第十二話 無意味すぎる戦闘
冒険者ギルド。
主に一般市民や商人などからの依頼を受ける組合。
魔物の討伐、遠征の護衛、植物の採集、ペットの捜索など、受け持つ仕事は多岐にわたる。
有事の際は国や領主から公的な依頼が舞い込んでくることもあるらしい。
そしてこの『鷲爪亭』に寄せられる依頼のほとんどは魔物討伐関連。
このギルドに所属する冒険者の多くが、大小様々な事情(犯罪歴など)を抱えているため、依頼者と直接顔を合わせる依頼は頼まれないんだとか。
で、そんな冒険者達の素性を暴いて乗り込んできたのが、先程の白髪野郎フィス。
数年前までは普通の冒険者だったのだが、ある日を機に少しずつ犯罪行為を犯すようになったんだとか。
彼は、問題のある冒険者達が所属するこのギルドのメンバーが衛兵の詰所に駆け込んでも相手にされないことを見越した上で、彼らに儲けの一割を献上するよう命令したらしい。
それが約半年前のことだ。
そして悔しいことにフィスには実力があった。
衛兵達が動いてくれない理由の一つもこれらしい。
フィスに剣や魔術で逆らっても敵わない。だから従うしかない。
自分達を受け入れてくれたギルドにこれ以上の迷惑をかけられないと、俺に話をしてくれているおっさん……グドラルを含んだ冒険者達は働くに働いたのだとか。
それでも、割の良い依頼がない日が続くこともある。
フィスを恐れて逃げていった冒険者達もいた。
払う金額を一割から二割、三割に増やしていってもまだ足りない。
徐々に減っていく取り分を見てフィスは最悪な案を出した。
これ以上稼ぎが減るようなら、このギルドの店員を連れ去ると。
その一人目が、茶髪の二つおさげの看板娘メリアらしい。
「頼む! アンタ達が本当にあの野郎より強いってんなら、追い払うのに協力してくれ! 礼ははずむ!」
そこまでの事情を説明した後、グドラルは勢いよく頭を地面につけると土下座の態勢で頼んできた。
続くように、他の何人かの冒険者達も続く。
そこまでしなくとも、そっちの事情に勝手に踏み込んだのは俺だ。
素直に受け入れるべく、俺は首肯しようと――――
「待ておいおい、そんなガキ共にどうこうできる訳ねぇだろ! やり返されて怒らせるのが関の山だ! 俺ぁ反対だぜ!」
そう叫びながら、奥から姿を現せたのは、革細工の軽装的な防具に身を包む若い男性だ。左目の上下にかけて大きな傷痕があり隻眼で、服の上からも鍛えられた肉体であることが分かる。腰元に掛けられた武器はサーベルだろうか。
その男性は納得いかないと、盛大に文句を口にする。
「腹立たしぃが、フィスの腕は本物だ! 俺達が総出になっても敵うかどうか……倒せたとしても間違いなく何人も死人が出るぐれぇだ! そんな相手をコイツらに任せられるかよ!」
その男性に同調するように、「そうだそうだ」「危険な橋は渡らない方がいい」と反対意見が現れ始める。彼らの意見はもっともだ。突然現れた青年少女、それも武器一つ持っていない者達に自分達の命運を預けることなど出来るはずがない。
まあそんなものは、一瞬で解決できる問題だけどな。
「んじゃ、組手でもするか」
「あぁん?」
俺の言葉に眉を顰める男性。
その様子を見ながら、俺はゆっくりと立ち上がる。
「信用できないんなら証明するしかないだろ。俺の実力を試したい奴はかかってくればいい、誰でも、何人がかりでもいいぞ」
「はあっ!? 嘗めてやがんのか! お前ごとき、俺一人で――ッ」
怒りの限界値を突破したのか、彼は叫び走りながら腕を掲げる。
武器を扱わないのは、殺してしまう可能性を考慮しているからか。
彼はその勢いのまま拳を振り落とす、が――――
「なッ!?」
既にそこに俺はいない。
自分の拳が空を切ったことに対し、彼は瞠目し驚嘆を零す。
俺がどこにいるのか。それは当然。
「こっちだ」
男性の真後ろに回り込んでいた俺は、悠々とした態度のままそう告げた。
彼はハッと振り返ると、そこにいる俺の存在に驚く。
彼だけではない、このギルド内にいる全員が驚愕していた。
今の速度を目で追えていたのはソラだけか。
「何しやがった!?」
「いや、普通にこう、スッとお前の横を抜けた」
「――――ッ、ありえねぇ……くそッ、お前らも協力しろ! 何かタネがあるはずだ! 捕まえるぞ!」
「お、おう!」
「わ、わかった!」
やっちまえ! ではなく捕まえるぞ! と言うところに彼の優しさを感じながらも、俺は小さく身構える。
十人弱の男性達が、必死の形相で迫る。
だが、あの程度の動きじゃ俺に触れる事すらできないだろう。
そんな風に気楽に考えていた次の瞬間。
集団の後ろから、小さな影が抜け出してくる――――
ドゴォン! と、轟音が鳴った。
それは、一人の少女の小さな右拳を俺の左手が受け止めた音だった。
「チッ」
防がれた張本人たるソラは、悔しそうに舌打ちする。
おい待てこらクソガキ。
「ソラ、何でお前が仕掛けてくるんだ」
「誰でも、いいって言った」
「いや確かに言ったけど――――くッ」
ソラは右手を滑らせ俺の左手首を捕まえる。
そこを支点にドンッと床を蹴り前宙の要領で半回転。
勢いそのままに左足で力強い踵落としを放つ。
パンツが見えない構造の服装で一安心。
なんて考える余裕もない。
脳天をカチ割るだけの破壊力。
俺は頭を守るため右腕を翳す。
「甘い」
「むっ」
防がれるまで想定内だったのか、彼女はすぐさま攻撃の主軸を左足から右足に転換。
ソラに掴まれた左手と、踵落としを防いだ右腕。
その間のがら空きの胸部に向け、彼女は右足の鋭いつま先で突くように蹴り出す。
「ハッ!」
俺はそれを躱さない。
真っ正面からやり返す。
左脚を軸足に、勢いよく右足を振り上げる。
同時、接触。
火花が散り、その衝撃に二人の身体は引き離される。
彼我の距離は二メートル。
態勢は整っているが空中に身を置くソラよりも、床に踏み締める俺の方が有利。
なんでこんな状況になってるんだろうな、と思いつつも、冷静になったら負けだと判断し素早く行動に移す。
縮地。
その技術をこの短距離で利用。
瞬間移動に等しい速度でソラに肉薄する。
――――目が合った。
「燃えて」
業火が迫る。
術式が展開する予兆もなく、気が付けば眼前を覆い尽くす赤い焔が迫っていた。
視界が完全に遮られる。
しかしこれは魔術だ。
問題ないと、焦ることなく右腕を差し伸べる。
熱い。腕が燃えた。何故。
「――――【虚無】」
反射的に魔法使用。
黒の焔が赤の焔を掻き消す。
しかし視界が晴れた時、既にそこにソラはいない。
空気の揺れを把握――――上!
「残念、後ろ」
読みが外れる。
ソラは俺の頭上に風を起こした上で後ろに回り込んでいたのだ。
対応する間もなく彼女の殴打が俺に迫り――――
ガツンッと、まるで素手で金属を殴りつけたかのような音がなった。
「…………」
ゆっくりと振り返ると、そこには涙目で自分の右手を見つめるソラの姿があった。
「……痛い」
「ご、ごめん」
咄嗟に謝ってしまう。
反射的に相当な錬度の強化を行ってしまったのだ。
通常の一万倍程度の強度になっていたのだろう。
いや、でも俺は悪くないと思う。
攻撃しかけてきたのコイツだし、強化しなかったら多分背中に穴開いてたし。
悪いのはお前だ、ソラ。猛省しろ。
それにしても、こんなタイミングで初めてソラの戦いぶりを見ることになるとは思っていなかったが驚いた。インファイターかよコイツ。いや、思い返せば初邂逅の時も殴り飛ばされたっけ。魔術……も使えるし、相手を騙す知力もある。リーベがマッハで逃げたと言ったのにも納得だ。今の攻防だけでも、ソラが彼女の数十倍は強いと確信した。
なんて考えていると、隙をつこうとしたのか再びソラの拳が飛んでくる。
普通に捕まえた。
「お前は不意打ちバカなのか? ――いいだろう、第二ラウンドだ」
「望む、ところっ」
そして俺達が交わす視線に火花が散り、本日二度目の戦闘にへと――――
「ま、待ってくれ! 何でいきなり仲間内で戦い始めてんのか知らねぇけどアンタ達の実力は分かったから! フィスなんかよりもよっぽど強いから! だから止めてくれ! 建物が壊れちまう!」
「「…………あ」」
そうして俺とソラは、今がどんな状況だったのかを思い出すのだった。
修とソラは仲良し。




