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20話 長年の夢が、かなった。


 20話 長年の夢が、かなった。


「うぐ……」

「うぉ……っ」

「……が……」


 背後で、次々と、重いものが地面に落ちる音がした。

 護衛の三人も、馬から転げ落ち、腹を押さえてうずくまっている。

 レベル120を超える猛者たちが、赤子のように体を丸め、嘔吐を繰り返していた。


 馬上に残っていたのは、ロスだけだった。


「これは……あ、兄上、いったいどうしたのです……」


「ロ、ロス……」


 ゼイが、泥と吐瀉物《としゃぶつ》にまみれた顔を上げ、震える手を伸ばした。


「治癒術師を……急いで……呼んでこい。……動けん……し、死ぬほどではないが……これは相当まずい……」


 ロスは、ゆっくりと馬から降りた。


 倒れた兄を、見下ろす。

 あれほど大きく見えていた兄が、今は、足元の土の上で、虫のように震えている。


「本当に毒を盛られたのですね。……レベル200を超える兄上をここまで苦しめるとは……セファイラの秘技は、どれも、なかなか侮れませんなぁ」


 高レベルであればあるほど、状態異常に対する抵抗力が強い。

 そこらの毒では、ゼイを苦しませるどころか、違和感を与えることすらできない。


「ただ、この様子では、死ぬことはなさそうですね……しばらく苦しむだけで、時間が経つと治ってしまいそうだ……」


 うれしそうに、ニタリと笑いながら、


「ああ、おいたわしや、兄上……」


 静かな声だった。

 ロスは、腰の剣を抜いた。


 治療を続けてきた指は、まだ、以前のようには動かない。

 それでも、柄を握ることくらいはできる。

 ロスは、両手で、剣の柄を包み込むように握り直した。


「そのようにお苦しみになる兄上を……とても、見てはいられません」


 そのまま全体重をかけて、剣を突き下ろす。

 刃が、ゼイの胸に、深々と沈んだ。


「がぁああっ!」


 ゼイの目が、大きく見開かれる。


「ロス……何を……なぜ……」


「なぜ?」


 ロスは、心底不思議そうに、首をかしげた。


「……本当に、おわかりにならないのですね。さすがは兄上だ。あなたは昔から、ずっとそうでした」


「ロス……私たちは……仲の良い兄弟だった……私は、ずっと……お前を……守って……」


「守る?」


 ロスの肩が、小さく震え始めた。


「守る、ですか……ふ、ふふ……本当に、すごいお人だ……」


 もう、笑うしかない、という顔だった。

 怒りも、呆れも通り越して、ただ乾いた笑いだけが漏れる。


「死ね、ゴミが」


 ロスは、剣の柄に、さらに体重を乗せた。


「ずっと、殺したかった。これほどの好機が巡ってくるとは……夢にも思いませんでしたよ」


「う……ぐぅ……」


「兄上を殺したのは、セファイラです」


 ロスは、まるで報告書でも読み上げるように、淡々と続けた。


「兄上からの慈悲深き提案を受け入れるふりをして、毒を盛り、弱ったところを刺した。護衛も皆殺し。私だけが、辛くも逃げ延びた……実に卑劣な連中だ」


「……」


「父上は、私のことは虫けら同然に扱うくせに、兄上だけは溺愛しておられた」


 ロスは、兄の顔をのぞき込んだ。


「無理もありません。兄上は、私をいびるのと、父上に取り入るのが、実にお上手でしたから」


「ロス……父上も……私も……お前を……愛して――」


「今は、私が話しているのです」


 ロスは、胸から剣を引き抜いた。


「口を挟まないでいただきたい」


 そして、その切っ先を、ゼイの口の中へ、まっすぐに突き立てた。


 ゼイの体が、一度だけ、大きく跳ねた。

 それきり、動かなくなった。


 ロスは、しばらく、兄の亡骸《なきがら》を見下ろしていた。

 剣を握る両手が、小刻みに震えている。

 恐怖ではない。


「うれしい……」


 ぽつりと、声が漏れた。


「ああ、うれしい……殺せた……このクソを……この手で……よかった……本当に、よかった……」


 ロスの目から、涙がこぼれ落ちていた。


「長年の夢が……かなった……」


 背後で、うめき声が聞こえた。

 護衛の一人が、地面をかきながら、どうにか顔を上げようとしている。

 その目が、剣を握るロスと、血まみれのゼイを、確かにとらえていた。


「で……殿下……何を……なさって……」


 ロスは、涙をぬぐいもせずに振り返った。


「ああ、そうでした。あなた方も、セファイラの手にかかったのでしたね」


 ロスは、うずくまる三人のもとへ、ゆっくりと歩み寄っていった。


「安心してください。仇はとりますので」


 ――やがて、街道に、静けさが戻った。


 四つの亡骸のそばで、ロスは、血に濡れた剣を下げたまま、赤く染まり始めた西の空を見上げた。


「父上は、さぞお怒りになるでしょう……」


 その口元に、うっとりとした笑みが浮かぶ。


「セファイラは、今度こそ、焦土になる……ふふ……ふはは! ははははははははぁああ!!」





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