ヴィンス固定イベント 嫉妬 下
*注意*
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「ヴィンス」
離してほしいと言外に訴える。ヴィンスはそれを綺麗に無視した。私の視線を強引に絡め取り、言葉を紡ぐ。距離が近すぎて、逃げられない。
「そう言われても、それでも僕は今更あなたを諦められない。あなたは、以前僕と神鳥くんが同じ位置にいるといった。それは今もそうなのですか?あなたの気持ちは何も変わっていない?」
キスしそうな距離でヴィンスが囁く。甘く低く、声が腰に響く。苦手にしているその声の、あまりの破壊力に涙目になった。
「……好きな人は、まだいない。でも、気になる人はいる」
「それは、神鳥くん?」
問われ、頷いた。
どうせ態度でばればれだし、もう認めてしまえという気がしないでもないが、まだ微妙に、やはり自分が蓮の事を好きなのだろうという事実から目を背けている。
気になる。そう、気になっている状態というのが正しい。
複雑な乙女心というやつで、遠からずそうせざるを得ないことはわかっているが、今はまだはっきり好きだと認めたくないのだ。
蓮からも言葉にするのはゲーム期間終了後でいいと言われていることもあって、結局お得意の逃げに走っている。でもお蔭で今、ヴィンスに嘘をつかなくて済んでいるのだから、結果的にはよかったのかもしれない。
「好き、ではないのですね?」
確認を取るように言われ、自分にも言い聞かせるように大きく頷いた。ヴィンスは、じっとこちらを見つめる。何かを伺おうとする目。その目の中に炎が宿り揺れた気がした。それに気が付き、私の中にある警報装置が最大限の警戒を知らせる。
ディアスの嫉妬イベントが脳裏に怒涛のごとくかけめぐった。
以下、イベントの詳細
――――主人公が、他の攻略キャラと仲良くしているのを偶然目撃したディアス。
すでにその時主人公に対して抑えきれない想いを抱いていた彼は、嫉妬のあまり主人公を問い詰める。(ここ壁ドンのところ)
誤解だと訴える主人公に、表面上は納得するディアス。だが、本音では全く信じられなかったディアスは、彼女に黙ってその心を読もうとするのだ。真に彼女が想っているのが誰なのかを知りたいがために。
しかも、それは壁ドンの体勢から、彼女にキスをしながら行われる。
まさに悪魔の所業。女の子のファーストキスを奪っておいて、その隙に心を読むだなんてまね、決して許せることではない。
主人公はその時彼が心を読めることを知らないから、普通に誤解が解けてのファーストキス……的に思ってしまうのだが、実際のところはそんな可愛らしいものではない。
そう言う私も、このイベントでは悶えまくった。なぜなら、文面にはディアスが心を読み取った記述がなかったから。
普通に主人公と同じように『壁ドンからの仲直りキスイベントきたー!!!!』と、のた打ち回っていた。
ただ、後のイベントでディアスのサイコメトリーの条件を知ることによって、実は最初にその能力を使っていたのはここだったということに気が付いてしまった。
目の中の揺らぎ、接触の条件、この二つをクリアしている事とディアスのセリフ。そこから推測した結果、絶対こいつ主人公の心読んでる!!!という結論に至ったのだ。
その時には、さすがヤンデレキャラはやることがえげつないと思うだけでスルーしたのだが、それが自分に降りかかってくるとなれば話は別だ。
以上、一瞬にしてイベントの全容を思い出した私は青ざめた。ヴィンスは明らかに、私に対して能力を発動しようとしている。
条件1.対象に触れている事。――――クリア
条件2.発動状態の瞳(目の中の揺らぎ)を対象に合わせる事。――――クリア
……非常にまずい。全ての条件はすでに揃っている。
逃げようともがこうとするも、いつの間にか両手を片手で押さえつけられていて身動きが取れない。ヴィンスが更に近づいてくる。紅い揺らぎが大きくなる。目を逸らしたいのに逸らせない。そのまま唇が重なりそうになる。吐息が触れる。
――――動けない。このままだとヴィンスと……。
「嫌だ!!!!」
声を上げると同時に、ぱんっと風船が割れるような音が響いた。何かの力が働いたのか、ヴィンスがはじかれるように飛び退いた。
彼は目を見張り、驚いたように私を見つめる。
「伊織さん……どうして……」
私はそれどころではない。はあはあと肩で息しながらずるずると座り込んだ。
何が起こったとか、正直今はどうでもいい。
……危なかった。もう少しでキスされてしまうところだった。間一髪だった。
だが、それよりもっと気になることがある。心を読まれてしまったのだろうか。私は本当に色々とヴィンスに隠し事をしている。読まれてしまったら正直まずいことばかりだ。
どうなんだろうと思いながら、顔を上げる。ヴィンスと目が合った。信じられないという顔をしてこちらを見ている。……やはり読まれてしまったのだろうか。
「どうして?条件はクリアしていたのに……」
ぼそっとヴィンスが呟く言葉が聞こえた。そこから推測するに、どうやら先ほどの何かが原因で、心を読まれるには至らなかったようだ。……助かった。
ほっとすると共に、いまだかつて経験したことのないほどの怒りが腹の底から湧き上がってくるのを感じた。ヴィンスがやろうとしたことを許せる気がしなかった。私が知らないと思っていたからやったのだろうが、乙女の唇奪いながらやっていいことでは断じてない!!!
「……何しようとしたの」
「伊織さん?」
我ながら低い声が出たと思う。目は多分座っているだろう。それくらいの自覚はあった。
「ヴィンス、今私に何をしようとした?きっと褒められたことじゃないよね?詳細はわからなくても、何か企んでいた事くらいは私でも感づくんだよ。私の許可もえず、私に黙って何をしようとしたの」
「……それは」
珍しくうろたえた様子をみせるヴィンスに、私は一歩もひかない。本当のところは何をしようとしたかまで分かっている。それを私からいう事はできないけれど。
だからといってこのまま黙って見過ごせるはずもないのだ。
「キスしようとした、これだって許せないけどまだいい。でも、それだけじゃないよね。何かしようとした。ヴィンスの目がいつもと違ったもの。何の力を私に使おうとしたの」
「……言えません」
「言えないようなことをしようとしたわけ……。残念だわ」
1つ息を吐いてヴィンスを見据えた。怒りはすでに限界を振り切れている。
「私はヴィンスの事を見誤っていたみたい。鬱陶しいくらい押してはきても、最低限のマナーくらいは守ってくれているものだと、これでも信じていたのに。……もう、金輪際私には近づかないで。……ヴィンスなんて、大っ嫌い」
「あ……伊織さん」
「さよなら」
ヴィンスの横を大股で通り過ぎて、理事長室のドアを開ける。そのまま一度も振り返らずに外へ出た。ヴィンスのすがるような視線がずっと追ってきている気がしたが、気が付かないふりをした。
つまり私は、本当に本気で怒っていた。
そのまま屋上に上がる。欠席の連絡をすでに入れてあるので、教室に戻るわけにもいかなかったのだ。勢いよく理事長室を出てきたはいいものの、授業中の現在、他に行くあてもなく。
「はああああああ」
屋上にあがり、適当な場所に座り込みながら思い切り息を吐いた。振り切れた怒りは、吐いた息とともに落ち着きを取り戻していく。思った以上に緊張していたみたいだ。
「嫉妬イベント、怖かった……」
見てる分には悶えるイベントも、体験すると恐怖でしかなかった。まさかあんなところで能力を発動されるとは思わなかったから余計だ。
息を整えて少し冷静になってくると、じわじわとまずいという感情がわきあがってきた。
「どうしよう……」
端っから、蓮から言われたことを無視してしまった。どう考えても、さっきのはやりすぎではないだろうか。
心を読まれようとしたことと、ついでのように唇を奪われそうになったことに怒りのゲージが一気にMAXになり、ついやってしまった。
二度と近づくな、大嫌いだと捨て台詞もばっちりだ。
……ループしたらどうしよう。
思わず立ち上がり、うろうろとしながら考え込んでしまった。
ここは今からでも蓮に連絡して、これからどうすればいいか対策を乞うべきだろうか。……ものすごく怒られるような気がする。
今度は違う意味で悩みだしてしまった私だが、それは長くは続かなかった。
例によって瞬間移動で私を追ってきたヴィンスが、うなだれながら私を見ていたからだ。
「……伊織さん」
「……なに」
一応、返事はする。まだ怒っているぞと、拒絶を示すように睨みつけた。
「近づかないでって言ったよね……30分も経っていないと思うけど」
「すみませんでした」
「……」
素直に頭を下げるヴィンスを黙って観察した。
「きっと気が付かないだろうと思って、僕はやってはいけないことをしてしまいました。……どうしてもあなたの本音が知りたかった。あなたの気持ちがどこを向いているのか知りたかったんです」
「具体的には」
「僕の能力の一つ、いわゆるサイコメトリーを使いました。……あなたの心を読もうとしました」
「最低」
吐き捨てた。
「何を言われても、僕には返す言葉がありません。それだけの事をしたと思っています。だけど」
言葉を切って、ヴィンスは私を見つめる。その必死の形相に思わず一歩後ろに下がった。
「あなたの側に行けないのは、どうしたって耐えられません。嫌いだと言われるのも、胸をえぐられるかと思うくらいショックでした」
「……自業自得っていうよね」
「分かっています。それでも、それだけは承服しかねます。今は僕の事を想ってもらえなくてもいい。嫉妬してバカなことをしたことも謝ります。だけど、そばにいることは許してほしい」
「私には、それを許す理由がない。分かっているの?」
「分かっています。それでも」
はあ、とあからさまに溜息をついた。切々と訴えるヴィンスに、いつの間にか残っていた怒りもすっかりおさまっていたことに気付く。腹が立っていたのは事実だが、結果的に心は読まれなかったのだからもういいかと思い始めていた。でも一応確認をしておく必要はある。
「一つだけ。私の心は読めたの」
「いいえ、条件はクリアしていたはずなのですがなぜか失敗しました。弾かれたような感触でしたね。伊織さんの方に心当たりはありますか?」
「私が不思議能力に心当たりあるわけないじゃない……読めなかったのなら、もういい。でも……二度はないから」
「!!はい」
ほっとする様子のヴィンスに、呆れかえってしまう。それこそ千年以上も生きているというのに、私みたいな小娘一人に一喜一憂してどうするのだ。
「私じゃなくてもいいでしょうに」
「何度も言わせないで下さい。僕にとってあなたは唯一なのです。あなた以外、ありえません」
それなら、信用くらいしようよ。独り言を言ったつもりだったのに、返ってきたのは重たい言葉。ずしんとおなかに響く言葉に心も重くなる。
「……重いよ。ヴィンス」
「すみません」
「もう、いいから」
話はここまでだと手振りで伝える。ああ、そうだ。一つ聞こうと思っていたんだ。
「ヴィンス。マスターという人物に心当たりはある?」
「いえ?聞いたこともありませんが、一体どういった人物なのです?」
尋ね返してくるヴィンスに、知らないならいいのと答える。そうか、やはり偽名だったか。聞くだけ無駄だろうと思ってはいたが、実際空振りに終わると思った以上にがっかりする。
マスターの口調から知り合いかと勝手に決めつけていたが、もしかしたら向こうが一方的に知っているだけという可能性もあるかもしれない。そうなると、マスターはヴィンスのストーカー?……却下。流石にないか。
色々考えていると、お腹がぐーと音を立てて鳴り響いた。存在を主張するような音に固まる。誤魔化そうにも、他に人がいないのだから発生源が私なのは丸わかりだ。
「えっと、そのあの」
今までのシリアスさを一瞬にして吹き飛ばしてしまった間抜けな音に泣きたくなる。あまりの恥ずかしさに赤くなりうつむく。ヴィンスはそんな私をみてくすっと笑った。ちらりと見上げると、紅い目が優しい色をたたえていた。
「伊織さん。少し早目ですが、お昼にしませんか。お詫びにといっては失礼ですが、おごりますよ」
気を使ってくれていることが、すごく伝わってきた。おなかの音に触れないでいてくれてアリガトウ。でもスルーされるのも、それはそれでつらい。
苦笑いしながらうなずいた。
「……オーケー。そういうことなら、遠慮なく」
差し出された手を、躊躇せずとる。
とりあえずループはせずに済んだのだろうか。
そうであってほしい。
後で蓮に報告することになるだろうが、きっと怒られることだけは確定に違いないと頭の片隅で思った。
ありがとうございました。次回はまた2~3日後です。




