第1章:ガラスの心の重さ
深淵への最初の一歩は踏み出された。この章はここで幕を閉じるが、影はまだ伸び始めたばかりだ。もし、この闇が解き放たれる様を楽しんでいただけたなら、この物語を灰色の記憶の中に埋もれさせないでほしい。ぜひコメントやレビューを残して、君が私の味方だと示してくれ。
それでは、次の章でまた会おう。
世界はこれまで一度も、エイドロン・カゲに優しくなどなかった。
だから彼は、幽霊のように生きる術を覚えた――見えず、聞かれず、触れられない存在として。
彼の人生は、灰色の繰り返しだった。
名前すら呼ばれることのない教室の冷たい蛍光灯の光。
そして、骨が浮き出るほどの体をかろうじて保つためだけの、油にまみれた皿洗いの仕事。
空腹は気にならなかった。
疲労もどうでもよかった。
彼には、ただ一つの指針があったからだ。
――「ずっとあなたの味方だよ、エイドロン。」
その声だけが、ノイズだらけの人生に響く唯一の旋律だった。
あの優しくて、柔らかくて――そしてどこか偽りめいた笑顔のためなら、彼はガラスの上だって這いずり回れた。
今日は、彼女の誕生日だった。
ポケットの中の小さなベルベットの箱は、鉛のように重く感じられた。
ダイヤではない。ただの銀の指輪。三ヶ月分の食事を削って手に入れたものだった。
校門の前に立つ彼の心臓は、檻に閉じ込められた鳥のように激しく打ち鳴らしていた。
――見つけた。
黄金色の午後の光に包まれた彼女。
いつものように人に囲まれ、まるで女神のように輝いていた。
「……あの」
彼は小さく呟き、一歩踏み出した。
彼女が振り向く。
あの笑顔が唇に浮かぶ――だが、それは目には届いていなかった。
箱を差し出そうとした、その瞬間。
影が落ちた。
「なんだ、このゴミは?」
低く擦れるような声。
彼女の兄――裏路地でその暴力性が囁かれる男だった。
エイドロンの喉が凍りつく。
彼は彼女を見る。助けを求めて。
あの「味方だよ」という言葉を求めて。
だが――
彼女は動かなかった。
微動だにせず、ただ首を傾げる。
その表情は、嫌悪へと変わっていた。
「知らない、ケンジ。ここ数週間、ずっと付きまとわれてて……正直、気持ち悪い。」
――世界が、壊れた。
「……え?」
情けない声が漏れる。
最初の一撃は見えなかった。
ただ、顎に爆発するような衝撃と、口の中に広がる鉄の味。
次に来たのは蹴りだった。
鈍く、規則的な音が体に叩きつけられる。
彼は丸くなり、腹を守るように小さな箱を抱きしめた。
腕の隙間から、彼女を見る。
彼女は――目を背けていなかった。
恐怖も、後悔もない。
ただ、虫が踏み潰されるのを観察するような、静かな好奇心。
「バカね」
男たちが一歩引いた隙に、彼女がしゃがみ込む。
その声は、絹のように滑らかで――毒だった。
「自分みたいな影が、私の光の隣に立てると思ったの?」
彼女は微笑む。
「あなたはただの踏み台よ、エイドロン。もう飽きたの。」
彼女は背を向ける。
笑い声が、遠ざかる足音に混ざって消えていった。
エイドロンは地面に横たわる。
銀の指輪が指から滑り落ち、血だまりの中に転がった。
視界が暗く狭まっていく。
痛みは遠のいていた。
だが、静まり返った通りの沈黙の方が、ずっと重かった。
――これが、終わりか。
血に濡れた唇に、歪んだ笑みが浮かぶ。
――嘘のために走り続けた、愚かな結末。
闇が、すべてを飲み込んだ。
――息を、吸う。
エイドロンは勢いよく上体を起こした。
土を掴む指先。
だが――そこにあったのは、冷たいアスファルトではなかった。
柔らかく、青々とした草。
空気は澄み、杉とオゾン、そして古い大地の匂いがした。
彼はよろめきながら、小川へと歩み寄る。
動きは不思議なほど軽く、自然だった。
水面を覗き込み――凍りつく。
そこにいたのは、やつれた少年ではない。
雪のように白い髪。
砕けた紫水晶のように燃える瞳を持つ、美しい青年。
彼は泣かなかった。
叫びもしなかった。
ただ――笑った。
低く、歪んだ笑い。
すべてを失った者だけが持つ、空虚な解放の音。
「……異世界か」
その言葉は、呪いのように口の中に転がった。
彼は立ち上がる。
頭蓋に残る鈍い痛みの残響。
手を見る。
白く、強く、傷一つない手。
――選ばれなかった少年は、死んだ。
「ストーカーが欲しかったんだろ?」
最後にもう一度、水面を見る。
紫の瞳が、鋭く冷たく変わる。
「もう、お前たちの物語の登場人物でいるのはやめだ。」
静かに、しかし確かに告げる。
「これからは――俺が書く側だ。」




