第十話 つかの間の休息の始まり
商業都市サンリアラ。
様々な武具、食料、娯楽物、旅人が溢れる活気に満ちた都市。
いつの日か俺が王都を出て目指そうとした場所でもある。
現在は昼過ぎ。
俺達はここで一夜を過ごし、明日からまたスアレルに向け出発するらしい。
スアレルへの経路でこの都市の側を通る以上、立ち寄らない訳にはいかないんだとか。
「ではシュウさん。私達は少し挨拶回りに出かけます。王族が押しかけておきながら、顔も見せないという訳にはいきませんから」
検問を抜け、この都市に建てられた王族の別邸にまで移動した後、リリスは俺に向けそう告げる。
少し離れた場所には国王ラルク。そして彼女のすぐ横には逢ヶ瀬が立っている。
この三人が挨拶回りに向かうらしい。逢ヶ瀬は念のための護衛だ。
ここら辺の話は来る途中に聞かされていた。
「ああ、俺達は適当に町でも散策しとく」
「よろしくお願いします」
同行しないのは俺とソラ。
そして騎士団や元々この別邸の維持を受け持っていた使用人達が数名。
リーベは一応城の中には移動させてもらったものの、今は王城の時と同じく地下に閉じ込められている。可哀想。
まあ両手を繋がれた女性を連れ回したら変な噂されるからな。
そういうことではない。
「で、俺達は本当にリーベを見張ってなくていいのか?」
「はい。シュウさんやソラさん達なら、何かあってもこの別邸まで十秒足らずで戻ってこれると思いますから。ですが念のため、連絡用の魔道具だけは持っておいてください」
そう言って俺とソラにリリスが手渡したのは手のひらサイズの黒い四角い金属。見た目程の重みはなく、持っただけでは大した反応もない。魔力を伝導して初めて効果が得られる類だろう。
「それで伝わるのは私と、この別邸に控えている騎士が持つ魔道具の二つだけです。実際に使えば感覚的にどちらに連絡できるか分かると思うのですが……」
確かめるように促されたため、俺は魔道具をソラにぽいっと渡した。
俺の魔力は一般人のそれとは異なるため、通常の効果から逸れる可能性があるからだ。
「面倒事ばかり、押し付けて」
そう不満げに頬を膨らませてから、ソラは実際に試してみる。
するとリリスの持つそれと魔力の線が繋がり、お互いの声が無事届く。
どうやら大丈夫みたいだ。
「それでは、私達はこのあたりで。アイガセさん、付き添い、よろしくお願いします」
「はい、リリスさん」
そう告げて、彼女達は颯爽と城の外に向かっていった。
残された俺とソラは二人顔を合わせる。
「……俺達も、町行くか?」
「行く」
そんな風にして、俺とソラは共に商業都市サンリアラを散策することとなった。
……てか、普通に付いてくるんですね。
「すげぇ騒ぎだな……」
眼前の光景を眺めながら、俺は小さく感嘆を漏らす。
黒、茶、金、稀に赤や青、白。
多種多様な髪色が視界を覆う。
肌色は地球でも見られた一般的なものが多い。
服装に関しては、革製のコートに身を纏う者や、羊毛のような生地の上着を羽織る者など、様々な種類に分かれ規則性は存在しない。民族衣装の様な服装の者も多くいるくらいだ。
しかし視界に映るのは人間のみ。
創作物によく出てくる獣人や魔族などはいない。
そもそも、そのような存在はこの世界に存在しない。リリスに聞いて確認したこともあるため、間違いないだろう。
その点は元の世界でも此方の世界でも変わらない。
そんなことを考えながら、さらに大きな範囲を見渡す。
舗装された通りの上をけたたましく駆ける馬車。
大通りの左右には様々な露店が立ち並び、歩道を歩く人々の視線を釘付けにし、足を止めさせる。
遠くに見える大広場ではさらに人々の賑わいは大きい。大道芸でもやっているのだろうか。
そんなところが、町に繰り出した際に俺が抱いた感想だ。
人々の活気は王都以上に思える。
さて、ここから何をしようか。
「……ん?」
不意に、左腕の裾を弱い力で引っ張られる感覚がしたため視線をそちらにずらす。
そこにいたのは当たり前だがソラ。彼女は徐々に力を強め右手でぐいぐいと引っ張りながら、左手は向かいの通りにある露店を指差していた。
なんだあれは。饅頭か?
いや出店の中で肉も焼いている。
詳細がつかめない。
「シュウ、行こう、あそこ」
「お、おう」
だが、どこから回るべきか悩んでたのも事実。
ソラに誘われるままに、俺はそちらに体の向きを変える。
…………ん?
今、こいつから名前で呼ばれたような気が……
……まあ、別にいいか。
自分の中で納得すると、俺は目の前の少女の小さな後ろ姿に引っ張られるまま駆け出した。
「おいしい」
最初の出店。大胆にカットして焼かれた歯ごたえのある牛肉に、野菜などの材料と調味料をじっくりと煮詰めて出来た甘辛いソース。それらが団子生地によって包まれた料理。通称、爆弾肉団子を口いっぱいに頬張ったのを皮切りに、俺とソラはそこら中の出店から食える物を片っ端から漁っていった。
そんな風に町中を食べ歩くこと一時間。
ソラは両手いっぱいに購入した食べ物を持っている。
豪快にもぐもぐと食べ続け、頬が膨らんでハムスターみたいになっていた。
いきなり頬を両側から叩いてみたい。
それにしても、逢ヶ瀬にしろコイツにしろ、食い物にしか興味はないらしい。
服屋や小物店、装飾品店なんかには目もくれなかった。
花より団子というやつか。
まあ俺の個人的な趣向としては、そちらの方が好きなことは確かだが。
そのため、いつの間にか俺自身も楽しみつつある状況だ。
「……っと」
考え事をしながら歩いていると、後ろから誰かにぶつかられる。
見ると、そこには荒くれ系のおっさんの姿があった。
「ッ、悪ぃな兄ちゃん!」
しかし特に絡まれることもなく、おっさんは一言謝ると群衆に交じり前方に消えていく。
別に金が盗まれたということもない。ただの事故だろう。
随分と焦燥感に満ちた表情に見えたが。
まあいい。気にしても仕方ない。
そう思い直してソラと共に散策を続けること数分、俺達はその建物の前に辿り着いた。
煉瓦造りの茶色の外観は趣があり、長い歴史の貫禄が窺える。
大通りから逸れた脇道に存在するその建物は、なんというか雰囲気のそれっぽさが凄かった。
極めつけは、その建物の前の置き看板に書かれた文字。
『冒険者ギルド 鷲爪亭』
「なん……だと?」
これは入るしかない。
入るしかないんじゃないだろうか。
ギルド。
ギルドだぞ。
元来、異世界のファンタジー物では度々現れるそれは、自分の腕に自信のある冒険者たちが集い、魔物達を討伐する依頼を受けたり、酒を交わしたり、仲間達との熱いドラマが展開される場所なのだ。
まさかこの世界にもそんな存在があったなんて。
リリスは教えてくれなかったのに!
抑えきれない欲求を自覚した俺は、かつてない程のキラキラした目でソラを見つめた。
彼女が入るのを嫌がるようなら一人で行くが、果たしてどのような反応を見せるだろうか。
「ギルド……これは、入るしかない」
ノリノリだった。
満場一致で突入することになった。
けどあれだ、まずは手に持つ食べ物片付けてからな。
数分後、カランカランと鳴り響く音と共に、俺は重い扉の戸を開いた。
全体的には暗い雰囲気。淡い照明によって辺りが露わになる。
手前には食事が出来るスペース、奥には受付所。
冒険者達が酒を手に騒ぐ光景を想像していたのだが、現実は違う。
建物の中には静けさが充満していた。
「……ん?」
中の様子を分析している途中、俺は気づく。
冒険者に相応しい動きやすそうな格好と武具を持つ男性達が数十人いるのだが、何故か彼らは俺とソラを見つめ驚いた表情を見せる。
と思ったら、次の瞬間にはほっとする素振りをしていた。
理由は全く分からないが、どうやらこのギルドには不思議な事情がありそうだ。




