9月中旬 顔合わせ
こんばんは。宜しくお願いします。
ようやく放課後になった。
前日から言い含められていたので、悠斗と共に重い腰を上げ、生徒会室へ向かった。昼休みのことは、悠斗に聞かれたが適当に誤魔化しておいた。あんな羞恥プレイ、話せるわけがない。
室内に入ると、すでに全員がそろっていた。いつもと部屋の感じが違うなと周りを見渡せば、椅子の数がかなり多めに用意されてある。疑問に思いつつも自席に向かった。
「「すみません、遅れました」」
遅刻したわけではないが、最後にきたのは事実だ。二人で声を掛けてから席につく。蓮は目を通していた資料から顔をあげ、全員そろっているのを確認した後、おもむろに話を始めた。
「全員そろったようだな。では始める。本日の案件は、来る11月に開催予定の文化祭についてだ」
とんとんと資料を揃えた後、用意してきたコピーを全員に一部ずつ配る。ざっと確認してみると業務のほとんどが雑務のようだ。もっと実質的な事をするのかと思っていた。意外だ。
「知っている者が大半だとは思うが、知らない者もいるので一応説明しておこう。文化祭は、基本的には文化祭実行委員が中心で進められる。資料を読めばわかると思うが、俺たちがすることは大きく二つ。一つは、サポート業務。書類系の雑務が多いと思っていい。後もう一つは不本意ではあるが、生徒会主体の出し物を用意すること」
「出し物?」
意味がわからず隣の悠斗を見る。悠斗もよくわからないという顔をした。
それを受けて蓮が説明を続ける。
「お前たちは今回が初参加だから知らなくて当然だ。長年の慣習で、生徒会は毎年出し物を提供することになっている。ちなみにこれは強制だ。不参加は許されない」
面倒くさそうにいう蓮に引き継いで、兄さんも言葉を繋げた。
「ちなみに去年は、演劇をやったよ。演劇部の子たちが台本を用意してくれてね。おととしは、映画の自主制作」
「我が校の文化祭は中高同時開催が基本だから、中等部の生徒会と共同で何か行うという事も可能だ。実際去年は、裏方を全て中等部の生徒会が受け持っていた」
「……それ、いいの?」
中等部の生徒会をこきつかったってそういう事じゃないのかと蓮を見たが、蓮ではなくその隣の奏さんがおだやかに首を振った。
「おっしゃりたいことは良くわかりますが、誤解ですわ、伊織さん。彼らの方から申し出がありましたの。ぜひお手伝いさせて下さいって。ほら、この男とあなたの兄は去年も生徒会に所属していたでしょう?二人の協力がしたいなどと言い出して」
「ああなるほど、兄さんたちのファンだったんだ」
げっそりした気分で頷く。本当うちの男どもはどこへ行っても、無駄に人を引き付けてくる。
「そのとおりですわ。話してみないとわかりませんが、今年の生徒会も去年以上に見目の良い方々が揃っておりますから。おそらく今年もそうなる可能性は高いでしょうね」
ああ、タイプの違う美形の悠斗もいるし、奏さんも正統派のきつめ美人だものね。
「そっかあ。ちなみに去年の演劇って何をやったの?私その話聞いてないんだけど」
「伊織、その話はやめようか」
気になって話を振ってみれば、蓮ではなくにっこり笑った兄さんにさえぎられた。
「どうして。教えてくれればよかったのに。記録映像が残っているなら見てみたいな」
「やめろ」
蓮まで即座に拒否してくる。一体何をやらされたのか。奏さんの方を向くと、くすくす楽しそうに笑っていた。私の視線に対して、後で教えますわと言ってくる。絶対に聞き逃せないと思った。
「ともかく、生徒会がやらなければならないのはその二つだ。ただ、円滑に業務を遂行するためにも、実行委員と連携を取る必要がある。故に高等部の実行委員の代表と中等部の生徒会役員、実行委員代表をあらかじめ呼んでおいた。これからは文化祭終了までこのメンバーで会議を行うことになる。了承しておいてくれ」
蓮の言葉に皆頷く。それで、こんなに椅子の数が多かったのか。
納得したところで、蓮の携帯に連絡が入った。一言二言話して、すぐ切ってしまう。しばらくしてノック音が響き、9人のメンバーが入室してきた。
入ってきたメンバーをみて目を見開く。知っている顔が2人ほどいたからだ。
蓮は立ち上がって、中等部の生徒会長と思われる男の子と会話している。一般的には格好いいと言われる容姿。だが、うちの生徒会のメンバーの前ではかわいそうなくらい霞んでいた。うん、並びたくないよね。
さらには、入ってきた私の知り合いの2人を除く全員が、蓮の変化についていけず戸惑っていた。
「よく来てくれた。会長の神鳥 誠司だ」
「……あ、はい。中等部で会長を務めています佐和 瑞樹です。……よろしくお願いします、神鳥会長」
いつもの彼を知る人間からしてみれば180度違う蓮の態度に、困惑めいた雰囲気が広がるが、蓮は一向に気にしていないようだった。我関せずの調子で用意した椅子に各自座るよう促す。とまどいながらもそれに従う面々。
それから話し合う前に、まずは自己紹介をという話になった。
こちらの生徒会メンバーの紹介の後、二人の男性が立ち上がった。高等部の実行委員長と副委員長だ。
「文化祭実行委員長 3年特進科 桐生 朔です。よろしくお願いします」
「同じく副委員長 1年特進科 由良 総太朗 です」
実行委員長の名前は知っている。前に実力テストで3年の4位だった人だ。
そしてびっくりなのは、総ちゃん。いつの間にそんな面倒くさい仕事を押し付けられていたのか。悠斗に目配せしてみれば、知っていたと返事が返ってきた。
ひそひそと小声で文句を言う。
「教えてくれたらよかったのに」
「知ってたのは、頼まれて実行委員になったって事だけ。副委員長なんて話、俺も知らねえ」
そうしている間に、今度は中等部の紹介が始まった。先ほど紹介があった会長の佐和くんを始め、総勢5名のメンバーが各自、順番に名乗っていく。
最後は、中等部の実行委員の代表。男女2人だ。
黒縁眼鏡をかけた堅物そうな実行委員長があいさつした後、最後の一人が立ち上がった。
金髪碧眼の美少女。ドイツ人だ。
「リザ・シュバインシュタイガー。音楽科2年。よろしく」
彼女は副委員長だと、実行委員長がもう一度立ち上がり、慌てて言い添えた。彼女の日本語はかなりのものだとは思うが、まだまだあやふやなところがあるのだ。
リザが中等部に転入したことは知っていたが、まさかこんな形で会う事になるとは思ってもいなかった。
驚いて目を丸くする私に、リザは困ったように笑った。
「では、以上のメンバーを中心に文化祭終了まで乗り切っていく事になるので、皆もそのつもりでいるように。お互いに協力のほどよろしく頼む。また、会議等は明日からにし、文化祭の案件に関しては、議長を実行委員長の桐生に一任することにする。今日は交流会ということにするので、各自それぞれに親睦を深め、明日からの業務を円滑に遂行できるよう振舞ってくれ」
蓮がそうしめたので、私は真っ先に立ち上がってリザの所へ行く。リザも分かっていたのだろう。立ち上がってこちらへ向かってきた。
『リザ!!どうして?』
『イオリ。学園では初めて会ったな。……お前の友人だということがばれて、押し付けられた。高等部の生徒会に知り合いがいるならそれを利用しない手はないそうだ』
体よく使われたというリザに苦笑する。高等部の生徒会に立ち向かうのは至難の業だ。少しでも話を通そうと思ったら、知り合いを投入するのが手っ取り早いとそういうことなのだろう。だけど日本に来たばかりの、慣れない彼女に押し付けるやり方は好きじゃない。
『でも、言葉は?リザはまだ日本語に慣れていないのに』
『もう数か月たつし、随分慣れた。敬語がまだ理解できないが、日常会話程度なら問題ない。早口で話されるとさっぱりついていけないけどな』
『そっか。敬語は無理に使わなくてもいいし、何か不便があったら言って。できる範囲で融通は利かせるから』
思わずそう言ってしまったのは、彼女の目の下の隈が気になったからだ。慣れない日本の暮らしで眠れていないのかもしれない。そう思った。
少しでも彼女に負担をかけないようにしようと、ドイツ語で会話を心掛けた。周りには嫌味に思われるかもしれないが、多少は構わないだろう。すると同じようにドイツ語で蓮が会話に参加してきた。
『邪魔するぞ、伊織。彼女が、お前の師匠の娘か?』
名前を聞いてぴんときたのだろう。挨拶にやってきたらしい。
『そうだよ、私と友人なのがばれて副委員長に抜擢されたんだって。いい迷惑だよね。リザ、えーとこの人は……』
『伊織の婚約者の神鳥 誠司だ。貴女の母に伊織が世話になっている』
説明しようと思ったら、先を越された。
『……セイジ……ああ、母さんから聞いている。理事長とイオリを取り合っているって。リザ・シュバインシュタイガーだ。ドイツ語が話せるんだな。助かる』
『伊織の兄の副会長、鏑木 里織もドイツ語は話せるから困ったことがあれば、俺たちに言ってくれ。協力できることは協力しよう』
『中等部には、ドイツ語が堪能な奴がいないから助かる』
皆、当然のように数か国語を話すけど、普通は無理だから。
うちの生徒会の人間は、チートなやつらばかりなのであまり気にしてなかったけど、英語ならともかく、ドイツ語となるとそうはいないのが当たり前。
あ、でも悠斗も話せるんだっけ。病気について勉強するには、ドイツ語を学ぶ必要があったって言ってた。
そう思いだしていたら、総ちゃんと一緒に悠斗がこちらにやってきた。とりあえずは総ちゃんに話しかける。
「総ちゃん、副委員長おめでとう」
そう言えば、不本意そうな顔をされた。
「伊織ちゃんまで悠斗と同じこと言う?押し付けられたんだよ。悠斗や伊織ちゃんと仲が良いからっていう理由でね」
1年なのにどうしてかと思っていたら、こちらもリザと同じ理由だったようだ。
「そりゃ悪かったな。って伊織、その隣のやつは?」
のどの奥で笑った悠斗が、リザに気づき私に声を掛けてきた。紹介するいい機会だと思い、リザを前に押し出す。
「ああ、リザのこと?紹介するよ。彼女はリザ・シュバインシュタイガー。私の友人。私の師匠の娘だよ。ドイツ人で、中等部に転入してきたの。日本語は話せると言って問題ないけど、支障がなさそうな時はドイツ語で話してあげて。確か悠斗も喋れたよね?」
「ああ、それくらい構わないけど」
そう言って、悠斗はリザに向き直って手をさしだした。
『えーと、リザ?初めまして、今里 悠斗です。もう知っているかもしれないけど、伊織の友人です。よろしく』
その場にはドイツ語を話せない総ちゃんもいたが、挨拶だからと悠斗はドイツ語でリザに話しかけたようだ。流暢な聞き取りやすいドイツ語だった。
だが、何故かリザは悠斗に返事しようとはしなかった。じっと悠斗をみつめたまま、口をあけて固まっていたのだ。
『リザ?』
様子がおかしいと思って、声を掛ける。彼女はその金色の目を更に大きく開けて、まじまじと悠斗を見つめていた。
『リザ、どうしたの?』
もう一度声をかける。やはり返答がなかったので、仕方なく肩を叩いた。びくっと体が震えて、私の方に振り向く。その顔は驚きを表していた。
『……!』
聞き取れないくらいの早口で何か言い、少し首を振ったかと思うとそのままうつむき顔を手で覆ってしまう。
皆何が起こったのかわからず、リザのすることをただ眺めていた。
そのままなんともいえない沈黙が続くかと思われたが、おもむろにリザが顔をあげた。
もう一度悠斗を見つめる。じっと品定めするかのように凝視していたかと思ったら、今度は一転して嬉しそうに笑った。そして、悠斗の差し出されたままだった手を、両手で握る。
『挨拶が遅れた。リザ・シュバインシュタイガーだ。よろしく。……ユウト先輩と呼んでも?』
『え?ああ構わないけど』
悠斗の目を見つめたまま、リザは微笑む。長い間一緒にいたが、こんなリザの顔は見たことがない。
『ではユウト先輩、早速だが』
『?』
首をかしげる悠斗に、更に笑みを深めるリザ。そのまま、続けて言葉を口にのせた。
『好きだ。私と付き合ってくれ』
その場にいた人間でリザの言葉を理解できたのは、私、蓮、兄さん、悠斗の4人。
後のメンバーは彼女が何を言ったのかはわからない。だが、わからないなりに雰囲気を察したのだろう。しんと室内が静まり返った。
何となく、悠斗に注目が集まる。
悠斗はリザを見て、驚いた表情を浮かべた後、すぐにその表情を消した。いつもの悠斗なら絶対見せないであろう表情にあれ?と不審に思う。今、驚きの中に一瞬嫌悪のようなものが見えた気がしたのだ。
悠斗は当然のことながらもてる。教室で告白されているのを目撃することも日常茶飯事だ。でも、一度だってこんな顔を女の子に見せなかったように思う。
悠斗はそのままリザに向かい、無情にもこう言い放った。
『断る』
悠斗らしくない断罪するかのような響きに、今度は傍観者であるはずの私が固まった。
ありがとうございました。




