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2話 ルキはロス以上のクソ。


 2話 ルキはロス以上のクソ。


 ――2日後。


 ルキの一行は、昼過ぎに、城下町へと入ってきた。


 金の縁取《ふちど》りが施《ほどこ》された、豪奢《ごうしゃ》な馬車。

 その前後を、デカールの旗《はた》を掲《かか》げた騎兵が固めている。

 馬車のすぐそばには、ひときわ目を引く鎧の騎士が、10人。


 行列は、城下町の大通りを、わざとゆっくりと進んでいく。

 見せつけるように。


 沿道《えんどう》の警備にあたっていた忍者兵たちは、その行列を、遠巻きに眺めていた。


「……あの護衛、レベル80前後といったところか」

「今なら、忍術を使えば殺《や》れるな」


 そこで、若い兵が、馬車の窓に目を向けた。

 窓の向こうに、一人の男が座っている。


 背が高く、痩《や》せている。

 豪奢な毛皮の外套《がいとう》を肩にかけ、窓枠にひじをついて、城下町を見下ろしていた。

 ただ座っているだけなのに、窓越しに、肌がひりつくような圧が漂ってくる。


「……ルキ皇子は無理だな。わしらではどうあがいても勝てん」

「デカールの皇族は、なんで、揃《そろ》いも揃って、あんなに強いんじゃ……」


 老兵が、うんざりしたように、ため息をついた。


 ★


 馬車の中で、ルキは、窓の外を眺めながら、鼻を鳴らした。


「……枯《か》れた国だ。目に入るものすべてが、みすぼらしい。このような国に、30万を捨ててきたとはな……ロスめ。出来の悪い弟だとは思っていたが、そこまで愚かだったとは」


 ルキは、窓枠にひじをついたまま、薄く笑った。


(ゼイも、あの出来損ないに刺されるとは……まともな皇子は、私一人か)


 ゼイ――一度死んで、生き返った男。

 父は、生き返ったゼイの手を握りしめ、子供のように泣いていた。


(……おぞましい。確かに、ゼイは兄弟の中でもっともレベルが高かった。だが、あれは、剣を振るうことしか能のない男だ)


 死ぬ前のゼイのレベル200に対し、ルキは190。

 レベルで劣るかわりに、知略では自分が上回っている――ルキは、そう信じて疑わない。

 だが、宮廷内では、頭の出来でもゼイのほうが上だと評されている。

 もちろん、そんな声が、ルキの耳に届くことはない。


 ふと、通りの端《はじ》に、奇妙な建物が見えた。


 平たい箱のような、ガラス張りの建物。

 屋根の上で、橙色《だいだいいろ》の看板が、昼間だというのに光っている。


(……あれが、ゼイに毒の肉を出したという店か。皇子が毒を盛られたのだ。この国を地図から消す理由としては十分だろう。それを、謝罪だと? ……父上も、ずいぶんと腑抜《ふぬ》けられたものだ)


 ルキは、冷ややかに目を細めた。


(私なら、1万もあれば、このような小国、一日で踏みつぶしてみせる)


 心の中でそう吐き捨てながら、窓から目をそらした――その時だった。


 ――ガタンッ!


 馬車が、大きく揺れた。


 馬のいななき。

 御者《ぎょしゃ》の怒鳴り声。

 ルキの肘《ひじ》が、窓枠に打ちつけられた。


「……っ」


 ★


 沿道の人垣から、小さな男の子が一人、通りの真ん中へ飛び出していた。

 転がっていった手まりを、追いかけて。


 先頭の騎兵の馬が、驚いて前脚を跳ね上げる。

 その蹄《ひづめ》が、男の子の頭上に――


 ――次の瞬間、蒼い羽織がひるがえった。


 人垣から飛び出したセンが、男の子を抱きかかえ、そのまま地面を転がる。

 馬の蹄が、ついさっきまで男の子がいた地面を、深くえぐった。


 母親が、真っ青な顔で駆け寄ってくる。


「頼むから、ちゃんと見ててくれや」


「すいません、すいませんっ」


 センが、男の子を母親に渡した、その時、

 馬車の扉が、ゆっくりと開いた。


 沿道の空気が、凍りつく。


 ルキが、打ちつけた肘をさすりながら、姿を現した。

 地面に膝をついたままのセンを、無表情に見下ろし、


「……私の馬車を揺らしたのは、貴様か?」


 センは、ゆっくりと立ち上がって、


「……申し訳ありません。子供が飛び出してしまったもので」


「だから、私の馬車を揺らしたのか? 正気か、貴様」


 ルキは、首をかしげた。

 心底、不思議そうに。


「虫が這《は》い出てきた。それだけの話だろう。……そのまま踏み潰されていれば、馬が足を止めることもなかったのだがな」


 母親が、子供を抱きしめたまま、がたがたと震えている。

 センは心の中で、


(子供を踏んだら、揺れるんじゃねぇかなぁ……)


 などと考えていた。


「貴様が余計な真似をしたせいで、私の馬車が揺れた。……詫《わ》びろ」


 センは、心の中で鼻を鳴らし、


(詫びろ詫びろ詫びろぉ……ってか? ……はっ)


 ゆっくりと、膝をついた。

 両手を地面につき、額を、土にこすりつける。


 治りかけの額の傷に、土がしみた。


「……殿下《でんか》のお心を乱してしまい、まことに申し訳ございませんでした」


 ルキは、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「ふん、無様な……」


 そこで、護衛の騎士の一人が、ルキの耳元に顔を寄せた。


「殿下……あの蒼い羽織……ロス皇子の報告にあった男では……」


「ロスの報告など、読む価値もない。それに、ヤツはもう皇子ではない。ただの罪人だ」


 ルキは、外套をひるがえしながら、


「感謝するがいい。私の機嫌があと少しだけ悪ければ、貴様は八つ裂きになっていた」


 そう言い残して、馬車の中へと戻っていった。


 行列は、何事もなかったかのように、再び動き出す。


 センは、車輪の音が聞こえなくなるまで、額を地面につけたままだった。


 やがて、顔を上げる。

 額には、土と、にじんだ血。


 その目は、城へと向かう馬車の背を、じっとにらみつけて、


「謝罪にきた態度ではないねぇ……」


 ボソっと、そうつぶやいた。


 そこで、くいっと、羽織のすそが引っぱられる。


「お兄ちゃん、おでこ、いたい?」


 さっきの男の子が、母親の腕から身を乗り出して、センの顔をのぞき込んでいた。


 センは、男の子の頭に、ぽんと手をのせた。


「……『ありがとうございます、このご恩は、一生かけてお返しいたします。ぜひ靴の裏を舐めさせてください』……が正解だ。『おでこ、いたい?』は、完全にミスコミュニケーション。俺の機嫌があと少しだけ悪ければ、お前は八つ裂きになっていた」


「……?」


 男の子は、きょとんと首をかしげた。

 センは、ふっと苦笑して、男の子の頭を、わしわしとなでた。


 ――だが、その目は、笑っていなかった。


(子供相手にボケかましている場合じゃねぇなぁ……ルキは想像以上にヤバい。……これ、また戦争になりそうだなぁ……)


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