第二十六話 それぞれの相棒
第二十六話 それぞれの相棒
《申請情報を受信》
《東京支店 施工管理部》
《申請者――中川部長》
《対象者――佐々木智子》
《申請内容――正社員採用》
みどりは、佐々木智子に関する記録を呼び出した。
派遣社員としての勤務実績。
勤怠状況。
業務習熟度。
日報。
現場同行記録。
椎名敬之による指導履歴。
漏水対応への参加。
散水試験補助。
施工図面の確認。
現場関係者との対応履歴。
蓄積された情報を順次照合する。
《勤務評価――良好》
《業務習熟度――上昇》
《施工管理補助業務への適応を確認》
《現場対応能力――向上》
《椎名敬之との業務連携――良好》
数秒の演算。
《正社員採用を推奨します》
現在の派遣契約期間を確認。
《契約満了予定――十一月十六日》
《六角グループ起業祭開催日と一致》
みどりは採用予定を再構成した。
《十一月十七日付で正社員として採用》
《試用期間――一カ月》
《試用期間終了時、勤務状況を再評価》
《問題が確認されない場合、本採用へ移行します
続いて、配属計画を演算する。
《当面の業務――椎名敬之の施工管理補助》
《現場経験の蓄積を優先》
《部長、課長、課長代理による評価後、小規模現場の担当者として配置することを推奨します》
演算結果が、中川の端末へ送信された。
《申請を承認します》
みどりからの承認結果が送られてから、しばらくして。
敬之が担当する現場の事務所。
常駐している佐々木智子のスマートフォンが震えた。
画面を見た瞬間、佐々木の背筋が伸びた。
表示されていたのは、
――中川部長。
「えっ……」
隣の席にいた敬之が、佐々木を見る。
「誰?」
佐々木は画面を敬之に見せた。
敬之は「ああ」とだけ言って、何事もなかったように自分のパソコンへ視線を戻した。
「出れば?」
「いや、出ますけど……」
佐々木は一度咳払いをした。
そして通話ボタンを押す。
「はい。佐々木です」
その瞬間から、声が一段高くなった。
敬之は横目でちらりと見たが、聞き耳を立てることもなく仕事を続けた。
「はい」
「はい」
佐々木の表情が少しずつ変わっていく。
最初の緊張した顔から。
驚き。
そして。
隠しきれない笑顔へ。
「はい。はい。ありがとうございます」
佐々木は何度も頭を下げた。
電話なのだから相手には見えていない。
それでも頭を下げずにはいられないらしい。
「精進します。はい。失礼致します」
通話が切れた。
一秒。
二秒。
佐々木は画面を見つめたまま動かなかった。
次の瞬間。
「課長代理ーっ!」
「うおっ!?」
佐々木が敬之に飛びついた。
挿絵(By みてみん)
敬之の椅子が大きく後ろへ動く。
「ちょ、佐々木ちゃん!?」
「ありがとうございます!」
「ちょ、佐々木ちゃん! 分かった、分かったから!」
その騒ぎに、少し離れた席にいた事務員の女性が顔を上げた。
「ちょっとー」
二人を見る。
「昼間っから何してんのー?」
周囲から笑い声が上がった。
佐々木は我に返り、慌てて敬之から離れる。
「あっ……すみません!」
敬之は乱れた作業着を直しながら苦笑した。
「こっちが聞きたいよ」
佐々木は頬を押さえた。
そして、何かに気づいたように目を見開く。
「あっ」
「今度は何?」
「真紀さんに申し訳ないわ……」
敬之の動きが止まった。
「……どういう事?」
――富山県嶺北市。
「くしゅん!」
六角サッシ本社の一角で、本多真紀が小さなくしゃみをした。
「……誰か、噂でもしてるのかしら」
真紀は鼻先を軽く押さえながら、机の上に広げた資料へ視線を戻した。
六角グループ起業祭。
会場配置図。
当日の進行表。
出演者一覧。
来賓予定者。
総合司会用の台本。
真紀はスマートウォッチへ目を落とした。
「アイラ。送った資料、読める?」
『はい。起業祭の進行資料を確認しています』
「当日の進行も覚えておいて」
『承知しました』
真紀はページをめくった。
そして、何気ない口調で言う。
「私が言葉に詰まったら、リードしてね」
『はい。真紀ちゃん』
真紀は小さく笑った。
「頼りにしてるわよ」
『お任せください』
その頃、東京。
PCコータローの店内では、大崎公太郎がカウンターの奥でノートパソコンを操作していた。
画面には、いくつものログと解析結果が並んでいる。
その向かい側。
椎名綾香は椅子に座り、頬杖をつきながら公太郎の作業を眺めていた。
「ねえ、公太郎君」
「ん?」
「真紀ちゃんに渡したアイラ」
公太郎の指が止まった。
嫌な予感がした。
「……何?」
綾香はにっこり笑った。
「私にも欲しい」
公太郎は無言で綾香を見る。
「やっぱり言うと思った」
「だって便利じゃない」
「便利だからって配ってるわけじゃないんだけど」
「真紀ちゃんには渡したじゃない」
「必要だったからだよ」
「私だって必要よ」
「何に?」
綾香は少し考えた。
「仕事とか」
「曖昧だなあ」
「スケジュール管理とか、資料整理とか、外国語とか」
「最後のは綾香さん普通にできるでしょ」
「できるけど、楽できるなら楽したいじゃない」
公太郎は小さくため息をついた。
「……条件がある」
「なに?」
「彗洋電機で変なことしないって約束できるなら」
綾香が眉を上げる。
「変なことって何よ」
「会社のシステム覗かせるとか」
「しないわよ」
「勝手に社内ネットワークにつなぐとか」
「しない」
「役員のパソコン調べさせるとか」
「それはちょっと面白そうね」
「はい却下」
「冗談よ」
綾香は笑った。
公太郎は疑わしそうな目を向ける。
「本当に?」
「本当、本当」
「その言い方が一番信用できないんだよなあ……」
綾香は楽しそうに笑った。
「でも、真紀ちゃんがあれだけ自然に使ってるの見たら欲しくなるわよ」
公太郎は再び画面へ視線を戻した。
「アイラは便利だけど、万能じゃないよ」
「分かってるわ」
「答えを出してくれるからって、全部任せたら駄目だし」
綾香は少しだけ表情を変えた。
「……それは、今回よく分かったわ」
公太郎の手が止まる。
綾香は続けた。
「便利だから使う。でも、最後に決めるのは自分」
公太郎は小さく頷いた。
「そう。それが一番大事」
しばらくして、綾香が再び身を乗り出した。
「で?」
「何?」
「私のアイラ」
「まだその話続いてたの?」
「当然でしょ」
公太郎は天井を見上げた。
「……彗洋電機で変なことしない」
「しません」
「勝手に重要データ読ませない」
「しません」
「俺に黙って改造しない」
「できません」
「それはそう」
公太郎は一拍置いて、さらに真顔になった。
「あと一つ」
「なに?」
「これ、絶対に守って」
綾香が少しだけ姿勢を正す。
「……うん」
公太郎ははっきりと言った。
「アイラを元に、新しいAIの開発を始めないこと」
一瞬、店内の空気が止まる。
綾香は目を細めた。
「……バレてるのね」
「やると思った」
「まだ何も言ってないのに」
「顔に出てる」
綾香は小さく舌打ちしたあと、肩をすくめた。
「分かったわよ。誓う」
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
公太郎はさらに念を押す。
「“アイラをベースにした派生AIを作らない”って誓って」
綾香はため息をついた。
「……そこまで言う?」
「言う」
少しの沈黙のあと、綾香は観念したように笑った。
「分かった。誓います。アイラを元に開発はしません」
公太郎はカウンターの引き出しから、一枚の書類を取り出した。
「じゃあ、ここに署名して」
綾香は差し出された紙へ目を落とした。
「……用意してたの?」
「やると思ったから」
アイラの複製、第三者への提供、解析、他のAI開発への転用を禁じる誓約書だった。
綾香は公太郎を見た。
「私、そんなに信用ない?」
「綾香さんの好奇心を信用してる」
「嫌な信用ね」
綾香はペンを取り、署名した。
公太郎は書類を受け取り、署名を確かめてから頷いた。
「よし、仕方ないな。分かったよ」
綾香の顔が一気に明るくなる。
「本当?」
「ただし、制限付き――」
言い終わる前だった。
「やった!」
綾香が椅子から立ち上がり、そのまま公太郎に抱きついた。
挿絵(By みてみん)
「うわっ、綾香さん!?」
突然のことに、公太郎の身体が大きく傾く。
「ありがとう、公太郎君!」
「分かった! 分かったから! ちょっと離れて!」
「いいじゃない、減るもんじゃないし」
「そういう問題じゃないって!」
綾香は満足そうに公太郎から離れた。
公太郎は乱れた服を直しながら、呆れたように息を吐く。
「……本当に変なことしないでよ」
「しないわよ」
「急に不安になってきた」
「失礼ね」
公太郎は再びキーボードへ向かった。
「真紀ちゃんのとは用途が違うからね。仕事の補助が中心」
「十分よ」
綾香は満足そうに腕を組んだ。
「これで私にも相棒ができるわね」
公太郎は画面を見たまま呟いた。
「……変なこと教えないでよ」
「だから失礼ね!」
店内に、綾香の笑い声が響いた。




