第十六話 黒と白の手合わせ 序
レイによる手合わせの申し出から三十分。
練兵場には大勢の観客が集まっていた。
その中心にいるのは俺とレイ。
俺は素手で、彼は木剣の先を地面につけるようにして構えている。
彼我の距離は十五メートル程度。
何故このような状況になっているのかを、俺は思い出していた。
◇
俺はレイからの手合わせの申し出を受け入れた。
実践的な動きが出来るからと、この世界きっての実力者たる存在がどの程度か知りたかったから。
理由はだいたいそんな感じだ。
彼の申し出を受けたすぐ後、俺は練兵場に入ってきた兵士に立合いを頼んだ。
しかし彼は、なぜか驚いた表情になり去っていった。
どうしたのだろうか。
そう考えていると、数分後には大勢の人々を引き連れて戻ってきた。
その中には逢ヶ瀬、ソラ、ラルク、スアレル王国国王アドルフなども含まれていた。
……それと、リリス。
「シュウさん、一体何があったんですか!?」
彼女は焦燥感に満ちた表情で、そう叫んだ。
「いや待て落ち着け。なんでそんな焦ってるんだ」
「えっと、その……」
リリスはちらちらと、俺とレイを見比べた後、口を開く。
話を聞くと、兵士はどうやら俺達が私怨で決闘を繰り広げるのかと勘違いしたらしい。
これから共闘することを約束する二国の勇者。
その二人の決闘はいけない! そう思い伝達しに行ったらしい。
その後、事情を説明するとすぐに誤解は解けた。
俺達はあくまで修練の一環として手合わせするのだと。
「そうだったんですか……よかったです」
リリスは胸を撫で下ろし、小さく笑っていた。
そして、誤解が解けると空気は一変。
各国の兵士達は、勇者同士の戦いを間近で観戦できることに喜んだ。
そこで、正式な手合として行われるようになったのだ。
ルールは四つ。
・勝敗は、有効打を三回いれた方の勝ち。
・相手を殺すことを禁ずる。
・練兵場や周りの建物の大幅な破壊を禁ずる。
そして最後に、二つ目と三つ目のルールに関連するものとして、ある制限がつけられた。
「なら僕は、この祝魔剣を使わないでおこう」
その制限について話し合う際、まずレイがそう言った。
祝魔剣……あの腰に携える禍々しい灰色の剣のことだ。いや、灰色なのは鞘だが。
彼はその剣を使わないと言うのだ。
「その代わり、これを使わせてもらうよ」
エルトリア帝国の騎士から木剣を手渡されていた。
切れ味皆無の打撃剣。あくまで手合だしな。
けど、本当にそれでいいのだろうか。
「祝福、なしでいいのか?」
疑問を彼に投げる。
リリスの話によると、レイは祝福者だ。
俺たち祝福者の戦いは、あくまで祝福あってこそ。
もしものことがないように制限をかけるのはいいが、それでお互いの実力を測ることが出来なければ本末転倒だ。
「いや、僕の祝福とこの剣は関係ないんだ。全力とまではいかないけど、安全を保障できる範囲で祝福を使わせてもらいたい。君も、それでいいかな?」
「……ああ」
頷きながらも、俺は自身の驚きを抑えるのに意識を割いていた。
あの剣が祝福ではない。
それが信じられなかった。
何故なら、あの剣から漂う魔力は、魔法や祝福のそれだったのだから。
そんなポテンシャルを含む剣と、自身の祝福を保有する存在。
なるほど、魔王軍幹部を五人倒したというのは事実らしい。
話を戻そう。
つまりレイが自分にかけた制限は、あの剣の不使用と、祝福の手加減。
……ふむ。
「なら俺は、魔術祝福による遠距離攻撃はなしだ」
「……へぇ」
そのくらいすれば、大体対等になるだろう。
虚無を使わず、あくまで身体強化だけで戦わせてもらう。
「よし、ならこれで準備は終わりだね」
ルールの四つ目。
・レイ:祝魔剣の不使用。祝福の手加減(ただし、どのような祝福かは分からないため、本当に手加減しているかは不明)。
俺:魔術、祝福による遠距離攻撃禁止(ただし、もともと魔術は使えない)。
そして、俺達は練兵場の中心で向かい合った。
◇
そして、冒頭に戻る。
「では、準備はいいですか?」
俺とレイの間で、面倒そうな顔のまま告げるのは逢ヶ瀬。
彼女が立会人になってくれているのだ。
有効打の判断をするのも彼女である。
ソラには、もしものときのために観客の兵士達の近くにいていてもらっている。
瓦礫が飛んでいったりするかもしれないしな。
逢ヶ瀬の言葉に、俺とレイは小さく頷いた。
彼女はその様子を見てから、すぅーと息を吸い込む。
そして、叫ぶ。
「――――始め!」
その言葉と共に、俺とレイは同時に地を蹴った。
◆
動き出しは同時だった。
睨み合い、相手の出方を窺う時間は一切ない。
両者が地を蹴ると、固められているはずの赤茶けた土が一気に舞い上がった。
「――――――」
「――――――」
思考する余裕はない。
一瞬で、黒と白銀の勇者は肉薄する。
「ふッ!」
先制をしかけたのはレイだった。
素手と剣。
武具によるリーチの差が、レイに有利な状況を作り出したのだ。
左から右に、修の右横腹に向け振るう。
猛烈な速度と力強さに、大気の壁が進行を食い止めるべく立ちはだかる。
が、一瞬たりとて均衡することなく、大気を切り裂いた木剣に暴風が纏わりつき、その勢いのまま修に迫る。
その一連の動作を、修は目で追っていた。
自身に迫る、木剣とは思えない破壊力を秘めた一撃。
まともに喰らえば、骨が数本は砕けるだろう。
だからと言って焦ることはない。
冷静さを保ったまま、修は右手を限界まで強化し、真っ向から受け止めるべく木剣の前に翳す。
瞬間、木剣の存在が揺らいだ。
姿が、消えた。
「あ?」
疑問に思う暇もない。
腹に激痛を感じ視線を下ろす。
木剣が脇腹に減り込み、そのままミシミシと内部を破壊していた。
「はぁァッ!」
好機だと、レイは裂帛の気合を上げる。
現状を理解できない修に対し、思考の余地を与えるほどレイは甘くはない。
レイはそのまま、修という障害物を無視し全力で木剣を振り切る。
盛大な風切り音のみを残し、修の身体はそのまま吹き飛ばされた。
眼にも止まらぬ速度で、そのまま修は練兵場の防壁に叩きつけれた。
壁は衝撃で粉砕され、粉塵が舞い修の姿を隠す。
「エルトリアさん、有効打1です」
強者同士の壮絶な戦闘を、呆然と立ち尽くす兵士達とは違う。
今の動きを知覚していた逢ヶ瀬は、淡々とそう告げた。
有効打
レイ1-修0
レイは追撃を仕掛けることもせず、粉塵が舞う場所を見つめていた。
十秒以上経っても、修が姿を現すことはない。
(……この程度か)
その事実に、レイは落胆していた。
異世界より召喚された勇者。
もう少し手ごたえのあるものだと思っていた。
祝福のほんの一部しか使っていないにも関わらず、こうも見事に成功するとは。
(……いや、違うね)
一秒、眼を瞑る。
相手を見下すような思考になりかけていた。
たった一度の攻防で決めつけてはいけない。
シラサキ シュウを見た瞬間に抱いた感覚。
彼の実力が、この程度ではないのは直感的に分かっていた。
瞬間の黙想によって意識を切り替える。
そして、レイはゆっくりと目を開く。
眼前に、巨大な瓦礫が迫っていた。
「――――――」
されど、動揺することはない。
その瓦礫はふいに軌道を変えると、レイの身体から逸れ遥か後方に飛んでいく。
背後から爆発音が聞こえるが、レイの意識は前方に捉えられていた。
「……なるほどな」
いつの間にか吹き荒れた粉塵の中、修は何かを投げ終えた格好で立っていた。
飛来した瓦礫を投げたのが修であることは誰にでも分かる。
修は、瓦礫がレイから逸れる光景を目の当たりにしていた。
ついでに先程の、木剣がいつの間にか腹に減り込んでいた現象も思い出していた。
そして、言った。
「まったくわけが分からない」




