第十八話 決戦の火種
修とソラの空気を読まない発言により瞬間的に緊迫感が消え去るが、伶奈はぐっとツッコミを我慢し本筋に戻らせようと心掛ける。
「話を進めましょう、エルトリアさん。たとえ貴方の言う通り、リリスさんを処罰することが本当に世界を救うことに繋がるとして、どうしてわざわざこんな手間になることをしたんですか? 両者にとってメリットがあると考えるなら、クーデターを引き起こすより前に同様の話をしにくる選択肢もあったはずです」
「それは出来ないよ。以前までリリス王女に向けられる感情は、精々が強い不信感程度だ。現在国民が抱いている殺意には遠く及ばない。そんな中で彼女に対する処罰を実行しては、人々の不信感の矛先が此方に向くことになる――英雄が通る道として、それは相応しくない」
「……なんですか、それは」
レイの言葉を聞き、伶奈の頭に灼熱のような怒りが煮えたぎる。感情的にならないよう意識しながら、それでも抑えきれず溢れる思いを声に出す。
「つまり貴方は自分の行為を正当化するためだけに、こんなことをしたって言うんですか?」
「ありていに言えばその通りだよ」
「――――」
レイの言に、伶奈は思わず声を失う。
否定しなければと、そう考えているのに言うべき言葉は見つからなかった。
だってそうだ。リリスが自分に不信感を抱かれながらも、異世界から勇者を召喚して魔王軍と戦い続けていた過去。そんな以前の状況に比べ、国民全てが彼女に殺意を向ける現在ならば、確かにレイの行動は人々から感謝される正義の行いであれど、決して彼らから非難されるものでは……
――――世界のために一人の少女を殺すことが、正義の行い?
「――くっ!」
ズキリと、頭の深い部分で激しい痛みが生じる。
思考は寸断され、痛みに耐えきることはできず思わず両手で頭を押さえる。
突然の行動に室内の皆が伶奈に懐疑の視線を向けるが、大丈夫だという意思を込め手を翳す。
今の一瞬、何かがおかしかった。
どうして自分は彼の言葉が正しいと信じてしまっていたのか。
それに加え、その間違いを正すかのように浮かび上がってきた声――
いや、それについて考えている暇はない。
いま重要なのは、もっと根本的な部分だ。
気を引き締め直し、伶奈は真っ直ぐにレイを見つめる。
「それで結局、貴方は何を望んでいるんですか? 貴方が考える処罰の内容を聞かせてください」
初めからこの会議で話し合ってたのは、リリスの処罰を求める声の対応についてだったはずだ。それについてレイには何らかの考えがあることなど自明の理だ。
そんな伶奈の予想に応えるように、レイはふっと微笑み。
「いまさら回りくどい説明は不要だろうから、簡潔に答えさせてもらおう――リリス第一王女の身柄を、僕に引き渡してほしい」
「…………」
レイの発言の真意を読み取れず、伶奈は眉をひそめる。
彼の目的を探るべく口を開こうとした刹那。
「ロリ……」「コン……!」
「…………」
伶奈の隣でロリとロリコンが何かを呟いていたが、それは無視の方向でいくことにした。
「その申し出を受け入れたとして、貴方は彼女に何をするつもりなんですか?」
「彼女と魔王軍の関わりについて少々の確認を。場合によっては、命を頂かせてもらう」
「命を……ッ」
今まではあえて言葉にしなかった核心を躊躇いなく口にした青年に、伶奈は今度こそ誤魔化しがきかないことを悟る。同時に、この会議が間もなく結末に至ろうとしていることも。
だからこそ、伶奈も偽ることなく自分の意思を告げようと決意を固めることができた。
まるでルミナリア王国側の代表のように振る舞うことになるが、他の三人の意思が見受けられないことには仕方ない。
立ち上がり、伶奈は青年を見下ろしながら答える。
「――――お断りします。やはり私は、心から貴方の言うことを信じることはできません。それにもし貴方の言葉が正しかろうと、一人の少女を犠牲にするやり方には反対します」
「そうかい、それは残念だ」
伶奈の反対に動揺することなく受け答えるレイの姿を見て微かに違和感を抱く。
不自然なほどの落ち着きの理由が分からなかった。
いったい目の前の青年が何を考えているのか見当もつかない。
「ならば致し方ない」
おもむろに立ち上がるレイ。
彼は伶奈の思考を遮るかのように――しかしあっさりと、彼女の疑問の答えを告げた。
「問答で押し通せないのなら、残るは力ずくのみか」
「――――」
空気が僅かに歪む。
城が小さく振動する。
風が優しく肌を撫でる。
全ては、喉元に突き付けられた剣が発生させたものだった。
そしてその剣を扱う者は、伶奈の視線の先にいる白銀の勇者に他ならなかった。
「勘違いしないでくれ」
伶奈を含む全員が呆然と戦慄の眼差しを向ける中で、レイはゆっくりと告げる。
「僕が先程この場での戦闘を止めた方がいいと警告したのは、君たちにとって多大な被害が出るためだ――逆に言うならば、僕にとって問題はない。僕の言葉に従わないなら君たちは敵だ。そして敵を討つのに特別な理由は存在しない、それを理解しろ」
静かながらも、強い意志が込められた言葉。
逆らうならば容赦はしないと真っ向から宣言している。
しかも伶奈にとって何よりの問題は、彼の敵意ではない。
“何も見えなかった”。
レイが剣を抜き、伶奈の喉元に突き付けるまで、何も、まったく。
他の祝福者に比べて身体的に優れているとは言い難い伶奈だが、もちろん常人とは比べるべくもない能力を誇る。そんな自分が動作一つも視認できないということがありえるのだろうか。考えても答えは出ない。考えるための情報が不足しすぎている。
「――とは言え」
必死に現状を打破する手段を考える伶奈を知ってか知らずか。
おもむろにレイは剣先を伶奈の喉元から放す。
そして腰に下がる二つの鞘のうちの一つ、祝魔剣ではない方に剣を戻す。
今のが通常の騎士剣だったとここでようやく理解する。
それでこの威圧感、格の違いを知るには十分だった。
となると、祝魔剣を抜いた時、彼は一体どんな力を得――――
「この場で王女だけではなく異世界の勇者まで殺してしまえば、それはもうただの無意味な暗殺だ。その点に関しては僕にとって痛手と言えるかもしれないね」
絶対に殺害できる状況を作り出した上で、今はそうするつもりはないと言っていることを理解し、伶奈は遅ればせながら冷や汗をかく。正直な話、喉を一突きされたくらいで伶奈の魂魄が尽きることはないが、それでもレイのいつでも命を奪えるという意思はひしひしと伝わってきていたのだ。
悔しさに耐えるように唇をぐっと噛み締める伶奈を、もう既にレイの眼は捉えていない。
「故に僕は提案しよう。僕と君たちの意思が背反するならば、正々堂々とそのどちらが正しいか決める場を作ってしまえばいい」
ラルク、伶奈、修、ソラを流し目で一瞥した後、ついに彼は真意を発言する。
「――――決闘を執り行おう」
「決闘……?」
「ああ、そうだ。今この世界で勇者に何より求められているものは、世界に災厄を齎す魔王を倒すことができるだけの力だ。それを確かめる方法としてこれ以上のものはないよ。そして賭けるものはたった一つ、魔王討伐に関連する事項において敗者は勝者に絶対服従すること、それだけだ」
「その決闘で私達が勝利すれば、貴方は素直に引き下がるとでもいうんですか?」
「約束しよう。それだけで満足できないというのなら、世界の英雄に逆らった罪として僕を処刑してくれても構わない。その代わり、僕が勝った暁にはリリス王女の身柄を引き渡してもらう」
「…………」
現時点で、その申し出を受け入れるべきか判断がつかなかった。
レイの眼の奥に見えるのは確固たる意志だ。
さらに現在、世論を味方につけているのは間違いなく向こう側。
ここで拒否したとして、向こうが強硬手段に出ないとも限らない。
「……その決闘を受け入れるとして、私達の中の誰か一人と貴方一人が戦うということでいいんですね?」
もう少し詳しい情報が必要だと投げかけた問いに対するレイの答えは予想外のものだった。
「いや、君たち側は何人でも構わない、無論相手になるのは僕一人だ。そうだね、例えばこの場にいる祝福者三人が同時に相手になろうと僕は一向に構わないよ」
「なっ……!」
その答えには、思わず伶奈も冷静さを失った。
「正気ですか、貴方?」
レイの実力が相当な物であることは理解している。
けれどそれを考慮しても、彼の告げた条件はこちらにとって有利というには度を過ぎるものだ。
初めから勝ちを捨てているとしか思えない圧倒的ハンデ。
「勿論だよ……ああ、勘違いしないでくれ、何も僕は自らの勝利を諦めているわけでも、君たちの実力を軽んじているわけでもない」
「なら、どうしてそんな無謀なことを――」
「それでも僕が勝つと、そう“運命”が定められているからだよ」
「――ッ」
レイが本気でそう言っているのだと、伶奈には理解することが出来た。
狂人の戯言ではなく、聖人の信念のもとにレイは自らの勝利を宣言したのだ。
――いや、待て、落ち着こう。
相手の空気に呑まれようとしているが、そもそも一番重要なことがまだ済んではいなかった。
ラルクでも、修でも、ソラでも、まして伶奈でもない。
賭けの対象とされ、一番この話を聞かなくてはならない少女がいない場で、これ以上話を進めるわけにはいかなかった。
「……今すぐその申し出にお答えすることはできません。少なくともリリスさんが何も知る前に決めるわけにはいきませんから」
「そうかい? けれどそれならば問題ないだろう」
「え?」
視線を応接間の出入り口に向けるレイにつられるように、伶奈も身体をそちらに向ける。
一体その行為が何を指し示しているのか。そんな疑問を抱いた瞬間、中にノックの音が飛び込んでくる。
既に人払いは済んでいたはず。
ラルクの指示によって中には誰も入れぬよう騎士達に頼んでおいたはずだ。
それを覆すことのできる人物を、伶奈は一人しか心当たりがなかった。
「失礼します」
そして、予想通りの金色の長髪を垂らす幼い少女が姿を現す。
視線を一身に突き付けられてなお取り乱す様子は見せない。
「お話は聞かせていただきました」
それどころか、強い大人びた表情のままレイに向き直る。
いつから扉の外にいたのかは分からないが、決闘の話は聞かれてしまっていたようだ。
本来ならば彼女に押し付けるべき責任ではないのに――
「その決闘、お引き受けいたします」
――そんなふうに自責の念にかられる伶奈の前で、リリスはとんでもないことを口にした。
伶奈を含む全員が、それこそリリスの前にいるレイすらも驚きに少し目を見開いている。
「ただし、条件を提示させてください。その決闘では死に至る負傷を与えることを禁じます。戦う以上傷を負わせてしまうことは仕方ないかもしれませんが、命を奪う行為だけは止めてください……もしもの時に失う命は、私の物だけで十分です」
「なっ、リリスさん、何を」
これ以上取り返しのつかない言葉を言う前に止めようとする伶奈だが、リリスが伶奈に顔を向け浮かべた微笑みによって思わず言葉を失う。
「アイガセさん達にはご迷惑をおかけすることになって、本当に申し訳ありません。ですが、これはきっと必要なことなんです。ですから、この身勝手の行為をどうか許してください――レイ殿下、今の条件でいかがでしょうか」
「……ああ、もとより彼らの命まで奪うつもりはなかったから、それは構わない。けれど……いや」
何かを言いかけたのを中断すると、レイは踵を返す。
「以上が僕から君たちに言えることだ。決闘の詳しい日時、時間については後に。誰が何人立ちはだかろうと、容赦はしないよ」
最後に言い残し、レイはこれまでずっと無言を貫いてきたもう一人の少女と共に部屋を後に――
「リーシャ?」
――未だ椅子から立ち上がることのない赤髪の少女に視線を下ろしながら、レイは訝しげに少女の名を呼んだ。
「お兄様、私は……」
その少女リーシャは、何故か兄についていこうとはせず少し潤んだ瞳を向けるだけだった。
それを見て何を思ったのか、レイは今度こそ振り返ると歩みを進める。
「ここから北西に五百メートル程のところに臨時の滞在場所を用意するつもりだ。お前の用事が済んだら来るといい」
「……はい、お兄様」
そして、そのままレイは応接間を後にする。
残されたのはラルク、リリス、伶奈、修、ソラ、リーシャの六名。
気まずい空気だけが、ただ室内に残されていた。




