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ヴィンス固定イベント 嫉妬 上

こんばんは。1万字を超えてしまったので二つに分けます。

これが一つ目です。



 『誠司くん=蓮』だということが確定して次の日の朝。兄さんと登校していた私は、彼と偶然校門で出会った。


「おはよう、誠司」

「おはよー」

「ああ、おはよう」


 朝から、無駄なさわやかスマイルと思いきや、笑った蓮の表情はいつもの誠司くんとなにかが違った。


「?」

「どうした?伊織」

「いや、なんか違和感が……」


 何がどうというわけではないのだが、いつもと違う。よくわからなくて首をかしげながら、そのまま校門をくぐりぬけた。


「「「神鳥様、鏑木様、おはようございます」」」


 そこへかかった声は、兄さんと蓮の(もう面倒だから蓮でいいよね)ファンクラブのメンバーのもの。毎朝早くから校門に詰めて、二人の登校をまっているらしい。今もきれいに二列に並んで、一体どんな大物の登場なんだか。思わず笑ってしまう。


「おはよう」

「……」


 いつもながらの光景に苦笑しながら、それでも律儀な兄さんは柔らかな微笑みつきの挨拶を返す。黄色い声があがり、私もまた笑ってしまうのだが、あれ?やっぱりおかしい。

 蓮のファンクラブの子たちもざわざわとしだした。彼女たちもまた、蓮の対応がいつもと違う事に気が付いたのだろう。だって連は完全に彼女たちを無視していたのだから。


「誠司くん?」

「なんだ」

「……」

「伊織、変な顔になっているよ」


 兄さんに注意された。よっぽど奇妙な顔をしていたらしい。いや、だっていつもの誠司くんモードなら

「おはようございます。みなさん。こうやって待っていてくれるのはとても嬉しいですが、朝早くから僕たちを待つ必要はありませんよ。できれば、明日からは止めてくださいね?」

 なんて、きらきら笑顔とともにそんなセリフをさらっと吐くもの。それなのに、さっきの蓮ときたら女の子たちを、完全無視。面倒くさいからみなかったことにしようという態度が前面に押し出されていた。

 いや、確かに蓮ならそうすると思う。昔からそんな感じだったから。でも、今の蓮は誠司くんを演じているはず。なのにどうして……?


「兄さん」

「伊織の言いたいことは分かるよ。……一体どんな心境の変化だい?誠司」


 わからない事があるときに兄さんがそばにいると、つい頼ってしまう。今も兄さんの服の袖をひっぱって、無意識に疑問をアピールしてしまった。兄さんはそんな私の行動に心得たように頷き、蓮に確認をとった。


「別に、面倒になっただけだ」

「へえ。あんなに頑なに猫かぶりしていたくせにいきなり、ね」


 兄さんの言葉を正しく理解した蓮は、肩をすくめた。ああ、その仕草前世でよく見た蓮の癖だ。


「その必要性も感じなくなったしな。……それに欲しかったものは手に入ったから」


 そう言って、蓮はこちらに視線を向ける。その視線が妙に熱を帯びている気がして恥ずかしくなり、咄嗟にうつむいてしまった。


「ふうん……」


 そういうこと、という兄さんの含みのある声が、明らかにこちらに向いている気がする。い、居た堪れない。


「……そう、やっと誤魔化すのはやめたんだ」

「嫌な言い方だな、里織。必要があったからやっていただけだ。そして、その必要がなくなったからやめた。それだけのことだ」

「なら、そういうことにしておいてあげるよ。ま、いい加減潮時だと思っていたし、いいんじゃないかな」

「ちっ」

「誠司くん」


 兄さんとやりとりする蓮を呼ぶ。間違って、『蓮』と人前でいつか呼びそうで怖い。私の呼びかけに彼は振り返った。


「伊織、どうした?」

「……なんでもない」


 どうやら本当に、誠司くんの皮をかぶるのはやめたらしい。呼びかける私に向けた甘ったるい顔は、完全に蓮のものだった。


「伊織」


 今度は兄さんが私を呼ぶ。顔を向けると、兄さんは真剣な目をしてこちらをみていた。


「兄さん?」

「いいんだね?」

「?」

「私たちの手は、もういらないんだね?」

「あ……」


 意味は明白だった。兄さんは、婚約解消について私に最終確認をしている。あの時も、あまり待てないと言っていた。だから本当に最後の確認なのだろう。答えはすでに出している。慎重に、だけどはっきりと頷いた。


「うん、これでいい」

「……そう。決めたんだね」


 兄さんは目を細めて、頷いた。そして、蓮の方を向いて言う。


「誠司、泣かせたら許さないから」

「分かっている」


 蓮の表情の中に何を見たのか、兄さんは納得したように息を吐いた。


「ま、遅かれ早かれそうなると思っていたけどね」

「義兄さん、と呼んでやろうか?」


 にやりと蓮が笑う。いつもの誠司くんモードのさわやかスマイルと違い、妙に色気が漂う。

 その顔を見て、兄さんは少し目を見張った。そして、やれやれと空を仰ぐ。


「……まだ早いよ」

「そう思っていればいいさ」


 ぼそぼそと続く二人のやりとりに、ついくすっと笑ってしまった。


「なんだ」

「なんでもない」


 蓮の言葉に首を振って歩き出す。蓮には、友人はいても親友と呼べる存在はいなかった。本人の性格の問題もあったけれど、あまりにも周りとレベルが違ったからだ。でも、今は兄さんがいる。……兄さんがいてくれるのなら、蓮も馬鹿な事はしないかもしれない。そうであってほしい。


「じゃ、私こっちだから。放課後またね」

「ああ」

「気を付けてね、伊織」


 手を振って二人と別れる。一定の距離をあけてぞろぞろと二人の後をついていくファンクラブの子たちが、ひそひそと話している。無視されてショックを受けたもの、どうしても様子が気になるからついていくっていう感じだろうか。猫かぶりをやめた蓮は、どういう風に受け取られるのだろう。本人は全く気にしなさそうだけど。

 つらつらとどうでもいいことを考えながら、1人教室に向かう。今日の一限は数学だったな。


「伊織さん」

「うわ」


 突然横から声がかかり、反射的にのけぞった。私の知り合いでこんなことをするやつは、生憎と一人しかいない。


「ちょっと、ヴィンス。何やってるの」


 絶対に今、私の気配をたどって瞬間移動してきた。誰かに見られていたらどうするつもりだ。


「大丈夫です。結界をはったまま移動してきましたから、誰にも見られていませんよ。それより、伊織さん……お話があります」

「何が大丈夫なんだか。知ってると思うけど、今から授業。話があるのはわかったけど、せめて昼までまって」


 急ぐ様子のヴィンスに、ものすごく当たり前の理由を述べた。なのにヴィンスは信じられないと言わんばかりに眉を顰めた。


「待てません。今すぐ、お願いします」

「……理事長失格なセリフだという自覚はある?」

「望んでこの地位にいるわけではないので。教育者だからという理由は僕には当てはまりません」


 笑顔で言われても……。そういえば押し付けられた地位だったか。今となってはどこまで本当の話か分からないけど。


「……ああ、そう。でも私は無断欠席する気はないよ」 


 サボる気はないとはっきり伝える。昨日の噂の広がり方からみても、早い段階でヴィンスから接触があるだろうとは思っていた。だが、いくらなんでも早すぎだ。昨日の今日とか勘弁してほしい。次々と起こる怒涛のイベント尽くしに、私はもうお腹いっぱいだ。


「では、理事長の手伝いで午前中は免除ということにしましょう。それなら欠席扱いにはなりません」


 行く気がないときっぱり告げているにも関わらず、ヴィンスはさらに畳み掛けてきた。うわ、手段選ばなくなってきたな。手伝いで免除とか、なんだそれ。理由としてとおるのか……いや強引にでも通すつもりだ、その顔は。


「……一応言わせてもらうけど、それパワハラっていわない?」

「手伝いをお願いしているだけです。それに言うほど無理を通させているつもりはありません。今回は特別です」

「……じゃあ職権乱用」

「何とでもどうぞ。結果はかわりません」


 私にだけではなく、部下の教師に対してもパワハラだよと含めてみたが、あっさり返された。ああ、最近私の周りには腹黒しかいないのか。


「あなたに拒否権はありません。こんなやり取りをしていても時間の無駄だ。さあ行きますよ」


 全く動こうとしない私に業を煮やしたのか、ヴィンスは問答無用で私の腕を取った。


「うわ、ちょっと!!」


 瞬間、景色が切り替わる。すでに一度経験があるので移動したのだとわかった。その場所がどこか理解すると、すっかり見慣れてしまった事実に嘆息する。数か月の間お世話になり続けた理事長室。その室内に移動していた。


「同じ建物内の移動位、足を使おうよ……」


 疲れたように言うと、ヴィンスは悪びれない様子で答える。


「あなたを説得するよりこちらの方が早そうでしたので、実力行使にでました」


 瞬間移動に付き合わされて、ため息ひとつで済むようになってしまった自分に慣れって怖いなと思う。徐々に人外になじまされているように思うのは、私の気のせいなのだろうか。そうであってほしい。


「で、ここまでして何の用?」

「言わないと、わかりませんか?」


 むすっとしながらも要件を促すと、ヴィンスはそう問い返してきた。


「わざわざ授業をさぼってまで話さないといけないような事は、何もないと思うけど」

「……そう、ですか」


 ヴィンスの苛立った声が聞こえたと思った途端、ドンと壁を叩きつける音が聞こえた。音の発生源は私の顔の真横から。びっくりしてヴィンスを見上げると、驚くほど近くに彼の顔があった。少し前かがみにこちらを見つめるヴィンス。右手は壁におしつけたまま、20cmほどの距離に彼の顔がある。


 ……うわあ。これ、『壁ドン』だ。


 緊急事態だというのに、どこか現実味を感じ取れなかった私は、ゲームのシチュエーションを思い出し1人悶えていた。

 勿論、場所は理事長室ではなかったし、状況も違う。だけど、ゲームの中には確かにディアスとの『壁ドンイベント』があったのだ。あれは、なんだったっけ。


 ……そうそう、恋人になる直前のお約束、『嫉妬イベント』だ。


 あのシーンはなんと短くはあったがアニメーション映像が流れたので、蓮が隣で呆れる中何度もにやにやと見返したものだ。今考えると、あの演出もマスターが考えたってことなのだろうか?……想像したらすごく嫌かもしれない。

 ここが現実だという事は、嫌でも理解している。それでもこういう事が起こると、「ああ!!あったあった!!」とつい、思い出してしまうのだ。許してほしい。

 そう思っていたら、焦れたヴィンスがあいた左手で私の右手を握り、低い声でささやいてきた。


「……腹が立つくらい冷静ですね。少しくらい動揺するなり意識するなりしてほしいのですが」

「いや、十分堪能……ごほっ、いやなんでもない。十分動揺しているから。……手もそうなんだけど、そろそろ離れてくれないかな」


 さらに近づくヴィンスに顔を逸らしながら言う。いつのまにか手は、いわゆる恋人つなぎ状態になっていた。この状況で冷静になれるわけがない。一種の現実逃避に決まっている。

 なんだこの状況。どうしてこうなった。


「嫌です。あなたの本音を聞きだすまでは離れません」


 ぎゅっと手を握り締められる。


「本音って、何の話」

「……神鳥君と婚約したという話をききました」

「……ああ」


 ……リアル嫉妬イベントだった。


「どういうことか説明を求めても?」

「説明というか……。元々婚約者だという事は話していたと思うけど」

「そうですね、あなたが乗り気でないという話は聞いていました」


 ヴィンスは頷きながら、私に続きを促した。え?続きなんてないけど。


「え?えーと、そうか。先月誠司くんの18歳の誕生会があって、そこでうちと誠司くんの両親の策略で、内々の話ではなく正式に婚約が発表された……というのが真相なんだけど」


 これでいい?満足してくれた?そうヴィンスを見てみるも、彼はにこりと笑うだけ。相変わらず距離は変わらないし、どいてくれそうもない。他に話せることなどあっただろうか。


「……ごめん、これ以上話せることはないと思う。というか思いつかない。……結局ヴィンスは何を聞きたいの?」


 正直に疑問を投げかければ、ヴィンスは困ったような顔をした。


「本当の所、僕にもよくわからないのですよ。昨日は一日出張で今朝学園に戻ってきたら、あなたたちが婚約したという話でもちきりでした。聞いた瞬間かっとなって、いてもたってもいられなくなり、気が付いたら……」


 私を浚い今に至ると、そう言いたいらしい。


「あー、そうなんだ。じゃあ、真相を知ったことだしもういいよね。別に今までと何か変わったわけでもないから」

「伊織さんは、神鳥君と結婚するんですか?」

「え?」


 そろそろ離れてほしいといおうとしたタイミングで、ヴィンスからの質問が入った。思わず聞き返してしまう。


「正式に婚約者だと発表されたのでしょう?将来的には、神鳥くんと結婚する。その認識であっていますか?」

「政略結婚だもの。何事も起こらなければ、当然そうなると思うよ」


 聞かれたので素直に答える。


「逃げたいと、そう思わないのですか」

「え」

「少し前、あなたに尋ねた時、その気はないとはっきりあなたは言った。でも今は違いますよね。すっかり逃げる気をなくしてしまったみたいだ」


 何かありましたか?そう言って見つめてくるヴィンスの目を直視することができない。


「家同士の話だから、逃げられない。そういうのであれば、僕が協力します。あなたが望むなら、僕は僕の持つどんな力を使ってでもあなたを助けると約束します。だから、本音を聞かせてほしい。あなたは逃げたくはないのですか?」

「あ……」


 真剣に覗き込まれて、言葉に詰まる。真面目に向き合ってくれているヴィンスに対し、こちらの都合で嘘をつくわけにはいかないかな、と少し反省した。


「……そうだね、逃げるつもりはもうない。それに手伝ってくれる必要もない。もし、何かあって逃げないといけないときは、自分でやるから」


 話せることと話せないことがある。その中で、嘘にならないことを言おう。そう思った。


「僕の力を当てにするつもりはない、と?」

「うん」


 苦しげに顔を歪めるヴィンスに申し訳ないなと思いつつも頷く。


「悪いけど、これは私の問題であってヴィンスは関係ない。関係させるつもりもないよ」

「……本当にあなたは残酷な人ですね」


 近い距離のままヴィンスは息を吐いた。


「僕があなたのことを好きだということを知っていて、平気で関係ないと言うのですから。僕がどんなにあなたと関係したいと思っているか、気が付かないわけでもないでしょうに」

「それは……ごめん。でも何度も言っている通り、そんな風にヴィンスの事見たことないから」


 おそらくこれからも。申し訳なくて目を下に逸らす。

 もう離してほしくて、自由な左手でヴィンスの胸を思い切り押してみたが、残念ながらびくともしなかった。





続きます。

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