6月中旬 突撃 理事長室
こんばんは。今日もよろしくお願いします。気が付くと、投稿初めて今日でちょうど一か月。よく続いたものだと自分でびっくりです。
「あまり、進展がないのも困るし、そろそろ次のイベントへ」
◇◇◇
週明けの月曜日、生徒会室に全員集合するようにとのメールが来ていたので、放課後、悠斗と連れ立ってやってきた。
珍しいことにそこには誠司くんだけがいた。他のメンバーはまだ来ていないみたいだ。
「HRが長引いちゃって。ごめん」
「構わない。里織も奏もまだだ」
誠司くんは、とりあえず座れと言い私たちを促した。二人とも役職名が書かれているそれぞれの指定席に座る。
「彼女は、担当教員との話が終わってからくると言っていたよ」
声が聞こえて、顔を上げると兄がやってきたところだった。二人とも音楽科だから、生徒会外でも交流がある。奏さんの言葉を誠司くんに伝えて、兄も自席についた。
「ああ、どうせ話の内容は同じだろうから、先に始めよう。まずは里織、お前も聞いたか?」
兄が座り、落ち着いたところで誠司くんは話しはじめた。話を振られた兄は軽くうなずく。
「さっきね。伊織は当事者だろう? 勿論知っているよね」
「何の話?」
皆の視線が集まるがさっぱり話についていけない。
「再来週の芸術鑑賞の話だ」
「芸術鑑賞?」
はて? と首をひねる私に、その様子だと聞いていないみたいだねと兄が苦笑する。
「聞いていないって。誰に?」
「君の先生にだよ。再来週の芸術鑑賞のメインはショウコ・シュバインシュタイガーだ」
「……そうなの?」
全く聞いていない。確かに師匠は今日本に滞在中だ。だが、先週も彼女とは電話をしたはずなのだが、そんな話ちらりともでなかった。
そうか、私を驚かせてやれとかそんなことを考えたんだろうな。そういう人なのだ、うちの師匠は。
うちの学園は年に3度、芸術鑑賞という行事を行っている。芸術鑑賞は全員参加の必修だが、生徒の人数が多いため、6月に行われるものは高等部、9月に行われるものは中等部、そして11月に初等部が参加とそれぞれ別に行われるのだ。
私は高等部だから、6月に参加というわけ。
そういえば初等部のころ、そんな行事もあったような気がするが、時期も違うしすっかり忘れていた。
そしてもう一つ大事なことを思い出す。芸術鑑賞。……これイベントだ。
しかもこのイベントは大きく分けて、ディアスルート版とその他ルートの共通パート版の2種類あり、その鑑賞内容も違ったはずだ。面倒くさいので詳細はあとで思い出そう。とりあえず今はおいておくことにする。
「ごめんなさい。遅れましたわ」
1人で悶々と考え込んでいると、タイミングよく奏さんがやってきた。皆に軽く会釈して自分の席へ向かい、誠司くんに報告を入れる。
誠司くんとのやりとりで、やはり彼女も芸術鑑賞の話で先生に引き留められたのだと分かった。生徒側の仕切りをするのが生徒会だから、先に話を通されたようだ。
二人が話しているので、兄にこっそり聞いてみた。
「師匠が来るってことは、今回はピアノリサイタル?」
「そのようだよ。私もさっき担当教員から聞いたばかりだけどね」
ピアノリサイタルはゲームのどのルートでも見たことがない。要検証か。
さりげなく悠斗の方をうかがうと、目があった。軽く視線でうなずかれる。
悠斗もまた、イベントだと気が付いているようだ。
しかしリサイタルなのはいいが、再来週とはまた、えらく直前になって決まったものだ。準備とか大変そう。うんざりした顔をしていると、話が終わったらしい誠司くんが、兄の話の後を引き継いだ。
「元々水面下で交渉は行われていたようだ。開催できるか期限ぎりぎりのところまで来ていたらしく、最後はディアス理事が自ら出向いての話し合いだったらしいぞ」
そこで言葉を切ってこちらをみた。
「お前の存在をほのめかしたところ、承諾を得ることに成功したようだな。ただし、条件としてお前がその間、彼女の世話係として付くこと。だそうだ」
「……了解しました」
どちらにせよ、師匠がくるなら私も行かなくてはならない。
「お前の先生だろう? どんな人なんだ?」
「一言で言えば、変人」
言い切ると視線が集まった。それにしてもまた、彼女の世話係か。ため息がこぼれる。
彼女、ショウコ・シュバインシュタイガーは、世界的なピアニストだ。日系ドイツ人で緑茶と和菓子と娘をこよなく愛する変人。
家事の才能は壊滅的でピアノを弾く以外、本当に何もできない人だ。思いつきで行動するので、何をしでかすかわからない。
弟子である私と、彼女の娘リザは、いつもそんな彼女の世話に追い回されていたのだ。
「勿論リザも来るんだよね?」
「ああ、娘さんも一緒だと聞いている」
「そっか。直接会うの久しぶり」
彼女とも電話で話したはずだが。それもつい昨日。
母親に口止めされていたのか、リサイタルの話は全くでなかった。会ったら問い詰めてやろう。
「俺たちは基本的に、ミズ・シュバインシュタイガーの担当者の補佐という形になる。伊織、お前は専属で彼女についてくれ。こちらの事は構わないでいい。自由行動を許可する」
分かったと頷くと、隣の悠斗が質問を投げかけた。
「担当者って音楽科の先生ですか?」
「いや、あちら側の希望でディアス先生が付かれることになっている。それもあって、先生が顧問をしている生徒会が、特に準備に駆り出されることになったというわけだ」
思わず、悠斗と目を見合わせた。
ここにきてもディアスか。最近おとなしくしているなと思ったらこれだ。平和でよかったのに。どうやら、ここの所姿をみなかったのは、師匠を口説きに行っていたかららしいが、だから何故そう自由なんだ!
学園から出られない設定、どこへおいてきた。
そして何より、どうして私の師匠が彼女だという事を知っている!
「そういうことですので、彼女に失礼のないよう宜しくお願いしますね」
突然声が聞こえ全員が振り返ると、そこには案の定ディアスがいて、優雅なたたずまいでこちらを見ていた。
「失礼。悪いとは思いましたが入らせてもらいました。伊織さん、ミズ・ショウコがあなたに会いたいと言っています。来てもらえますか?」
要件を告げるディアスに誠司くんが反応する。
「今、いらっしゃるのですか?」
「ええ、タイムスケジュールの確認に来ていますよ」
ディアスが肯定すると、誠司くんはそれならと提案した。
「先生。僕たちもごあいさつに伺うべきではないでしょうか」
当然の配慮だったが、ディアスは首を振った。
「それには及びません。彼女は、できるだけ自分とかかわる人数を少なくしたいと言っています。必要があれば、僕か伊織さんを通す方がいいでしょう」
「そうですか。わかりました」
納得して、あっさり誠司くんは引き下がった。
心の中で、誠司くんを応援していた私は非常にがっかりした。ディアスと二人になんて絶対なりたくなかったから、是非とも頑張ってもらいたかったのに。
ちら、と悠斗を見ると目を逸らされる。
……助けようがないってか。うん。分かっているよ。ちょっとアピールしてみただけさ。
確かにあの師匠なら、あまり大人数とかかわりたくないとか言いそうだ。仕方ない。
逃れられないことを悟った私は渋々立ち上がった。終わった後はそのまま帰っていいそうなので、帰り支度をする。
筆記具を鞄にしまっていると、兄から「先生によろしくね」と言われた。
顔見知り程度ではあるが、兄も勿論私の師匠を知っている。一緒に来てくれないかなと期待したが、私はお呼びじゃないと思うよと言われ諦めた。
うん。分かっている。兄が正しい。
用意ができたので「お待たせしました」と声をかけ、鞄を抱えてディアスと共に生徒会室を出た。
◇◇◇
「伊織さん」
生徒会室を出た途端、ディアスが耳元でささやいた。私の弱いあのトーンで。二人になったら絶対どこかでやってくるだろうとは思っていたが、まさかこんなに早く実行してくるとは思わなかった。思わずうひゃあと変な声をあげてしまう。
「せ……先生。分かっていてやっているでしょう」
耳を押さえ、真っ赤な顔で抗議すれば、非常に楽しそうな顔をするディアスがいた。
「あなたに会うのもずいぶん久しぶりでしたので、つい。僕の声が弱点だなんて、かわいらしいことも聞いてしまいましたし」
利用か! 利用するのか!
「止めてください」
「嫌です」
強く訴えてみるものの軽く拒否される。
しまった、やっぱりこいつに言うんじゃなかったと思っても後の祭りだ。選択を間違えたか。
「大丈夫です。二人の時にしかしませんよ」
他の男にあなたのこんな顔見せたくありませんしね、そううっとりとした表情でいうディアスが怖い。
ルート攻略している気は毛頭ないし、避けまくっていると思うのだが、どんどん勝手に好感度上がっていってないか。私何かしたっけ。
「セクハラで訴えますよ」
悪魔相手に何を言っているのだろうと思いつつも、一応は釘を刺す。
ディアスルート行ってないだろうな。
……思わず今までの事を思い返してしまった。
歌はないし、ピアノだってあの合奏の時の一回きりだ。イベントというほどのイベントは行っていないし、ゲームの展開とは違い、ほとんど接点もない。
それなのになぜか会うたびに、彼の私に向ける視線や表情が真剣みを増してきている気がするのだ。
これがいわゆる主人公補正だとしたら、冗談抜きで止めてもらいたいと心底思う。
「それは怖い。気を付けましょう」
まるで本気にしていない様子のディアスにため息がこぼれる。
そうして連れてこられたのは、理事長室というプレートが掲げられた部屋。
まさか、こんな展開で訪れる羽目になるとは。
ゲームでは終盤、ディアスの正体を知ってからの訪問となる。それまでは先輩面しているのだから来ることなくて当然か。
「理事長室ですか」
「ええ、伊織さんは初めてでしたね。ミズ・ショウコがピアノを思い切り弾きたいとのことでしたので、こちらに案内したのです。グランドピアノがあるという話を覚えていますか?」
「はい」
前に、それで理事長室に誘われたから覚えている。
「理事長室の奥の部屋が、専用の音楽室です。ピアノが弾けるように防音にしてあります。今も彼女が弾いていると思うので気を付けてください」
そう言って、理事長室のドアを開けて入るよう促される。覚悟を決めてそろそろと室内へ足をすすめた。
後ろの方でドアの閉まる音が聞こえる。
理事長室は、大体想像通りだった。来客用のソファと椅子。執務机もあるが机の上は綺麗に片付いている。かなり広めではあるが、この巨大な学園を総括する理事長兼校長ということだから、これくらいで普通なのかもしれない。
執務机の後ろ側には防音扉が見えた。あの奥がディアスの言っていた音楽室か。
「案内しますよ。行きましょう」
防音扉の方を見たことに気が付いたのだろう。ディアスが先に立ってそちらに歩いていく。あわてて後を追いかけた。
扉の前についたディアスは、おもむろにドアを開けた。途端音の大洪水に見舞われる。合図もなにもしなくていいのかと、思わず彼を見たが、彼は黙って首を振った。それだけで何となく事情を察した。
おそらく集中すると何が起こっても気づかなくなるから、勝手に入ってこいと言われているのだろう。師匠が言いそうなことが簡単に思い浮かぶ。軽くうなずいて、扉を閉めた。
師匠はやはり集中していたようだ。一心不乱にピアノを弾いている。その隣に座っていた金髪碧眼の少女が、こちらに気が付き小さく手を振ってきた。
師匠の娘のリザ。話し方はぶっきらぼうだが、根はやさしい2つ年下の女の子。師匠は彼女を女手一つで育てているため、長距離移動のときは必ず共に連れている。彼女も私と同じ、師匠の弟子。ショウコ師匠は弟子を二人しかとっていない。
リザは立ち上がるとこちらへやってきた。ポニーテールにした金髪がふわふわ揺れる。
『イオリ』
久しぶり、と抱きつかれる。私も抱きしめ返して笑いあった。
『リザ。言ってくれたらよかったのに』
『母さんが秘密にしとけって。あの人のいう事に逆らえるわけがない』
くいっとピアノを弾く師匠の方を見る。鬼気迫る表情で鍵盤を見据える彼女を見て思わず顔がほころぶ。話は、師匠が弾き終わってからだ。師匠のピアノを聴き逃すなんて、そんな勿体ないマネできるわけがない。
ディアスも含めた私たち3人は、それから師匠のピアノがひと段落する30分の間、壁にもたれかかりながらも無言で至福の時を過ごした。
たとえ隣にディアスがいようとも師匠のピアノは癒される。師匠にがっかりされたくない。改めて、もっとピアノを頑張らないとなと思ったのだった。
ありがとうございました。




