第六話 駒葵 VS 柚衣
あたしはびっくりした。あたしが入ってくるのに気がついた先生は、なんだか不安そうな顔をしていたの。まさか、留学することがバレちゃったの? でも何で柚衣さんが? 柚衣さんが、
「外にいらっしゃい」
と、促したので、仕方なく裏庭に行ったの。ここは人も通らない、告白するなら絶好の場所。柚衣さんが立ち止まり後ろへ振り返った瞬間、すごく顔が熱かった。
そう、あたしは柚衣さんに平手打ちされていたの。いきなり平手打ちなのであたしは、すごく腹が立った。突然なんだもの。すると、柚衣さんはいつもとは違う雰囲気であたしに言ったの。
「駒葵ちゃん。あなた嘘ついていたのね? なにが、だいぶ昔のパンフレットよ! 全然違うじゃない。あなた本気で留学するつもりなの? そんなことあなたの頭なら分かりきっていることでしょ! 勇太さんにはまだ言ってないわ。でも、どうしようかしら……。だいたいあなたは、大塚コンツェルンの社長令嬢なのよ! これがどういう意味か分かる? あなたは将来、勇太さんの会社を継ぐのよ。留学するということはいい夢よ。でもね……」
「そんなこと知っているわよ。別に一生、外国暮らしではないのよ。それに、今すぐ継がなくちゃいけないということはないでしょ!」
と、あたしも負けずに柚衣さんに言ったの。
「そう。分かったわ。あなたが勇太さんの言うとおりにしないのなら、あたしのものになるのね。あなたは大塚家を出るということになるから、何もかもあたしのものよ」
「そんなことパパが許すはずがないわ」
それだけ言い合うと、あたしたちはそれぞれ逆の方向へ歩いたの。その言い合いをしている場面を一人の生徒が見ていたのにも気がつかずに……。
そういえば、もうそろそろパパとあの女の結婚式があるんだった。すっかり忘れていたわ。それにしても、わざわざ学校に乗り込んできてまで留学のことをもみ消そうとするなんて、パパと一緒じゃないの。先生もまた言わなくていいのに。これじゃあ、家に帰ってから何を言われるやら……。
家に帰ると、柚衣さんはケロっとした態度だったの。そして、有名デザイナーが作ってくれたウェディングドレスを自分にあてては、うっとりとしていた。竹田さんも呆れ返ったような感じだった。あたしはただ、どうしてこう態度がころころと変わるのかが分からなかった。明日、先生から留学のことをあきらめさせようとするのだろうか? イヤだそんなの。鏡を見ると、左頬が赤く腫れ上がっていた。初めてだった。両親からも殴られたことはなかった。それなのに、赤の他人にやられるなんて……。薬を塗ってあたしは早く眠りについた。
そして次の日、先生からは何も言われなかったの。あれ? と思ったけどあえて聞かなかった。借りっぱなしの留学の本を図書館へ返却しに行くと、川澄先輩が勉強をしていた。
「川澄先輩。大変ですね、勉強」
と、あたしは聞いた。
「ああ、駒葵ちゃんか。もう追い込みの時期だから、間に合わなくなると困るしね。駒葵ちゃんはどこか遠い所へ留学するの?」
「え?」
と、思わず聞き返してしまった。
「瑶葵から聞いていたから。で、どこへ?」
と、しつこく聞いてくる先輩。
「留学、反対されているの。でも、あたしは負けないつもり」
「強いんだね駒葵ちゃんは。俺、伯父さん夫婦に育てられたから、一人暮らしでもしようとしているんだ。それに、国公立に受かれば学費代はそんなにかからないし。アルバイトでもして稼ぐつもりだし」
先輩は机に広げてあったノートや参考書を鞄にしまいこんだの。
「それじゃあ、これから塾だから」
そう言うと先輩は走って図書館を出て行ったの。
そっかあ、大学か。あたしは留学のことばかり考えていたので大学のことを考えてもいなかった。確かにここの高校の進学率は高い。パパや柚衣さんの言うように、大学に進学してからでも遅くはないのかな……。学校を出ると珍しく車の迎えがなかったの。ほっとしたような、そうでないような微妙な感覚。帰りに中学時代のクラスメイトに会ったの。あたしは気がつかなかったけど、向こうから話し掛けてきてくれたの。
「大塚さん。お久しぶり~。覚えてるあたしのこと?」
と、元気そうに言ったの。確かこの子は学級委員をやっていた松田さんだった。
「ええ、覚えているよ。松田さん、高校はどこに通っているの?」
「中央高校よ。今日は買い物があるからこっちへ来てみたの。そうそう、今度の日曜日にクラス会があるの。連絡来た? ほら、前、大塚さん来なかったからみんな会いたがっていたわよ」
そういえば一年前クラス会があると連絡がきていたんだっけ? でもあたしは行かなかった。だって、ママと瑶葵が死んでから間もない頃だったもの。そしてまた一年後に、今度の日曜日にあるのか……。どうしよう? まだ連絡はきてないけど、断ろうかな。
「大塚さん、そういえば瑶葵っていないんだよね?」
そうしんみりと言ったの。あたしは何も言わず、首を縦に振った。
「都合があれば、あたしに電話してね。いつでも待っているから。時間は午後の一時からで、中学校集合よ。それじゃあ、バイバイ」
と、駅のほうへ走っていった。あたしは松田さんが見えなくなるまでずっと、見送っていた。あたしはしばらくその場に立っていた。なんだか、中学の頃が懐かしかった。中学の頃はいいことがほとんどなくて、早く卒業したいと思っていた。それに嫌いな塾も早くやめたかった。家に帰る途中、あたしはいろんなことを思い出していたの。家に着くと、食事の時間はとっくに過ぎていて、柚衣さんが玄関に立っていた。
「ただいま」
と、あたし。それに対して柚衣さんは、
「おかえり。今までどこにいたの? 今日は車の迎えがなかったからよかったと思ったの? それでもね、食事の時間に間に合うように帰ってきなさいよ。やっぱりあなたには、送り迎えが必要ね」
それだけ言うと、さっさと二階の自分の部屋に戻っていった柚衣さん。帰ってくる早々、こんなこと言われると夕食を食べる気がなくなり、あたしも部屋に閉じこもった。そして、クローゼットの中の段ボール箱を取り出して、中学のアルバムを探したの。卒業してからは一、二回しか見なかったアルバム。でも今見ると、何もかもが懐かしかった。あの頃はすごく人生がイヤで仕方がなかった。あたしの顔は無表情だった。今と変わらないあたしの顔。何でこんなに無表情なの? 自分では、笑っているつもりだと思っていたのに。全然違っていた。あの頃より、成長していないのかな。次々とめくっていくうちに、瑶葵のクラスのページを開いたの。瑶葵は変わった。高校の方がすごく大人っぽく見える。もう写真しか残っていない瑶葵。あたしはまた、あの日に起こった出来事を思い出して、涙を流した。中学の頃に戻りたい。そう思った。そうすれば、ママにも会えるし瑶葵にも会える。戻れるものなら戻りたい。そして、アルバムをまた元の場所に戻した。
次の日、竹田さんから昨日、中学の同級生が電話をしてきたと言った。聞いてみると、松田さんが言ったとおり今度の日曜日、クラス会があるということだった。あたしはなんだかみんなに悪いため、行くことにしたの。
そして早くも日曜日になった。この日はとっても良い天気に恵まれた。柚衣さんにも許可がもらえたことだし、うれしかった。
懐かしぶりのクラスメイトの顔が見れて、あたしは今にも泣きそうだったの。松田さんがあたしを呼んだ。
「来てくれたんだ、大塚さん。うれしいなぁ。ねえ、みんなも大塚さんに久しぶりに会えてうれしいでしょ?」
と、みんなが話しているのにも関わらず松田さんは、積極的に言ったの。
「本当だ~。久しぶりね、大塚さん」
そう言う人もいれば、瑶葵の事故について冥福を言ってくれた人たちもいたの。あれだけ嫌いだと思ってた人たちも、なんだか今日は特別の日に思えた。今の高校生活よりも楽しいと思うのはあたしだけなのだろうか?
その後あたしたちは、少し遠いけどカラオケに行ったの。二チームに分けて対抗しておもしろかった。普段、見れなかったクラスメイトたちの楽しい顔を見て、この間見たアルバムと比較しているのはおもしろかった。瑶葵みたいに大人っぽくなった人たちがけっこういた。男の子たちも髪を染めていたりもしていた。
半日なんてあっという間に過ぎた。あたしは一足先に家へ帰った。一緒に帰ってくれる松田さんもいた。松田さんとは中学の時はあんまりしゃべらなかったけど、今日たくさん話してみていい人だと思ったの。駅に向かう途中まではわいわいと騒いでいたの。でも、それもあっという間に消されてしまったの。駅の改札口前になんと、恒松さんが誰かを探すようにキョロキョロと見回していたの。そしてあたしと目が合ってこっちへ歩いてきたの。松田さんは恒松さんには気がついていないよう。
「お譲様、お待ちしておりました」
と、恒松さんは言ったの。松田さんもやっと気がつき、あたしの顔を見たの。
「あたし電車で帰るから」
そう言っても恒松さんは言うことを聞かないの。それどころか無理矢理あたしの腕をつかんで、道路のほうへと引っ張っていくの。
「ちょっと、やめてよ! 腕を離して」
あたしは腕を離そうと暴れた。それを見た松田さんは、すぐにあたしのほうへ来た。
「嫌がっているじゃありませんか。離してあげたら?」
そう言うけど、恒松さんは無視をしてどんどんとあたしを引っ張っていくの。そこへ、見覚えのある顔が車から降りてくるのが見えたの。
「離してあげなさい」
と、車から降りてきた柚衣さんが言った。仕方なく恒松さんもあたしの腕を離してくれたのだった。恒松さんは一歩下がるとあたしたちの方へ一礼をして車に戻っていたの。
「ごめんなさい、駒葵ちゃん。あの運転手にはきちんと注意しておくわ。そうそう、結婚式場をあなたに言ってなかったから、招待状をここで渡すわ。今日、下見に行って来たの。駒葵ちゃん、出てくれるわよね? あたしと勇太さんの結婚式」
と、言いながら招待状をあたしに渡してくれたの。あたしはその招待状をその場で、破り捨てたの。松田さんはビックリした様子であたしを見ていた。
「あたし、結婚式には出ないわ!」
破り捨てた招待状を柚衣さんの顔に投げつけて、改札口の方へ走ろうとしたの。柚衣さんはもちろんのことながら、あたしの腕をつかみ、
「出ないですって? あなたどういうつもり! あなたのお父様の結婚なのよ。それなのに、実の娘が出ないなんてそんなことできるわけないでしょ!」
と、あたしの顔をまた以前のようにピシャリと二回も叩いた。そして、あたしは柚衣さんの顔を睨みつけたの。
「何よその眼は……」
柚衣さんも今まで見たことがなかったあたしの眼を見て、怯えていた。あたしは、腕をゆっくりと離して、
「あたし、知っていたのよ、ずいぶん前からね。あなたのこと。あなたとパパが不倫していたこと……。あたしが知らないとでも思ったわけ? アハハ」
と、柚衣さんに向かって言った。柚衣さんは、少し後ろへ後退した。それでもあたしは言い続けたの。
「あたしが何も言わない娘だと、あなたはのんきに過ごしていたわよね。でも、それも間違い。確かこの間、迎えに来なかった日あなたは、あたしの反応を見るよりあなたのお腹の中にいる赤ちゃんが気になって仕方がなかった。そうでしょ? 食事中に何度も席を外していたあなたですものね。今のあたしの言葉に何か間違いがあったかしら? どうなの!」
と、あたしは柚衣さんに指を指した。柚衣さんはまた一歩後ろへ下がった。そこへ止めが入ったの。そう、松田さんだった。それでもあたしは、
「いいのよ、松田さん。柚衣さん、いいえこの女はあたしの家のお金が目的で、パパと結婚するんだから。この女はね、ママと瑶葵を殺した張本人なのよ! 許さないあんたを! あたしは、この一年間楽しい生活が送れなかった。なぜだか分かる? それは、この女がいるからよ。この女は疫病神よ! 家族を壊した悪魔よ! あんたなんかにあげるお金なんてないわよ。ど貧乏なくせにあれこれと命令するあなたが憎いわ」
あたしが柚衣さんに向かって言ってるのを、松田さんがあたしの腕を引っ張ったの。
「大塚さん! 落ち着いて。大塚さんのお母さんや瑶葵が亡くなった気持ちは、痛いほど分かるわ。でも、今の言い方はちょっとひどすぎるわ」
あたしは松田さんが止めに入ってくれなかったら、これ以上にひどいことをするのじゃないかと思った。柚衣さんは、怯えた表情であたしの顔を見ていた。あたしが落ち着いたところで、柚衣さんがあたしの目の前に来た。
「駒葵ちゃん。確かにあなたにとってあたしは、疫病神に見えるかも知れない。でもね、あなたのお母様と妹さんはあたしが殺したんじゃないわ。これだけは分かってほしいの。あの事故が起きた日は、駅前の喫茶店で勇太さんと一緒にコーヒーを飲んでいたわ」
その後、松田さんは一人で帰っていった。あたしはというと、道路に停まっている車に乗って柚衣さんと一緒に帰ったの。家に帰ると、パパがいたの。パパはあたしの顔を見るなり、
「駒葵、その顔はどうしたんだ?」
「別に……。あたしもう、寝るね。おやすみなさい」
と、あたしは言った。でも、それを引きとめたのがパパだった。
「駒葵、待ちなさい。その顔はどうしたんだ?」
と、ドアの目の前に立った。あたしは何も言わず、下を向いていたの。
「あたしが殴ったのよ」
と、柚衣さんがパパに向かって言った。パパはビックリした様子だった。
「本当なのか? どうなんだ? 駒葵」
パパはあたしの肩を揺さぶって言った。でも、あたしは何も答えなかった。これ以上家族がバラバラになるのが耐えられなかった。一言だけパパに言ったの。
「あたし、パパたちの結婚式の日、用事があって出れないの。ほんとにごめんなさい。理由は聞かないで。だからお願い。あたし留学したいの。本気なの」
どういうわけか、柚衣さんは一言もしゃべらないの。だまってあたしたちの会話に耳を傾けているだけ。パパは、またその話か……という顔。
「勝手にしろ」
パパはそれだけ言うと二階の自分の部屋に戻っていってしまった。一階にはあたしと柚衣さん、それに竹田さんが残った。
「お譲様、今度の結婚式にはホントに出られないのですか? 少しだけでも行ってみたら……と思うんですが」
と、竹田さんが紅茶を入れながらあたしに言ったの。柚衣さんは、風呂に入りにいってしまったの。
「竹田さんの言っていること、あたしには十分分かっています。でも、あたしはあの二人を許してはいないの。それにママたちの事故も気になるの。あの日、警察の人は車の中に煙草が落ちていると言ったの。あたしの家族は誰一人吸ってないわ。でも、そんなのは分からない。パパは以前から柚衣さんと付き合っていたのだし、その時に誤って煙草を落としたのかも……。あたしには、柚衣さん以外には考えられないのよ」
あたしは紅茶を飲みながらそう言った。竹田さんは、
「柚衣さんには、弟さんがいるんでしたよね?」
と、突然弟の事を言い出したの。でも、何で竹田さんは柚衣さんに弟がいるなんて知っているのだろう? あたしより一つ年上の弟。その弟は今どこで何をしているのだろう? 柚衣さんはその弟を探したいと思わないの? 紅茶を三杯飲んでから、自分の部屋に戻った。結婚式の日、柚衣さんの身内の方は来るのだろうか?
次の日、川澄先輩から家に来ないか? と誘われた。川澄先輩は伯父さん夫婦が、本の翻訳をしていたからその資料が残っていると言った。学校が早く終わらないかなあと、待ちくたびれていたが午後から講演会があるので、いつもの時間より遅くなることに。各クラスごと並び終えるとふとあたしは、誰かに見られている気配がしたの。この感覚は前と同じだ。夜中に変な音がして、外に出た時と一緒だった。まさか、この校内にいる誰かが柚衣さんを狙ったの? 講演会は長かった。拍手で講師の人をお送りしたが、その時もまた誰かに見られているという気配になった。でも、あえてあたしは後ろを振り向かなかったの。振り返るとなんだかこれから嫌なことが起きるのではないかと思ったからだ。でも、一体誰なんだろう? もしかしたら、ママたちの事故もその人が前もって仕組んだのでは?
川澄先輩の家まではそう遠くなかった。先輩の部屋に入ってしばらく待っていた。ジュースをついできてくれてそれを少しずつあたしは飲んだ。先輩はすぐに資料を持ってきてくれて詳しい説明までした。そして、先輩の幼い頃を話し出したの。初めはなんだか、どこかで同じ内容を聞いたのではないかと思ったが、あまり気にしなかった。その時、下の階で電話が鳴り出したの。先輩は部屋を出て行き電話の方へいった。先輩はなかなか戻ってこなかった。誰か友達だったのかしら? そう思いながらまた次の資料をめくってみたの。ぺらぺらとめくっていくうちに、最後のページに封筒が挟んであったの。とても綺麗な字で先輩の名前が書かれてあったの。裏を向けると信じられない名前が書かれてあった。どうして? この名前が……。その時下から先輩が階段を上がってくる音がしたの。慌ててその封筒を元の場所に戻そうとしたが、その前にドアが開いてしまった。
「駒葵ちゃん、ごめんね。おそくなっちゃって」
と、先輩はドアを閉めながら言ったの。でも、あたしの手に持っている封筒に気がついたの。




