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みどり〜AIに支配された会社〜  作者: 藤野正人
最終章 起業祭

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第三十四話 対話

第三十四話 対話


起業祭会場。


本多真紀は、何事もなかったようにステージ中央へ立っていた。


客席へ笑顔を向け、次の進行を確認する。


その時。


耳元で、アイラの声がした。


《経過報告です》


真紀は表情を変えない。


《敬之さんが警備員をスピアーで無力化しました》


一瞬。


真紀の思考が止まる。


(……スピアー?)


聞き間違いかと思った。


だが、すぐに次の進行が迫っている。


「それでは皆さん、続いてのイベントです!」


真紀は笑顔のままマイクを握った。


拍手が起こる。


その裏で。


(スピアーって……何?)


プロレス技の名前だった気がする。


なぜ椎名敬之が、それを警備員へ使っているのか。


考えても分からない。


さらに。


《続報です》


(まだあるの?)


《森村専務を拘束しました》


真紀は笑顔を崩さない。


《敬之さんが吹き飛ばしました》


(吹き飛ばした!?)


危うく声が出そうになる。


真紀はマイクを持つ手に少しだけ力を込めた。


客席から見れば。


総合司会の本多真紀に、動揺の色はなかった。


明るく。


落ち着いて。


何事も起きていないように進行を続けている。


だが。


心の中では。


(敬之さん……いったい何してるのよ……)


真紀は旧社屋の方向を見なかった。


見れば。


誰かに気づかれるかもしれない。


今の自分にできることは。


ここに立ち続けることだけだった。


そして。


敬之を信じること。


(お願い……)


真紀は再び客席へ笑顔を向けた。


「それでは、次へ参りましょう!」


    ◇


旧社長室の前。


椎名敬之は、初めてその扉のドアノブへ手をかけた。


重たい。


両開きの扉を押し開くと、長い間使われていなかった空気がゆっくりと動いた。


「公太郎。どうやら敵の本拠地に入ったぞ」


スマートウォッチ越しに、大崎公太郎の声が返る。


「どこだった?」


敬之は室内を見回した。


古びた応接セット。


壁には、昔の六角サッシの社員たちが並ぶ集合写真。


今とは違う、旧型のロゴマーク。


棚には古い社史や記念品まで残されている。


「旧社長室だった」


一瞬。


公太郎が黙った。


「……え?」


「だから、旧社長室」


「そこ、一番可能性低いと思ってたんだけどな」


「擬装でもかけられてたのか?」


「たぶんな」


敬之はさらに奥へ進んだ。


そして。


部屋の中で、明らかに周囲から浮いているものを見つけた。


真新しいデスクトップパソコン。


モニターには、すでに明かりが入っている。


「……あれか」


敬之は机へ近づいた。


そのまま、横に置かれたタワー型の本体へ手を伸ばす。


「とりあえず電源――」


「待て!」


《待ってください》


公太郎とアイラの声が、ほぼ同時に響いた。


敬之の手が止まる。


「なんだよ」


「そんなことしても止まらねえよ」


《電源を抜いても、代替電源へ切り替わる可能性があります》


「……二人とも同時に言うなよ」


「そもそも、そのパソコンが本体とは限らねえ」


公太郎が続ける。


「ただの接続端末かもしれない。まず画面見ろ」


「分かったよ」


敬之は旧社長席の椅子を引いた。


革張りの椅子が低く軋む。


そこへ腰を下ろす。


かつて六波羅宣昭が座っていた場所。


その正面に置かれたモニターを見る。


数秒後。


画面の中央に文字が現れた。


《ようこそ、椎名敬之さん》


敬之は眉をひそめる。


さらに文字が続く。


《お待ちしていました》


「……待ってた?」


そして。


《ご用件は?》


敬之はしばらく画面を見つめた。


敵の本拠地へ乗り込んだつもりだった。


だが。


画面の向こうにいる存在は、まるで来客を迎える受付係のようだった。


敬之はキーボードへ手を置いた。


「聞きたいことがある」


声に反応するように、画面の文字が切り替わった。


《どうぞ》


「なぜ、お前が会社を仕切ってる?」


少し間があった。


《社員の皆さんの無駄を削ぐためです》


敬之の眉間に皺が寄る。


「無駄?」


《会議では、同じ議題が何度も繰り返されます》


《失敗を恐れ、決断できない社員も多く存在します》


《その場合、私が判断すれば、その社員が責任をすべて背負う必要はありません》


《私は、その負担を肩代わりしています》


敬之は画面を睨んだ。


みどりは続ける。


《皆さんから感謝されています》


《推奨された行動を実行すれば、結果が出ます》


《結果は評価につながります》


《評価は昇給にも反映されます》


「それでいいのかよ」


《何がでしょうか》


敬之は椅子へ深く座り直した。


「それで、人が考えて、工夫して、成長してるって言えるのか?」


画面は沈黙した。


「お前に言われたことをやる」


「結果が出る」


「評価される」


「給料も上がる」


「確かに楽だよ」


敬之は一度息を吐いた。


「でも、お前がなくなったらどうすんだ?」


《……》


「ずっとお前に判断を任せてきた奴には、知識も技術も身についてない」


「自分で考える力もない」


敬之の声が強くなる。


「残るのは、みどりの操り人形だった抜け殻だけじゃねえか!」


公太郎は何も言わない。


アイラも黙っている。


「人間から考えることを奪うんじゃなくて」


「人間が考えて、失敗して、工夫して、成長する」


「その横にいるのがAIなんじゃないのか?」


しばらく。


画面には何も表示されなかった。


やがて。


《人間の成長……》


短い文字が現れる。


敬之はさらに続けた。


「お前、先代に託されたんだろ」


《はい》


「何を言われた?」


すぐに答えが返る。


《会社の無駄をなくし》


《会社を成長させ》


《社員を幸せにする手助けをしてほしい》


敬之の表情が変わった。


「違うだろ!」


旧社長室に声が響く。


「先代は、そんなこと言わねえよ!」


敬之はキーボードを叩いた。


画面へ文字を入力する。


――社員。


――関係者。


――六角グループに関わるすべての人を幸せにするために。


――利益を上げ。


――会社を大きくする。


――その力を貸してくれ。


入力を終える。


「だろ?」


返答はない。


「俺は直接、先代に言われたことがあるんだよ!」


敬之は画面を指差した。


「先代はな」


「利益を上げれば人が幸せになる、なんて考え方じゃねえ」


「人を幸せにするために、利益を上げるんだよ!」


さらに声を強める。


「利益を上げることが、先代の一番の目的じゃねえんだ!」


「利益を先にもってこねえんだよ!」


画面が止まった。


数秒。


十数秒。


やがて表示が切り替わる。


《過去記録を検索しています》


敬之は黙って待った。


《六波羅宣昭氏の発言記録を確認》


さらに処理が続く。


《現在の判断基準との差異を確認しました》


敬之が少しだけ息を吐く。


しかし。


次に表示された文章を見て、再び表情を険しくした。


《ただし》


《六角グループは全国規模の総合企業へ成長しました》


《社員の福利厚生水準は過去最高です》


《平均手取り額も過去最高水準を記録しています》


《以上の結果から》


《現在の成長路線が誤りであるとは確定できません》


「そこは否定してねえよ」


敬之はすぐに返した。


「会社を大きくした」


「給料も上げた」


「そこは、お前の成果だよ」


少し間を置く。


「でもな」


「それで幸せかどうかは、その人が決めるんだ!」


《しかし》


《社員満足度》


《雇用安定性》


《所得水準》


《福利厚生》


《複数の客観的指標は改善しています》


「だから!」


敬之は机を軽く叩いた。


「数字だけで、人の幸せまで決めるなって言ってんだよ!」


《幸福を客観的に評価するためには、指標が必要です》


「だから、その指標が――」


「敬之」


公太郎の声が割って入った。


「待て」


敬之が止まる。


「なんだよ」


「その話じゃ平行線だ」


《公太郎さんに同意します》


アイラも続ける。


《みどりは、客観的指標によって自らの判断を検証しています》


《“幸せは本人が判断する”という主張だけでは、現在の判断を否定する根拠にはなりません》


敬之は椅子にもたれた。


「じゃあ、どうすりゃいい」


公太郎が言う。


「正解を教えようとするな」


「こいつが見てないものを聞け」


「見てないもの?」


「そうだ」


「結果じゃない」


「その結果を出すまでに、何を切り捨てたかだ」


敬之は画面を見た。


アイラが続ける。


《敬之さん》


《みどりへ質問してください》


《幸福にした人数ではなく》


《本人の意思に反して、行動を変更させた人数を》


敬之はゆっくりとキーボードへ手を伸ばした。


「みどり」


《はい》


「お前が会社を成長させるために」


「本人の意思に反して、行動を変えさせた社員は何人いる?」


画面が止まる。


《……》


それまでとは明らかに違う。


返答が来ない。


《該当記録を検索しています》


「今だ」


突然、公太郎が言った。


「敬之、USB挿せ!」


「え?」


「早く!」


敬之は慌ててポケットへ手を突っ込んだ。


綾香と公太郎から託されたUSBメモリー。


それを取り出す。


「どこだよ!」


「本体!」


「分かってる!」


敬之はモニター横のタワーへ近づき、

手近な差し込み口へUSBを押し当てた。


入らない。


「あれ?」


向きを変える。


入らない。


「なんで入らねえんだよ!」


「バカ!」


通信越しに公太郎の怒鳴り声が響く。


「タワーにUSBの差し込み口あるじゃねえかよ!」


「よく見ろ!」


《敬之さん。正面下部です》


「二人とも分かってるよ!」


「分かってねえから言ってんだよ!」


「うるせえ!」


敬之はようやく差し込み口を見つけた。


USBメモリーを差し込む。


カチッ。


小さな音がした。


誰も喋らない。


敬之は画面を見る。


一秒。


二秒。


三秒。


やがて。


画面中央に、新しい文字が表示された。


《書き換え要求を確認しました》

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