〜過去と思いと決意と〜
どうも!
鷹飛 諒でございます!
更新が遅くなり申し訳ございません。
では!
――オーガ……。
高さは三メートルを超えているだろうか……それほどまでにでかいその体躯は全身ドブのように濁り切ったくすんだ緑で、からだ中には汚らしいブツブツがまるで斑点模様のようにできていた。そのブツブツからは黄色い汁が漏れだしており汚物と何ら変わりない様相を呈している。
顔面は下顎が上顎よりも飛び出しており、その隙間から目にも届くような長さの牙が二本生えおり、赤黒く染まっていた。
丸太のように太いその腕は人間なんぞ簡単に握りつぶせそうなほどの禍々しさを醸し出している。その手には人の大きさほどもある棍棒が握られており、片手でまるでおもちゃのように意気揚々と振り回していた。
オーガが歩くたびに揺れる大地の震動がオレの心臓まで届き、鼓動をさらに加速させていく。
オーガがふと立ち止まる。
オレ達の中で緊張が走る。
「人間臭いな……どこだ?」
辺りをきょろきょろと見まわしながら、鼻息荒く興奮したようにつぶやいていた。
やばい! 気づかれる! オレは姿勢を低くし、地べたにうずくまるような形になる。
それに合わせ、ジート達も姿勢を低くした。
正直、この行為で臭いが切れるかどうかなんてわからない。というか消えるはずがない。それでも、オレは今まで感じたことのない重圧と恐怖を前に行動するしかなかった。
「ガハハハハ! それはお前、さっき逃げ出した人間と遊んで食ったからだろう。臭いのはてめぇだよ」
どこからともなく現れた二体目のオーガは気持ちの悪い笑い声と共にそいつの体に鼻を近づけた。
「それもそうか、ガハハハハ!」
二体のオーガはまた地面に自分の足跡の穴を残しながら村の方へ歩き去っていった。
オーガの笑い声が遠のいていく。
大地の震動がオーガがいなくなったことでやんだ後、オレは自分の体が猛烈に震えているのに気が付いた。
「食った……? 食ったってなんだよ……」
オーガに人を食べる習性があることは知っていた。あの赤い牙を見てなんとなくわかっていた。でも、信じられなかった。しかし、あの無機質で淡々と、いやそれどころか少しばかり楽しそうに話したあのいかれた声音に事実というものを突き付けられた気がした。
「まずい……助けないと……また、また」
突如マルコがすくっと立ち上がり、虚ろな目で呟きながら村に向かって歩き出した。
「バカッ! なにやってんだ⁉ 皆マルコを止めろ‼」
草むらから飛び出そうとしているマルコの腰に抱き着き、必死に引き止めるもそんなものはお構いなしで
朦朧と歩き続ける。
マルコがその場でもがきながら歩き続けるたび土が抉れている。
「行かせてください! 離して‼」
「痛い! 痛いって! マルコやめろ!」
マルコの腰をがっしりと掴んだオレの腕に爪を立てながらマルコは叫ぶ。
くそ、細身のくせに馬鹿力だな。
「いい加減にしろ! マルコ!」
オレがそう思いながら声を精一杯潜め、マルコに声をかけているとジートが横からマルコの顔を思い切り殴った。
「がっ……」
鈍い音を立てながらマルコは砂埃を巻き上げながら倒れるとそのまま動かなくなってしまった。
「ありがとう。ジート……話はあとで聞かせてもらうからな……」
「ああ、わかってる……いくぞ」
オレはジートに眼をやりながら、先に今朝いた拠点まで向かった。ジートはそのままマルコを肩に担ぎあげ、オレの後ろで後の皆に声をかけ、歩き出した。
「で…………あいつの反応はなんだ? まぁ……あのシチュエーションで、あのタイミングだ……想像はついているけどな」
ゆらゆらと焚火が揺れ、そのそばにはマルコが寝ている。夜を照らす焚火はマルコの表情も優しく照らしている。その表情を見るからに容態は安定しているようだ。
そのマルコに少し離れ、円になるようにオレ達はしばらくの間口重たく沈黙していた。
「……俺達の村は、オーガによって壊滅させられた。ここにいるみんなも……家族を、親友を、恋人を殺された奴らばかりだ」
重い口を開いたのはジートだった。
「俺とトンパ、ワイリーは生き残った村人を避難させてから……マルコの…………」
「私の妻と娘を捜しに一緒に行ってもらったんです」
突然気絶して寝ていたはずのマルコの声が聞こえ、驚いてそちらの方へ向くとマルコはオレ達のすぐそばまで来ていた。
その表情はこのくらい夜でもはっきりとわかるように青白く、容態は明らかに悪そうだった。
容態は寝ているときとは打って変わっている。
「マルコ……」
マルコは体がふらつきながらもジート達の隣に腰をおろした。
弱々しく今にも倒れそうで額に汗がにじみ出ていても、瞳には力強い意志が感じられる。
「私が話します」
「おい、マルコ……別にお前が話さなくても――」
「私が、話します」
ジートの静止にもわき目を振らず、マルコはオレの眼を見つめている。
「……マルコ、話してくれ」
オレはマルコの眼を見て、伝えた。これはたぶん……マルコ本人の口から聞かないとダメなことだ。オレは
今、マルコの意思と覚悟を聞かないといけない……そう確信した。
「勇者様しかしよぉ」
「いいんだ、ジート」
ジートはマルコを心配しているようでマルコの方をちらちらと目を向けている。
「私は、ジートの言う通り三人に手伝ってもらって妻と娘を捜しに行きました。娘は一二歳でした。妻と娘は山へ一緒に山菜を取りに行っていました」
マルコは自身の手を強く握り微かに震えているのが分かる。
「……なので、私たちはその山に真っ先に向かいました……そこで見たものは…………み、見たものは…………」
マルコの震えは次第に強くなり、唇は震え、声には嗚咽が混じっている。
その現場を見たのであろうジート達も微かに震えているのが分かる。
「そこで見たものは……オーガに体をまさぐられ、身体の半分を食べられた妻と娘の無残な姿でした……」
マルコの眼から大粒の涙が流れる。
「しかし! 私は……私は……そこから逃げてしまった。必死に走ってしまった……わが身大切な故に、私はそこから逃げてしまった……」
「――…………」
それは仕方のないことだ。オレはそう励まそうとしてやめた。それはマルコにとって失礼だからだ。
その間にもマルコは感情の高ぶりがどんどんと激しくなっていく。
「私は! あの一瞬の光景を鮮明に覚えている……あの金色に輝いていた美しい二人の髪は鳥肌が立つほど、吐き気がするほどに濡れ……二人の眼は私に助け求めるようにこちらをずっと見つめているんです。『助けて‼』って叫んでるんです。それなのにっ‼ 私は逃げた。逃げたんだ‼ そんな自分が情けなくて……」
「オーガが憎いか?」
オレは不意にそう聞いた。理由はたぶん特にない。挙げるとしたらこれまでマルコが自分を責めるばかりで家族を殺した張本人であるオーガにまるで触れてないからだと思う。
「そりゃ憎いですよ。私たちはただ幸せに暮らしていただけなんだ。それを……一瞬で奪われた! できることならこの手で殺してやりたい! ……でも……それでも、オーガの事なんかよりもあの時わが身を顧みず立ち向かえなかったことが何よりも悔しい」
マルコは握られた両手に額を当てながら、声を絞り出すように呟いた。
多分マルコは正直オーガの事なんかどうでもいいのだろう。いや、どうでもいいと言うと語弊があるけど
マルコはオーガを殺したいほど憎んでいるよりその時逃げるという行動をとった自分を殺したいんじゃないかと思う。……もっと言えばあの時家族と一緒に死にたかったんではないのかとオレは感じていた。
「本当のところ、俺達は国の為とか魔王を倒す手伝いがしてぇとかそんな大層な目的をもって騎士をやってるわけじゃねぇ。復讐だ。あの日あの時俺達から大事なモンを奪った奴らをぶっ殺してぇだけなんだ。俺達は……オーガと戦いたい」
復讐。初めてジートからどす黒い感情を突き付けられた。ジートだけじゃない。ここいる皆がそういう感情を持っていた。
憎悪。戦争に必ず付きまとう人の感情。戦争なんて所詮そういった黒い感情が積み重なったうえでできている。元の世界でゲーム感覚で戦争していたオレはそう再認識させられた。
「……どうしてもか」
「どうしても、だ」
オレとジート達の間に長く、重い沈黙が流れる。
オレは今日出会ったオーガを思い出す。瞼の裏で一瞬流れる残像でさえも恐怖を感じる。それを相手どろうなんて無茶にもほどがある。
「今のままじゃ無理だ。ただ無駄死にするだけだ」
「それでも! 俺達は――」
「それでも! ……無理だ」
「てめぇ‼」
それまで無理だと言い続けたオレにジートが俺の胸倉を掴みながら初めて怒鳴った。
「家族も失ったこともねぇガキに、俺達の気持ちが分かるわけねぇだろ‼」
ジートから飛ぶ心の底にあった本当の気持ち……これは皆の気持ちでもある。この気持ちを一から一〇〇まで全部理解しろなんて言われてもそんなことは出来ない。だからオレは否定する。今のままではダメなんだと。
オレはジートの手を強く握り、目を見つめる。
「絶対に認めねぇぞ。今のままでてめぇらをみすみす殺させるなんて絶対にな」
「てめぇ……」
「今のままじゃ、な」
「え……」
ジートの顔が一瞬固まった。何が言いたいのか分からない様子だった。
「そんなに復讐がしたいんならさせてやる」
ただただ死ぬなんて、ごめんだ。ただただ死なれるなんて、ごめんだ。たとえそれが困難であっても――
「ただし、必ずオレの言うことを聞け、オレにただついてこい」
――やってやる。
「オレが……勝たせてやる」
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