表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創造世界の英雄譚 ~魔法使いへ祝福を~  作者: 八又ナガト
第三章 -永遠の契約-
90/103

第十九話 皇女が死してなお

 ラルク、リリス、伶奈、修、ソラ、リーシャといった応接間に残された六名は沈黙を保っていた。

 突然訪れた選択の機会。既にリリスが単独で受け入れたとはいえ、実際に戦うのは伶奈たちになるだろう。


 なぜリリスがあれほど簡単に了承したのか。

 どうしてリーシャはこの場に残っているのか。

 そして伶奈を除く二人の勇者はどう考えているのか。

 一つ一つ精査していかなくてはならなかった。


「ふぅ」


 伶奈が思考を巡らせていると、不意にリリスの身体が小さな吐息と共に揺れる。

 伶奈は反射的に彼女の華奢な身体を支え、近くの椅子に座らせる。


「申し訳ありません、アイガセさん」


 覇気のない弱々しい顔で笑いかけながら、リリスはそんなふうに謝る。

 何もかけるべき言葉が見つからなかった。

 ただ一つだけ分かるのは、今の彼女を責めるわけにはいかない。


 状況を正確に把握。

 いま一番すべきことは――この場にいるには少し違和感のある少女に関することだろう。


「リーシャさん、でしたか?」


「はい」


 伶奈の呼びかけに、リーシャは少し揺らぐ翡翠の眼差しで応える。

 レイと同じ敵対陣営にいるはずの彼女がこの場にいる理由が分からなかった。

 そしてレイがどうしてその行為を見逃したのかも。


「何か理由があって、ここに残ったんですよね?」


「……その通りです」


 伶奈の確認に対し神妙に頷くリーシャに、室内の全員の視線が向けられる。


 殺意を向けられてもおかしくない相手からの複数の視線。

 それだけで身を縮めてもおかしくないだろう。

 しかしリーシャはそんな中で姿勢を整えると、ゆっくりと口を開く。


「告げます」


 そして紡がれた言葉は、伶奈達にとって予想外なものとなった。



「誰でもいいです。どうかお兄様と戦う前に、リリス王女を連れてここから遠くに逃げてください」



「……は?」


 その言葉を聞き、伶奈は思わず眉をしかめた。

 なんだかおかしなことを言っていた気がする。

 彼女の兄の発言とは真逆ではないだろうか。


「どういう意味ですか?」


 確かめるように、もう一度問いかける。


「……単純な話です。ここにいる者達では全員の力を合わせてもお兄様には敵いません。このままだと貴方達は勝負に負け、リリス王女は処刑されてしまいます。だから、その前に逃げて欲しいと――」


「尋ねているのはそこではありません。いえ、その点にも納得できない箇所は多いですが、そもそもどうして貴女がそんなことを言うんですか?」


 もしリーシャの発言が真実だというなら、それは敵側にとっては望ましい事態であるはずだ。わざわざ止めようとする理由が見当たらない。


「それは……その」


 対するリーシャも、不自然に視線を逸らすのみ。

 何か企んでいると考えるのが当然だろう。


「いまさら隠すようなことないだろ」


 停滞していた空気を壊したのは、これまで無言を保っていた修だった。


「どうせアイツのことだ、お前の言いたいことなんて分かったうえで放置してるんだろ。正直アイツが心の奥底で何を考えてるのか知らんが、今のお前が気にすることでもない」


「……それもそうね、シラサキの言う通りだわ」


「ん?」


 なんだか一瞬リーシャと修の間に親しげな空気が流れた気がするが、伶奈がそれを確認する余裕はなかった。


「私の発言の意図は簡単です。お兄様がリリス王女を処刑したとして、それがお兄様のためにならないと思うからです」


 リーシャの言葉に前意識が引っ張られる。


「どういうことですか?」


「それに答える前に一つ。皆さんは、三年前の調印の儀についての事情を把握していますか?」


「……たしか魔王が現れて、エルトリア帝国の祝福者を殺害したっていう」


「はい、おおむねはその通りです。そして何より重要な問題はその殺害された人物についてです」


「…………」


 緊迫した雰囲気の中、リーシャはその名を紡いだ。


「その日殺害されたのは、当時のエルトリア帝国第一皇女ミア・ジオ・エルトリア。レイ皇太子の妹であり私の姉だった人物です」


 ミア・ジオ・エルトリア。

 初めて聞く名。

 その少女の死が現在の状況に大きく関わっているというのか。


 冷静に分析する伶奈の横で、思いもよらぬ反応を見せる少女がいた。


「……っ、ミアさん……」


 リリスは蒼の瞳を見開き、表情に苦痛を浮かべていた。


 伶奈は思い出す。

 その日、ミアと呼ばれる少女が死んだ理由をリリスに押し付けられたことを。

 それはリリスにとっても苦い記憶だったのかもしれない。


「……お兄様とミアお姉様は大変仲のよい兄妹だったと聞きます。だから私には、お兄様の行為がミアお姉様の死に由来するものとしか思えないんです」


「聞いていただなんて、随分と他人行儀な言い方をするんですね」


「事実として、三年前まで私がお二人を拝見する機会なんてほとんどありませんでしたから」


「……そうですか」


 何か込み入った理由があるのだと考え、伶奈はそれ以上は尋ねないでおこうと決める。


「つまりリーシャさんは、エルトリアさん……レイさんが妹の復讐のために今回の行動を起こしたと考えているのですか?」


「……それが含まれていることは事実だと、私は思います」


 だから、妹を殺す原因になったといわれているリリスを処刑しようとしているのだろうか。

 となると、もう一度この疑問が浮かび上がってくる。


「すると、彼が言っていた世界を救うための行為であるというのは嘘偽りなのでしょうか?」


「それは……実のところ私にもわかりません。おそらくその辺りの事情を知っているのはお兄様とお父様だけです。私に分かるのは、先程申した通りミアお姉様の死がお兄様の行動原理に繋がっているということだけです」


「その根拠は?」


「信じてもらえるとは思えませんが、目です」


「目?」


「はい、私は昔から帝国内の様々な貴族の家に厄介になり、色々な権力闘争をその目に焼き付け、貴族たちの表の顔も裏の顔も嫌と言うほど見てきました……その影響で、人の目を見ればある程度その人の本質が分かるんです」


 きっとそれは魔術や祝福とは違う、人の本能的何かなのだろう。

 一概に信じられることではないが、これまで伶奈が経験してきた物事に比べたら随分と現実味がある。


「お兄様の場合、普段は防護壁のような強い意志で守られ真意を覗くことはできません。しかし、妹の……ミアお姉さまに関する話のときだけ、僅かに目が揺らぎ意思を読み取れるのです。彼女のために自分は戦っていると、そんなふうに私には見えます」


「……」


「私がそう考える理由はそれだけではありません。実は、お兄様が前線に出て戦うようになったのは三年前の、調印の儀以降なんです。そう、まるでお姉さまの死がきっかけとなったかのように祝福に目覚め、次々と魔王軍を討伐していった。それはまるでお姉さまの無念を晴らすためかのように」


「……なるほど、大体の事情は呑み込めました」


 レイの行為の要因の一番の可能性として、妹の死を齎したとされているリリスへの復讐が考えられていることは分かった。


 分かったうえで、話を前に進めなくてはならない。


「次に、どうしてそれらの事情が、リリスさんを連れて逃げるという点に繋がるのかを教えてください」


「……はい」


 話の根幹部分について、まだ何も解決していないのだから。


「先程、私はお兄様の目を見て、妹のために戦っていることが分かったと言いました。それには少し付け足さなければならない部分があります。それは、その時のお兄様の目にはとても辛い悲しみと、ひどい苦しみが含まれていることです」


 ここで少しの間を置き、もう一度リーシャは唇を動かす。


「勘違いかもしれません、完全な思い違いの可能性の方が高いと思います。それでも、私にはどうしても、そんな苦痛に苛まれた状態のまま信念を貫いても、本当の意味でお兄様のためになると思えない。お兄様の目的が復讐であったとして、それを成し遂げた時にお兄様が本当の意味で満足できるとは思えない。何か、何か良くないことが待っている気がしてならないんです」


「…………」


「リリス王女を危機に陥れたお兄様を、皆さんは許すことができないでしょう。それでも、私にとってはたった一人の大切な兄で……だから彼が悲しむ姿は見たくないんです」


 そして、リーシャは突然頭を下げる。

 華麗な赤髪を垂らしテーブルに額を付けた状態のまま、告げた。


「お願いします! どうか、お兄様の願いを叶えないために、この場は一旦逃げてください!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ