変える未来
相手が男性で、しかも顔が良いからという理由で最初から疑うのはやっぱり悲しいものだ。
だけど空耶は本当にわたしの事が好きだと言ってくれているのだと分かり、疑ったり拒んだりする理由がなくなった。
どうやら嘘を言えないらしいその性格(というよりも習性だろうか?)は男性不信気味なわたしに大きな安心を与えてくれるだろう。
それに相手がエロオヤジだろうと恐怖の鬼男だろうと、好意を抱いてもらう事自体は素直に嬉しいものだ。
けれど―――彼は人間でありながら魑魅を統べる長。いつ残酷非道な面が押し出されるか分からない危険人物でもある。
それが鬼だった頃の名残なのだとしたら「努力」で改善されるようなものなのだろうか……。
ん?
あれ?
もしかして……。
「空耶、提案があるんだけど―――」
残忍性を抑える事が出来たなら。
きちんとしたお付き合いを望んでくれるなら。
わたしは空耶を受け入れる事が出来るかもしれない―――。
それから数ヶ月経過した、桜が舞う小春日和のお昼。
わたしは空耶と二人でお花見に来ていた。
桜ばかりに覆われた小高い丘を一気に駆け上ると、眼下一面に桜、桜、桜。
薄桃色がいっぱいに広がって、柔らかな陽射しと丘をそよぐ風があたたかな気分を誘う。
早くこの景色を空耶にも見せたいと思うのに彼は未だ斜面の途中で、青い空に溶け込むような桜に見惚れているようだ。
「遅いよー、空耶!」
「ああ、すまん」
わたしに向けられる、ふわりとした微笑み。
「!」
「ん、どうした?」
思いがけないほど柔らかな表情に胸が高鳴ってしまった……なんて恥ずかしくて言えない。
のんびりと歩を進めながら隣にやってきた空耶の口元には、柔らかな微笑みが湛えられている。
桜に彩られた美形の穏やかな笑みなんて破壊力が強すぎて、顔を伏せて「なんでもない」と誤魔化すしかない―――が、下顎に親指を掛けられ、くいと上を向かされてしまった。
「ほら、顔を上げろ。花より団子とは言うが、俺は花より葵に見惚れているんだからな」
「ぐはッ!」
あああああ、甘い! 甘過ぎる!!
いつもはキツめの切れ長な瞳が下がって優しげにわたしに向けられている。脳が沸騰しそう。
わたしが空耶と「お付き合い」するためにした提案、それは「王珠ちゃんからの力を受け取らない」ということだった。
もしかしたらその力こそに彼の性質が左右されているのでは―――鬼としての残忍さが力そのものから引き出されているのではないか―――と考えたからだ。
あの時は我ながら妙案だと軽く口にしてしまったけど、今考えるとかなり無理なお願いだったと思う。
だって、力の源を失えば魑魅の首領としての今までの生き方を変えなければいけないのだから。
でも空耶は「そんな事で良いのなら」と、躊躇いなくその地位を王珠ちゃんに明け渡した。
結果、彼は少しずつではあるが変わってきたように思う。
こんな風に優しい表情で微笑むようになったのが良い証拠だ。
ぼおっと突っ立っていたら、花見でほろ酔いになったオジサンに声を掛けられた。
「おねーちゃん、かわいいねぇ……っイテテテ!!」
肩に回されそうになったその腕を空耶が無言で素早く捻りあげていた。
ガタいの良い空耶に上から睨み下ろされたオジサンは悲鳴を上げる。
「空耶、止めてね」
「……分かった」
あっさり手を離しながらも、一気に酔いが醒めたらしいオジサンが足早に立ち去るのを眉間に皺寄せ睨みながら見送る空耶。
未だにこんな風に加減を知らなかったり、強引なところも残っているけれど以前のような無茶苦茶なものではない。言えば分かってくれる。
大きな成長だと嬉しく思いながら見上げてみるが、なぜかムスっと不機嫌そう。
「葵がスカートなんか穿いてくるからいけないんだ」
「……気付いてたんだ?」
実は、今日は滅多に穿かないスカートで折角のデートを演出していた。今まで女らしさの欠片もなかったわたしには一大決心だった。空耶が変わってきたようにわたしも確実に変わりはじめているけれど、それをダメ出しされると流石に凹む。
「当たり前だ! だからそんな可愛い格好は俺以外には見せるな!」
「か、可愛いとか大声で言うなーーッ!」
「ふ。その照れ隠しのストレートパンチも可愛いぞ!」
―――こんな感じで、存分におバカなカップルぶりを発揮しています!
それから、17年が過ぎ……。
「Hello! 葵サン♪」
「あ、いらっしゃーい」
手土産に人気店のケーキを携えた焔星くんがリビングに入ってきた。
あの頃より外見的に少しだけ成長した彼は、今ハタチ位に見える。
「出たな車尾! 貴様、勝手に家にあがるなとあれほど……!!」
「そーゆー怖い顔するパパは嫌いだなぁ」
「う……。菫はパパより車尾の味方なのかぁぁ。葵ぃぃ」
空耶はというと年相応に老け、だいぶ人間としての常識を身に付けはしたが「純粋」という点ではあまり変化がなく、今年16歳になるわたしたちの娘、菫に良いようにあしらわれ、ヘタリとうなだれながらわたしに泣きついてきた。
「はいはい、空耶はそろそろ子離れしなきゃね。菫と焔星くんは部屋に行ってなさい」
空耶がいるとゆっくり話も出来ないだろうし。
―――と、こんな風に幸せだけど少し普通じゃないわたしたちの家庭の話はまた別の機会に!
「鬼と私」シリーズ第2部「鬼ごっこは命がけ」はこれで完結となります。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
今後、第3部として菫を主人公とした話に突入予定です。
活動報告やTwitterで続きに関する情報をあげていこうかと思いますので、よろしければ今後ともお付き合いお願いいたします!