13話 戦い
「ころ……す?」
「ええ。死んでくださいカエデさん」
もう一度言おう。彼女は笑顔だ。
リリーは自分が何を言っているのか理解しているはず、理解している……はずなのだ。
だが、彼女は笑顔。そう、まるで友達に何かをお願いするかのように、リリーは俺に死んでと言っているのだ。
「ぁ……あ」
俺は何か声を出そうとする。しかし、上手く声がだせない。
これは恐怖だ――。
俺はリリーに恐怖している。
彼女の『目』が怖い
彼女の『笑顔』が怖い。
彼女の『言葉』が怖い。
彼女の『全て』が怖い。
「それ以上」
小さい声が聞こえた。
それは、まるで蚊の鳴くような声だったがしっかりと俺の耳に入って来た。
そして俺はその声を発した人物に目線を向ける。
「それ以上。カエデ君を怖がらせるような真似したら、お前を殺す」
その声の主はココナだった。
そしてその声はいつの日か聞いた、あの冷たい声だ。そしてそんな声を放ったココナの顔を見て俺は目を見開く。
彼女の顔は殺意と怒りに満ちていたのだ。
いつも笑顔を絶やさず、そしてちょっとからかい好きな彼女の顔ではない。
全く知らない人の顔に思えた。
「ふふッ待っていましたよ。ココナ・エンドゥ」
「――――今すぐ、その剣を引け。横にも縦にも動かすな。後ろに引け」
リリーは一つ息を吐き瞑目する。
そして、目を開くとゆっくりと剣を引く。
しかし――
「私が、そう簡単に言う事を聞くと思いましたか?」
リリーは突きの構えを取る。
そしてそのまま突きを繰り出してくる。
殺されると思い咄嗟に目を瞑る。
しかし、リリーの突きが俺に当たることは無かった。何故か? それは突如、俺の体が何かに足払いされ転んだためだ。
地面に尻もちをついた俺はゆっくりと目を開ける。
すると、そこにはココナが居た――。
「お前……」
「怖いですね……その顔」
「死ぬ覚悟はできてるってことで良いんだよね?」
「ええ、とっくの前からできていますよ? ですが……はたして貴女に私が殺せますか?」
お互いに静かに武器を構える。
先程まで止んでいたはずの風が再び吹き始める。
だが、さっきまでの優しい風ではなく強く少し荒っぽい風だ。
リリーとココナはお互いに何も話さない。ただ静かに見つめ合っているだけ。
なのになぜだろうか? もうこの時点で二人の戦いは始まっているような気がしてならない。
二人が無言で見つめ合い始めて、数えて1010秒。ココナが喉を鳴らす。
「カエデ君、危ないから離れていて」
その言葉を合図に二人が動き出す。
最初からココナは二本のナイフを手に持っていて本気だ。
そして、リリーも片手に持つ銀色の剣を振るい、ココナの攻撃を捌く。
その顔は余裕の表情だ。
10……いや20回打ち合ったころココナが動きを変えた。
後方に大きく跳び、地面に着地すると。静かに武器を構え直す。
その姿をリリーは見守っていた。
彼女の顔はいまだに余裕。
自らが負けるとは全く思っていないのだろう。
「その余裕な顔がいつまでできるかな?」
ココナは消えた――
先程までそこに立っていたはずなのに、まるで初めから何もなかったの様に目の前から消えたのだ。
俺はあたりを見渡すがどこにもその姿は見当たらない。
そして再び視線をリリーに向けると驚きの顔に染まっていた。
「へーこれはすごいですね。素晴らしい才能の持ち主です」
驚きの顔も一瞬で、彼女は先ほどと同じ様に余裕な表情へと戻す。
そして静かに辺りを見渡す。
先程の俺と同じ様にだ。
突然リリーが横に飛ぶ。
その瞬間にヒュッという音と共にココナが現れる。
「な!」
現れたココナの顔は、ありえないものでも見たかのような顔をしていた。
しかし、すぐにその場所から姿が消える。
「なんなんだ……いったい」
俺は混乱する。
何故ココナが消えるのか。そして何故リリーは消えているココナの攻撃を避ける事ができたのか……。
俺の予想を遥かに超える超人的な動きと力。
これが二人の全力なのかもしれない。
そう思った瞬間俺の目の前でナイフと剣がぶつかり合う。
その音に俺は考えを中断して、二人の戦いも見守ることに集中することにする。
ここで俺が出ていけば間違いなくココナの邪魔になる。
いや――もしかしたら、リリーに瞬殺されるかもしれない。
どちらにしても、俺が出て行ったところで役には立たない。
「何で私の動きがわかるのよ!」
「さぁ? なんででしょうね?」
リリーは後ろに跳び距離を取る。
その行動に俺は頭を傾ける。
今の場面で距離を取る必要はあったのだろうか? 俺から見れば全くその必要が無い気がした。
そして何より疑問なのが、距離を取ってからリリーは武器を構えていないのだ。
それはまるで、「好きに攻撃してきていいですよ」と言いたい様に――。
「どういういつもり?」
「もっと貴女の力を、強さを見せてください。それを全て打ち砕き――貴女を手に入れます」
ココナを手に入れる? それはどういうことなのだろうか?
ここで俺はあることを思い出す。
何故リリーはココナに接触したんだ?
昨日が初めて会った雰囲気だった。
もし本当に昨日が初めて会ったのなら、何故リリーは接触したのか……。
リリーはこの町に用事があると言っていた。
そして、それを話したのは数日前の事だ。
なのにその用事をまだ済ませておらず、いまだこの町に滞在していた理由――それはココナを手に入れるのが用事だったから?
いや――流石にこれは考えすぎかもしれないな。
「舐めてくれるね……」
ココナの殺意に満ちた目が細められ、リリーを睨む。
その目は自分に向けられている訳でもない、俺ですら怯んでしまうほどなのに、リリーは真っ向から向き合い笑っている。
ココナが動く――
再び二人はナイフと剣をぶつけ合う。
その音が数回鳴り響くと、ココナの姿が消える。先ほどまで目の前にいた人物が消えたことに全く驚く気配のないリリーは、冷静に顔を左右に揺らす。
そして剣を振るう。
ガキンっと一際大きい音が辺りに鳴り響く。
消えたと思っていたココナがリリーの剣が振るわれた剣の下にいた。もちろん二本のナイフでガードしてだ。
「ッ! なんで!」
「これで終わりですか? 流石に拍子抜けですね。貴女の力はこんなものなのですか? 聞いた話によればもっと強いはずですよ?」
そこまで言葉を発して、リリーは俺に顔を向ける。
俺と目が合った瞬間、彼女は口を動かす。
「あぁ……カエデさんがいらっしゃるから、全力を出せないんですね」
その言葉に俺は背筋が凍り、ココナの顔が驚きの色へと変わっていくのが見えた。
「図星、ですね」
マズイ――
そう思うのが先か、俺の体が動くのが先だったのかわからないが、俺は自らが持っていた刀を抜刀してリリーの攻撃を受け止める。
重い、とても重い一撃だった。
リリーの華奢な体から出てるとは思えないほどの重い一撃。
その一撃を直に受けた腕は痺れる。しかし、決して刀を離さなかった。
いま、この武器を離せば待つのは『死』なのだから。
「良く受け止めましたね」
「なんか嫌な予感がしたからな」
「良い勘をお持ちですね」
「ありがとう」
俺とそんな会話を繰り広げてる間に、後ろからココナがナイフを振りかぶっているのが見えた。
俺も手の痺れはあるが、それでも押し返そうとしているため、おそらくこの剣を引くことはできないはず。
もらった――
そう思った時だ、俺は気が付く彼女はまだ笑っているのだ。自ら命の聞きに瀕している筈なのに……。
そして、リリーはゆっくりと左手を右の腰に手を伸ばす。
「な!?」
まるで霧が晴れる様に、リリーの腰から一本の剣が現れる。
そしてそれを一気に引き抜きココナの攻撃を受け止める。
受け止めた剣の刃は禍々しいく赤黒く輝いている。
今自分が受け止めている剣とは真逆の存在感を放つ、禍々しい剣。
それを見た時確信した。彼女は間違いなく『剣聖の娘』だ。
「剣聖の……娘」
「え?」
思っている事が声に出てしまった。
しかし俺のその言葉にリリーは驚きの顔をする。
「なん……で知っているんですか」
この反応……間違いないな。
「君はノラン・ネフティアの娘なんだろ?」
「ッ!」
俺がゲームのイベントの時に乗っていた剣聖の娘の父親の名前を言うと。リリーは俺を睨みつける。
そして体が震えた。
「きゃあ!」
リリーは禍々し剣でココナを吹き飛ばすと一気に俺と距離を取る。
そして再び俺を睨みつけた。
「貴方が……私のお父様の名前を口にするな!」
初めて彼女の怒りの感情を見た気がした。
「この世界の人間風情が」
俺に向かって静かに言い放つ彼女の瞳、俺はそれを知っていた。
だから、俺は彼女と同じ様に静かに言葉を発する。
「リリーお前も人間だろ?」
「ええ、私は人間。だけど、人間と魔女のハーフです」
魔女?
俺はココナに視線を向ける。
その視線に気が付いたココナは口を動かす。
「魔女っていうのは、魔法を得意とする魔族の事よ。まぁ見た目はほとんど人間と一緒なんだけどね。それでも寿命は人間の何倍もある」
なるほど……リリーはその魔女と人間のハーフって事か。
「なぁリリー、お前は何をそんなに怒っているんだ?」
「この世界の人間がお父様の名前を言ったから」
「じゃあ俺が魔族だったら言っていいのか?」
「それもダメです」
魔族もダメ……か。
「人間でも、魔族でも、私のお父様の名前を口にすることは許さない」
そう口にする彼女を静かに俺は見つめる。
しばらく見つめると俺は瞑目する。
「カエデ君?」
そういう事か。
リリー、お前はこの世界を嫌っているんだな。
だけど、その目は恨みもあるがどこか儚い目をしているな。
本来なら俺は踏み込むことはしない。だが、俺はお前に殺されかけた。
その仕返しはさせてもらうぞ。
「へー、つまりリリーはこの世界が嫌いなんだな」
「ええ。私はこの世界が嫌いです。だから――壊します」
俺から視線を外すと、横のココナに視線を向ける。
「貴女もそうじゃないですか? この世界が嫌いでしょ?」
「わ、私は……」
ちらりと俺の方を見る。
その行動自体が肯定だということは、ココナも考えなかったのだろう。
彼女が俺を見た事が何故肯定となるのか。それは簡単だ。
俺に聞かれたくないからだ。世界を嫌っていないのなら俺の前でも堂々と宣言できる。
しかしそれは俺が居ることで何も言えないとなれば、もうそれは世界を嫌っていると肯定しているようなものなのだ。
「フフフ」
笑いながら視線を再び俺に戻す。
「つまり、そういうことです。だから私は彼女が欲しいのです」
自分と同じく世界を嫌っている人だから、仲間にしたい。もちろん、それだけが仲間にするための条件ではないだろうが、それでも彼女の中では最も重要な事なのだろう。
「そうか……。でも、この世界嫌っている割にはなんだが寂しい目をしているよな」
「それはどういう事ですか?」
「そのままの意味だ」
リリーは目を鋭くして俺を睨む。
それを見た俺は一歩後ろに下がりそうになった時、ココナが無言で俺を庇うように立つ。
「フフフ。いいでしょう。ココナさん戦闘を再開しましょうか? ただし――次は私も本気で相手をします!」
その言葉を言い終わると同時にリリーは動き出す。
速い――
彼女との距離はそこそこあったはずだ。それなのに彼女は一気に距離を詰めてココナの目の前へと現れて、剣を振るう。
リリーの斬撃を防ぐココナだったが、受け止めた後に繰り出された蹴りにより後ろに吹き飛ばされる。
そして後ろにいた俺と激突する。
ココナと激突した俺はココナを支えきれず後ろに倒れてしまう。
その隙をリリーが見逃すはずもなく、大きく飛躍して剣を俺達に向かって突き出す。
俺はココナを抱きかかえそのまま横に転がり攻撃を回避する。
「ありがとう、カエデ君」
ココナはお礼の言葉と共に体制を立て直す。
しかしその瞬間に再びリリーの斬撃が迫って来る。
先程までとは明らかに動きが違う。
これが――リリーの本気。
息つく暇もないほどの猛攻。
ココナも何とか対処はしているが、一方的に攻撃をされているだけで、全く反撃ができていない。
俺も何とか手助けができないか、機会を窺うが、やはり実力差がありすぎるため足手まといになる未来しか見えない。
しかし、リリーは何もココナだけを狙っているわけではない。
むしろ、リリーの怒りの矛先は俺だ。
だからこそなのだろう。一瞬視線がこちらに向く。
瞬間――こちらに攻撃を仕掛けてきた。
俺は反射的に刀に手を掛ける。
だが、リリーの動きを読んでいたココナは先回りして俺への攻撃を代わりに受け止めた。
「カエデ君は殺させない」
ココナがまた俺を守ってくれた。
その事に自分自身の情けなさに唇を噛みしめる。
ココナを見つめる『目』に変化が起こる。
ココナから見て右側にまるで弧を描くように紫の線が伸びているのだ。
これは――『剣聖の予知』
「ココナ右からくる!」
俺のその声にココナはすぐさま反応して、右からの攻撃を受け止めた。
そして受け止められたリリーは驚きの表情をしている。
後ろに飛躍して距離を取る。
リリーはココナではなく。俺の方をジッと見つめる。
「カエデさん。今私の攻撃が見えたんですか?」
「あぁ俺には紫の線が見えるからな」
「紫の……線」
そこで何故かリリーは目を見開く。
ありえないモノでも見たかのように、だ。
「紫……」
うわごとの様に呟くリリー。
「フフフ。気が変わりました。カエデさん今回は見逃してあげます」
突然そんなことを言い出す。
俺もココナもその心境の変化に頭を傾ける。
するとリリーの横から『線』が真っすぐに伸びているのが見えた。
それをみた時、「危ない」と叫ぼうとする。
瞬間――パンっという音が響く。
だが、リリーはいつもの笑顔を見せながら、横から飛んでくる何かを斬った。
「無粋ですね」
何かが飛んできた方を見る。
するとそちらに一人の男が歩いてきているのが見えた。
「ガキが何してんだ?」
「おとう……さん?」
そこに現れたのはココナの父だった。
「てめぇ。俺の大切な商売道具に何してんだ?」
「商売道具……ですか」
そう言葉を発したリリーを手に持っている銃で容赦なく撃つ。
しかし、リリーはそれをまるで目の前にたかる虫を払うかの様な気軽さで、剣を振るい叩き落とす。
「貴方名前は?」
「あん? そんな事教える必要はねぇ」
「……ワール・エンドゥですよね?」
「ッ!?」
ワール・エンドゥと呼ばれ顔をしかめる。
何故知っている。そう言いたげだ。
「色々知っていますよ? 貴方が信者だってことも」
「クソアマが!」
再び銃を発砲しようとする。しかしその銃から弾が放たれることは無かった。
何故なら。既にワール・エンドゥの標的は目の前にはおらず、彼の後ろに居るのだから。
「貴方を殺す事は容易い。しかし、それは私の役目ではない」
こちらに振り向き、笑顔を向ける。
「また、会いましょう。カエデさん、ココナさん」
そう言い残しリリーは森の中へと消えていった。
「あのアマもしかして……」
「お父さんなんでこんなところに居るの?」
「あん? そんなもんたまたまだ。近くを通ったら騒がしかったから来てみたら、アイツとお前が戦ってるのが見えた」
その言葉だけを聞けば、襲われている娘を助けたと思うだろう。
しかしワール・エンドゥがリリーと戦った時に発した言葉を俺は聞き逃していない。
「商売道具」彼はココナの事をそう言った。
つまり、ワール・エンドゥにとってココナ・エンドゥは商売道具としかみていなのだ。
そしてココナを助けたのも、道具を他人に壊されたくないから。
「ところで、なんでそいつと一緒にいる?」
「……そんなのお父さんには関係ない」
「ふん、まぁいい。とりあえず帰るぞ。お魔には仕事があるんだから」
そう言ってスタスタと歩き出す。
彼の後を追おうとして足を前に出すココナだったが、すぐに足を止めてこちらに振り向く。
「ごめんね。また明日」
それだけ言い残して小走りで去っていった。
一人残された俺もここに用はないので直ぐに宿に帰り休息を取った。




