11月中旬 文化祭 伊織とディアス 上
二話投稿 1話目です
暁学園の文化祭は、2日間かけて行われる。
初日は、学内だけのもの。2日目に一般公開が行われる。生徒は各自5枚の招待券を配ることができ、その招待券1枚で更に5人が入場できる仕組みになっている。
文化祭初日。明日、演劇で時間があまりない分、今日の仕事は熾烈を極めた。
雑務、雑務、雑務。
次から次へと押し寄せる仕事。当然、初日に文化祭を楽しめる余裕などあるわけがなかった。
時間はとうに夕方だ。今日は生徒会室から一歩も外にでていない。
「ううう……。たこ焼きが食べたかった」
机に突っ伏したまま私がそう言えば、
「俺は焼きそばが食べたかった……」
隣の悠斗もまた、机に齧りつきつつそう呻いた。
「何なの、この忙しさ。……2度と役員なんてやらない」
「……全くだ」
完全にへばってしまった私たちを尻目に、蓮と兄さんはマイペースに与えられた分量をこなしていく。
朝から全くスピードが落ちていないのが信じられない。
「最早人間業じゃねえな」
二人を見ながら、悠斗が嘆いた。
「だよねえ。私にはできない」
「俺だってそうだ」
ひそひそと小声で呟いたにもかかわらず、蓮がこちらをぎろりと見た。
……目つきが怖い。
「サボるな」
隣の悠斗がびくりとした。
「ちょっとくらい休憩させてよ。朝からずっとだよ」
「休憩なんてしていたら、期限に間に合わないだろう。明日の自由時間がいらないというのならそうしたらいい」
「……」
蓮の言葉に、悠斗と顔を見合わせた。
せっかくの文化祭なのに自由時間がないとか信じられない。
全く嘆かわしい。
「……仕事、しよっか」
「そうだな」
今日一日頑張れば、明日の自由時間が確保できるというのであれば、我慢するしかない。
そう思って、再び書類に向かっていった。
次の日。文化祭、二日目。
一般の生徒も参加する中、生徒会主催の演劇は敢行された。
ちなみに観覧希望者が殺到したため、抽選によるチケット制である。
かなりの倍率だったらしいが、それもこれも我が校が誇るイケメン達が揃って出演者として参加するからに他ならない。
気持ちはわかるよ。私だって、自分と関係ないならぜひみたい。
どんどん気が重くなっていく中、幕は上がった。
最初の舞踏会のシーンでは、ロミオが登場するだけで客席が沸いた。
夜会用の服を纏った蓮は、確かに客観的に見ても格好いい。
流石王子の名をほしいままにしていただけの事はあると思うが、観客の視線をほとんど釘付けにする様子には、もはや溜息しかでない。
これと共演ってどんな苦行かと思いながら、黙々と役をこなした。
話は進み、結婚式のシーン。
ロレンス上人立会いでのこの場面では、ロレンス役が兄さんだったせいか黄色い悲鳴が二重に起こった。
二人に見惚れて騒ぐのと、演技とはいえ憧れの生徒会長が結婚式をするシーンをみなければいけないという悲嘆の声の2種類。
……おかしい。これは『ロミオとジュリエット』だ。
『ロミオとロレンス上人』ではなかったはず。
そう思ってしまうほど、演技をしながら私は置いてけぼり感を食らっていた。
ちらりと客席を除けば客の8割方が女性。
仕方ないのかもしれないと思い直して、無の境地に至るがごとく黙って耐えた。
その後もなんとか無難にこなし、苦痛もついに終わりが見えた。
……あの有名なラストシーン。
仮死状態になる薬を飲んだジュリエットをみて、死んでしまったと誤解し毒をあおるロミオ。
その際にキスシーンが入る。
ひやひやものだったが、そこはうまくふりで済ませた。
本当にやってしまって、蓮のファンやらヴィンスやらに問い詰められるのは御免だと、蓮に強く訴えたのが功を奏したようだ。
それでもその瞬間は、会場中から悲鳴が上がり大変な騒ぎとなっていたようだが、私の知った事ではない。
無事ロミオが死に、最後のジュリエットの見せ場がやってきた。
蓮の後を追うなんて縁起でもないなと思いながら、短剣で胸を貫く演技をして果てたふりをした。
ひたすら疲れるだけだった『ロミオとジュリエット』は無事閉幕した。
「うー、疲れた」
公演終了後。私は疲労困憊の状態で女子更衣室に倒れていた。
出演した女子は私を含めて2人しかいない。
早々に出演を終えていた奏さんが、私に声をかけた。
「お疲れ。伊織さん。後はもう自由時間だから好きになさって」
すでに着替えを済ませた奏さんが言う。
私はのろのろと起き上がって、時計を確認した。
ヴィンスとの約束はもうすぐだ。行かなければ。
「伊織さん、大丈夫?どうせあの男が迎えに来るのでしょう?それまで休んでらしたら?」
「え?」
奏さんの言葉に一瞬固まる。奏さんの言うあの男とは勿論蓮のことだろう。
当然約束などしていないので迎えにくるはずがない。
「いや、知らないけど。……別に約束しているわけじゃないし、忙しいんじゃないかな?」
視線を明後日の方向にやりながら答える。
奏さんはくすっと笑って首を振った。
「あの独占欲の塊のような男が、伊織さんを一人にするはずありませんわ。約束なんてなくとも来るに決まっています」
「そ、そうかな」
否定しきれないと思いつつも、どうかそんなことはないようにと祈る。
今日はすでにヴィンスと約束をしているのだ。
蓮が来たからといって一緒に行くわけにはいかない。
と、ノックが響いた。
「どうぞ。構わなくてよ」
私が返事をする前に、奏さんが答えた。
奏さんは着替え終わっているし、私はぐったり倒れているだけだ。
あけられても問題はない。
返事を受けてドアが開くと、そこにはいましがた噂をしていた蓮がいた。
「なんだ、まだ着替えていなかったのか」
「疲れて動けない。まだ無理」
そういう蓮はすでに制服に着替え終わっていた。
ついでにシャワーでも浴びたのか、髪の毛がうっすらと濡れているようにみえる。
「何の用?」
「せっかくの自由時間だろう?少しくらい見て回りたいだろうと思ってきてやったんだ」
「……それはどうも」
ちらっと隣を見れば、奏さんが「ね、いったとおりでしょう?」と目配せしてくる。
いや、普段だったら嬉しいよ?
でも今日は困る。
「……誠司くん、そういうイベント系嫌いじゃなかったっけ?」
倒れたまま手をひらひらと振り、無理して付き合わなくていいと言外に匂わせたが、どうやら伝わらなかったようだ。
「いや、お前と出かけるのならそれもいい」
「そう、ですか……」
どうしよう……。
今更、ヴィンスと約束しているから無理!!なんていえるわけもない。
むしろ行かせてもらえなくなりそうだ。
どう回避しようかと焦りながら考えると、いいタイミングで兄さんの声が聞こえた。
「誠司!!やっぱりここにいたんだね」
「里織?どうした」
現れた兄さんは疲れたようにこちらをみた。
「ちょっと面倒な事案が発生してね。伊織、すまないけど誠司を借りていくよ」
「待て、面倒な事案だと?何が起こった?」
眉を顰めた蓮に兄さんが耳打ちする。
さっと顔色をかえた蓮はこちらを振り返り言った。
「悪い、伊織。今日は一緒に行けそうにない」
「あ、うん。それは構わないけど、何か問題でも?」
「ちょっとな……里織、行くぞ」
言いにくそうに言葉を濁し、蓮はさっと身をひるがえし兄さんと共に去って行った。
……一体なんだったんだ。
「残念でしたわね、伊織。それなら、よかったら私達と一緒に文化祭、まわりますか?」
「あ、ううん。いいよ。奏さん、今日婚約者が来てるんでしょ。私がいても邪魔するだけだから、二人で楽しんできて」
「そうですか?」
「うん、本当に大丈夫だから」
気を使ってくれた奏さんに感謝しつつも、うまく断りを入れて送り出した。
一度自分に気合を入れてから、着替えを手に取った。
そうして急いで準備を整えた私は、あわてて更衣室を飛び出した。
続きます




