~』では作曲のみを担当。芳本美代子の『サカナ跳ねた』は詞曲ともに手がけている。酒井の曲は自分で歌う事を一切想定してない陽気な曲に森浩美の能天気な歌詞が合わさり、非常にアイドルらしい。荻野目の曲は『マリリンに逢いたい』なる実話を元にした犬の映画の主題歌になった、雄大な自然を感じさせるバラード。そして芳本の曲は、元THE ALPHAの矢賀部竜成が編曲した雨のようなシンセサウンドが特徴で独特の浮遊感漂う曲」
「まったり進むと思ったら最後にトリッキーな仕掛けがあって、なかなか面白いじゃない」
「覚めるところまで含めて白昼夢。またこの辺の人達は自身のアルバムにシングルやその他提供曲がまとまっているのがありがたいよ。それぞれ酒井『Lovely Times』荻野目『CD-RIDER』芳本『Miss Lonely Hearts』。酒井のアルバムは本人のキャラクターを反映して全体的に明るい作風で、一貫してると見るか幅が狭いと見るか。荻野目は逆に小室哲哉筒美京平野村義男など豪華提供者を揃えたがゆえの散漫さも感じるのが難しいところ。芳本はチャゲアス、山本達彦、杏里とシンガーソングライターに絞っているのがまとまりを生んでいる。相対的に知名度低い山本が非常に優れた仕事してて『バカンス IN SNOW~フリースタイルで恋したら~』は可愛らしくてちょっとお洒落で凄く好き」
「チャゲアス関連のアルバム曲をまとめると酒井はチャゲ曲『ウィンクに染めて』『1ページのAugust』、飛鳥曲『LISTEN TO ME』『ファイト!』『窓際の恋飛行-水曜5時限目-』。荻野目は飛鳥曲『朝の街』。芳本がチャゲ曲『そのロマンティーク』『隠したJe t'aime』、飛鳥曲『オンリーロンリー』」
「この中ではチャゲによる伸びやかな『1ページのAugust』『そのロマンティーク』はいずれも良い。このアルバムには入ってないけどチャゲは芳本に『真冬のウサギ』というシングル曲も手がけている。そのB面『You…』の繊細かつ壮大なサウンドも凄い。『ファイト!』はこれ作詞も飛鳥が手がけてるのかとびっくりした。『オンリーロンリー』はカバー曲だけど、イントロなんかで使われてるシンセの音色が好き。飛鳥でアイドル系は他に演歌転向する前の長山洋子に『ゴールドウィンド』って曲も提供してる。『翼』とか『あの娘にハ・レ・ル・ヤ』みたいなノリの曲」
「何か例示が古いわね」
「実際ちょっと古いしね。アイドルへの提供は八十八年八十九年あたりに集中してるけど長山は八十五年。先見の明はあったけど、飛鳥と長山お互いのポテンシャルを発揮出来ずに終わった感じかな。アイドルはもうこれぐらいでいいか。原真祐美の『SO LONG』ってアルバム曲では飛鳥が楽曲提供だけでなく歌唱にも携わってるみたいだけど、事象に対してそこまでインパクトある楽曲ではなかった。アイドル以外の有名どころだとちあきなおみ、テレサ・テン、高橋真梨子などに、主に飛鳥が提供している。『ボヘミアン』をヒットさせた葛城ユキには第二弾として飛鳥井上コンビによる『みどりの薔薇』というハードロックもある」
「女性歌手が多いのね」
「男だとセルフカバー率高いから。変わり種だと七十年代に活躍したフォークシンガーばんばひろふみが歌う『Vのシナリオ』は作詞作曲がチャゲアスの連名という西武ライオンズの応援歌。まず西武って元々福岡にいたらしいけど、これは悠宇ちゃんのほうが詳しいかな」
「そうかもね。戦前の話を抜きに直系で言うと西鉄クリッパーズとして一九五〇年のリーグ分裂時に加盟したんだけど、翌年同じく福岡本拠地でセリーグ所属の西日本パイレーツと合併してライオンズになり、それから上から下まで色々あった末に福岡を出る事になったの。結果パリーグは関東関西にそれぞれ三球団という構成に。しかも人気はそれぞれ巨人阪神に及ばないわけだし、それに中日や広島で拠点確保してたセリーグと差がつくのも当然。逆に九州北海道東北を抑えた現状を見るに鶏口牛後って本当よね。それにしても西日本パイレーツ解散時の巨人の横暴は江川事件に勝るとも劣らないぐらいに彼らの厚顔無恥を具現化した……」
「あっはい、そこまででいいよ。ありがとね。まとめると福岡出身でライオンズファンだったチャゲアスが西武の応援歌を作ったんだけど、これがまた無茶苦茶泥臭いメロディーに当時の選手たちの名前が続々出てくるという何とも言えない代物。『ファイト!』とは別の意味でこれチャゲアスなのと驚く曲の筆頭。ちなみにばんばは京都出身」
「地縁なくても西武の応援歌を歌うとか、当時の人気が偲ばれるわね。今年の西武は山賊打線とも称されるえげつない重量打線で目下首位だけど、どこまで続くか」
「僕と名字が同じ山川穂高選手の活躍ぶりがいいよね。後はとんねるず。言わずと知れた八十年代を代表するいじめっ子芸人グループが出した『河口湖』というアルバムで飛鳥が『君を万引きしたい』、チャゲが『そこはかとなく揺らめきハート』を提供してるけど、やたら傲慢な歌唱が無理だった」
「でもまあ、本業じゃないし仕方ないんじゃない?」
「本業じゃなくて明らかに下手な明石家さんまはそれほど嫌だと感じなかったし、好き嫌いと上手い下手はまた違うんだよ。それと歌手じゃない人って枠では俳優の時任三郎にも『白い絵の具とオーケストラ』を提供している。時任の歌唱はいかにも俳優らしく生硬だけど、広い草原で風を受けているような曲調は良い」
「正統派から色物まで幅広く提供しているものね」
「八十八年は作曲家年間売上でトップだったみたいだからね。光GENJI人気だけでなく各所に提供しまくって存在感を示したからこそ、福岡市だって納得したんだ。でもあのデータで一番凄いなってなるのは飛鳥よりも何度も一位取った筒美京平よりも、一九八〇年一位のクリスタルキング山下三智夫。専業作家じゃない人で初めてトップ取ってるし、あんまり提供してたわけでもないのにいきなり出てきてさっと去る。格好良いよねえ」
このような事を語っていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いたので二人は即座に休日出勤を覚悟した。素早く着替えて夕暮れの街に繰り出した。
「ふはははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のアオリイカ男だ! この薄汚れた青い惑星を美しく塗り替えるのだ」
比較的大型かつ美味しいイカの姿を模した男が海岸に出現した。ちょうど今の時期あたりが出産の時期で大型のものが岸辺に集まるため釣りのシーズンなのだが、地球制服を目論むこの男の場合は近くにいるからといって近付くと危険だ。そしてその対抗手段は間もなく現れた。
「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ!」
「せっかくの休日に限ってこんなのはとっくに覚悟してたけど、本当に来るなんて恥知らずな」
「ほう、下等生命体に恥などという概念が存在するとはな。だが叩き潰す相手に変わりはない。行け、雑兵ども」
続々と出現した雑兵を渡海雄と悠宇は全力をもって対処し、ついにはボス一人を残して全滅させるに至った。
「よし、雑兵はこれで片付いたみたいだな。後はお前だけだアオリイカ男!」
「あんまり人の気持ちを逆なでするような言辞はやめたほうがいいと思うわ」
「黙れゴミクズども! 一瞬で蹴散らしてくれるわ!」
そう言うとアオリイカ男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。やはり戦うしかないのか。二人もまた覚悟を決めて合体した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
巨体同士の大決戦。触手を使った変幻自在の攻撃といきなりの突撃はなかなか強力だったが、連休中に死んでなるかという悠宇の意地と粘りで致命傷は避けた。そしてついに形勢逆転した。
「お膳立ては整ったわ。後はそっちの番よとみお君!」
「うん。レインボービームで焼き尽くしてやる!」
絶好のチャンスを逃すまいと、渡海雄はすかさず白いボタンを押した。それぞれ波長の異なる七色の光線がアオリイカロボットを貫いた。
「うぐぐぐぐ、まあ良い。今日はしばし優越感に浸らせておくとしよう。さらばだ」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってアオリイカ男は宇宙へと帰っていった。そして日は暮れ、連休の一日もまた過ぎ去っていった。
今回のまとめ
・凄く散漫な文章になってしまった気がするけどそれも活動範囲の広さゆえ
・芳本美代子の「Miss Lonely Hearts」はおすすめのアルバム
・どうしても飛鳥メインになりがちだからこそチャゲの活動を注視せねば
・「心のボール」に関してはチャゲアスバージョンの編曲が好み




