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11話 牛丼を召し上がるカバノン主席。


 11話 牛丼を召し上がるカバノン主席。


 ジョカの提案を受けて、センは渋い顔をする。


(……あそこで、セファイラ以外の人間にメシを食わせるのは……まずいかもしれないんだよなぁ)


 センの仮説が正しければ、あの店は、他国の人間の腹に牙をむく。


(……正式にミシャと結婚したら、話は別かもしれないが……現状だと、カバノンは敵と考えた方が自然……)


 などと、いろいろ考えていると、

 カバノンが、


「実は、私も気になっておりまして」


 興味深そうに眼鏡を押し上げた。


「差し支えなければ、ぜひ」


「い、いや、あの……」


 センは、思わず、口を開いていた。


「あそこは、なんていうか……庶民の店なんで。一国の主席に出すようなもんじゃないっすよ……城で食ったほうが、まだマシなもんが出ますって……」


「ご心配なく。私も、もとは庶民の出ですから」


「あ……そうなんすか」


「生まれは貧農《ひんのう》でしてね。徴兵《ちょうへい》されて、槍一本から叩き上げてきました。ドーンは、血筋よりも実力を問う国ですので」


「……えっと……」


 センが口ごもっている間に、ジョカが、ぱん、と手を打った。


「決まりですねぇ。さあさあ、行きましょぉ」


 ジョカは、すれ違いざまに、センのほうを、ちらりと見る。

 その目が、ほんの一瞬だけ、楽しそうに細められた。


 センの背中を、また、冷たい汗が流れ落ちていった。


 ★


 城下町の空き地に建つ、ガラス張りの建物。


「いらっしゃいませー」


 精霊の店員の間延びした声が、店内に響く。


 カバノンは、物珍しそうに店内を見回しながら、カウンター席に腰を下ろした。


「ほう……扉がひとりでに開きましたね。マジックアイテムの類ですか? この灯りも、火ではないようだ……魔法光とも……少し違うような……」


「それが……お恥ずかしい話ですが、我々にも、よくわかっていないのです」


 ミシャは、カバノンの隣に座りながら、乾いた笑いを浮かべた。


 セン、宰相、重臣たちも、次々と席についていく。


 ジョカだけは、座らなかった。

 入り口近くの柱に、ゆったりと背を預け、腕を組んで、店内を眺めている。


「神格殿は、召し上がらないのですか?」


 ミシャが声をかけると、ジョカは、ひらひらと手を振った。


「言い出しっぺで申し訳ないんですけどぉ、わちは見学だけにしておきますぅ。ここに来る前に、たらふく食べてきちゃいましたのでぇ」


 その発言を受けて、センは、


(……ジョカの反応……これは、どっちだ? 牛丼の危険性を知っていて拒否ってんのか、それとも……)


 カウンターの下で、拳を握りしめた。


 注文から、ほんの数十秒。

 カバノンの前に、湯気の立つ丼が置かれた。

 それを見ながら、カバノンは、心の中で、


(ジョカの話によれば……ゼイは、ここで毒を盛られたようだが……それは敵国の皇子だったから……友好的に接している私に毒を盛ることはありえない……)


 そうつぶやきつつ、上品な手つきで、牛丼を口に運ぶ。

 元庶民とは思えない気品。


 そして、目を見開いた。


「……これは……」


 かき込む手が、みるみる速くなっていく。


「驚きました……この値で、この味とは。ドーンの宮廷でも、これほどのものは出てきませんよ。……これが280フーマ? 兵糧《ひょうろう》の常識が覆《くつがえ》りますね」


 カバノンは、あっという間に丼を空にした。


「おかわりを……いや、せっかくです。あちらの『カツ丼』というのと、『カレー』とやらも、お願いできますか」


「かしこまりましたー」


 次々と運ばれてくる丼を、カバノンは、上機嫌で平らげていく。


 センは、自分の牛丼をつつきながら、その様子を、死んだ目で見つめていた。


(……さて……どうなるかな……これで、カバノンが腹を下すようなら確定……)


 ジョカは、柱にもたれたまま、くすくすと笑っていた。


 ★


 昼食を終え、一行は、謁見の間に戻った。


 カバノンは、満足げに腹をさすりながら、


「いや、実に有意義なひとときでした。セファイラの強さの秘密を、少しだけのぞかせていただいた気がします」


 ミシャは、引きつりそうになる頬を、どうにか笑みの形に保って、


「お、お口に合ったのなら、何よりです……」


「つきましては、ぜひ、セファイラの戦力について、もう少し詳しくお聞かせいただきたい。肩を並べて戦う以上、互いの手の内を知っておくに越したことはありませんからね。もちろん、こちらも、軍の機密の一部をお見せする所存で――」


 ぴたり、と、カバノンの言葉が止まった。


「……ん?」


 カバノンは、自分の腹に、そっと手を当てた。


 ぎゅるるるるる……


 低く、不穏な音が、謁見の間に響いた。


 カバノンの額に、じわりと脂汗が浮かぶ。


(バカな……まさか、私にも毒を……な、なんでだぁああ?! あ、アホか、この国ぃいい! ……ぁ、ありえない……っ! 今、この状況で私に毒を盛って、何の意味が……ぐぅういいいっ)


 ぎゅるるるるるるるるる!!




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