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神話 八百万《やおよろず》と魂の世界。


 神話 八百万《やおよろず》と魂の世界。


(まだあるだろ! 日本の底力なんか、いくらでもぉおおおおお!)


 デカール兵たちが、一斉に、武器を振りかぶった。


 四方八方から、刃が迫る。


 ミシャが、センをかばうように、前へ踏み出そうとした。

 いつだってそう。

 彼女は、センを守ろうと、その身を盾にする。


「ふざけんな、ミシャ!! お前はいつも――」


 ――その時。

 世界の声が聞こえた!!


(よしキタァアアアア!!)


 と思った直後……センの意識が、ふっと、途切れた。


 ★


 音が、消えていた。


 刃の唸りも。

 兵たちの怒号も。

 ミシャの息づかいも。


 センは、どこまでも白い場所に、立っていた。


 地面がない。

 空もない。

 上も下も、遠いも近いも、わからない。

 それなのに、足の裏には、確かに、何かを踏んでいる感触がある。


「……は?」


 自分の手を見下ろす。

 さっきまで握っていたはずの刀が、ない。

 血も、傷も、焦げ跡も、きれいに消えていた。


(……もしかして、俺、死んだ?)


「死んではいない」


 背後から、声がした。


 振り返ると、そこに、一人の女が立っていた。


 白と金の衣。

 首には、勾玉をつないだ飾り。

 背には、日輪のような、柔らかな光の輪を負っている。


 そして、その顔は――どこか、センに似ていた。

 まるで、センが、女に生まれていたら、こうなっていたのではないか。

 そう思わせるような顔立ち。


「……えっと……どちらさまで?」


「天照《アマテラス》」


「それは……伊勢神宮の? 日本神話の最高神の?」


「そうとらえてくれていい」


 そう言ってから、アマテラスは、小さく、息を吐き、


「しかし……毎度、毎度、面倒だな……」


「毎度? 何の話?」


「あなたが、ここに来るのは、これで『8』回目。……ここを出ると記憶を失うから、毎回、説明し直さないといけない……厄介」


「……記憶……」


 アマテラスは、静かに、白い空間を見渡した。


「ここは、八百万《やおよろず》と魂の世界。……あらゆる神と、あらゆる魂が、行き着く場所。ここでの永遠も、外では一瞬」


「……精神と時〇部屋……みたいな感じかな? あるいは、5億年ボ〇ン?」


「あなたが『力』を望んだ時、ここに魂を転送する力……それが、あなたのスキル『日本』の本来の力」


「……へぇ……そうだったんだ……」


 と納得してから、そこで、センはピンときたような顔で、


「っていう納得を、俺は、これまで何度もしている感じ?」


「そう。そして、今後も、何度も同じ説明を聞き、同じ納得をするだろう」


「……厄介っすねぇ、お互い……」


「あなたは、これまでに、累計で、1700年ほど、ここで鍛錬を積んでいる」


 センは、言葉を失った。


「せ……せんなな……え?」


 アマテラスは、センの前に、すっと何かを差し出した。


「……これを読んで。記憶は持ち帰れない。けれど、記録だけは、ここに残る」


 一冊の、分厚い帳面だった。


 表紙は、黒ずんでいる。

 いや、黒ではない。

 何度も、何度も、乾いては染みついた、血の色だった。


「あなたの1700年を、あなた自身の手で記した日記」


 センは、震える指で、表紙をめくった。


 見覚えのある字だった。


 汚くて、右上がりで、とめはねがいい加減な、自分の字。


 ――累計1年目。

 ――えぐい。この世界、マジで地獄。ただ、『心が折れない限り死なない』って仕様はありがたい。


 ページをめくる。


 ――累計50年目。

 ――『ヘルズ覇鬼《ばき》』の拳を、かわせるようになってきた。俺は、確実に強くなっている。レベルも152まで上がった。けど、現実世界に戻ったら、レベルも記憶と一緒にリセットされるらしい。だるすぎ。


 ――累計180年目。

 ――何も覚えていないが、どうやら、マジで、俺がここに来たのは今回が2回目らしい。転生前も含めると、俺、すでに200年ぐらい生きてるんだが……


 ページの端が、赤黒くこわばっている。

 指でなぞると、乾いた血が、ぱらぱらと剥がれ落ちた。


 ――累計500年目。

 ――どうやら、ここで過ごしたことによる『魂の疲労』は蓄積するらしい。現実世界に帰るタイミングで、ある程度回復するが、500年分の積み重なった疲労は……筆舌に尽くしがたい……


「……疲労は蓄積する、か。どうりで……ここにきたときから、なんかしんどいと思っていたが……これが、積み重なった疲労ってやつか……」


 字が、だんだん、荒くなっていく。

 行が、斜めに傾いていく。


 ――累計900年目。

 ――魂がきしむ。心が砕けそうになる。まだ、俺は生きているか?


 ――累計1500年目。

 ――ヒーローなんていない。命に意味はない。


 最後のページをめくる。

 字が、少しだけ、丁寧になっていた。


 ――累計1700年目。

 ――まだ、頑張れる。

 ――もう少しだけ、頑張ってみる。


 ――それを、一生、言い続ける。


 センは、日記を閉じた。

 しばらく、何も言えなかった。


 その時。

 白い空間の、はるか向こうで、何かが、動いた。

 宙に浮かぶ魔法陣から這い出てきたのは、鬼だった。


 背丈は人と変わらないが、鋼を詰め込んだような筋肉が盛り上がっている。


 センは、乾いた声で、


「……まさか、あれと戦う感じ?」


「あれは、『炎闘鬼《えんとうき》』……レベルは70。ここでは、あなたより強いモンスターが、無限に湧き続ける。ルールは、ただ一つ……敗色濃《はいしょくこ》い難敵に全霊をもって挑み続け、心を摘《つ》む戦いに勝ち続けること」


「……」


「排泄《はいせつ》も食事も必要ない。疲労はするが、それで死ぬことはない。……あなたの心が折れた時だけ、現実世界のあなたの体は灰になる。30時間に一度だけ、5分の休憩を認める」


「……無間《むげん》地獄だな……いや、賽《さい》の河原かな……積んだ石を、鬼に崩されるやつ……」


「運命を切り開くためのスキルを得るには、最低でも100年、ここで鍛錬を積む必要がある」


 アマテラスは、静かに続けた。


「ここで積んだ鍛錬、ここで得た強さ、ここで体験した絶望……そのすべてが、スキルの対価になる。だから、現実に戻れば、あなたのレベルは元に戻るし、記憶も消える」


「スキルが残る分、賽の河原よりはましか……できれば、疲労も消してほしかったが、それはワガママなんだろうな」


 センは、日記を、アマテラスに返した。


「最低でも100年か……」


 気が遠くなった。

 しかし、センは、奥歯をかみしめて、


「いいだろう……やってやるよ」


 そして、鬼の前へと、歩き出した。



 ★



 ――累計1987年目。

 ――ここは地獄だ。

 ――けど、ここで得た力があれば、ミシャを守れる。


 ――もう少しだけ、頑張ってみる。

 ――それを……

 ――……一生、言い続ける。


 ―――――――


 ――――



 ★



(まだあるだろ! 日本の底力なんか、いくらでもぉおおおおお!)


 デカール兵たちが、一斉に、武器を振りかぶった。


 四方八方から、刃が迫る。


 ミシャが、センをかばうように、前へ踏み出そうとした。

 いつだってそう。

 彼女は、センを守ろうと、その身を盾にする。


「ふざけんな、ミシャ!! お前はいつも――」


 ――その時。

 世界の声が聞こえた!!


(よしキタァアアアア!!)






 ――8回目の魂転移、そして帰還。

 センが今回、八百万と魂の世界で過ごした時間は、287年。

 しかし、現実世界で経過したのは、わずか、

 0.0000000000000287秒――






 ――固有スキル『日本』が進化。

 ――究極超スキル『万華鏡《まんげきょう》・英雄列伝《えいゆうれつでん》』を獲得!!!


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