31.事態確認
「魔獣……だって?」
「……本当なのですか?」
リーシャが信じられないという声でミストに聞き返す。
「私も最初は耳を疑いました。しかし――」
ミストが、俺たちがラインアルストにいない間に起こった事を話し始めた。
「約一週間前のことです。町にある者たちがやってきました――否、逃げてきた、と言ったほうが正しいですね。彼らはここから北部にある村の住人だったのですが、多くのガルフ系の魔物を引き連れたキメラがやってきて、村が壊滅したと」
しかし、それだけでは信憑性に欠ける。悪戯や誤報で業務を妨害する、なんて手口はどこにでも存在するのだ。だが、
「彼らの中に、ラインアルスト支部でも世話になっている行商人がいたのです。彼は町の商人連合にも属していますから信憑性はぐっと高まりました」
そこでギルドはランクDのメンバーでラインアルスト北部に対し、偵察隊を送ったらしい。
「キメラ自体は確認できなかったそうですが、多くのガルフは確認したそうです。それも件の村ではなく、それよりもずっと南の方で」
つまり、魔物は南下してきている。仮にキメラが誤報だったとしても、ガルフだけでもランクE以上の脅威だ。それゆえ、ラインアルスト町長からギルドに対し、対策の依頼がきたという。
「ラインアルスト全域、特に北部の警戒を今強めています」
だから町の入り口にギルドメンバーがいたのか。
しかし、そこで俺は疑問が出てきた。
「ここにくるまでに普通に人を見かけましたけど、全員で町外に避難とかしないんですか?」
至極単純な考えだ。脅威が北から来るなら南に逃げればいい。だが、俺の考えは実に安直だとすぐに思い直すことになった。
「難しいですね。若い方であればそれも可能かもしれませんが、老人や身体に不自由のある人は長い距離を移動するのは難しいです。それに避難受け入れ先の確保だって簡単な話ではありません」
答えは隣のリーシャから返ってきた。
「それに逃げた先にまで魔物が追ってきたらどうしますか? 避難する人数だけがどんどん増えるだけです」
ならば、迎撃するしかないと、ミストとケイン、町長で話し合った結果だった。
逃げれる住民は逃がし、残らざるおえない者、残ると決めた者たちを守らなければならない。
「ラインベルニカにあるギルド本部には既に救援を求める使者を送りましたから、それが到着次第、討伐隊を送る手筈になっています。
……問題はそれまでに魔物がここに来るか来ないか、です」
確かに。魔物がこちらの準備を待ってくれる保障など全く無い。
最悪、ここのメンバーだけで対応しなくてはならない。
しかし、キメラと言えば、ランクB相当の魔物。ファイアエレメントなどというレベルではない。
ラインアルストでの最高戦力は、今俺の目の前にいるミストだが、彼女とて、ランクCだ。
他、リーシャと同じランクDが十数人、Eが数十人に、Fが百何名。
「きつくないか……?」
ほとんど独り言のようにつぶやく。
「正直に言ってだいぶ厳しいです。ランク制度自体が一定の目安でしかありませんから、私とランクD数人で挑めばどうにかなるかもしれませんが、ガルフ系の対応はFではできませんし、Eでも数人のグループを組まなければ危険です」
ガルフは俺がレイ・ウィングズに来たときに最初に出会った魔物だが、あの迫力は今でも覚えている。
そうなると、F組は一般人の避難誘導や雑務を担当することになるだろうか。
「リーシャはもちろん、ジュンイチさんを含めたランクFまで、ギルド全員でこの問題に対応することになります」
「了解しました」
「うす」
帰ってきてからも大変な日が続くと、そう感じた。
●●●
「はー、疲れたな」
ギルド支部でリーシャと別れた俺は宿舎に直帰していた。運転もそれなりに疲れるのだ。
「あ、レオに渡すものあったんだった」
ベッドから起き上がった俺はそのまま隣の部屋に向かう。現在ギルド全体でキメラ問題に集中するために通常のクエストは停止しており、ローテーションで見回りや町門の警備を行っている。ミストの話ではレオは既に退院しているが、まだ無理はさせない方針なようで、部屋で療養が続いているということだった。
「レオー、いるか? 純一だけど」
ノックして声をかけてみれば、すぐにドアが開いた。
「おかえり、ジュンイチ! 何時戻ったの?」
「さっきだよ。町に戻ってミストさんから現状の話を聞いて、ちょうど今ここに来たんだ」
レオの部屋に入った俺は椅子に座った。
「調子はどうだ? まだ療養してるって聞いたんだけど」
言葉にレオは苦笑しながら首を横に振った。
「本当はもう大丈夫なんだけどね? 周りが大げさすぎるんだよ。僕だって見回りとか参加したいんだけど」
「まあ、必要になったら嫌でも仕事はさせられるだろうさ。今はのんびりすればいいんだよ」
休養は大事だ。戦闘前ともなるとよりいっそう重要になってくる。
「―――ああ、そうだレオ。土産があるんだった」
え、という顔のレオをよそに、俺はストックスに手を伸ばした。数秒間がさごそと探して引き抜いたのは赤の光線が入った双剣だった。
それは、俺が火山で自分の武器を作るときについでと言う風に作っていたもの。
「だいたいレオが使ってるやつと同じ重さ、形、長さに出来たと思うんだけどどうかな」
手渡したそれをレオはまじまじと見つめていた。
少ししてから、ちょっと離れてて、と俺に指示したレオは部屋の中央で軽い運動のように剣舞をし始めた。
「――うん、すごいね。感覚が今までと変わらないよ。でもこれすごい高いやつなんじゃないの? 切れ味とかもすごそうだけど」
「いいんだいいんだ。俺が採って来た魔石から作った物だから。レオには世話になってるし、これぐらいの恩返しはさせてくれ」
レオには本当に世話になっている。特に返せるものがない身としては、自分のできることで返したいとは思う。
「とにかく、明日からは俺もギルド復帰するし、その時はレオもリハビリついでに付き合ってくれよ」
「うん、よろこんで」
それから旅の思い出など、他愛ない話をしてから自分の部屋に戻った。
その時の俺はまだ知らない。数日後、事態が急変することを。




