30.ラインアルストへ
風がある。
快晴の下、風景とは似合わぬ駆動音が地を駆けている。
一般的にバイクと呼ばれているそれには、ハンドルを握り制御する男と、その後ろ、風に金の髪を靡かせている女が乗っている。
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「――もう少しでラインアルストですね」
俺は首の後ろから飛んできた声を聞いた。
リーシャだ。最初は身体がしっかりと守られていない事とその速度に怖がっていた彼女も風を感じられるようになると段々と余裕で出てきたようで、今では慣れた様子で俺の身体をしっかりと掴んで景色を楽しんでいる。
「あぁ、だいぶ見慣れた所まで戻ってきたって感じだな」
俺とリーシャは魔石を手に入れた後、そのままラインマインズの温泉宿で、四日間の休養を取り、ラインアルストへの帰還を始めた。
だが、それからまだ一週間ほどしか経っていない。行きの時間がニ週間かかったのに比べ、半分の時間だ。
理由は俺たちが今乗っているものにある。
『ヴィエラ』と名づけたこのバイクは俺が火山内部でスキル:《創造者》を用いて作ったものだ。黒と銀の装甲フレームをもち、魔流活性した人間や馬と同等以上の速度を出しながら、ずっと走り続けていられる。
燃料は魔力。俺だけの魔力でも数時間は走行できる設計だが、リーシャが協力してくれているため、俺の疲労も半分になっている。もちろん魔石を燃料にすることも出来る魔法バイクだ。
日本などのように舗装されていない道でも快適に走れるように衝撃吸収には力を入れている。それゆえ、かなりの速度を維持し、ここまでやってきたのだ。道中の行商人や旅人を驚かせてしまったが、申し訳ないことをした。
ちなみに乗っている俺たちが耐えられないような悪路対策として、機体を変形し消費魔力を倍にすることでホバー移動できる機能までついている。すばらしい。
「そろそろ降りて徒歩で行くか。皆を驚かせちゃうのもだめだしな」
「そうですね、この距離であれば、歩いてもすぐ到着できますし」
道中でもそうだったが、街や集落が近くなるとヴィエラからは降りていた。駆動音やその速度で魔物が出たと不安になる人が出ないようにだ。
ヴィエラをストックスに収納し、歩き出して十分もせずに、ラインアルストで最も高い建物である時計搭の先端が見えた。
往復約二千キロの旅が終わるのだ。
「ちょうど一ヶ月ぶりか。皆元気にしてるかな」
「森の魔物の件など、心配なこともありますが、ギルドで対策を講じると姉さんも言っていましたし、一ヶ月もあれば既に解決しているかもしれませんね」
「だったらいいなぁ、俺もまだランクFだから行ける所は限られてるし」
既にランクFの範疇を超える体験や戦闘をしているが、体外的にはまだランクFなのだ。武装も一新したので、そろそろランク昇格の試験など受けてもいいかもしれない。
「ランクEの試験かぁ。ゴブリンを倒せればいいんだっけ?」
「ゴブリンはあくまで一例ですが、そう捉えてしまっても良いかもしれません」
火山で襲われたファイアエレメントレベルでなければどうにかなる気がする。
油断とか余裕ではないが、それなりに経験も詰んだ上での自信だ。
と、そんなことを思っているうちに町に近づいてきた。
お土産なども買ったし、ミストへの報告など町に帰ってからも忙しくなりそうだ。
「――んー?」
そこで、違和感に気づいた。
「……なんか変わってない?」
「……変わってますね」
この世界、ある程度の規模の町になると戦争の名残または魔物対策なのか塀や堀などがあるところが多い。
ラインアルストもその例に漏れず、町を囲むように木の塀が設置されている。それなりに頑丈であり、下手な害獣ぐらいであれば、破れはしないだろう。
それが、さらに増えているように見えるのだ。
さらには、
「門のところ、人が立ってるな」
顔がわかる距離まで近づいてみれば、それはギルドの知り合い達だった。
「あれ、どうしたんだお前ら?」
「おぉ! ジュンイチじゃないか、久しぶり! ――っと、リーシャさんもお帰りなさい!」
「はい、ただいま戻りました」
なんか俺とリーシャで対応違くない?
まあ、それもわかる。リーシャは俺と違ってランクDなのだ。ランクEとかFの俺やこいつらからしたら上司みたいなものだ。
「事が大きくなる前に二人が戻ってきてくれて良かったよ」
「……? 何かあったのか?」
「まあ、いろいろとな。詳しい話はミスト支部長から聞いてくれ」
今言えばいいのに。元々ギルドには行くつもりだったが。
しかし、わざわざミストから話を聞けとは、何事だろうか。
「とにかく、ギルドに向かってみましょう」
そうして、俺達は一ヶ月ぶりにラインアルストの地を踏んだのである。
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「失礼します、リーシャです」
言葉とともに支部長室に入るリーシャについて、俺も入室した。
「リーシャ!」
中にいたミストはリーシャの姿を見ると立ち上がって、彼女を抱きしめる。
「無事でしたか? どこも怪我とかしていないでしょうね?」
「わっ、ちょ、ちょっと姉さん! 後ろ!」
慌てるリーシャの言葉に従ってミストが俺を見た。
すぐにミストが姿勢を正した。
「――コホン」
一ヶ月も空けていたのだ、心配にもなろう。
「おかえりなさい、目当ての物は手に入りましたか?」
「まあ、はい。そこそこ苦労もしましたけど」
そこそこどころではない気もするが、下手にすべてを報告しては俺がいろいろ突っ込まれるということで、火山内部まで行ったことは隠しておく、ということになっていた。
ところで、と前置きしたミストが、
「ジュンイチさん、リーシャには何もしてないでしょうね?」
「はっ、はい!」
笑顔の質問が怖い。まあ、顔を埋めたり呼吸したり一緒にお風呂に入っただけで特に問題になるようなことはしていない。リーシャが抗議してないからね、セーフだよ全部。
そのリーシャの半目の視線を受けながら俺はミストに本題を問うた。
「それで、門にいた奴らに支部長から話を聞け、って言われたんですけど」
「……その様子だとまだ知らないようですね。周辺の町には既に勧告されているはずなのですが」
「え」
ラインアルストまでの最後の町は素通りしてきたのだ。ヴィエラの速度であれば、休憩を挟まなくともラインアルストまでいけるという判断からだったが、迂闊だったか。
「ラインアルストに早めに着いたほうがいいかなーと思いまして、急いで通り過ぎてきました」
ヴィエラの事は後で説明しなければ、通常使用にも差し支えるかもしれない。
「それで、何かあったのですか?」
リーシャがミストに促した。
「そうですね、本題に入りましょうか。……ラインアルストの近隣地域に、ある魔物が現れました」
「魔物?」
ええ、と頷いたミストは椅子に座りなおして続けた。
「――キメラです」




