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19話 牛丼を召し上がるゼイ殿下。


 19話 牛丼を召し上がるゼイ殿下。


 話がまとまりかけたところで、ゼイが、ふと、目を細めた。


「ところで、貴様ら……」


 ゼイの目が、ミシャから宰相へ、宰相から重臣たちへと、ゆっくり移っていく。


「やけに血色がいいな。この地は土が痩せていて、ろくな作物も取れんと聞いていたが……」


 ミシャの肩が、ほんのわずかに揺れた。


「え……それは、その……」


 センは、内心で舌打ちした。


(……まあ、気づくわな……明らかにつやつやしているからな、俺たち……そこらの小国の王族なんかよりも、よっぽど……)


 牛丼屋は、今のセファイラにとって、数少ない切り札。

 できることなら、伏せておきたかった……が、


「ん?」


 ゼイの声から、笑みが消えた。


「何か隠しているな。……隠し立ては許さんぞ。この地は、私のものになるのだ。わかっているな?」


「……はい」


 ミシャは、わずかに唇をかんだ。

 ほんの数秒の沈黙のあと、観念したように、口を開く。


「実は……」


 ミシャが牛丼屋のことを打ち明けると、ゼイの顔に、ぱっと子供のような笑みが戻った。


「ほう! 面白い。案内せよ」


 ★


 城下町の空き地に建つ、ガラス張りの建物。

 その前で、ゼイは、腕を組んで、興味深げに屋根の看板を見上げていた。


「ほう……妙な建物だな。これが、ある日突然建っていたと?」


「はい。何の前触れもなく」


「つくづく奇妙な土地だ。精霊都市フーマルには、一夜で神の城が建ったという言い伝えがあるそうだが……これも、その類か? ふはは!」


 ゼイは、自動で開くガラスの扉に一瞬だけ目を丸くしたものの、すぐに面白がって、ずかずかと中へ入っていった。

 カウンター席にどっかりと腰を下ろし、精霊の店員に向かって、


「一番うまいものを持ってこい」


「かしこまりましたー」


 皇子は金を持っていなかったので、代金は、ミシャが払った。


 20秒もたたないうちに丼が置かれる。

 ゼイは、ひと口かき込むなり、目を見開いた。


「ほほぉ! なんだ、これは! どうなっている! 宮廷の料理人でも、こんなものは作れんぞ!」


 ゼイは、振り返って、入り口に立ったままのロスを手招きした。


「ロス! 貴様も食え!」


「……いえ、結構です。素性の知れぬものを口にするわけにはまいりません」


「相変わらず臆病な奴だ! ふはは!」


 ゼイは、笑いながら、とんでもない速さで丼をかき込んでいく。

 あっという間に、底が見えた。


「足らん。同じものを、あと5杯だ」


 そして、背後で控えていた護衛たちに声をかける。


「おい、お前たちも食え」


 護衛の三人は、一瞬だけ顔を見合わせたが、主の命令に従って、カウンターに並んだ。


 その後もおかわりを重ね、結局、ゼイは、合計12杯をきれいに平らげた。

 満足げに腹をさすりながら、ゆったりと立ち上がる。


「実に見事だ」


 ゼイは、ミシャの肩に、ぽんと手を置いた。


「この地は、私の名にかけて守ってやろう。ミシャ王女との婚儀は……まあ、おいおい決めればよかろう」


「……ありがたきお言葉にございます」


 頭を下げるミシャの横で、センは、ざわざわする心を抑え、ただ黙って、ゼイの背中を見送っていた。


 その日の夕方。

 ゼイとロスは、三人の護衛を連れて、セファイラを後にした。


 ★


 デカールへと続く街道。

 日が傾き、両脇の林が、長い影を落としていた。


 五頭の馬が、並んで進んでいる。

 国境の砦までは、まだ半日ほどかかる。

 あたりに、人の気配はなかった。


「……む」


 先頭を行くゼイが、ふいに、手綱を引いた。


「兄上? いかがなさいました」


「……腹が……妙だ……」


 ゼイは、馬の首に体を預けるように、背を丸めた。

 額に、脂汗が、じわりと浮かんでいる。


「兄上?」


「わからん……腹の中を、何かに……食い荒らされているような……」


 次の瞬間、ゼイの大きな体が、ぐらりと傾いた。

 馬の背から滑り落ち、地面に叩きつけられる。


「ぐ……ぅ……がはっ……!」


 ゼイは、腹を抱えたまま、身をよじった。

 口から、胃の中身が、どっとあふれ出す。

 全身が、びくびくと、けいれんしていた。


「毒……? まさか……いや、あり得ん……私の肉体を侵せる毒など……」


 レベル200を超える肉体が、なすすべもなく、土の上でのたうち回っている。


「そ、そもそも……なぜだ……私は……あの国に……良い話しか……していない……」


 ――これは、セン本人も知らないことだが。

 『平成の牛丼屋』には、裏効果がある。


 センエースに『敵』と認定されている者が、平成の牛丼屋で食事をした場合。

 その体内に、『魔改造されたO157』が送り込まれる。


 本来のO157は、潜伏期間が数日ある食中毒菌。

 だが、スキルによって強化されたそれは、わずか数時間で爆発的に増殖する。


 センは、理性では、ゼイをミシャの夫として受け入れようとしていた。

 だが、本心では、大事な幼馴染をゼイに取られることに、腹の底から憤っていた。




―――――――

・あとがき


(※注意:現実の牛丼屋では絶対に起こりません。現実の牛丼屋は衛生管理を徹底しているので、ご安心ください。本エピソードに、実際の牛丼屋を貶める意図は一切ございません)



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