第十五話 来訪者
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ルミナリア王国、王都ルミナダは不安定な状態が続いていた。
俺がこの都市に帰還してから一週間経つが、状況が良くなる兆しはない。
そっと廊下の窓から外を覗くと、城壁外には溢れんばかりの人だかりがあった。
逢ヶ瀬達の結界によって彼らが城壁内にまで被害を及ぼすことはないが、反面、俺達も簡単に外に出ることは出来ない。まだ王城内に蓄えている食料には余裕はあるが、この状況が続けばそうも言っていられなくなるかもしれないだとか。
王都の機能は果たしてどうなっているのだろうか。
ルミナダが豊かな都市ではあるとはいえ、ただひたすらに非難を続けるだけの活力や財産的余裕が彼らにあるようには思えない。そろそろ彼らの力では城壁に張られた結界をどうこうすることは出来ないとも分かるはずだ。そろそろ自分達の行動の無駄を悟り諦める頃合いだと思うのだが。
しかしどうしたことか。そんな俺の予想とは裏腹に――
「増えてるな」
国民達は諦めるどころか、より人数を増やし勢いを強めていた。
どうやら王都外からも人が来ているようだ。そういえば、俺がそもそもクーデターの存在を知った村も王都に向かうような口ぶりだった。
尤も、そんなことを思い出したところで今の俺達に出来ることなど何も存在しないのだが。
リリスはあの日からずっと部屋で休んでいる。
彼女は逢ヶ瀬達に、城壁の外にいる人々を力ずくで追い返すのは止めてほしいと懇願したらしい。
その過程で彼らを傷つけてしまえば、より国家に対する批判感情が強まってしまうから……などという単純な話ではないのだろう。
何故なら彼女は、俺達ならば本気を出さずとも数万程度の人間を傷つけず無力化できることを理解しているはずだから。
ならば、リリスは何を思いそう言ったのか。
きっと俺は考えずともその答えを知っている。
「…………」
頭に浮かんだ思考を振り払うかのように、俺は窓の外の光景から目を逸らし歩みを再開する。
今日もきっと、俺達は何も行動に移せないまま人々の悪意に包まれた城内で過ごすことになる。
そう、思っていた。
◇
自室の豪奢なベッドで仰向けになっていると、突然ノックの音が飛び込んでくるのが分かった。
扉に視線を向けると同時、女性の声もノックの音に続く。
「白崎さんっ、いますか!?」
それはここ数ヵ月で聞き慣れた――だけど普段は耳にすることのない焦った様子の少女の声だった。
この世界で俺をそう呼ぶ存在は一人しか心当たりはない。
故に、その少女が俺の部屋まで来たという事実に多少の驚きを禁じ得なかった。
「いないよ」
だから、動揺のあまり反射的にそう答えてしまったのも仕方のないことだった。
仕方ないったら仕方ない……っ!!
「ウィド」
しかし彼女はその返答に満足いかなかったらしく、簡単な魔術を唱えるのが聞こえた。それを止める余裕もなく、次の瞬間には爆音と共に強固な扉が凄絶な勢いで吹き飛んできた。
見通しのいい出入り口の奥にいるのは、右腕を前方に差し伸べた逢ヶ瀬だった。
急いでここまで来たのか、彼女は顔を赤く染め荒く息を吐いていた。
「いやいや、さすがにそれはやりすぎ――」
「意味のない会話に時間を費やしている時間はありません。すぐに来てください」
俺の話に付き合っている暇はないと、真剣な眼差しで逢ヶ瀬はそう告げる。
彼女の真意を測ることは出来ないが、従うように身体を起こす。
「何があったんだ?」
その問いに彼女は簡潔に答えた。
「彼らが――エルトリア帝国皇太子レイ・ジオ・エルトリアを含む複数名の賓客が訪れました」
「――――」
逢ヶ瀬の答えを聞いた俺は。
「……なるほど、な」
脳裏に過る様々な記憶を整理し、俺は一つ頷く。
彼女の焦りの要因は理解した。
しかし、そうなると浮かび上がってくる疑問も存在する。
「それで、そいつらはどこに……いや、そもそも結界は超えられたのか?」
「詳しい事情は歩きながら話します。いいからさっさと立ち上がってください」
相変わらずの口の悪さだなと思いながらも、指示通りベッドから下り立ち上がる。
「付いてきてください、こっちです」
踵を返した際に靡いた後ろ髪をいきなり引っ張ってやりたい衝動を抑えながら、彼女の後を追う。
すぐ後ろにつく俺の姿を後ろ目に一瞥すると、逢ヶ瀬はおもむろに口を開いた。
「エルトリアさん達は既に城内でラルクさんと会合しています。どうやら来るという事前の連絡もなかったようですが、詳しい話はまだ聞いていないのでなんとも。結界は来訪者の正体が彼らだと分かった時点で一時的に解きました」
「解いたっても、城壁の中に入れるのは城門からだけだろ。そこにいた国民達はなだれ込んでこなかったのか?」
「それが……私達もそれを危惧して門の側で待機していたのですが、エルトリアさん達十名程が馬車で中に入ってくる間、他の人々が無理に割り入ってくる様子はありませんでした」
「はぁ?」
理解不能な話に、思わず眉をひそめてしまう。
だが、その理由は現場にいた逢ヶ瀬自身も分かってはいないようだ。
持っている情報量の乏しい俺がいくら考えても無駄だろう。
などと話し合いながら廊下を高速度で歩き続けると、ふと一つの扉の前で逢ヶ瀬が立ち止まる。
ここはたしか、客人などをもてなす応接間だったはずだ。
その応接間の扉を逢ヶ瀬はノックする。
「誰だ?」
中から聞こえてくるのはラルクの声だ。
「逢ヶ瀬です。白崎さんも連れてきました」
「入ってくれ」
「はい、失礼します」
声に従うまま逢ヶ瀬が扉を開け、俺も彼女の後に続き中に入る。
執務室よりは幾分か広い部屋だ。
床には赤色のカーペットが敷かれ、壁には壮大な絵画が描かれ、四隅には色鮮やかな花を咲かせる花瓶が置かれている。
これまで王城の幾つかの部屋を見てきたが、玉座の間の次に豪奢な部屋だと言えるかもしれない。
その部屋の中心には木製の長方形の机が備わり、それを挟むように両側に二人ずつ座っていた。
片方は威厳ある服装に身を包むラルクと、水色のセミロングが特徴的なソラ。
もう片方は、純白の鎧が目立つ白銀の髪を持つレイ。そして、簡素ながらも淑女に相応しい服装をした、赤髪の少女――リーシャだった。
レイはともかく、その少女の存在は想定外だった。
その姿を視認した瞬間、思わず少しうろたえてしまう。
それでも、なんとか意識を切り替えすぐに冷静さを取り戻す。
その四人の他には、それぞれの後ろの壁に各国の兵士が五名程度立っていた。
王国側はともかく、帝国側の兵士はレイについてやってきた全員だろう。
そんなふうに分析していると、ふと俺に向けられる二人の視線に気付く。
レイとリーシャの客人両名が扉を開け入ってきた俺達に注目していた。
「やあ、まさか本当にこんなに早く再開することになるとはね」
レイはにこやかな清々しい笑みを浮かべながらそう告げる。
しかし、その一方。
「…………」
普段は勝ち気で騒がしいはずのリーシャは、すっと俺から視線を外し、居たたまれない沈痛な面立ちをしていた。挨拶すら投げかけてはこない。
「何しに来たんだ?」
だから俺は少女ではなく、レイに向けそう尋ねた。
レイは俺の問いを聞き小さく笑い。
「君たちのお察しの通り“彼女”についてだよ。今この国に訪れている問題は、枠外に収まらず世界中に関わってくる話だ。同盟を結んだ僕達にとっても大きく関わりのある話だと思わないかい?」
「……そうだな」
彼の言葉に首肯で返す。
なるほどたしかに、状況のみを鑑みればその考えは正しい。
だけど――――
と、思考がまとまるよりも早く、レイは俺から視線を外しラルクに向かい合っていた。
「役者は揃いましたね。では先程のお話通り」
「……ああ」
レイとラルクの両者が後ろにいる騎士達に声をかけると、彼らは了承の掛け声を残し応接間から外に出ていく。残されたのはラルク、ソラ、逢ヶ瀬、レイ、リーシャと俺だけ。異世界からの勇者を含め、与えられた権限が大きい者だけが残った形になる。
その後、俺と逢ヶ瀬はラルクとソラの間に開いている大きな隙間に割り込むような形で木椅子に座る。
ラルク、逢ヶ瀬、俺、ソラといった順番だ。
対面にはにこやかに微笑むレイと、視線を下に向けるリーシャがいる。
全員が座り終えるのを見届けると、レイはゆっくりと口を開いた。
「では、話を再開させましょう。議題は一つ――――現在この国で広がっている反国感情、ならびにリリス第一王女に対する処罰を望む声に対する対応です」
お前が議長になるのかよ、と思わなくもないが、なんとかツッコミを我慢し話を聞き続けることにした。




