9月中旬 生徒会室の攻防
こんばんは。今日も宜しくお願いします。
「うん、おいしかった」
ヴィンスにお詫びという名の昼ごはんをご馳走になり、すっかり満足した私は教室へ戻る道をのんびり歩いていた。
瞬間移動でおいしい和食の店へ連れていってもらい、てんぷら定食を堪能してきたのだ。最早彼のなんでもありな能力に、とまどいすら抱かなくなってしまっている。やっぱり毒されてきているよなあと思いつつ、てんぷらに罪はないので見て見ぬふりをすることにした。
今日のアレはお詫びだからな。うん。そう自分に言い訳しながら、階段を上る。
かなり早めの昼だったので、時間はまだ昼休みに入ったところ。今日はまだ一度も教室へ行っていないので、とりあえず鞄を置きに行こうと思った。
「?」
教室に入った途端、射抜くような視線にさらされた。のんびりしていた気分から一気に緊張が走る。何事かと思ってそちらを向くと、何故かそこには完全お怒りモードの蓮と、気の毒そうに私を見る悠斗、総ちゃんの3人がいた。
「伊織」
氷点下の声音が私を呼ぶ。私、何か怒らせるようなことしたっけ。
ここは1年の教室だけど、どうしてここに居るのかって聞いたらやっぱり怒られるんだろうな。
こちらへこいという蓮からの圧力を受け、恐る恐る3人の元へ近づく。蓮の怒りのオーラのせいで、彼らの周りにはすでに誰もいない。できる事なら私も近寄りたくはない。
「お、おはよー。悠斗に総ちゃん。皆そろってどうしたの?」
お怒りの閻魔さまには視線を合わせず、わざと二人だけに挨拶した。途端、体感温度が2℃程下がった気がした。二人は困ったような顔をして、私と蓮の顔をちらちら見ている。うん、わかっているからそんな顔しないで。
「おはよう、伊織ちゃん……理事長の手伝いしていたんだって?」
「え、なんで知ってるの?」
「朝のHRの時に、担任から説明があった。午前中理事長の手伝いで伊織が抜けるって」
「あ、ああ。そうなんだ。うん、そうまあ手伝いというか……ねえ」
てんぷらをご馳走になっていたとは流石に言えず微妙な返答を返す私に、複雑そうな顔をする悠斗。大丈夫かとその顔が物語っている。
平気だよと無言で返す私に、更にもう一段階機嫌が悪くなった声が響いた。
「俺を無視するとはいい度胸だな、伊織」
「ひゃっ」
ぽんと肩に手を置かれ、声をかけてきたのは勿論蓮だ。ぎりぎりと音がしそうな動作で振り返る。そこには、まさに鬼の形相としかいいようない蓮がいた。
「け……今朝ぶりだねえ、誠司くん。1年の教室に生徒会長が一体何の用?」
「今里から、お前が一人で理事長の所に行ったという連絡を受けた。心配してきてみればお前は……」
「犯人は悠斗か!!」
悠斗の名前が出たところで、さっとそちらに話を振る。
「おい、俺は親切心で知らせてやったんだぞ」
「理事長によばれた事は、後でちゃんと言うつもりだったよ。……先に知らせたら余計怒らせるだけじゃん」
てんぷらをごちそうしてもらった事ですっかり機嫌を直していた私は、報告は別に後回しでもいいかと思っていた。
「知るかよ!!会長の怒りのオーラを受け続けた俺たちの身にもなってみろ」
「うるさい」
「「ひいっ」」
蓮の地を這う声が、私と悠斗の言葉を奪う。がしっと腕を掴まれ、ずるずるとひっぱられた。外へ連れ出されるようだ。
「そういうことなら存分に話を聞かせてもらおうじゃないか。幸い時間はある。今すぐ生徒会室まで出頭しろ」
「誠司くん、猫が、猫がはがれてるよ。そんな魔王のような顔をしていたら、今までの誠司くんのファンたちがきっとがっかりするよ!!」
「知るか、どうでもいい。さっさとこい」
「ゆーうーとー」
助けを求めるも、手を合わせて拝まれた。
「俺はしらない。……成仏しろ、伊織」
「総ちゃーん」
「……ごめんね。味方してあげたいけど、俺も何も言わなかった伊織ちゃんが悪いと思うよ?」
薄情な悠斗に見切りをつけ、最近めっきり落ち着いた総ちゃんに助けを求めるも、あっさり拒絶された。
「そういうことだ。観念してさっさと来い」
「うわあああ」
衆人環視の中、ずるずると生徒会室まで連行されました。
途中、婚約者に対する扱いとしてこれはどうなんだと訴えたら、お姫様抱っこされそうになったので慌ててお断りしましたとも。
蓮からの尋問を受ける前に、すでに私のHPは0……。
ああ、一体私が何をした。
「うわ」
問答無用で生徒会室に連れてこられた私は、入るや否やぽいっとソファに投げられた。
慌てて起きあがろうとするも、部屋の鍵をかけた蓮がゆっくりこちらにのしかかってきて、思うように動けない。蓮は無言で私を囲むように、両手をソファの背もたれについた。
蓮の様子がおかしいことにその時初めて気が付く。文句を言っている場合ではないと、蓮の顔をのぞきこんだ。
「……蓮?どうしたの?」
うつむいたままの蓮が気になり、頬に手をあてゆっくりと顔を上げさせる。怒りと不安と恐怖が入り混じった目とぶつかった。
「お前が……」
「うん?」
視線で先を促す。蓮はそのまま私を抱きしめると、はあと息を吐いた。
「お前がディアスの所へ行ったという連絡を受けて、どうすることもできない自分に歯噛みした。気が狂いそうだった。なのにお前は俺の気も知らないで、のんきな顔をして戻ってくる――――どうしてやろうかと思ったぞ」
「……ご、ごめん」
蓮の言葉の後半部に、言い知れない恐怖を感じたのでおとなしく謝っておくことにした。
「……転生しても、蓮はヤキモチ焼きだね」
「今更」
こうなったら機嫌を取ろうと抱きしめ返すと、蓮は猫のように首元にすり寄ってきた。柔らかい金の髪の毛がくすぐったい。
「昔も今も、お前は俺のものだ。あんなやつに奪われてたまるか」
「ああもう、わかったから」
ぎゅうっと更に力を込めて抱きしめる蓮を必死で宥める。蓮を起こして頬に軽くキスをした。それから、おでこ同士をこつんと合わせる。昔もよくこうやって機嫌をとったものだ。今も効くかはわからないが。
「何があったかちゃんと話すから、聞いてくれる?」
「……当たり前だ。もとからそのつもりだった」
じろりとねめつけられ、小さくなった。
「……お手柔らかにお願いします」
「嫉妬イベントだと?」
「う、うん」
今朝方起こった一連の流れを順序立てて説明していくと、蓮の眉があからさまに中央に寄っていった。予想通りだが、やっぱり不機嫌になった。
「お前が、散々リピートしていたアニメーションのやつか……」
「そ、そう」
大体そのままだったよとぼそっと続ければ、蓮はたっぷりと間をおいてから、いたって普通に私に話しかけた。
「……お前の大好きなディアスのイベントだ。楽しめたんだろう?よかったな、依緒里」
「え?あ、うん。途中までは確かに堪能できたんだけど……ってあれ?」
「……堪能、ねえ?」
蓮が普通に話を続けてきたものだから、つい本音をもらしてしまった。やはりなという顔をしてこちらを睨んでくる蓮に、してやられたという気分になる。
「お前は人が心配している時に、他の男との恋愛イベントを楽しんでいたと、そういうわけだな?」
淡々と話す蓮から、怒りの波動が伝わってくる。
「そそ、そんなことあるわけないし。……大体イベント自体不可抗力だよ。無理やり連れてこられたんだから」
目を逸らしながらそう言い訳すると、蓮はゆっくりと立ち上がった。ついでに私の手を引っ張り、一緒に立たせる。
「蓮?」
「だまってろ」
言葉を封じられる。そのまま壁際まで連れて行かれ、改めて蓮は私に向き合った。にこりと笑う。が、全く目が笑っていなかった。い、嫌な予感がする。
「れ……蓮さん」
何をお怒りでしょうか。そう言おうとしたが、言葉にはならなかった。蓮が、壁に思い切り手をついたからだ。どんっと言う音がして、びくりと体が震える。顔をあげれば、蓮が笑っていない笑顔のまま口を開いた。距離が、近い。
『伊織さん、さっきの男はあなたの恋人ですか?』
「え?」
何が起こったのかわからず、困惑したまま蓮を見上げる。蓮はこちらの様子を全く気にせず、言葉をつづけた。
『ずいぶんと仲よさそうに歩いていましたね。まさか、あなたに恋人がいるだなんて思ってもみなかった。言ってくれればよかったのに。あなたと一番親しい異性は自分だと自惚れていた僕は、本当に馬鹿みたいだ』
「!」
そこまで蓮が言ったところでようやく気が付いた。これ、まさにゲームの嫉妬イベントだ。ディアスのセリフそのまま。アニメーションで何度も見たから間違いない。
体勢もよくよくみれば『壁ドン』のポーズだし……でも蓮は一体どうして?
さっぱり分からなくて蓮を見つめれば、何かを示唆するような顔をした。え?続きのセリフを言えってか?
いや、無理です。確かにセリフは覚えているけれど、どうして蓮と二人で公開羞恥プレイをしなければいけないのか。
拒否の意を込めて首を振れば、思い切りにっこりとほほ笑まれた。……怖い。
この顔の蓮に逆らうと後で私がさらにひどい目にあう。
……つまり私に拒否権はない。
泣きそうな気分で口を開いた。
『……私に、恋人なんていません。彼、総太朗くんとは話をしていただけ。誤解です』
うわあああああああ!!!恥ずかしい!!
あまりの恥ずかしさに、壁に頭を打ち付けたくなる。
『本当に?信じられないな。本当は彼が本命で、僕のことはからかっていたんでしょう?』
『ひどい。総太朗くんは幼馴染です。あなたをからかうだなんて。私そんな事、しません』
もういいだろうと目で訴えたが、蓮はまだやめる気がないらしい。無駄に情感たっぷりにシナリオを進める。
どうしてそんなに完璧に覚えているのか。乙女ゲーに興味なんてなかったくせに。
ああ、私が何度もリピートしたからか。つまり自業自得ですね、すみません。
謝るから、土下座でもなんでもするから、もう勘弁してください。
なにより、誠司くんでディアスをやるとか意味がわからないから!!
どうせやるなら、誠司くんのイベントでも自前でやればいいじゃない!!!私は一切付き合わないけど!!
『なら、本当にさっき僕がみたものは誤解だったと、そういうわけですね?』
『……そうです。信じてください。私、あなたには疑われたくないです』
……ごほっ。もう瀕死です。羞恥に震える私を無視して、蓮は素知らぬ顔で話を続けた。
『わかりました。伊織さんを信じます。ですから教えてください。僕はあなたの気持ちが誰にあるのか……それをあなたの口から直接ききたい』
『私は、あなたが……』
そこまで続けたところで、蓮は私に目を合わせてきた。そこまで再現するのかと思ったところで、壁に押し付けられて強引にキスされる。
「ん……んん」
しばらく好き放題貪られた後、ようやく解放された。はあ、と息をついて蓮をうかがう。唇が離れたすぐ近くで、蓮がぽそりと言った。
「嫉妬イベント」
「……なに?」
意味が分からず問い返す。蓮は体勢を変えることなく、近い距離のまま私に言った。
「嬉しかったか?お前が大好きなイベントだろう?覚えていたから再現してやった。……ホンモノと比べてどうだった?」
口元を歪ませて、それでもまっすぐこちらを見てくる。
「何、言ってるの?」
蓮の言う意味が分からず首をかしげる。蓮はいらいらとしながら私の唇を指で押さえた。
え?あ?もしかして、ディアスとキスしたと思ってる?
「キス?されてないよ」
「……まさかな、嫉妬イベントだろう?多少話が違ったところで、それが一連の流れじゃないか。大体この体勢から非力なお前が逃げ切れるわけがない。……何もなかったとは言わせないぞ」
私にとっての事実を告げるも、冷えた声で逆に理論攻めにされる。さっきの羞恥プレイといい、やばい、本気で怒ってる。
なんとか怒りを鎮めなければと思うが、どうすればいいかわからない。とにかく身の潔白を訴えないと後が怖い。
「確かに言葉もシチュエーションも全部違ったけど、蓮の言うとおり大体流れは同じだったよ。……キスもされかけた。でも未遂だから!!それにそもそも嫉妬イベント起こったのって蓮のせいだし!!」
「……俺?ああ、婚約か」
自分のせいだと言われた蓮は少し怒りをおさめ、得心したように頷いた。
「そうだよ!!蓮と正式に婚約した事について問いただされて、後は似たような状態に……」
「それでキスされたと」
またむすっとした表情になった。せっかく少し機嫌が直ったと思ったのに。
「しつこい!!だから、されてないって。されそうになったというか、イベントと同じで心を読まれそうになったんだけど、何故だか妙な力が加わって逃げることができたの!!」
叩きつけるように話せば、蓮はようやく冷ややかな表情を消してくれた。
そうして私から身体を離すと、唇に指を当て、歩きながら考えだした。
「……妙な力、か」
「ディアスは何故だかわかっていないみたいだった。でもそのお蔭で心も読まれずに済んだし、キスもされなかった」
一応怒りは納めてくれたようだが、絶対納得していない。そう思ってもう一度訴える。
大体、さっきの行動で分かろうものじゃないか。ディアスのキスは拒否したけれど、蓮のキスは受け入れている。
分かっているくせに、これ以上何を疑うというのだ、この男は。
じーっと非難を込めて蓮を見つめれば、軽く息を吐きこちらへやってきた。ぽんと頭に手を乗せられる。
「分かった。もう言わない」
「本当に?信じてくれた?」
「ああ。だからお前も余所見せず、俺の事だけみていろ」
とりあえず座れとソファを示されたので、今度こそ落ち着いて座ることにする。ああ、恥ずかしくて死ぬかと思った。
ほっとしたところで隣に座った蓮に、それで?と続きを促され、ぽつぽつと話す。怒り狂って、捨て台詞を吐いて飛び出したといえば、蓮は額に手を当てて呻いた。
「……お前、なあ」
「ハイ」
これに関しては、怒られると思っていたので初めから神妙な態度をとることにする。
「俺の忠告を全て無視したな」
「ごめんなさい。かっとなってやりました。今は反省しています」
膝に両手を置き、しゅんと項垂れた。自分でもあれはやりすぎたと思った。
「逃げ方まで教えてやったのに、全部無視して捨て台詞吐いて飛び出した、だと?」
「考えなしでした。すみません。以後、気を付けます……ねえ、ループしない、よね?」
不安になって上目使いで聞けば、蓮は嘆息しやれやれと呟いた。
「そのままならまずかったかもしれないが、ディアスの謝意をお前は受け入れたんだろう?」
「うん。結局未遂だからもういいか、って思ったから」
「それなら大丈夫だろう。その後、一緒に昼まで行ったというくらいだしな。全く……ああ、あののんきな顔は腹いっぱいになって満足していたせいか」
「……ハイ」
蓮にじろりと睨まれ小さくうなずいた。返す言葉もなかった。
「……結果的にディアスに関しては、ほぼ現状維持か。次は俺が出て情報を引き出してもいいが、分の悪い賭けに無理に出る必要もない。情報収集はお前に一任したほうが確実だろう。だが、今度こそ行動には気をつけろよ。必要以上に奴の感情を揺さぶるな」
「肝に銘じます」
出来るだけ真剣に頷く。蓮は本当かという顔をした。前科者はなかなか信用してもらえないらしい。
「……本当は、お前をディアスには近づけたくないんだ。あいつはお前を狙っているし、他にどんな能力を持っているかもわからない。お前を俺しか知らない所に隠して、その間にすべてを片付けてしまえるのなら、それが俺の精神衛生上一番いいんだがな」
「ディアスには瞬間移動があるから、それは無理だと思う。私の気配を追ってきて一瞬だよ」
蓮らしい案に、苦笑いしながら首を振る。相手が人外でさえなければ、蓮にはベストな手段だったのかもしれないけど。
「分かっている。だからやらない。意味がないからな。それよりも甚だ不本意ではあるが、むしろお前に矢面に立ってもらう方がいい。結局は一番正攻法で確実な手だし、俺も動きやすいからな」
何か企んでるような蓮の表情に、ぴんときた。
「……蓮、もしかしてまた何か掴んでたりする?悪巧み考えてない?」
気になって尋ねてみればにやりと思わせぶりに笑われた。
「敵を欺くにはまず味方からって昔から言うだろう?」
――――今は秘密だと片目を瞑る蓮に、思わずときめいてしまったのは仕方のないことだと思う。
ありがとうございました。日曜日までのお盆期間は、更新が不定期になると思います。活動報告で更新のお知らせは随時していきますので、よろしくお願いします。




