18.社畜、野菜の効果を知る
「なあ、本当にこれを飲むのか?」
バケツの中にあるキラキラと光る水を飲めと、ダイコが俺に勧めてきた。
だが、さっきまで茶色く濁っていたのを見ているため、さすがに飲みたいとは思わない。
「ダイコに浄水機能があるのはわかったからいいよ」
俺はその場で断るが、ダイコは葉でバケツを押してくる。
俺も負けじとバケツを押し返す。
そもそも井戸の水も飲めるかわからないため、せめて煮沸してから飲みたい。
俺とダイコはお互いに睨みを利かせる。
「かー、やっぱり井戸水は冷たくて美味いな!」
「じいちゃん!?」
バケツから手で掬って水を飲む祖父がいた。
さすがに予期せぬ行動に俺は戸惑ってしまう。
「ほら、修平も飲んでみたらどうだ?」
「いや……さっきまで茶色く濁っていた水だよ……」
「やっぱり都会に出たら人は変わるんだな」
急に真顔になった祖父が俺を見てきた。
それは都会に出たというよりは、大人になった証拠だと思うんだが……。
ジーッと祖父とダイコに見つめられると、俺も覚悟を決めるしかない。
恐る恐る手をバケツの中に入れると、俺はあることに気づく。
「汚れが消えてる?」
さっきまで手押しポンプで汚れていた俺の手は錆びついた柄で茶色く汚れていた。
水に入れたら汚れが浮かび上がってくると思ったが、俺の手に光が集まると、汚れそのものを消し去ったかのように綺麗に消えた。
まるで洗浄というよりは浄化だ。
「余計飲むのが怖いんだけど……」
「ほら、わしもピンピンしてるから大丈夫じゃ」
俺は覚悟を決めて水を口元まで運ぶ。
まずは少しだけ舐めて、舌がピリッとしないか確認する。
汚れを消し去る水なんて、変な成分が入っていてもおかしくない。
だけど、舌がピリッとする感覚もなく、味は普通の水と変わらなかった。
そのまま口の中で転がすように飲んでいく。
「んっ……甘い……?」
喉に通る感じはどこかスッキリとした軟水だ。
初めて井戸の水を飲んだけど、こんなにも美味しいとは思わなかった。
むしろ水道水よりも水自体が甘く感じる。
「ははは、ここの井戸水は山の湧き水と同じだからな」
どうやら山と同じ地下水を汲み上げたものらしい。
俺はダイコを褒めると、嬉しそうに葉を横に振っていた。
「そういえば、ばあちゃんにも光を集めてるけど、あれは浄化だったりするのかな?」
「……ばあさん、甘くなるのか?」
祖父は祖母を食べる気だろうか。
別に浄化したからって甘くなるわけではない。
それにダイコだって首を横に振っている。
「さすがにそれはないだろ」
「なら何か理由があるのか?」
俺と祖父はジーッとダイコを見つめるが、葉を斜めにしてまるで首を傾げているようだ。
ダイコも全てわかってやっているのではないかもしれない。
でも、初めて会った時よりも祖母はどこか落ち着いているし、襲ってくることはない。
ひょっとしたら認知症が治ったり――。
「それはないよな」
「修平、どうしたんだ?」
「いや、何でもないよ」
変な化け物が出てきて、大根も動くようになれば、認知症ぐらい治るかもしれない。
そう思っても仕方ないが、期待しすぎるのは良くないからね。
「暗くなる前に帰ろうか」
「ばあさんを一人で留守番させるのも可哀想だからな」
家に戻ると、祖母はなぜかウッドデッキに腰掛けていた。
まさか本当に認知症が治ったのかと思い、俺は急いで駆け寄る。
「ばあちゃん、ただいま!」
だけど、祖母は顔を下に向けたままボーッとしている。
「ははは、鍵を閉め忘れちゃったか」
祖父が空気の入れ替えをして、そのまま開けっぱなしにしてしまったのだろう。
認知症で外に出て行ったきり、帰って来れなくなる話とかを聞くから、そんなことになってなくてよかった。
俺は安堵のため息をついた。
「すまないな……」
「いや、じいちゃんに対してじゃないよ! でも家に置いておくのも気になっちゃうね」
夜になると祖母は攻撃的になるが、日中は穏やかなことが多い。
出かける時は一緒に行った方がいいのかもしれない。
ダイコが近寄ると、祖母の表情は柔らかくなり、どこか嬉しそうだ。
結局、その日も祖母は元気だったが、ソワソワする程度で縛らなくてもよくなった。
動けなくなったら、すぐに寝たきりになっちゃうから、これも良いことなんだろう。
そして翌朝――。
――パサパサ!
顔に何か当たっている気配がして、目を覚ますと目の前には大根がいた。
ああ、ダイコが起こしに来たのか。
「朝からどうしたんだ?」
俺が起きたのを確認すると、すぐに手に葉を絡めて引っ張っていく。
――ドンッ!
あまりにも勢いよく引っ張るため、俺はそのままベッドから落ちてしまった。
「じいちゃん、ばあちゃんおはようー」
「修平もダイコに起こされたのか」
どうやらダイコに起こされたのは俺だけではないようだ。
まるで遠足に行く前の子どものようにダイコは張り切っている。
「何かあったの?」
「なんか、畑に行きたいらしくてな」
祖父がツナギに着替えていたが、こんな朝から畑に行くためにダイコはみんなを起こしていたらしい。
時計を見たらまだ5時過ぎだった。
季節的にも外はまだ真っ暗だ。
俺もすぐに着替えて、眠たい目を擦りながら畑に向かっていく。
「……ん?」
昨日雑草を刈ったはずなのに、畑の一角がやけに緑色だった。
「じいちゃん、雑草ってそんなにすぐに生えてくる?」
「いや、そんなことはないはずだぞ?」
祖父も目を凝らしていると、遠くに見えるのは昨日植えたばかりの畑だ。
そんな俺たちを、ダイコは急いでと言わんばかりに手を引っ張っていく。
畑で何か起きたのだろうか。
祖父と一緒に畑へ連れられると、その光景に驚いた。
俺だけではなく、祖父も目をパチパチとさせている。
「わしは寝ぼけているの?」
そこには昨日植えたばかりのはずのにんにくが、すでに芽を出していた。
しかも、少し芽が出ているだけではない。
数日どころか数週間は育ったような勢いで葉を伸ばしている。
「お、おい……玉ねぎもだぞ」
隣を見ると、植えたばかりの玉ねぎの苗も一回り大きくなっていた。
本当に昨日植えたばかりで、簡単に芽が出るはずがない。
俺と祖父は顔を見合わせた。
「ダイコの仕業か?」
ダイコを見ると、葉を横に振っている。
どうやらダイコの仕業ではないようだ。
ダイコは畑の縁へ駆けていく。
ダイコでなければ何が原因で――。
「確かあそこに植えてあったのって……」
ダイコが勢いよく何かを抜いてくると、走って持ってきた。
俺が手を出すと、ダイコは得意げに人参を差し出してきた。
昨日までは輝いていたが、今はその輝きも失っている。
「まさか人参にそんな能力があるなんてな」
俺は手の中の人参と、一晩で成長した畑を交互に見比べた。
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