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第七話 悲しみのウェディングベル

 川澄先輩は、あたしの手から封筒をひったくったの。いかにも誰にも見られたくないという仕草で。

「ごめんなさい、見るつもりはなかったんですけど。あの、中身は見ていませんから。ほんとにごめんなさい。あたし、もう帰ります。資料、役に立ちました。ありがとうございました」

 あたしは、急いで鞄を手に持つと先輩の家から一目散に出たの。なんだか先輩が後からついてきそうで恐かった。先輩は今まで見たこともない目をしていた。でもどうして? 先輩は幼い頃、両親が離婚している。先輩には姉弟がいて、歳の離れたお姉さんがいる。そのお姉さんとは連絡がここしばらくないという。そのお姉さんとは、あたしがさっき見ていた封筒の裏に書かれてあった。その人は、田村柚衣さん。まさか柚衣さんが先輩のお姉さんだったなんて……。先輩はここしばらく連絡がないと言っていた。そうなると、柚衣さんが言っていたことと違ってくる。柚衣さんはすぐ近くに弟が住んでいることを初めから知っていたの? じゃあ、なぜ会いに行かないの? 知られたくないからこそなのかもしれない。

 家に帰ると、柚衣さんがあたしを待っていた。あたしは言おうか言わないかすごく迷った。でも試しに聞いてみたかった。

「柚衣さん。柚衣さんってあたしより一つ年上の弟さんがいるのよね? その弟さんの名前は?」

と、あたしは聞いた。柚衣さんは何事もないかのように、

「弟の名前? ああ、暖都だけど。弟の名前がどうかしたの? もしかして、暖都に会ったの? 暖都の居場所が分かったの?」

と、必死にあたしに言ってきた。でも、おかしい。あの封筒の消印の日付は、ママたちが亡くなってから一ヵ月後だ。それは何度も確認したから間違いはない。ただどこから出したのかが分からなかった。名前しか書いてなかったし。

「柚衣さん、弟さんと連絡はとっているんですか?」

「連絡なんかとってないわ。だってどこに住んでいるのか知らないもの。駒葵ちゃんこそどうしたの? 弟のことなんか聞いちゃって」

「あたしは、柚衣さんが結婚するから、弟さんも出席するのかな? って思ったから」

「……」

 柚衣さんは急に黙り込んだの。

「あのね、駒葵ちゃん、駒葵ちゃんこそ結婚式出てくれるの? あたしは、そのことが心配なの。そりゃあ弟にも出て欲しいって思うわ。でも、仕方ないじゃないの。あたしは、駒葵ちゃんが出てくれればいいの。出てくれるわよね?」

「あの、あたしは……。用事があって出れません」

 そうあたしは言ったの。だって、本当に出たくないんだもの。

「駒葵ちゃん、あたしと勇太さんの結婚が許せないの? あなた、あたしたちのこと許してくれるって言ったじゃない。確かにあなたにとって、突然すぎたことだわね。でも、もう戻れないの。お願いだから分かってちょうだい」

 柚衣さんはあたしの肩を揺らしながら言った。それでもあたしの気持ちは変わらない。

「……」

 すると急に柚衣さんは、テーブルの上に置いてある花瓶を床に叩きつけたの。花瓶は一瞬のうちに粉々に割れた。そして今度は、リビングに置いてあるすべての物を床に落としたの。電話、辞書、写真立て、その他いろいろと……。あたしは何も声が出せなかった。ただ黙って柚衣さんの行動を見ていたの。もうこんな生活コリゴリ。あたしは、柚衣さんをそのままほかっといて部屋に閉じこもった。下から柚衣さんの叫び声がする。頭の中が真っ白になった。今、あたしは何をしているのだろうか? このままでパパは幸せになれるの? ベッドに潜り込みあたしはそのまま眠ってしまった。

「ただいま」

と、玄関の方からパパの声がした。家中、真っ暗なのでパパは柚衣さんとあたしの名前を呼んだ。パパがリビングの電気をつけるとそこには、柚衣さんがソファーに倒れていた。パパはこのありさまを見て絶句した。パパが二階のあたしの部屋に来た。でもあたしは鍵をかけてあるので入って来れない。パパはドンドンとドアを叩く。それでもあたしはベッドの中で縮こまっていた。

「駒葵、いるんだろ? ドアを開けなさい。一体、柚衣と何があったんだ? 早く開けなさい。駒葵! 開けないならパパが無理矢理にでも開けるぞ!」

 パパは何度もあたしの名前を呼んだ。

「勇太さん。駒葵ちゃんなら今、眠ってるわ。どうしちゃったの? そんな恐い顔しちゃって。リビングの部屋はあたしがやったのよ。駒葵ちゃんは関係ないわ。今から急いで掃除をするわ」

 柚衣さんは何事もなかったかのようにパパに言ったの。こうして二人はリビングへ下りていった。その後あたしは、ベッドから出てカレンダーを見たの。なぜ見たのか自分でも分からない。明日の日付の所に大きくあたしの名前が書いてある。明日はあたしの誕生日だ。すっかり忘れていた。でもこの状況だとプレゼントなんて貰えないわね。ママたちがいたときは誕生日パーティーを開いて豪勢に料理を作ったのに。プレゼントはそれぞれ違っていたりしてリボンをほどくのがうれしかった。

 明日の授業の用意をして早くもあたしはベッドの中で深い眠りについたの。その晩、パパと柚衣さんが今日の出来事をしゃべっていた。

「柚衣、今日、一体何があったんだ? 駒葵に何か言われたのか?」

「そうじゃないの。でも、あたし……。この先、駒葵ちゃんとうまくやっていけるのかが心配でたまらないの。駒葵ちゃんあたしのことずいぶんと嫌っているみたいだし」

と、パパに抱きつきながら言うの。パパも柚衣さんの話を信じちゃっているみたい。

「駒葵はまだ、あの事件にこだわっているんだよ。そのうち、すっかりと忘れているさ」

「ほんと? あたしうまくやっていけるのかしら」

「当たり前だろ」

 パパなんか大嫌い! あたしの気持ちなんて知らないくせに、あの女の言うことを信じている。ママ、瑶葵、あたしをここから連れ去って……。お願い。

「駒葵ちゃん、さっきはごめんなさい。あたし、どうかしてたのよ。だから、ここのドアを開けてちょうだい。勇太さんは今、お風呂に入っているわ。勇太さんが出てくる前にあなたと話がしたいの」

 ドアの向こうで柚衣さんがあたしにしゃべりかけてくる。でもあたしはこの女としゃべる気力もない。

「出てこないのなら、あたしずっと待っているわ、ここで。そのうち勇太さんが心配して来たりして。なーんちゃって、嘘よ嘘よ。それじゃあまた明日にでも話すわ。おやすみないさい」

 それだけ言うと柚衣さんは、すごすごと自分の部屋に戻っていったの。

 明日はあたしの誕生日……。何事もなければいいんだけど……。

 次の日、食卓に下りていくと竹田さんが朝食の準備を整えていた。

「おはようございます、お譲様。今日もいい日でありますね」

「そうね、それにしても、竹田さんって料理上手よね、あたしなんて、全くダメなんだもの。どうしたらうまくできるんだろうなぁー」

「そうですね、今度わたくしが暇なときレッスンしてあげますよ。そんなことより、学校に遅刻してしまいますわ」

 急いで朝食を食べて、制服に着替えて髪の毛を整えて鏡を見て一言。

「十七歳の誕生日おめでとう、駒葵」

 さあ、今日も一日がんばろうっと。玄関を開けると恒松さんが車のドアを開けたの。

「おはようございます、駒葵お譲様」

 車に乗り込み学校へと向かったの。

 学校に着くとみんながじろじろとあたしの顔を見てくるの。何だろう? 教室に入るとクラスのみんなが一斉にあたしの方を見るの。一体何があったの? 黒板に何か書いてあるのが目についた。あたしは、目の前が真っ白になった。だ、誰がこんなこと書いたのよ! 

「大塚ってひどいよな、天国で妹が泣いてるぞ。いくら妹がいなくなったからといって、川澄先輩と付き合うなんて最低だよな~」

 クラスの男の子があたしに向かってそう言った。あたしはまだ信じられなかった。あたしと川澄先輩ができているということを……。こんなのデマよ。

 移動教室があって廊下に出てみると、みんながみんなあたしの顔を見るなり、

「ほらっ、あの人だよ。川澄先輩と付き合っている人」

「よく付き合えるわよね、妹がかわいそうよ」

「噂によると、先輩の家にも行ったんだってよ」

「え~? じゃあ、やっちゃったとか?」

 他にもいろいろと噂が広がっていた。授業にも集中できなくてうつむいていたの。

 これだと、留学が出来ない。どうしよう……。お昼休みになってまだボソボソと言っている人がいたが、気にしなかった。お弁当を食べている頃にちょうど、放送であたしの名前が呼ばれた。クラスが一瞬にして静まり返った。

「大塚、今朝のことはどういうことなのか説明してくれ」

 会議室で話す担任の先生。それに校長先生、留学担当の先生の三人。

「先生、確かに川澄先輩の家には行きました。でも、それは留学の資料があるからです。みんなが言うようなことは一切やってもいません! むしろあたしの方が怒りたい気分です。先輩に聞いてみてください」

 あたしは何事もなかったと否定した。が、しかし、

「川澄には聞いた。だがプライベートのものを見られて怒っている」

 え? プライベートのもの? どういうこと……。

「大塚、これだと海外留学は取り消しになるな」

と、担任の先生。続いて校長先生が、

「君の成績は大変優秀で、海外留学も希望されている。しかしだな、こういった騒ぎが起こっていると、たとえ何事もなかったようでも取り消しになる。従って君には、自宅謹慎処分一週間を与える。これは今朝の会議で決まったことだ。もちろん、自宅にも連絡は入っている」

「そ、そんなひどすぎます。ただの噂ではありませんか。それに、本人がこうやって否定をしているのに、それでも噂を先生方は信じ切るのですか?」

 あたしは必死に反論したが、先生たちは聞きうけてくれなかった。

「大塚、今日の午後からの授業は出席しなくてよい。だからもう自宅に帰りなさい」

と、担任の先生が言った。担任の先生だったら、生徒の主張を聞き入れるのが仕事でしょ。それなのにこのありさまは何なの? 更に追加で、

「大塚、この件については先生でも非常に残念だと思う……」

 残念だったら、どうしてあたしの言うことを信じてくれないの?

 教室に戻るとさきほどより更に張り詰めた空気が漂っていた。あたしは、お弁当と用具を鞄に詰め込んだ。そして席を立って教室から出て行った。校門を出る前に見覚えのある顔があった。それは、川澄先輩だった。

「駒葵ちゃん、ごめん」

 そう先輩はあたしに向かってそう言ったのだ。あたしは何も言わず先輩の目の前を通り過ぎた。すると、先輩があたしを引きとめた。

「駒葵ちゃん、仕方がなかったんだよ。まさかこうなるとは……。もちろん、俺だって否定した。だけど、先生たちは噂を信じている」

 そこであたしはやっと口を開いたの。

「先輩、プライベートのものって何ですか?」

「ああ。それは手紙だよ。君が勝手に俺の手紙を読んでいた。だからそのことも言った」

「……」

 思い出した。資料の中に挟んであった封筒の手紙だ。

「勝手に見てしまってごめんなさい。もう一つ聞きたいことがあります」

「ごめん、もうそろそろ、授業始まるから。また変に誤解されたら今度こそ停学になる。授業が終わったら中央公園で待ってる」

 そう言うと先輩は校舎の方へと走っていった。

 あたしはトボトボと家に帰った。

「お譲様、お帰りなさいませ。あの、学校からは連絡は聞いております。奥様が和室で待っております」

と、竹田さんは悲しそうに言うの。

 あたしは制服のまま和室に入った。柚衣さんはジロッとあたしを睨みつけて、

「そこに座りなさい」

 いかにも自分が一番だというような雰囲気だった。

「学校から連絡が来た時は腰が抜けるかと思ったわ。自宅謹慎処分一週間だなんて、それが社長の娘なのかしら。いくら妹が亡くなったからといって、その彼氏と付き合っているなんて瑶葵ちゃんがかわいそうだわ。それに家にまで押しかけたそうじゃないの」

「柚衣さんまでもが、噂を信じるんだ。でも、ひどすぎる! あたしは、ただ……」

 あたしは途中で言葉に詰まってしまった。

「ただ……何なの? それにまだ海外留学のことあきらめていなかったそうね。ほんとにあなたって迷惑をかけてばかりよね。勇太さんが聞いたらビックリするどころか、会社にも影響するのよね。実の娘が謹慎処分だなんて。亡くなった楓さんや瑶葵ちゃんも悲しんでいるに違いないわ」

 柚衣さんはすっと席を立ったの。そうするとあたしの目の前に来て、あたしのあごを持ち上げて、思いっきり平手打ちされたの。あたしはよろけて横に倒れた。柚衣さんは、そのまま部屋を出て行ったの。あたしはしばらく倒れたままの体勢になっていた。頬を叩かれて痛かったけど、涙は一滴も出てこなかった。むしろ怒りの方が頂点に達していた。時計を見ると夕方の五時だった。川澄先輩と中央公園で待ち合わせをしていたんだ。慌てて家を飛び出しから制服のままだった。

 川澄先輩は、制服のままベンチに座っていた。多分、学校が終了してから家に帰らずこの公園に来たのだろう。

「先輩、遅れてすみません」

「あれ? 家に帰ったんだろう? どうして制服のまま……。それに頬赤くなっているよ、大丈夫?」

「大丈夫です。それより先輩、田村柚衣さんって人ご存知ですよね?」

 先輩は柚衣さんの名前を聞かれてしばらく沈黙が流れた。やっぱり、先輩は知ってる。

「先輩、嘘はもういいですよ。あたしあの封筒の差出人を見て知ってしまったもの。あの女の弟だということをね。あの女はずいぶんと先輩を探し回ったそうよ。でも、今は探す必要なんてないですもの」

 あたしは先輩の目を見ながら言った。でも、先輩はわざと目をそらしたの。

「駒葵ちゃん。駒葵ちゃんの言うとおりだよ。田村柚衣は俺の実の姉だ」

「……そうですか」

 先輩と話しているとき、柚衣さんが割り込んできた。

「駒葵ちゃん、ここにいたの。探したわよ。あっ……」

 柚衣さんは、やっとあたしの隣にいる先輩に気がついたの。

「暖都、どうして?」

「姉貴こそ……駒葵ちゃんのこと苦しめているじゃないか」

 あたしはどうすることもできないまま、突っ立っていた。そういえば、今日ってあたしの誕生日じゃないの。すっかり忘れていたわ。

 あたしたちは、一言二言交わしただけで、その場で別れた。

 家に帰ると、なぜかパパがリビングに座っていたの。

「勇太さん、今日は早いのね。すぐにビールを持ってくるわ」

「ビールはいらない。駒葵、ここに座りなさい」

 パパはいつもと違う様子だった。当たり前か。娘が自宅謹慎処分だものね。

「駒葵、今日学校から連絡があった。どういうことなのか説明してくれ。お前みたいな優秀な生徒がどうしてまた……。パパは悲しいぞ。会社にも悪影響がかかるじゃないか」

「……な、なんで、パパまで学校のいうことを聞くの? あたしと川澄先輩はただの友達よ。でも、今は友達以下だもの。だってそうでしょ? 柚衣さん。パパはまんまとこの女にだまされたのよ! この女と川澄先輩は血の繋がった姉弟なのよ。それを今までずっと隠し続けてきたのよ。あの事故だってそうよ。この女が全部仕掛けた罠なのよ」

「何を言うんだ駒葵。柚衣のことをこの女だと呼ぶなんて、お前の母親なんだぞ!」

 そう言うと、パパはあたしの頬をパシッと叩いたの。

「何が母親よ! この女があたしの母親? バッカじゃないの。この女が来てから、あたしの夢が壊されたわ。いいえ、違うわ。あたし知ってるのよ。パパはだいぶ前から、そうママたちがまだ生きている頃から付き合っていたのよね」

 あたしはソファーから立ち上がってパパたちに向かって言ったの。

「あたしが知らないとでも思った? アハハ」

「駒葵……。父親に向かってその言葉はなんだ!」

「父親ねー。へぇ~。あんたなんか父親でもなんでもないわよ。ねえ、柚衣さん今度は誰を殺すつもりなの? あたし? それとも愛するパパかしら?」

 柚衣さんは、言葉に詰まったようでただビックリした顔であたしを見たの。

「駒葵ちゃん、何を言うの? 殺すだなんて……」

「ねえ、今日が何の日なのか知ってる? まさか知らないって言うわけじゃないわよね。その顔じゃまったく知らないようね。今日は、あたしの誕生日よ。毎年あたしの誕生日は、最低最悪なのよね。双子の妹、瑶葵はあたしと逆でハッピーバースデーなのにね」

「そういえば、そうだったな。今日は駒葵の誕生日だったな。おめでとう」

 パパは本当に忘れていたらしい。

「今さら、おめでとうって言われてもうれしくもないわ」

「そうね~、何にしようかしら?」

 あたしは、何をしようか考え込んだ。

「そうだ。今ここで、あの事故が起きた日のことを詳しく言ってほしいわね。それと、あなたの弟。川澄暖都のことについても。そうじゃなきゃ、天国にいるママや瑶葵に幸せを送れないわ。だいたい、パパもパパだわ。こんな女と結婚したいなんてバカじゃないの?それが社長だなんて恥ずかしくて外には出歩けないわ。あんたたちのせいで、あたしがどれだけ苦しんだのか知りもしないくせに、よくそんな言葉がいえるわね。一体どんな育て方をしてこんな人間が生まれるのかしらね? 親の顔を是非とも拝見してみたいものだわ。……。何よその顔。柚衣さんあなた今の顔、鏡で見てみたら? すっごくド田舎のブスだわ。アハハハハハ。おかしくて、お腹が痛いわ。キャハハ」

「駒葵……」

「ねえ、早く話してよ柚衣さん。あなたでしょ? 煙草吸ってるの」

「あたしはその日勇太さんと喫茶店に入っていたって言ったでしょ。あたしが犯人だと思っているでしょうけど、アリバイがあるのよ」

「駒葵、パパがそれは証明できる。あれは、本当に事故だったんだよ。あの事故が起きた日、土砂降りの雨が降っていたことは駒葵だって知ってるだろ? 視界が悪かったんだよ。どうだ? これでも柚衣のことを犯人だと思うのか?」

「だったら何で煙草の吸殻が車の中から発見されたの? パパは吸わないし、もちろんママや瑶葵だって吸わなかった。他に誰がいるのよ! あたしは柚衣さん以外考えられないの。だってそうでしょ。柚衣さん自身、ママのことを嫌ってたし、ママのブランド品も売りさばこうとしたし、ママさえいなくなれば自分は幸せになれるって思ってたんでしょ? どうなのよ?」

「柚衣それは本当か? 楓がいなくなればよかったのか? 駒葵、パパは楓と離婚するつもりだったんだよ。楓もそれは承知してた」

「嘘! 嘘よそんな……。ママがパパと離婚したいなんて……」

「おまえだって知ってるだろ。ママがブランド品ばかり買い込んでいたことを」

「それじゃあ、ママがブランド品ばかり買っていたのは、離婚するからなの?」

「初めは、ママだって反対した。それも当たり前か。突然、離婚の申し出をしたのだからな。おまえがまだ、中学三年生の頃だ。ママは離婚だけは絶対にしないと言い張った」

「ママは、いつから柚衣さんのことを知ったの?」

「分からない。柚衣と付き合い始めたのはおまえが、中学一年生の時からだ。楓はその時から気づいていたのかもな。離婚の理由も聞いてこなかった。しばらくしてから逆にママのほうから離婚に同意すると言ってきた。しかも条件付でな。その条件とは、駒葵と瑶葵が高校卒業するまでは離婚しないこと。さらにその期間中パパの財産を使いたい放題使うこと。つまり、ブランド品の買占めだ。それ以外は何も言ってこなかった。離婚するのだからパパも賛成した」

「でも、パパは現にあたしが高校卒業する前に柚衣さんと結婚しようとしているじゃないの?」

「……」

「じゃあ、パパはママが亡くなってからすごくうれしかったのね? だってそうでしょ。いちばん邪魔な人が亡くなったもの。でも、パパはそれだけじゃない。あたしのこともすごく邪魔なのよね? あたしさえいなくなったら、柚衣さんだって幸せになれるものね。だからあたしは、留学すればパパと柚衣さんは幸せになるんでしょ?」

「まだあきらめていなかったのか? だいたい謹慎処分受けておきながら、それでも海外留学しようとするのか?」

「パパはあたしの夢を叶えようとはしないんだ。分かってる。瑶葵は将来の夢を失ったのだからあたしだけ叶えようとするのは許せないことぐらい……」

「……。今すぐこの家から出て行け! パパの言うことが聞けない娘なんて必要ない」

「勇太さん! なに言ってるのよ? それじゃあ、あまりにもかわいそすぎるわ」

「柚衣。おまえだってこんなわがまま娘と一緒に過ごせないと言ったじゃないか?」

「わ、分かったわよ! あたしさえこの家から出て行けばいいんでしょ。言われなくても出てくわよこんな家!」

 あたしは急いで大き目の鞄の中に必要なものを詰め込んだ。いつかはこういう日が来るんじゃないかと思っていた。

 ママ、瑶葵ごめんね。あたしもう限界……。

 行く場所なんてどこにもなかった。友達と呼べれるような人もいない。あたしは暗闇の中をフラフラと歩き彷徨っていた。

 その頃、家ではパパと柚衣さんが言い争っていた。

「柚衣、駒葵が言っていたのは本当のことなのか?」

「何のこと? 勇太さんうれしいじゃないの。だってあの娘がここから出て行ったのよ。もう何も怖がることはないわ。あたしたちは夫婦なの。結婚式が楽しみだわ」

「ふざけるんじゃない! 楓と瑶葵を事故死に見せかけたのはお前が企んだことなのか?」

「……ええ、あなたの言うとおりよ。今頃になって気がついたのね。フフッ……バカよね勇太さんも。言ったでしょ、あたしは楓さんが嫌いだって。あなたと付き合っているときも楓さんは知っているのに知らないふりをしていた。それが許せないのよ」

「許せないからといって、殺したのか?」

「あたしは殺してなんかないわ。そうね、暖都が突然あたしの家に訪ねてきたことかしらね。初めはビックリしたわ。でもなぜかしらね。急に暖都が好きな人が出来たって言ったの。でも相手は有名会社のお譲様で俺なんて眼中にないかも知れない。それでもいいからどうすれば付き合うことが出来るのか? ってあたしにしつこく聞いてきた。聞けばあたしが勤めている会社だった。名前を聞くと勇太さんと同じ名字だった。こんな偶然なんてあるのかしら? って半信半疑だった。暖都にそのことを言ったらうれしがっていたわ。その直後だったかしら、あなたの秘書をしたのは。秘書と言う仕事はいいわよね。あなたのことをなんでも知り尽くしていなくちゃいけないんだもの」

「それで近づいて俺の家族を調べたのか?」

「好きな人のことを調べるには絶好のチャンスだったわ」

「……いくら欲しいんだ?」

「お金で解決しようとするのね。お金で解決しても死んだ人は生き返らないのよ」

「だ、だったらどうすればいいんだ?」

「あなたにはきちんと責任を取ってほしいわ。お腹の子供のためにも父親がいないなんてかわいそすぎるわ」

「おまえ、子供なんているのか?」

「そうよ。あたしたちの子供よ」

「ふざけるなぁ!」

「ふざけてなんかないわよ。もう四ヶ月だわ」

 パパは書斎に戻り、机の中から小切手を取り出して柚衣さんに手渡した。そう、それはまぎれもない手切れ金。

「これだけあれば十分な金だろ? とっとと荷物まとめてこの家から出て行け! 二度とこの敷居をまたぐな!」

「ひどい! あたしはお金なんていらないのよ。お腹の赤ちゃんはどうするのよ?」

「子供は堕ろせ。結婚式もキャンセルだ。離婚届に判を押せ」

「そんな……ひどすぎる、あなた結婚式をキャンセルするということはどういうことなのか知ってるの?」

「どっちがひどすぎるんだ! おまえは、俺の家族を壊した張本人なんだぞ!」

 柚衣さんはしばらくしてから、部屋の荷物を鞄に詰め静かに玄関を開けて出て行った。靴箱の上には離婚届が置いてあった。柚衣さんは覚悟の上で離婚届に判を押したのだろう。

 で、あたしはどうしてるかって? それは、まあ……。


「こぉらぁ~! 駒葵、いつまで寝てるんだ!」

「うるさいなぁ~。まだ朝の六時じゃないの」

「何をいっとる。家を飛び出した人間が」

 おじいちゃんは、布団からあたしを引きずり出した。

 ここは、熊五郎おじいちゃんの家。つまりママのお父さんってこと。あの日飛び出したことはいいけど行く場所なんてなかったから、お墓に行ったのよね。そうしたら、おじいちゃんがお墓参りしてたわけ。おじいちゃんなんて、ママたちのお葬式以来会ったことなかったらびっくりしたけど。おじいちゃんの家は、すごく田舎にあって周りにコンビニやスーパーなんてないところだ。自然に囲まれたこの地域はとても空気が綺麗だ。おじいちゃんはなんであたしが家を飛び出したのかって、理由は聞いてこない。ただ、毎日、朝から晩まで畑の仕事を手伝わされ終わったかと思えば、家の掃除やご飯づくり。おかげで、全身が筋肉痛で、指は慣れない包丁で傷だらけだった。

「あ~あ。こんなところに来るんじゃなかった」

「何か言ったか?」

「え? ううん、なんでもない」

と、必死にあたしは首を横に振る。

「そうかのう。わしには、こんなところに来るんじゃなかったと聞こえたがのう……」

 な、何よ全部聞こえているじゃないの?

「ま、おまえの気が済むまでここにおればいい。だが、ここにいるからにはただではいさせない。分かってるんなら、さっさと畑へ行って来い!」

 本当に大変な所に来てしまったよ。ママはこんな、ど田舎に住んでて嫌にならなかったのかしら。パパ、今頃どうしてるんだろ? そういえば今日ってパパたちの結婚式じゃなかったっけ? 柚衣さん相当怒ってるだろうね。あ~、学校にも行ってないや。って、あれ? あたしってまだ、謹慎中だったっけ? あれ? いつまでだった?

「何をボケッとしておる。手を動かせ!」

 目の前におじいちゃんが仁王立ちしていたものでめちゃめちゃビックリして、後退りしたら近くの川に滑り落ちた。

「きゃぁ~!」

 服はびしょびしょに濡れ、くしゃみが連続して出た。

「ボォッーと考え事しておるから川なんぞに落ちるんだ」

「だ、だっていきなり目の前にいるんだもの」

「おまえが、仕事していないからだろ」

 お昼まで畑仕事を手伝わされ、おじいちゃんの家に帰り、お茶を飲みながらほっとしているところ。

 すると、おじいちゃんは机の上に新聞を広げた。あたしも何気なく覗き込んでみたら大きい文字が目に飛び込んできたのであった。

「嘘、嘘でしょ~!」

「今度はいったい何を騒いどるんじゃ?」

「結婚式、キャンセルだなんて……」

「なんだ、そんなことか。おまえキャンセルがあったからここへ来たんじゃなかったのか?こんなのは一週間前から報道されとったぞ。あの男は何年たってもバカな男だったな。だから楓に愛想尽かされるんだ」

「一週間前ってちょうど、あたしがここへ来た日じゃないの? どうして教えてくれなかったのよ!」

「だから、わしは知っとるかと思ったと言ったじゃろ」

「そ、そんな。だって、パパは? パパはどうしているの?」

「わしがそんなこと知るか! 社長も辞任したらしいぞ」

「え~!」

「家へ戻るか? 今、戻るとマスコミや記者たちで埋め尽くされてるだろうな。駒葵がこうやって一週間も帰らないのにあの男は捜しもしない。いったいどういうしつけをしたものだか……。呆れるほどじゃ。それでもあの家に帰るか?」

「マスコミだなんて……。そんな、あたしの夢はすべて水の泡となって消え去ってしまったのね」

「留学することか。楓がそういえば言っておったな。別に今、海外へ行かなくてもよかろう。高校卒業してからだって遅くはない。それに自分が稼いだお金で海外へだって自由に行けるんじゃ」

「……」

「どうした? 急に黙り込んで。まあ、おまえの将来だ。駒葵がいいと思えばそれはそれでいい。さて、わしは隣の村まで買出しにでも行ってくるか」

 おじいちゃんがいなくなると、更に家の中は静かになった。あたしは、これからどうすればいいの? パパも会社どうするつもりなんだろ?

 あたしは近くの小高い丘に登り寝転んだ。空は雲ひとつないとっても晴れた空だった。瑶葵は調理師の免許を取ってお店を開くのが夢だった。でもその夢は打ち砕かれた。あたしには翻訳家以外にもなるることがある。なら、何になればいい?

「コ、マ、キ……」

 何? 今の? 空耳かしら。もう一度耳を澄ましてみると、

「コ、マ、キ、あたしの分も頑張って生きていくのよ。ね? あたしはいつでも駒葵をみているから……」

 聞こえた。

「た、瑶葵なの? ねえ、瑶葵どこにいるの? あたしこれからどうすればいいの?」

 その後いくら耳を澄ましても瑶葵の声は二度と聞こえなかった。夢? それとも幻なの? ううん。確かに瑶葵の声が聞こえたもの。しばらくしてから聞き慣れた声が遠くの方から聞こえた。

「駒葵! そんなところで何しとるんだぁ!」

 げっ、やばっ。おじいちゃん、いつのまにか帰ってきちゃってるんだ。ひょぇ~。急いで丘を降りきると毎度のことながら、

「ったく、最近の若者はすぐに怠ける。今から夕飯作るからおまえも手伝え」

「は~い」

 夕ご飯が思うようにのどを通らなかった。さっきのは空耳なの? だって瑶葵はもうこの世にはいないんだし。あたし疲れているのかしら……。

「駒葵、早くご飯を食べなさい。片付かないだろう! そういえばおまえが寝転んでいたとき声がしたのぅ~」

「え? おじいちゃんも聞こえたの!」

「はっきりとは聞こえなかったが……あ~わしも歳だな」

「やっぱり空耳じゃなかったんだ。ねえ、おじいちゃんあたしも聞こえたの。あたしにははっきりと聞こえたの。あの声は瑶葵だった。そうでしょ、おじいちゃん?」

「じゃから……」

「ちょっと、その続きはなに? 何なの?」

「まあ、この話はよい、さっさと食わんか」

 それだけ言うとおじいちゃんはお風呂に入りに行った。おじいちゃんは何を言おうとしたの。それにしても、問題は今後のあたしなのよね。学校の自宅謹慎期間はとっくに終わってる。無断欠席続き。家にも連絡すら入れてない。パパは社長を辞めてどうするつもりなのだろう? 柚衣さんとも結婚しない。まあ、これは大いに賛成だから嬉しいけど……。

 あ~もう。わけ分かんないよぉ。もう、やだよ。こんな生活続けたくない。パパもパパであたしのこと捜しもしない。どうでもいいみたい。ママと瑶葵は天国でも幸せそうね。羨ましいよ。

「……泣かないで……」

 え? また声?

「駒葵、家へ帰りなさい。パパが心配してるわ」

「ママ? ママなんでしょ? どこにいるの? ねえ、あたしどうすればいいの?」

「帰りなさい。あなたがパパを支えるのよ」

「支える? って。どうして? あたしには無理よ。だってパパはあたしたちを裏切っていたのよ。それをママは許せるの? ママたちはパパとあの女に殺されたのよ」

「駒葵は何も分かってない」

「分かってない? あたしが何を分かってないというの?」

「……」

「ママ? ママ? お願い出てきてよ。瑶葵、瑶葵もいるんでしょ? ねえ出てきてよ!」

 あたしは涙が溢れ出して止まらなかった。ひたすらママたちを呼んでみたけど二度と声はしなかった。あたし、どうかしてるのよ。

「おじいちゃん! 助けて!」

 あたしは急いでおじいちゃんの部屋に入った。

「どうした、駒葵?」

「ママたちが家へ帰れって言うの。パパを支えなさいって……」

「駒葵、何を言っておるんだ。楓はもういないだろ。寝たボケておるのか?」

「だって、おじいちゃんもあの丘で聞こえたんでしょ? 今もここに来ていたのよ」

「駒葵、落ち着くんだ。落ち着け!」

「い、いやぁ~。誰か、誰か助けて」

 おじいちゃんは必死にあたしの肩を揺さぶった。あたしはどうかしちゃったの? なんで、なんでこんなにも心が苦しいの……。その後、あたしは目の前が真っ暗になりその場で倒れた。

 あたしはどこに行けばいいの? パパの所へ戻ればいいの? そんなのできない。だってあたしは……。

 助けて、誰でもいいからあたしを助けて……。あたしはどうすればいいの?

「駒葵、駒葵!」

 え? 誰? 誰があたしの名前を呼んでいるの?

「た、助けて……」

「駒葵、大丈夫か? おい、駒葵! 目を覚ますんだ!」

「……?? あ、あれ? ここどこ?」

「気がついたか。だいぶうなされていたぞ。何が起きたんだ?」

「瑶葵があたしに言ったの。あたしは何も分かってないって。ねぇ、どういう意味なの?なんで、ここの世界にいない瑶葵がそんなこと言うの? それともあたしがもう死んでるの? ママはママであたしのことなんとも思っていないの。おじいちゃん、あたしどうすればいいの? パパの元に帰ればいいの? 帰ったらあの女が居座っているのよ。あたしの居場所はここしかないの。ねぇ、おじいちゃん!」

「本当に分かってないなあ、駒葵は……。瑶葵は知らせに来たんだ。早く元の生活に戻してほしいと願っているんだ。それをおまえはその場所から逃げ出してきた。おまえがここの生活に馴染むほど瑶葵や楓は成仏できないはずだ。もうおまえしかいないんだ。おまえの父親を助けることができるのは……」

「じゃ、じゃああたしがあの女と闘うってこと?」

「そういうことだ。できるか、今のおまえに? 父親があの田村柚衣のものになる前に助け出すんだ。もう一つ、川澄暖都には気をつけることだな」

「川澄暖都……。忘れてた。あの女とは姉弟だったわ。まさか、瑶葵は騙されていたの?」

「それは、分からん。さあ、ここで悩んでいたって何も解決はしないぞ」

「おじいちゃん! ありがとう。あたしパパを取り戻してみる!」


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