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創造世界の英雄譚 ~魔法使いへ祝福を~  作者: 八又ナガト
第二章 -壊す願いと創造者-
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第三十七話 純然たる願い


 ◆


 時間は現在に帰結する。


 刹那の内に脳裏を掠めていった数々の記憶と想い。

 アトロスの人格を形成した絶望と決意の過去。

 その全てが蘇る。


 あの邂逅の日、アトロスは魔王軍に入ることを決意した。

 まず初めに彼自身が嫌悪する存在を殺すことにした。

 研究所にいた研究員や貴族達は既に魔王が皆殺しにしていたため、アトロスの目標は別の人間になった。


 クルトリアード公国の大公。

 それに付き従う貴族や騎士達。

 その途中、命乞いをする貴族の一人から父や母を殺した者達のことも聞いた。

 すぐに見つけて殺した。

 別段、達成感のようなものは感じなかった。


 あの国は腐っていた。

 上層の人間から中層や下層の一部に至るまで。

 だから、殺した。

 壊した。

 結果として呆気なくクルトリアード公国は滅んだ。

 生き残った者達は周辺国に避難していたらしい。


 たしか、魔王軍幹部になるよう言われたのはこの頃だ。

 魔王が直接言いに来るのではなく、別の人間からの言伝だった。

 断ろうにも術がなかった。

 立場には特に興味がなかったので無視しておいた。

 そしていつの間にか幹部になっていた。


 その後も、アトロスの願いが尽きることはない。

 腐敗した国家を見つければ、その悉くを破壊した。

 その過程で数えきれない人数を殺してきた。

 気がついた時には魔王軍最強の幹部と言われるようになった。

 本当にどうでもいい話だ。


 いつからだっただろうか。

 アトロスの行動理念が誰を救うべきかではなく、何を滅ぼすべきかに変わったのは。

 最初は大切な人を助けたいと思っていたはずなのに。

 いつの間にか彼の願いの形は狂い始めていた。

 アトロスがクズと判断した人や国を滅ぼす過程で、罪のない人が死のうと、何も感じないようになっていた。


 様々な絶望が、激怒が、憎悪が、アトロスの内にそんな悪意を生み出したのだ。


 その悪意の存在が決定的になった瞬間は覚えている。

 忘れられるはずがない。

 あの邂逅から、アトロスはその願いを抱き続けていたから。


 魔王をこの手で殺すこと。

 それがアトロスの持つ最大の願いだった。


 アトロスから全てを奪う原因となった男。

 他者の命に興味はないと吐き捨てた男。

 世界を壊すと宣言した男。

 あの日抱いた憎しみは、今なお増大し続けている。



 だけど。



「今度こそ終わりか」


 その願いは、こんなふうにして容易く崩されようとしている。

 たった一人の、黒髪黒眼の青年によって。

 その青年の声は随分遠いところから聞こえていた。

 顔面を剥ぎ取られたため姿は見えない。


(負けたのか……)


 地面に俯せの状態で倒れながら、現状を認識する。

 まだ滅歴を使用するための魔力はある。

 しかし再び立ち上がったからといってどうなるのか。

 自分と敵の実力の差は身に染みた。

 何度挑んでも結果は同じ。


 そう、何も為せないままアトロスは死ぬ。


 その事実を認識した瞬間、ある一人の女性の言葉が脳裏を過った。


『彼は壊すよ、君が愛した世界を』


「――――ッ」

 

 それはまだ新しく鮮明な記憶。

 アトロスがこうして白崎 修と戦うことになった理由。


 ――――ああ、そうだ。


 消滅の力を纏う。

 それは破壊ではなく、癒す力。

 修によって破壊された事象をなかったことにする。


(まだ俺は、死ぬわけにはいかない)


 戦わなければならない。

 その願いを叶える瞬間までは。


 そう。


(“奴”を殺すまではッ!!!)




「――――マジか」


 完全に身体を治した訳ではない。

 失った部分をある程度取り戻し、最低限動ける程度だ。

 目的を達するためにはこれ以上必要ない。

 再生した目で眼前を見つめると、目を見開き驚く修の姿があった。

 アトロスが立ち上がるとは思っていなかったのだろう。


 その光景を眺めながら、アトロスは静かに両腕を前方に伸ばす。

 五十メートル程先にいる修に照準を合わせる。

 もう、言葉は必要なかった。


 願いを。

 心の奥底から湧き上がる感情を。

 ただひたすらに両手に集める。

 灰色の濃霧が凝縮され、眩い光が閃く。


 限界はすぐにきた。

 アトロスの残存魔力量で生み出せるのは、精々がリリスに防がれた程度の威力だった。

 これでは修を滅することは出来ない。

 そんなことは初めから分かっている。

 だから、アトロスは“その先”を求めた。


 魔法とは願いの力。

 想いが強まればその分力も増す。

 願え、願え、願え。

 魔力が足りないというのなら、別の場所から持ってくればいい。

 そう、その不可侵領域に足を踏み入れよう。

 人の限界を超えた先――魂を燃やせ。


 記憶が欠落していく。

 想いが少しずつ霞んでいく。

 それでも魔法の力は増していく。

 どこまでも、どこまでも、どこまでも――――


 灰色の光に包まれた世界で。

 アトロスは静かに唱えた。

 全てを壊すその願いを。








「【世界消滅】」








 全てが破壊されていく。

 まず魔法を放った張本人であるアトロスの両腕が付け根から消え去った。

 灰色の光が放たれた瞬間、凄絶な魔力の余波が周囲一帯を破壊する。

 大地は地中深くから空高く剥がされ、大気中に漂う元素までもが滅ぼされていく。


 アトロスの魂――命を糧にして放たれる最大の魔法【世界消滅】。

 生涯で一度しか使用できない奇跡。

 天地空の悉くを穿ち、その末に世界すら滅ぼしてしまう禁断の力。


(――――これで、終わりだ)


 朦朧となる頭の中で、アトロスはそう告げる。

 これに対応する術は自分にも、きっと魔王にすら存在しない。

 瞬く間にこの世界を喰い尽くす悪意。

 愛する者も、憎しみを抱く相手も、例外なく死に絶える。

 欲望と、苦痛と、絶望に溢れた世界。

 ああ、ようやくそんな世界が終わる。

 これでもう、誰一人として苦しむ人間がいなくな――――


「残念だけど」


 ――――そして、アトロスは思い知る。








「そんな“善意”じゃ、世界は壊せない」








 本物の悪意を。


「【虚無】」


 全てが消し飛んだ。


 修の身体から放たれた黒焔と灰光が衝突する。

 一切の均衡すらなかった。

 世界すら壊すアトロスの願いが瞬く間に蹂躙されていく。


 漆黒の焔は灰色の魔法を喰い荒らすだけでは飽き足らず、そのままアトロスをも呑み込んだ。


(――――――これ、は)


 光一つ感じない際限なく広がる闇。

 そこにあるのは一つの想い。

 様々な経験の末に辿り着いたアトロスの紛い物とは違う。

 不純物の一切合切が存在しない純然たる悪意。


 ふと瞼の裏側で、“彼女”が意味深に微笑む。


『まあ、信じる信じないはともかくとして、これだけは言っておくよ――どう足掻いたところで、君じゃあ彼には勝てない』


 アイツの言っていた通りだった。

 その言葉を信じず、アトロスは実際に戦えば修を殺すことが出来ると思っていた。


 勘違いしていた。

 何も分かっていなかった。

 白崎 修という存在を。


 凝縮された闇を閉じ込めた漆黒の焔。

 その魔法に込められた想いは、勇者や英雄のそれではない。

 そう、その悪意はまさに。


 世界を壊す願いだった。




 ◆




 目の前に広がる惨状は酷いものだった。

 俺とアトロスの魔法の影響で地面は数メートル規模の凸凹が生まれているし、周囲の草木は跡形もなく消し飛んでいた。


 崩壊した地面の上を、跳ねるようにして進む。

 目標地点は決まっている。


「……驚いた」


 そこに着地してから、俺は素直にそう呟いた。

 俺が何を見て驚いたのか。目の前の光景がその答えだった。


「まさか今のを喰らって生きてるとは。普通にびびる」


「……それが、敗者にかける言葉か」


 両腕が消し飛び、右足も膝から下を失い、全身血塗れ傷だらけの状態で地に仰向けに倒れるアトロスがそこにいた。普通に意識もあるし話すことも出来るようだ。リーベの時と違い今回は殺す気で攻撃したのに生きているとは思っていなかった。


 そんな俺の視線に気づいたのか、アトロスはフッと鼻を鳴らす。


「案ずるな。俺は既に致命傷を負っている、体内の魔力も尽きた。蘇ることは不可能だ……貴様の勝ちだ」


「そうか」


 随分と物分かりが良い。

 想像していたのとは違う反応だ。


 そしてその言葉の後、お互いに口を開くこともない沈黙が訪れる。

 まあ、殺し合いをしたばかりの敵と楽しげに会話する方がおかしいか。


「一つ、訊いてもいいか」


 と思ったのだが、アトロスは強い意志を含んだ目で俺を睨む。


「別にいいけど」


 小さく頷き、アトロスに続きを促す。


「最後の一撃。アレは明らかにそれまでと威力が違っていた。それまでは手加減していたのか?」


「……必要ないなら、殺さずに済む方がいいからな」


「ふっ、そうか。ならば貴様が本気を出すに値すると判断したのは、最後の一撃だけだったということか?」


「いや、それは」


「……なるほど。やはり、最後の一撃もまだ本気ではなかったか」


「……ああ」


 首肯しアトロスの問いに返す。

 その言葉は嘘ではない。

 アトロスの最後の一撃に相当な脅威を感じ、結構本気で反撃したけれど、全力までは出していなかった。


 そんなふうに彼の力を全否定するような言葉を聞いても、アトロスは不思議と怖い顔で苦笑をもらすだけだった。

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