11月中旬 文化祭 伊織とディアス 下
注意
連続投稿2話目です。
最新から来た方は、一話前からどうぞ。
「はあ……はあ」
全速力で走ってきたので、息切れがひどい。
それでも約束の場所にたどりついた私は、きょろきょろと辺りを見回した。
「伊織さん」
「うひゃあ!!」
足元から声が聞こえ、思わずとび引いた。
「ヴィ……ヴィンス?」
慌てて下を向くと、そこには在りし日の、銀髪の少年がいた。
「お疲れ様でした。伊織さん」
「……」
「伊織さん?」
きょとんと首をかしげるヴィンスに、私の心は文字通り打ち抜かれた。
「……可愛い」
思わずぎゅっと抱きしめてしまった。
10歳くらいに見えるヴィンスは記憶のままで、まさに私のツボだった。
ふわふわの銀色の髪の毛もそうだし、一つ一つの小さく整ったパーツも、何もかもが私を引き付ける。
「可愛い、可愛い、可愛い!!」
「く……苦しいです、伊織さん」
「あ、ごめん」
ヴィンスからタップされてようやく我に返った。
ずいぶんと舞い上がっていたみたいで恥ずかしい。
渋々、抱きしめた腕をほどくとヴィンスは息を整えながら、苦笑いした。
「まさかあなたから、こんなに情熱的に抱きしめてもらえる日がくるとは思いませんでした。こんな姿なのが口惜しいですよ」
「あはは、ごめん」
気まずくなり、視線を逸らす。
いつもの姿のヴィンスに抱きつくなんてありえない。そんなことしたら鼻血でもふいてしまいそうだ。
そうやって余計なことを考えていると、目の前に小さな手が差し出された。
「行きましょう。伊織さん。文化祭はこれからですよ」
中身がヴィンスだと知っていても、小さな子供であるという事実は変わらない。 人ごみでごった返す中、はぐれないようにヴィンスの手を引いて歩いた。
「何がみたい?」
尋ねると、困った顔をされた。
「……伊織さん。分かっているとは思いますが、こんな姿をしていても僕は僕ですよ?子ども扱いはできれば止めてほしいのですが……」
「あ……ごめん、つい」
分かっていても、可愛い少年にしかみえないのだから仕方ない。
可愛がりたくて仕方ない衝動を、必死に抑えているのだ。
「お気に召したのなら何よりですが……。僕としては複雑な気分です」
「えーと……とりあえずたこ焼き食べたい。屋台見て回ってもいい?」
話を逸らそうと、此方の希望を伝えてみた。
場を取り繕うための嘘ではない。昨日から、食べたくて仕方なかったのだ。
「いいですよ。たこ焼きならこちらの方が早いです」
くいっと手を引っ張られ、そちらへ歩き出す。
「分かるの?」
「勿論です。忘れているかもしれませんが、僕はこの学園の理事ですよ?どこで何をやっているかくらい当然把握済みです」
ですから、何でも言ってくださいというヴィンスが頼もしい。
私には、どことどこがつながっているのかすらわからない。
「そういえば演劇、良かったですよ。……伊織さんにはあまり快くはなかったかもしれませんが」
歩きながら、ヴィンスが劇の感想を教えてくれた。
素直によかったといってくれたのは嬉しかったが、ヴィンスも客席の様子が気になったようだ。女生徒たちの態度のことを言っているのだろう。
「練習のときからあんな感じだったから、別に気にしてないよ。注目されないならそれでいいかなって思ってたし、最初からわかっていたことだしね」
あまり言わないでほしいなと言えば、すみませんでしたと頭を下げられた。
「まさかあんな感じになるとは思っていなかったので……意味のない嫉妬をして、あなたには申し訳ない当たり方をしてしまいましたね」
本当に悪かったというヴィンスに、慌てて頭を上げさせる。
はたから見たら、幼児虐待のように見える。やめてくれ。
「本当に気にしてないから!!……でもその様子だと去年の演劇での騒動も知らない?」
大騒動だったみたいだけど?そう話を振ってみたが、ヴィンスには心当たりがないようだった。
「去年?……すみません。実は僕が文化祭にまともに参加したのは今年が初めてなんです。正直、全く興味なかったもので」
「なら余計、仕方ないよ」
兄さんと蓮の人気ぶりを詳しくしらないというのなら、今回の事が予測できなくて当然だ。
話はこれまで、と言って目の前の『たこ焼き屋』の列に並ぶ。
周りの屋台に比べても列は長い。これは味も期待できるかもと心が躍る。
「おいしいものを食べるのに、思い出したくないことをわざわざ語るのはやめよう?」
そう言えば、了解しましたと目の前の少年は年相応に笑ってくれた。
たこ焼きを食べたあとは、ヴィンスの案内でいろいろ見て回った。
彼の案内は非常に的確で、おかげで快適に見たいものがみれ、買いたいものが買えた。
小さな少年に明らかに連れられている様子の私は、周りからみればさぞかし奇異に映ることだろう。だが、そんなこと全く気にならなかった。
なので戦利品を抱え、ヴィンスが手招きしてくれたベンチに2人で座るころには、私はすっかり上機嫌だった。
「うわー、大量大量。こんなにうまく回れるとは思ってなかったー。ありがとう、ヴィンス!!」
「この程度、なんてことはありませんよ。他には?もういいんですか?」
時間はまだありますよ?というヴィンスに首をふった。
実際満足できたし、これ以上彼と一緒にいるのは蓮に悪い気がした。
「見たいものは全部見れたからいい。ああ、でも結構な人たちに見つかっちゃったな。明日とか、誠司くんに怒られなきゃいいけど……」
さっきまで気にならなかったくせに、急に不安になる。
こういう時に限って、知り合いに会う率が高いというのは本当だ。
ヴィンスが少年になれるという話はしているから、蓮にばれたら一発で気づかれる。
私の本音が混じる言葉に、ヴィンスは大丈夫だと自信ありげに頷いた。
「あなたとの約束は守ります。今日の彼らの僕たちについての記憶は残らないようにしておきますから。……それに、演劇が終わった後もスマートに一人になれたでしょう?」
意味ありげに目配せしてきたヴィンスにピンときた。
演劇後、誘いに来た蓮が血相変えてどこかへ行ったの、やっぱりこいつのせいか。
「……ヴィンスの仕業だったんだ、アレ」
「大したことではありませんから、お気になさらず。今日かかりっきりになれば、綺麗に解決する程度のことしか起こしていませんよ」
「……なら、いいけど」
深くは追及するまい。
それ以上の議論は避けたが、私のせいで蓮がいらない仕事をする羽目になったのだと思えば、なんだか申し訳ない気分になった。
「……伊織さんは、神鳥くんが好きなんですね」
唐突に、ぽつりとヴィンスが言った。
はっと視線を上げると、ヴィンスがまっすぐに私を見ていた。
「僕が誘った時も、今だって、あなたはずっと彼のことばかり気にしている。そばにいるのは僕だというのに……」
「あ……」
しまったと目を見開けば、ヴィンスはやはりと言う顔をした。
誤魔化せない。
ばれた。ばれてしまった。一番知られてはいけない男に。
動揺する私を無視してヴィンスは続ける。
「驚かせてしまいましたか?でもあなたの態度を見ていれば、いやでもわかります。今僕に勝ち目がないとうこともね。……でも何度も言っている通り、僕もそんなことくらいで諦めてあげられるような弱い気持ちじゃないんです」
「ヴィンス?」
何か様子がおかしいと、窺うように彼を見た。
まさかここにきてループとか言わないだろうな。
嫌な予感に心臓がばくばくと音を立て始める。
だがヴィンスは、小さく首を振って淡く微笑んだだけだった。
「……やっぱりあなたが好きですよ、伊織さん。あなたがどう思おうが、僕の愛はいつだってあなただけのものだ。……本当は今すぐあなたを浚っていきたい。でもそれではあなたの心が手に入らないことは分かるから」
「……!!」
答えようもなく、ただヴィンスの言葉に息をのむ。
「体だけでもと思わないわけではありません。僕にはそれが可能だ。……でも、出来れば僕はあなたの心ごと全部欲しい」
そう言って、ヴィンスは立ち上がった。
瞬間、小さな少年は本来の姿へと切り替わる。
身長が伸び、髪も目も全てが紅く染まる。柔らかな銀の髪は、固い硬質なものへと変化をとげた。
先程までとは違う意味で見惚れそうになる。
「最後にあなたを手に入れられれば、僕はそれでいい。……だから、今回は見逃してあげますよ」
こちらを振り向きつつ、ヴィンスは私に告げる。
その圧倒的存在感に、魂ごと持っていかれるかと思った。
魅入られすぎて、思考はマヒしたように動かない。
だからだろうか、普段なら絶対に聞かないだろうことをつい、口にしてしまった。
「……ねえ、一つ聞いてもいい?」
「いいですよ。なんでもどうぞ」
何かの芝居のように両手を広げる仕草をした彼に、ずっと疑問に思っていたことを問いかけた。
「前から思っていたんだけど……ヴィンスは人間が、世界が嫌いなの?」
私が手に入るかどうかで世界の運命を変えてしまうほど。
私と世界を秤にかけて、迷いなく私を選んでしまうほど、彼は世界が嫌いなのだろうか。
尋ねた質問にヴィンスは息をのみ、腕を下す。
そんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。
私を見つめたまま尋ね返した。
「……どうしてそんなこと聞こうと思いました?」
「……なんとなく、だけど」
しばらくじっと私をみつめ続けたヴィンスは、ゆっくりと話し始めた。
「……難しい質問ですね。確かに以前は、人間の醜さに絶望していましたし、存在することすら許せないと思っていました。だから、全てを壊そうと思った。……だけど今はそんなこと思っていません」
「え?」
思いもよらぬことを言われ、戸惑いの声が出た。
彼はゲームの中で人間に対する怨嗟を何度も吐いていた。
それはとてつもなく深いもので、結局『桜エンド』でも主人公が望むから世界を守るのであって、人間を許したわけではなかった。
彼にとって何よりも主人公の優先度が高かったから。
彼女が願うから、意に沿わぬ望みでもかなえようとしただけ。
決して人間に対して、何かしら良い感情をもったわけではなかったのだ。
それを知っていたから、まさかそんな答えが返ってくるとは思ってもみなかった。
意外だと驚きの様子をみせる私に、ヴィンスは優しい目をしてこう続けた。
「僕の存在を許容してくれたあなたがいる世界だから。一度見限った世界だけど、もう一度信じてみてもいいかと思いました。……だから今、僕はそんなにこの世界が嫌いではありません」
「……本当に?」
「ええ。人間にしたってそうだ。皆が皆、汚いと思っていましたが、今はそうは思わない。醜いだけの人間が、どうしてあんなに人を惹きつける演奏ができるのかとずっと疑問に思っていたけれど、それも何となくだけど理解できるようになった。……全部、あなたのおかげです」
あなたが僕に、思い出させてくれた。
愛しいものを抱きしめるかのように、胸に両手をあてるヴィンスを呆然とみやる。
「……私、何もしていない」
無意識に、首を横に振った。
本当に、何もしていない。ただ、自己保身に走っていただけだ。
ヴィンスにそんな風に言ってもらえるようなことは何一つしていない。
なのに、それでもヴィンスは否定を返した。
「いいえ、始まるきっかけをくれたのはあなたです。世界が、美しいものだという事を思い出させてくれたのも、食べ物に味があると教えてくれたのも全てあなたがきっかけ」
そう言ってほほ笑むヴィンスは本当に綺麗で。
そこで止めておけばいいのに、それでも馬鹿な私は更に深く追及してしまう。
「……そこまで言ってくれても、それでもどうしても無理だったら、ヴィンスはどうするの?」
だって、私は蓮を選んだ。
どう言われようと、今更気持ちを変えることはできない。
『ごめんなさい』というしかないのだ。
――――ああ。
どうして、彼を知ったのがゲームだったのだろう。
どうして、私は前世を覚えていたのだろう。
知らなければ、もしかしたら彼を選べたかもしれなかったのに。
知っていたからこそ、私は彼を選ぶことができなかった。
覚えていたからこそ、私は蓮を選ぶしかなかった。
違うとわかっていても、いまだ私の中には彼が2次元の存在だという認識が強く残っている。
きっとこれが消えない限り、本当の意味でヴィンスを見る事なんてできないのだ。
ヴィンスにとってはどこまでも残酷な、本当の話。
いっそゲームのことを告げようか。そう思う時もある。
でも、それが理由だなんて言えない。言えるわけがない。
どうしても受け入れられないのだと言ったら、やっぱりヴィンスは、せっかく許した世界でさえもいらないと否定するのだろうか。
それとももう一度と、やり直しを選択する?
ゲームではない、今の彼の本音が知りたかった。
「……僕の答えは変わりません」
ヴィンスはそう言って、その場からすっと掻き消えた。
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「ちょっと待ってよ!!駄目でしょそんなの!!私が何の為にこんな事をしていると思っているの!!やめてよ。私の未来視を君が変えないで…………認めない。君がよくても、こんなこと私は絶対に認めない!!」
お読みいただきありがとうございます。
次は、文化祭 悠斗とリザ編です。
お知らせ
3日前に、番外編で蓮視点のものを投稿しました。
興味がおありの方は、シリーズ名から番外編の方に飛んでください。




