第二十話 灰色の襲撃者
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調印の儀が執り行われるのは玉座の間。
中立国家スアレルの国王アドルフの御前で、というわけだ。
日が城の真上に登った頃。
玉座の間には多くの人々が並んでいた。
まずスアレル王国からは、アドルフ国王と数人の貴族、兵士、法衣を纏う神官らしき者達。
ルミナリア王国からは、ラルク、リリス、逢ヶ瀬、ソラ、俺、そして複数人の騎士達。
エルトリア帝国からは、皇太子かつ勇者であるレイと、これまた複数の騎士達。
そして、もう一人。
豊満な白色の髪に、鋭い金色の眼を持った、貫禄のある五十代程度の男性。
白地に金糸が編み込まれた豪勢なマントに身を包む。
エルトリア帝国第六代皇帝、フリード・ジオ・エルトリア。
それが彼の名だった。
式は厳かに行われた。
玉座の前にラルクとフリードが。
その側でアドルフが決められた内容をすらすらと告げる。
二国の過去。
世界有数の歴史ある国家、ルミナリア王国。
世界有数の実力ある国家、エルトリア帝国。
かつては戦争を繰り返し、領土を奪い合った。
その関係が変わったのは今より十五年前、祝魔歴477年。
これ以上の戦いはお互いに被害が増えるだけ。さらに、拡大化しつつある魔王軍に国力を割くべきであるという結論に至ったのだ。
その時点で二国は休戦状態になり、お互いの国に干渉しないよう決めた。
そして、今。
今日この日、二国は協力し、魔王軍を討伐することを約束する。
アドルフによる語りが終わる。
ラルクとフリードの両名は向き合うと、お互いに手を差し伸べる。
固く、握手を交わした。
それを見届けている者達は、二人に盛大な拍手を送る。
これから更に細かな決まり事を話し合う場は設けられるが、この時点で皆は十分大きな意味を感じたのだろう。
ルミナリア王国とエルトリア帝国による共闘の儀式。
人々がこれまでの苦痛を振り払い、輝かしい未来を思い描くこの空間で。
突如として、リリスの身体が崩れ落ちた。
「……リリス?」
突然、目の前で一人の少女が倒れていく。
その光景を見ていた俺は、少し動揺しながら彼女の名前を呼んだ。
俺が駆け寄るまでもなく、すぐ横にいた逢ヶ瀬がリリスの身体を支えていた。
逢ヶ瀬の表情にも焦りが見える。
「どうかしたのか?」
リリスのそばに寄り、俺は逢ヶ瀬に問いかける。
しかし彼女も何が起きたのか理解できていないようだった。
「わかりません。急に彼女が倒れてきて……どうやら、意識を失ったみたいですが」
逢ヶ瀬の言うとおり、リリスの眼は閉じられていた。
呼吸はしているし、リリスの魔力から生命力は十分に感じる。
ただ、顔色は悪かった。
普段は色白で、きめ細やかな美しい容貌は紅潮していた。微かに息も乱れている。
リリスは誤魔化そうとしていたが、やはり今朝から体調が悪いままだったのだろう。
医務室にでも運ぶべきか。
そう思い、城のどこにそういった部屋があるのか他の兵士達に聞こうと辺りを見渡す。
そして、俺、逢ヶ瀬、ソラ以外の人々の様子がおかしいことに気付いた。
それは何も、リリスのように体調を崩しているといった意味ではない。
ただ幾人かは顔をしかめ、各国の騎士達は慌ただしく動いていた。
「リリス様が倒れたぞ! 皆、気を引き締めろ!」
「注意を怠るな!」
どうしてこの状況でそんな言葉が生まれるのかは分からない。
ただ、ここにいる皆はまるでその発言が当然のことのように行動していた。
国王、皇帝、貴族達を守るように集まっていく。
「シラサキ、アイガセ」
その光景を見て混乱する俺達の下に、ラルクが駆け寄ってくる。
彼の表情には焦燥感が張り付いていた。
彼はアイガセに向き、口を開く。
「今からリリスの様子を見る。すまないがアイガセ、リリスを仰向けにしてくれ」
逢ヶ瀬は頷くと、ゆっくりとリリスの身体を床に寝かせる。
そのすぐ横にラルクが片膝をつく。
彼はそのままリリスの様子を確かめていた。
ラルクの表情は真剣で、声をかけることも躊躇われる。
その光景を、俺達はただ眺めるのみだった。
「何が起きてるんだ」
「すぐに分かるよ」
誰に言うでもなく独りごちたところに、後ろから爽やかな声で返される。
振り向くと、そこには白銀の青年が立っていた。
レイだ。
「その様子だと、君は何も聞いていなかったみたいだね」
「聞いてなかった……? 何をだ」
「今こうして、皆が慌ただしく動いている理由について、だよ」
レイは周りを見渡しながらそう告げると、再度こちらに向き直る。
いや、正確には俺ではない……俺の奥にいる、リリスに視線を送る。
冷たい目つき。
それは、彼と初めて会った時に感じたものだった。
どうしてだろうか。
俺は、その理由を聞かなければならないと――
「おい、何でお前は――」
「静かに」
だが、問うよりも早く、レイは俺に手を翳し言葉を防ぐ。
彼は真剣な眼差しで一方を見ていた。
玉座の間の、左側の壁を。
「くるよ」
最後に彼はそう零し。
突如として、城が揺れ始めた。
「……あ?」
その突拍子もない現象に、俺は眉をひそめる。
素っ頓狂な声も漏れた。
だけど、何が起きているのか、理解するための時間はいらなかった。
鳴り響く耳を劈くような爆音。
絶大な衝撃が、城の揺れを一層強める。
俺とレイが見つめていた堅固な壁が崩れていく。
玉座の間に、巨大な瓦礫が次々と落ちていく。
そして。
そこに、“奴”がいた。
濁った灰色の長髪は、奴の足元にまで垂れる。
容貌は整えられている。
しかし髪と同色の鋭い眼が、奴の印象を総毛立つものに変えていた。
漆黒のコートにその身を包み。
悠然と立つだけで人々に恐怖を伝染させ。
歴戦の強者の雰囲気を醸す。
そして。
純然たる悪意と殺意を纏う存在。
「馬鹿な! アレがこんな場所にいるなんて!」
「だが、灰と黒……情報通りと言うのなら、奴は!」
その姿を見て、人々は腰を抜かしながら恐怖を言葉にする。
そして、誰かが確信を得たように叫んだ。
「アトロス――魔王軍最強の幹部、アトロスだ!」
その言葉に応えるように。
「ああ――――」
奴は。
数十の国を落とし、
数十、数百万の人々を殺した最強の魔法使い。
アトロスは、“俺を”見ながら言った。
「――――貴様が、敵か」
そして、彼の魔法が、俺の身体を打ち抜いた。




