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終末世界に帰省した元社畜、実家の畑にあるネギを抜いたら聖剣でした  作者: k-ing☆孤独な王子①6/8発売


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1.社畜、田舎に帰る

「おい、宮沢! 何度言ったらわかるんだ?」

「すみません……」


 俺はいつものように頭を下げて、この時間が過ぎるのを待っている。


「ここは俺の言った通りにしろって何度言ったらわかる!」

「いや……言われた通りに――」

「またそうやってお前は俺のせいにするつもりか」

「すみません……」


 上司の感情に左右されるのは日常茶飯事だ。

 俺のミスではないのに、抵抗しても無駄だと気づいたら、自然と黙っていた方が早く済むと頭は学習してしまう。

 それは俺だけではない。

 自分が標的にならないように、このオフィスにいる誰一人も声をあげずに、息をする音すら聞こえない。


「宮沢、これが終わるまで帰れると思うなよ!」

「へっ……!? そもそもこれは主任の仕事――」

「宮沢、俺はお前に期待しているんだぞ? だから、こうやって主任の仕事も任せているんだ。それもわからんのかね?」


 昔は主任候補として期待されていると思い込んでいた。

 だけど、今は自分の命を削ってまで、昇進するのが良いとも思えない。

 それに主任手当もつかない主任の仕事を、いつの間にか俺が担当するようになっていたからな。


「いえ……でも――」

「でもってなんだ? 田舎の故郷に帰っても何もできないだろ?」


 そう言われると、俺は項垂れることしかできない。

 田舎の祖父母に育てられた俺は、田舎の生活が嫌になり、逃げるように上京してきた。

 就職もうまくいかず、紹介してもらってやっと就職できたのが今の会社だ。


「わかりました……」

「ああ、期待しているから頑張ってくれよ!」


 俺の肩に置かれた主任の手が、地獄へ引きずる悪魔のような手に感じる。


――期待している


 そんな便利な言葉で俺は騙され続けていた。


 俺は自分の席に戻ると、指摘された仕事を進めていく。

 何度言われた通りにやっても、主任のその日の気分で変わるからな。


「俺が残るとお前らも帰りづらいだろ? あとは頼んだぞ。お先ー!」


 主任が鞄を持ち上げた、その時だった。


「おい、鈴木。例の資料どうなった?」


 会議室から戻ってきた課長に声をかけられ、主任の肩がびくりと跳ねる。


「か、課長! もちろん進めています!」

「明日の朝までにまとめておけよ」

「はい! 任せてください!」


 さっきまで俺を怒鳴っていた主任は、愛想笑いを浮かべながら何度も頭を下げていた。


「……宮沢ぁ」

「……はい」

「悪いけど、資料を明日の朝までにしっかり(・・・)まとめといてくれるよな? 期待してるから」


 そう言って主任は逃げるように、定時で会社を出ていった。



 次第にオフィスは静まり返り、残っているのは俺だけになっていた。


「はぁー、もうこんな時間か」


 時計を見ると21時を超えている。

 ずっとパソコンを見ていた目は疲れて、痛みを感じてくる。

 デスクの引き出しから、大量買いした栄養ドリンクとプロテインバーを口に含みエネルギーを蓄える。

 そうでもしないと空腹感が邪魔をしてくるからな。


「よし、あと少しやるか!」


 目薬をさし、気合いを入れて仕事の続きをする。

 終電は大丈夫かって?

 そんなものとっくの昔に車を買って、そこで寝泊まりするレベルだ。

 気づけばネットカフェでシャワーを浴びて行き来する生活になっていた。

 家に帰ったのも懐かしい。

 そんな時だった。

 デスクの端で放置していたスマホが、小さく震える。


「……ばあちゃん?」


 表示された名前に思わず目を見開く。

 最後に連絡したのはいつだったか。

 数年前、正月に適当な挨拶をしたぐらいだ。

 指が通話ボタンの上で止まる。

 結局、俺はそのままスマホを机に置いた。


 静かなオフィスに、時計の針の音とキーボードを叩く音だけが響く。


「はぁー、これで完成だな」


 できたばかりの資料を主任のメールアドレスに送り、体を伸ばす。

 視線の先にはさっきまで光っていたスマホが目に入る。

 ばあちゃんからの留守番電話が珍しく残っていた。

 俺は耳にスマホを当てて留守番電話を再生する。


『しゅーちゃん、ちゃんとご飯は食べとるか?』


 懐かしい祖母の声に体の力が抜けていく。

 俺がこっちに出てきた時は、心配なのか留守番電話をよく入れてくれていたな。

 次第にそれもなくなり、留守番電話が入ってくるのは珍しい。

 あの当時は仕事を覚えるのに精一杯でスマホを見る余裕もなかった。

  

『最近ニュースで物騒なことばっかりやっとるし、一回帰ってこんか? しゅーちゃんの好きなご飯を作って待っとるけんね』


 日々変わっていく日常にストレスを感じても、祖母の声は変わらない。

 これが唯一の癒しでもあった。

 それなのに俺は一度も帰ったことがない。

 田舎の生活が嫌で逃げ出したから、戻ったら負けた気になっていたからだ。

 でも――。


「久しぶりに帰ってみるか」


 なぜか祖父母に会いたくなってきた。

 今まで頑なに帰らなかったのに、俺の心と体が限界に達しているのかもしれない。

 まだそれがわかるうちに逃げ出した方がいい気がした。


『27日から3日ほど有給休暇を取らせていただきます』


 俺は主任に追加でメールをする。

 我ながら勝手な判断だが、自分(・・)の納期の近い仕事はないし、何も仕事をしないあいつよりはまだマシだろう。

 気づけば俺は駐車場に向かい、田舎の祖父母の自宅に車を走らせていた。

 今まで意地を張っていたのはなんでだろうな。 


「今日は静かだな」


 普段なら深夜でも街の灯りが光り、車の走行音が響いているはず。

 それなのに妙に街は静かだった。

 遠くで何度かサイレンが鳴っている気もするが、もうそんなものを気にする余裕もない。

 むしろ今の俺には、その静けさの方が心地良かった。


 ナビに使っていたスマホがまた震えた。


『緊急速報。八王子市にて大規模な暴動が――』

「また何か騒いでるのか……」


 事故か事件か。

 最近は物騒なニュースも多いし、その程度だろう。

 俺は欠伸を噛み殺しながら高速道路へ入った。


「うわー、目がチカチカするな……」


 赤色灯を回したパトカーが、猛スピードで反対車線を走っている。

 よほど大きな事件でもあったのだろう。


「まあ、俺には関係ないけどな」


 通知が鳴るスマホも邪魔になり、俺は後部座席にスマホを投げ捨てた。

 もう誰にも邪魔をされたくない。

 朝方になれば主任からの進行状況の確認メールが届くだろうからな。

 そんなに気になるなら自分でやればいいものを――。



 高速道路を走って数時間。


「ダメだ……。もう限界だ」


 流石にずっと寝不足なのもあり、意識が朦朧としてきた。


「あんなところにシカ……シカ!?」


 俺は勢いよくブレーキを踏もうとするが遅かった。

 そのまま俺はシカにぶつかってしまった。

 後続車がいないのを確認すると、車を路肩に止めて様子をみる。


「うわー、最悪だ……」


 シカの体はバラバラになっており、ピクピクと痙攣をしていた。


「とりあえず、警察に連絡……ってスマホどこだ?」


 必死に後部座席からスマホを探すが、中々見つからない。


【プレイヤーに選ばれました】


「んっ? 今のなんだ?」


 スマホから鳴ったと思い、必死に探すが見つからない。

 最悪、どこかのパーキングエリアでスマホを探して連絡すればいいだろう。

 路肩に車を停車させるのもあぶないからな。

 俺はシカに向かって手を合わせようとした。


「あれ……ないぞ……?」


 だが、そこにシカの姿はなかった。

 俺は外に出て車の周囲を確認してみるが、シカの姿はない。


「凹んでいるけど……気のせいか?」


 明らかに車に傷はあるものの、シカはいなくなっていた。

 実は生きていて逃げ出したのだろうか。

 それとも――。


「幻覚でも見たのか……?」


 さっきも変な幻聴のようなものまで聞こえた。

 明らかに寝不足からおかしくなっているのかもしれない。

 証拠がなければ警察を呼んでも、おかしな人だと思われそうだしな……。


「とりあえずもう少し行くか」


 祖父母の家までは高速道路を降りて、山を一つ越えたら到着する。

 高速道路を降りた山の麓の駐車場で仮眠を取らせてもらおう。

 そう思い、再び車を走らせた。


「さすが平日だから山を登る人もいないか」


 到着した駐車場は不気味なほど空いていた。

 平日だから登山する人もいないのだろう。

 限界に達した俺はそのままお昼まで仮眠することにした。


 ♢


「しゅーちゃん、大好きな煮物を作っとるけんね」

「いや、俺は唐揚げの方がよかったけど……」

「何言っとん! ばあさんの煮物は最高っていつも言っとったやろ!」

「くくく、それはじいちゃんだよ」


 相変わらず噛み合ってない会話につい笑ってしまう。

 祖父はどこか恥ずかしがり屋だから、いつも俺を使って祖母に気持ちを伝えていたっけ。

 まあ、俺も煮物は嫌いじゃないけどな。

 だが、あの当時は唐揚げの方が好きだったのは事実。


「はぁー、ばあちゃんの煮物早く食べたいなー」

「「早く帰っておいでな」」

「うん!」


 俺は夢の中にいる祖父母に返事をして目を覚ました。

 仕事を気にせずに眠れた影響か、どこか体はいつもよりスッキリしたようだ。

 あとは山を越えたら祖父母の家に着く。

 そう思い車を走らせると、どこか違和感を覚えた。


「街が燃えてる……?」


 山を登っている最中に街がいくつか燃えているのが目に入った。

 一体何が起きているのだろうか。

 ひょっとしたらたまに聞こえたサイレンの音やパトカーはここに駆けつけていたのかもしれない。

 俺はラジオを聞こうとするが、山の中に入ってしまったため、電波が悪くて何も聞こえない。


「……マジでなんなんだよ」


 流石に不安になってきた。

 だが、ここまで来たら祖父母の家はもうすぐだ。

 山道を抜けると、見慣れた田舎の景色が広がる。


 昔と変わらない田んぼ。


 小さな畑。


 古びたバス停。


 だけど――妙だった。


「誰もいない……?」


 いつもなら畑仕事をしている近所のおじさんや、散歩しているお年寄りの姿が見えない。

 帰ってこない数年で町は変わったのだろうか。

 昼間なのに静かすぎる空気に、嫌な汗が背中を伝った。

 俺はアクセルを踏み込み、祖父母の家へ向かう。


「あった……!」


 見慣れた瓦屋根の家が見えた瞬間、思わず安堵の息が漏れる。

 だが、その安心はすぐに消えた。


「……なんで玄関が開いてるんだ?」


 祖父は昔から鍵にうるさかった。

 昼間でも玄関を開けっぱなしにするような人じゃない。

 俺は急いで車を降りる。


「ばあちゃん! じいちゃん!」


 返事はない。

 庭先に干された洗濯物だけが、風に揺れていた。


「おーい!」


 玄関へ近づくと、扉には赤黒い汚れがべったりと付着していた。


「っ……」


 一気に心臓が跳ね上がり、脈拍が速くなる。

 まるで心臓が手で握られているような気分だ。

 恐る恐る家の中を覗き込むと、廊下の先には倒れた椅子や割れた皿が散乱していた。


「なんだよ……これ……」


 泥棒でも入ったのか?

 震える足を手でゆっくり落ち着かせたその時だった。


――ガタンッ。


 家の奥から、何かが倒れる音が響いた。


「ばあちゃん……?」


 ゆっくりと廊下へ足を踏み入れる。

 床には割れた皿や調味料が散乱しており、鼻をつく鉄臭いにおいが漂っていた。


「じいちゃん! いるんだろ!?」


 返事はない。

 その代わり――。


――ズルッ……ズルッ……


 何かを引きずるような音が、奥の部屋から近づいてくる。


「っ……」


 喉がひゅっと鳴る。

 心臓の鼓動だけがやけに大きく聞こえた。

 次の瞬間――。

 襖を勢いよく破く音が聞こえてきた。


「――っ!?」


 飛び出してきたのは、人じゃなかった。

 全身の毛が抜け落ち、肉が爛れた犬のような獣。

 後ろ脚は異様に曲がっているのに、気にすることなくこっちを見ている。

 目玉は白く濁り、口からは血の混じった涎を垂らしていた。


「な、なんだよ……」


 獣は俺を見るなり、異様な速度で飛びかかってきた。


「うわっ!」


 反射的に後ろへ飛び退き、そのまま玄関から外へ転がり出る。


――ガンッ!


 犬の化け物は扉にぶつかりながらも、四肢を不気味に曲げて追いかけてくる。


「マジかよ!?」


 普通の犬なら鳴き声をあげるはずなのに、痛みを感じないのか必死に俺に向かって走ってくる。

 脚の骨は見えて、肉が飛び散っているのに気にしない。

 まるで映画のような光景が目の前に広がっている。


 これは夢じゃない……?


 本当に化け物がいる。


 庭へ逃げ込んだ俺は、必死に周囲を見回した。


 鎌?


 スコップ?


 何でもいい、武器になるものを――。


 その時だった。


『昔からネギは魔除けになるって言うだろ?』


 ふと、昔の祖父の言葉が頭をよぎる。


 視線の先には、畑とは別に作ってある家庭菜園。

 俺が小さい頃、農家を継ぐ時のために練習用で使っていたネギ畑が今も残っていた。


「こんな時に何思い出してんだ俺は!?」


 きっと俺のことを思って今も作り続けていたのだろう。

 自分でも意味がわからない。

 だが、他に武器になりそうなものもない。

 それにネギのにおいで逃げるかもしれないからな。

 震える脚を押さえて、俺は半ばやけくそで、畑のネギを一本引き抜いた。


――ズボッ!


「……ん?」


 引き抜いた瞬間、ネギが淡く光った気がした。

 白い部分は瑞々しく、青い葉はピンと張っている。


「なんか……うまそうだな……」


 極限状態なのに、そんな感想が頭をよぎる。

 だが次の瞬間、犬の化け物が飛びかかってきた。


「うわぁぁぁっ!」


 俺は反射的にネギを前へ突き出した。


――スパンッ。


「……は?」


 化け物の動きが止まる。

 一拍遅れて、ズルリと体が滑り落ち、真っ二つになっていた。


「えっ……?」


 地面に落ちた上半身がビクビクと痙攣し、そのまま動かなくなる。

 俺は呆然と、手の中のネギを見つめた。

 さっきまで普通の野菜だったはずだ。

 俺は震える手で、血の一滴すら付いていないネギを見下ろす。

 瑞々しい香りだけが、静かな庭に広がっていた。


「……なんだ、このネギ……?」

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