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36話 十六夜《いざよい》・百鬼夜行《ひゃっきやこう》。


 36話 十六夜《いざよい》・百鬼夜行《ひゃっきやこう》。


 センの脳内に、スキルの情報が流れ込んでくる。


 『十六夜《いざよい》・百鬼夜行《ひゃっきやこう》』

 :殺した敵兵を、妖怪として使役することが可能。

 :倒されても、毎月、満月の翌晩に復活する。


(……妖怪? ゲゲゲの鬼〇郎的なこと?)


 センは、思わず、夜空を見上げた。


 まんまるに見える月が、ほんの少しだけ欠けている。

 満月の翌晩――十六夜の月。


(今夜が、ちょうど十六夜だから、このスキルが目覚めたのか? 関係ない? わかんねぇ……スキルの覚醒条件が、永遠に意味不明なんだよなぁ……まあ、いいや。とりあえず……)


 センは、ためしに、心の中でスキルを使ってみた。


(十六夜・百鬼夜行)


 ――平原の空気が、ぞわりと変わった。


 月明かりが、わずかに青白く濁る。

 夜風が、ぴたりとやむ。


 そして、

 足元に転がっていたデカール兵の死体が、

 ぴくり、と動いた。


「……え、なにっ!?」


 ミシャが、とっさに身構える。


 死体の輪郭が、ぐにゃりと歪んでいく。

 肉が溶け、黒い煙のようなものが、鎧の隙間から立ちのぼる。

 中身を失った鎧が、ガシャン、ガシャンと、その場に崩れ落ちていく。


「せ、セン……」


 と、ミシャが震えながら、センの腕にしがみつく。


 ある者は、首だけが、にゅうっと長く伸びた。

 ある者は、ひとつ目の大入道になった。

 ある者は、ぼろぼろの布切れのように、ひらひらと宙に浮かんだ。


 平原のあちこちで、同じことが起きていた。

 埋め立てられた堀の土が、もぞもぞと盛り上がり、その中から、何万という影が這い出してくる。


「ケケケケ……」

「ケケケ……ケケケケケ……」


 甲高い笑い声が、夜の平原に、さざ波のように広がっていく。


 そして、妖怪たちは、次々と、闇に溶けるように姿を消していった。


 笑い声だけが、しばらく、あたりに残っていた。

 やがて、それも、ふっと消える。


 気づけば、平原には、デカール兵の死体が一つも残っていなかった。

 残っているのは、主を失った鎧と剣だけ。

 月明かりを受けて、平原一面に、鈍く光っている。

 その中に、セファイラの兵たちの亡骸が、ぽつりぽつりと横たわっていた。


「ねぇ、セン……いま……なにがおきたの……?」


 ミシャが、呆然と、平原を見回した。


「デカール兵の死体が……お化けになったようですね……」


「お化け……」


 ミシャは、しばらく、何もない平原を見つめていた。

 それから、ゆっくりと、センのほうへ顔を向けた。


「……セン。できれば、説明してほしいのだけれど」


「それは俺も同じ気持ちですよ、姫」


 センは、頭をかきながら、心の中で、


(不可視化が得意で、死霊系と呪縛系の魔法が使える……ただし、全員レベル1。一体一体は弱い……とはいえ、今、俺は、30万体の妖怪を使役できるんだよな……やり方しだいで、かなりの戦力になる……)


 ――ケケケ、と、どこか遠くで、誰かが笑った気がした。



 ★


 月が、空の高いところまで、のぼっていた。


 センとミシャは、二人で、忍者兵の亡骸を運んでいた。


 埋葬する場所は、平原の端の、小高い丘。

 そこからは、セファイラの城下町が見下ろせる。


 城下町の真ん中には、時計塔が、ぽつんと建っていた。

 何代も前の王が、他国の職人を呼んで建てさせたもので、貧しいセファイラが、唯一、他国に自慢できる建物。

 月明かりを受けて、白い文字盤が、ぼんやりと浮かんでいる。


「まったく……最高の夜だぜ、くそったれ……」


 センは、老兵の亡骸を背負い、丘をのぼっていく。

 レベルが上がったとはいえ、戦い抜いたあとの体には、一人分の重さが、ずしりとこたえた。


「体力ないわね、セン。もっと、シャキシャキ運んで」


「俺はゴリラな姫と違って、かよわいんですよ」


 隣では、ミシャが、若い兵の亡骸を、両腕に抱えて歩いていた。

 肩の傷が開いたのか、袖に、新しい血がにじんでいる。

 それでも、ミシャは、決して亡骸を引きずらなかった。

 壊れものを運ぶように、そっと抱えて、一歩ずつ、丘をのぼっていく。


「守ってあげられなくて……ごめんなさい。弱い王女で……ごめんなさい」


 丘の上に、そっと横たえる。

 顔についた泥を、自分の袖で、ていねいにぬぐう。

 乱れた髪を、指で整える。


 それを、一人ずつ、繰り返していた。


 もう、何時間も。

 それでも、運べたのは、まだ数十人にすぎない。


 途中で、ミシャが、


「……デカール兵だけ、お化けになって……うちの兵は、死体のまま……意味がわからない……どうせなら、お化けでもいいから……帰ってきてほしかった」


 センは、答えなかった。

 答えられなかった。


 ミシャは、次の亡骸のもとへ向かう。

 センも、黙って、そのあとに続いた。


 ――ゴォン……


 遠くで、鐘が鳴った。


 センは、顔を上げた。


 城下町の時計塔。

 月明かりに浮かぶ文字盤の上で、長い針と短い針が、ぴたりと重なっている。


 ――ゴォン……ゴォン……


 深夜0時。


 その鐘の音に合わせるように、

 センの体の奥で、何かが、じわりと満ちていく感覚があった。


(……なんだ?)


 戦争中、2回目の千本桜を呼ぼうとして空振りした時、そこは、からっぽだった。

 その器に、水が注がれていくような感覚。


(……もしかして)


 センは、ミシャに気づかれないように、ごくりとつばを飲んだ。

 そして、心の中で、


(日本刀千本桜)


 ――右手に、ずしりとした重みが生まれた。


 桜の刃紋が、月明かりを受けて、淡く光る。


「……え?」


 ミシャの声がした。

 振り返ると、ミシャの両手にも、同じ刀が握られていた。


「え、な、なに? 戦争中でもないのに……なんで、今、剣が……」


 ミシャが、刀とセンを、交互に見比べる。


 その時。


 丘の上で。

 平原で。

 横たわっていた亡骸の指が、ぴくりと動いた。


 一人、また一人と、

 忍者兵たちが、むくりと起き上がる。

 その手には、桜の刃紋が浮かぶ日本刀。



「……な、なんだ……?」

「わし……確か、斬られて……」

「どうやら、また生き返ったらしい……」

「……わしら、不死身になったのか?」


 起き上がった兵たちは、自分の体を見下ろし、隣の仲間と顔を見合わせ、きょとんとしている。


 そして、誰かが、ミシャの姿に気づいた。


「姫様! ご無事でしたか!」


 その声を合図に、兵たちが、一斉にミシャのもとへ駆け寄ってくる。


「姫様ぁ!」

「よくぞ、ご無事で……!」

「デカールは!? ロスはどうなったのです!?」


 ミシャは、刀を握ったまま、しばらく、呆然と立ち尽くしていた。


「……みんな……」


 ミシャの目から、ぽろぽろと、涙がこぼれ落ちた。


「よかった……本当に……よかった……っ」


 駆け寄ってきた老兵に、ミシャは、子供のように抱きついた。


「正直……何がなんだかわからないけれど……よかった……本当に……本当に……っ!」


 老兵は、目を白黒させながら、それでも、そっと、ミシャの背中に手を回した。


 その様子を、センは、少し離れた場所から眺めていた。


(日付が変わった瞬間、千本桜が使えるようになった……一日一回蘇生できるというルールで間違いないな……)


 手の中の刀を、ぎゅっと握る。


(これなら……俺が死なない限り、セファイラ軍は死なない。そして、そのことは絶対にバレちゃいけない……)


 月の下で、泣きながら笑うミシャを見つめながら、

 センは、静かに、息を吐いた。



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