幕間1 夢の狭間で
こんばんは。今日も宜しくお願いします
「こんばんは」
突然目の前に現れたそれは、友好的に話しかけてきた。
人、ではない。
白とも灰色ともいえない、うすぼんやりとした影が一つ。
だが、なんとなく人影にみえなくもなかった。
「びっくりした? ここはあなたの夢の中だよ」
言われて納得する。記憶では、今日は芸術鑑賞があった。
雑事をこなして3週間ぶりに帰ってきた我が家。ゆっくりお風呂に入って、久々に自分のベッドで眠った……はずだった。
目の前の影に返事する前に、まず周りを見渡してしまう。この風景には見覚えがあった。
前世の私の……私と蓮の部屋。
すべてが寸分の狂いなく再現されているようにみえる。あの日の朝、出て行った時のままの状態がそこにはあった。
イベントに間に合わなくなりそうで、半分ほど中身を残したままにしてあるコーヒーカップ。ダイニングテーブルの上に置いた新聞。思わず駆け寄り、テーブルに触れてみる。確かに感じる感触に妙に胸が騒いだ。
そんな私を多分、影は面白そうに見ていた。
「それは全てあなたの記憶が作り出したもの。私が用意したわけではないよ」
言われてゆるゆると顔をあげる。
「なにもの?」
ようやくこちらを見たねというように、影は揺らめいた。影の色は濃くなったり薄くなったりで、なかなか一定しない。
「ふふ、夢の世界で、私はあなたにどういう風に見えているのかな」
私が誰かって言ったよね。と影は薄く光った。
ぼんやりとした形が、はっきりとした人型を取る。身長は私と同じかそれより高いくらい。影のままなので性別も顔もわからなかった。人型を得た影は、うーむと考えるようなポーズをとった。
「さあ? 何者だろう。別に何であってもいい。ただ、そうだね。私を識別したいというのなら、マスターとでも呼んでくれればいいよ」
「マスター?」
なんだろう、違和感を感じる。
「そう。でもその話はいいね。のんびりする時間があるわけじゃないから。ぐずぐずしていたら彼に見つかってしまう」
影はくすくすと笑った。
「……さて、せっかく万難を排してやってきたんだ。話を始めよう。伊織、まずはあなたに礼を言わなくてはならない。今日はこの為にきたんだ」
なぜ礼を言われるのか、理解できない。分からず眉をひそめる私に影は続ける。
「ディアスだよ。まさか彼がここまで人に興味を示すとは思わなかった。あなたにあの名前を教えるとは、考えもしていなかった」
ああ、今呼ばないでねと影は言う。
その響きに真剣なものを感じた私は、とりあえず頷いた。
「ありがとう。それでいい。……そう、あなただけが許された名前だよ。……私の過ちのせいで、本当に一時はどうなることかと思っていたのだけれど、杞憂に終わった。……それもあなたのおかげ」
「……わからない」
「いいよ。分からなくて。でも、あなたには本当に感謝している。おかげでまだ可能性が残っている。……ディアスと出会って、ゲームが始まったでしょう?」
「ゲーム!」
その言葉に反応する。
「うん。そういうことだよ。でも今の彼はゲームの彼よりも、君に対する好感度や執着が高い。……当然だよね。ゲームでは、あの名前を匂わせすらしなかったもの」
「あ……あなたは」
「元々彼があなたを捕まえやすくなるように色々仕組んだつもりだったのだけど、今となってはその必要もなかったみたいだ。彼は必ずあなたを捕まえるだろう。なにせ……唯一と、定めてしまったみたいだからね」
ゲームより厄介じゃないかなという影を凝視する。こいつは何を言っている?
「……マスター……ゲームマスター?」
「ふふふ。さあどうかな。本当は介入するつもりはなかったんだよ。……手違いがおこってしまったから仕方なく、修正しているだけ。気が付かれたくないんだ」
「手違い……」
ヒントをくれているようでくれない。じれる言い方にイライラしてくる。
「ああ、怒らないで。怒らせに来たわけじゃないんだ。本当にお礼にきただけ。だから勿論、お礼の品も用意してある」
気に入ってくれると嬉しいな。と影はいった。
「一つ目。あなたはイベントというものをどういう風にとらえているのかな? まさか本当に『ゲームで発生したシナリオ』だなんて考えていないよね。あなたは何度もここは現実だと言った。その言葉を当てはめてみたことはある?」
言われて目を丸くする。ここは現実。確かに私は何度もそう言った。
「気が付いているならいいんだよ。ただ、どうも勘違いしているように見えたからね。今回のお礼に教えてあげようかと思って」
それから、と影は続ける。
「二つ目。あなたの質問に、何でも一つだけ答えてあげる。ただし、私が答えてもいいと思ったものだけね」
「……それ、何でもっていわないよね」
そう言うと、低い声が響いた。笑ったらしい。
「確かに! 確かにそうだ。でもこちらにも都合というものがある。こちらは親切心で言っているのだから、妥協するのはそちらだと思うよ?」
本来答える必要なんてないという影に、それはその通りかもしれないと考え直す。答えてもらえる質問……。
「ディアスは、何故学園の外を歩けるの?」
「……それを選んだんだ。賢いね、伊織。答えの推測がたっているものを選ぶことは正しい。だから、答えてあげるよ。あなたも薄々気が付いているとおり。……すでに結界は消滅しているから。これが答え」
「やっぱり……」
それはいつ? どうして? と質問しようとしたところでストップがかけられる。
「質問は一つだけ、だよ。これ以上は駄目」
ああ、時間だね。と影は天井を見上げるようにした。
「これ以上は彼に見つかる。じゃあね。伊織。……気が向いたらまたきてあげるよ」
「ちょっと!」
影がだんだんと色を失っていく。
「そうそう、最後に一つあなたに質問を残そう」
「え?」
薄くなった影が一瞬だけまた濃く色づいた。
「次に会うことがあれば、その時にあなたの考えを聞かせて」
「な、何を」
慌てる私に影は冷静に質問を投げかける。
「……この世界は、一体何周目だと思う?」
「え……」
言われた言葉を理解し、驚愕に固まる。
影は私の反応を見て、満足そうに揺らめき、そして消えた。
彼をよろしく、そう言い残して。
呆然と目を見開いたまま、目の端にうつるものを捉える。
テーブルの隅に充電したまま放っておかれたそれは、私愛用の携帯用ゲーム機だ。その隣に無造作に置かれたゲームのパッケージ。
――――そのタイトル名は……。
「いやああああああ!!」
両手で頭を抱えてその場に蹲る。絶叫したまま、私は目覚めた。
◇◇◇
「……はあ、はあ、はあ」
ひどい夢を見た。目を覚ますとそこは当然私の部屋。時間はまだ、夜中の3時すぎ。上半身をベッドの上に起こして、息を整えようとする。
頭がぐらぐらする。心臓もばくばくと今までにない勢いで脈打っている。そして何より冷や汗が止まらない。体中がぐっしょりと濡れているのを感じる。気持ち悪い。
「なに……今の」
思わず、ぎゅっと心臓のあたりを掴んだ。
夢。そう片づけてしまうことは簡単だ。そしてそうやって忘れてしまうことも。
……でも、多分違う。
「……マスター」
そう名乗っていた。あんなふざけた偽名を使うなんて。でも、今私のおかれている現状について、誰よりも知っているような気がした。
色々教えてくれたような気もするが、それ以上混乱に陥れてくれたように思う。イベントに対する思い違い。結界の消滅。そして、なにより。
「何周目……?」
ぼそっと、あの影のセリフを繰り返した。そこから自然と連想されるのは、あの話。
ばかばかしいと検討すらしなかった、あの話だ。
影の話から推測すれば、恐らくそういう事なのだろう。
気が付けと、わざと匂わせてきた。
「……っ」
無意識に唇をかみしめていた。震えだす体を両腕で抱きしめる。
――――どれくらいそうしていたのか。気が付けば窓の外から朝日が差し込んできていた。抱きしめた両手をそろそろとおろす。身体が鉛のように重い。
いまだ、気持ちの整理はつかなかった。
「……最悪」
全ての心情を込めた声は、誰の元にも届かなかった。
ありがとうございました。
少しずつ、伏線回収します。……そして、張ると。ぐは




