第十七話 双方のメリット
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――――今回のクーデターを引き起こしたのが自分であるとレイがあっさり認めたことに、伶奈は少なくない衝撃を受けていた。怒りよりも先に浮かび上がってきたのは戸惑いだ。その行為の目的はもちろん、何故そんな簡単に自らの罪を明かすのか理解できなかったからだ。
しかし当然、この場には伶奈には生じなかった感情を真っ先に抱いた者もいて――
「貴様……ッ」
一言で娘を守ることのできる瞬間ですら無言であったラルクが、重々しい怒りを込めた言葉と共にレイを睨み付ける。机に置かれた右手には血管が浮かび上がり、机の表面にピシリとヒビが入る音が響く。
「……ふー」
いつ飛びかかってもおかしくない様子だったラルクだが、不意に目を瞑り一つ深い息を吐く。
次の瞬間に開かれた両眼には、多少の怒りはあれど冷静さを失ってはいない。
「その言葉は、真か」
「ええ、もちろん。そうですね、過程も説明するべきでしょうか」
レイは優雅な振る舞いのまま言葉を続ける。
「そもそも先日行われた調印の儀、それすら今回の布石でした。僕達が望んだのは魔王軍を共に倒してくれる戦力ではなく、我が国の騎士達がそちらの国内にいても問題ないという大義名分だったんですよ。この国の情報を収集し、そして国民の不信感を煽る情報を広めるためにね」
そこでレイは視線を修に向ける。
「君を帝国に協力者として招待したのもそれが理由だよ。ただ無条件で戦力を貸すなんて何を企んでいるか疑われても仕方ない、だからせめてそうするだけのメリットがこちらにもあるのだと思わせたかったんだ」
「…………」
その言葉に修が応えることはない。
それを見たレイは気にすることなく再び視線を前方に戻す。
「その結果、今の状況があるというわけです。理解して頂けたでしょうか?」
「――――ありえん」
ラルクは一言でそう返す。
「貴国から調印の儀の申し出があった時点で、さらには騎士を遣わすと言った瞬間から貴様達に何らかの思惑があるのではないかと想定はしていた。故に、私は貴国の騎士達は国に対して好意的な感情を持っている都市など、貴様達がそのような行動を起こそうと問題のない場所に配置していたのだ。いま貴様が話した行為のみで現在の状況が生み出されるとは思えん」
「僕達としてもそこは疑問でしてね。本来なら今回の計画は数ヵ月から数年にかけてじっくりと行われるはずだった……まさか一か月足らずでここまで進めるとは思っていませんでしたよ」
「ならば何故……ッ」
「単純な話でしょう。殿下が仰る国家に好意的な都市を含め、この国の住民は簡単な扇動一つによって動かされるほど、国家――ひいてはリリス王女に対する不信感を強めていたのでしょう」
――――納得がいかない。
レイの言葉を聞いて、伶奈はそう判断した。
頭の奥深くの部分にチクリと突き刺さる部分がある。
この違和感の正体は何か、答えが出るよりも早くレイは言葉を紡ぐ。
「つまりは、僕が行動を移すまでもなく、こうなるのは時間の問題だったのかもしれないということだね」
その言葉を最後に、室内には静寂だけが響いた。
そんな中、伶奈は頭の中で言うべきことがまとまらないまま口を開く。
「エルトリアさん、貴方がこの状況を生み出した手段など二の次の問題です。貴方がルミナリア王国に多大な被害を与えたという事実は変わらないんですから。貴方にとってここは敵地の中心でしょうに、よくそれだけの余裕を保てますね」
調印の儀が結ばれていようと関係ない。
いや、むしろ先にそれを破ったのは相手なのだ。
こちらが強引な手段に出ても文句は言えないはずだ。
なのにレイには全く焦る様子はない。
まるでそうなったとしても、その程度彼には仔細ないとでも言うように。
そんな思考を巡らせる中、次に口を開いたのは伶奈の予想とは違う人物だった。
「そりゃ、初めからこうなることを想定してたからだろ」
「……白崎さん?」
彼女の隣に座る修の言葉に、レイはにこやかに答える。
「不思議なことを言うんだね、シラサキ。僕の行為を明らかにしたのは君だよ。でなければこんな状況が生み出されることなんて――」
「馬鹿も休み休み言え。隠す気なんかさらさらなかっただろ。露骨すぎるんだよ、お前。スアレルでリリスと会った時の明らかに敵意を込めた視線もそうだし、そっちの城でお前と騎士が会話してる時もそうだ。あの時話してたことは今回の件についてだろ?」
「……ああ、そうだね」
幾つか伶奈の知らない内容を含んだ修の発言にレイは肯定の態度で返す。
その光景が伶奈には信じられなかった。
何故わざわざ、自分がクーデターを引き起こしたことをバレるように振る舞ったというのか。
続く二人の会話がその疑問を解消する。
「何もわざわざ俺達に警戒心を抱かせるためにそうしたわけじゃない。お前にとってもメリットがあるからそうしたんだろ?」
「なるほど、そこまで見抜かれていたかい。それは少し驚きだが――君の言う通りだよ、シラサキ。ただ一つ訂正させてもらうなら、メリットがあるのは僕だけじゃなく、君たちもだ」
「……あぁ?」
これまで自信満々にレイの思惑を暴いてきた修も、今の言葉だけは意味が分からないと表情を崩す。そしてそれは伶奈達も同様だ。彼女達にとって大切なリリスという少女を傷付けておきながら、彼は一体何を言っているのだろうか。
「そのメリットを伝える前に、君達の勘違いを一つ正そう」
「勘違い?」
「ああ。君たちはきっとこう考えているんじゃないのかな。僕達がリリス王女を処罰しようとする理由は、敵国から祝福者という存在をなくしエルトリア帝国の比較戦力と権威を強めるためだと」
「違うって言うのか?」
「もちろん。いや、きっとこの計画を共に画策した父上はそれも期待していると思う。けれど一番の目的は全く違うよ」
「……それは何だ」
次いでレイから出てきた言葉は、あまりにも伶奈達を馬鹿にしたものだった。
「決まってるじゃないか――――救うんだよ、この世界を」
そんなことを笑いながら。
一人の罪なき少女に殺意が向けられる状況を生み出しておきながら。
あまりにも当然のことのように言うものだから。
「ジ・――――」
反射的に伶奈は、内に秘める“魂”を一つ消費する勢いで魔力を練り込み、
「――――デス」
瞬間的に組める最大火力の魔術を放ってしま――――
「……え?」
――――寸前、彼女の右手に集った圧倒的な魔力は霧散し大気中に溶け込んでいった。
信じられない現象に伶奈は目を大きく開く。
リーベくらいならワンパンな威力だったのに、一瞬でそれだけの魔力が消えるとは。
過程は不明。だが、それを可能にした人物は分かっている。
――伶奈が行動を起こしてから微動だにしていないはずのレイは、ふっと小さく笑っていた。
「この場では止めておいたいい。僕達が戦えばこの周囲一帯まで巻き込まれてしまうよ。それは君としても望むところではないだろう?」
「…………」
「信じられないかもしれないけど、そもそも僕も君たちと敵対するつもりなんて初めからないんだよ。むしろ逆だ。僕は君たちに協力してほしいと考えてるんだ」
「……本気で言ってるんですか?」
「もちろんだよ」
驚くことに、レイの瞳に偽りの一切は存在しない。
となると、賛同するかはともかく聞いておかなければならないことがある。
「私達に協力してもらえると思える根拠は何ですか。まずそれを説明してください」
「先程も言った通りだよ。僕に協力してくれればこの世界を救うことができると約束しよう。その中身についてまでこの場で易々と話すつもりはないけれど、その事実は君たちにとっても望むべきことなんじゃないかな」
いまいち要領を得ない回答に伶奈が眉をぴくっと動かすと、それを見たレイが少し表情を崩しながら言葉を続ける。
「だってそうだろう。君たちは異世界から呼び出された勇者……言ってみればこの世界になんら関わりのない存在だ。見知らぬ世界を救うために、自分の命を賭けて強力な魔王軍と戦うことを了承する正義感に満ちた人物……そんな君たちだからこそ僕も確証を抱いているんだよ。思い出してほしい。君たちがどうして魔王軍と戦うことを決断したのか……その理由を」
つまり、レイはこう言っているのだ。
世界を救うことが私達にとって一番の目的ならば、彼に協力するのが最も良い方法であると。
その意味を理解し、どんな言葉を返すべきか伶奈は苦悩する。
そっと自分の右手を広げそこに視線を落とす。
思い返すは過去。自分の行動理念が生まれたあの日のこと。
――――私は、どうするべきなのだろうか。
悩み、それでも答えが出ない状況の中で、彼女より先に言葉を発した者がいた。
「待て……」
それは修だ。
彼は伶奈の隣で、深刻な表情を浮かべていた。
「白崎さん?」
どうしたのだろうか。頭のおかしい言動をする時もあるが普段は冷静な彼からは想像できない状態だ。とうとう脳細胞が全て破壊されてしまったのかと心配しながら、伶奈は彼の名を呼んだ。
その呼びかけに対する答えは、これまた予想外なものだった。
「……そういや俺、まだ魔王軍と戦うって了承した覚えないぞ」
「は?」
「へ?」
タイミングよく、伶奈とレイの間抜けな声が同時に響く。
それを気にすることなく修は続ける。
「いや、何だかんだこれまで魔王軍と戦う機会もあったし、そうするのが一番都合が良い時は協力してきたけど、全面的に協力するとは言ったことないなって」
「…………」
確かに。
初めてこの世界に来た日だって、彼は真正面から拒否していた。
リーベ襲撃の際からなんだか流れに乗るまま協力してくれているが、彼の口から直接その意思を聞いたことはなかった。
だからといって、この場でそれを言うだろうか。
緊張感というものが消え去ってしまった。
しかしそれすら彼にとっては意識するものではないらしく、構わず言葉を紡ぐ。
「そんな訳で、別に俺は世界を救いたいと思って協力してるんじゃない。むしろこの世界は嫌いだ。それでもあえて答えるなら……なんとなくかな」
「……そうかい」
少し困った様子でそう答えると、次にレイはこれまで無言を貫いてきたソラに視線を向ける――が。
「ぶっちゃけ私も、世界なんてどうでもいい。私が戦うのは、あの人の想いに応えるため。ちなみ本当は応えたくはない」
「あ、うん」
言葉の真意は分からないが、修に引き続き空気を破壊するソラに対しレイの返事も適当になっていた。
そして何故か、少し期待を込めた縋るような目で伶奈を見る。
「……一応、私はこの世界を守りたいと、思ってますよ?」
「……そうか、うん、それはよかったよ、本当に」
そして気のせいでなければ、少し覇気を失った語調でそう頷くのだった。




