芽依はイエローヌバックを愛している。
「じゃあさ……私が智樹の家に泊まったら、どうなるのかな?」
「……え?」
その言葉の意味を探ろうと考えた矢先――机の上で、スマホが短く震えた。
<<メッセージ:芽依>>
二人同時に俺のスマホを覗き込む。画面に映った名前を見て、俺と青路は何も言わずに視線を交わす。
「彼女から来てるよ?」
「……分かってる」
俺は杏仁豆腐から手を離し、スマホを手に取る。
『今日友達に美味しいケーキ屋さん教えてもらってん!』
『ケーキ持って、お家に行っちゃダメかな……??』
『一緒に食べたいなって』
メッセージに続いて送られてきたのは、ケーキの箱を持ってポーズをとる芽依の姿だった。
「……いや、もう買ってるじゃん」
「何を??」
思わず口を突いて出た俺のツッコミに、青路が杏仁豆腐を食べながら答える。
「ケーキ」
俺がスマホ画面を向けると、青路は食い入るようにそれを見つめる。
「……え、買えたの? ここ、すっごく並ぶんでしょ?? 補充のタイミングも公開しないし」
ほうほう、そんなに美味しいのか。
「俺にはこのケーキがあるから。定食の杏仁豆腐はそのまま、青路にくれてやるよ」
「彼女の功績で偉そうにして……恥ずかしくないの?」
青路はしかめっ面で、杏仁豆腐を口に入れた。
* * *
午後の講義は無いので、昼ごはんを済ませた俺は青路と別れて駅へ向かう。
待つこと数十分。出口の階段から吐き出される人混みに混じって……栗色のウェーブボブがフワフワと揺れていた。
「ごめんっ! 遅くなったぁ~!!」
「なってないよ。連絡通りに着いてるじゃん」
芽依こと――俺の彼女、黄瀬 芽依は華奢な身体に大きなリュックを背負い、ケーキの箱を慎重にぶら下げて『ゴッゴッゴ……』と足音を立てて駆け寄ってくる。
目の前で立ち止まった芽依は、俺を見上げてニッコリとほほ笑む。
「トモ君、聞いて? ……リュックサック、めっちゃ重い」
「うん、足音で分かった」
んふーと笑う芽依は、ブーツの踵をゴンゴンと鳴らす。
「その靴も重いだろ」
「暑くなったら履けへんし、少しでも履いておきたいやん? 似合ってるやろ?」
そう言って芽依は両手を広げてアピールするけれど。……足に注目させたいなら、そのポーズはたぶん違う。
「似合ってるし、可愛いよ。とりあえずリュック貸せ。持つから」
「いいの? トモ君、おっとこまえー♪」
芽依のリュックサックは予想より軽かった。
そんな彼女を自転車のサドルに座らせて、俺が横からハンドルを持って押す。変な体勢で駅からの道を歩き出すと、風に揺れるウェーブのかかったボブが、彼女の頬にふわりとかかる。
「……いきなり誘って、ゴメンな」
「全然いいよ。というか、そんなに遠慮しなくて良いから」
「ううん、トモ君違うで。これは遠慮やなくて、彼女としての配慮というもんやねん」
芽依はそう言って、俺が背負う自分の鞄に目をやる。
「……やっぱこれ、ウチが背負った方が良くない?」
「いや、バランス崩すと危ないからダメ」
冒頭の通り、俺たちは変な状態なのである。芽依は俺と自転車、交互に目をやりハッとしたように口を開いた。
「今のウチら、将軍様みたいやね?」
「……ごめん、よく分からない。どういう事だ?」
俺の理解は全く進んでいないが、彼女は自分で言ってツボに入ったらしく、笑いを堪えきれずに吹き出した。
……いや、早く解説してくれ。
ひとしきり笑った芽依は、妙に真剣な顔で解説を始める。
「まずな、この自転車が馬やとするやろ?」
一人暮らしを始めてから買った、中古の自転車は馬らしい。
「で、うちが将軍様。馬に乗ってる」
自転車だけどな。
「トモくんが……えっと……あれ? 何て言うんやろ?」
将軍の馬を引く人か? なんだっけ……馬廻りだったか?
一緒になってしばらく考えていると、芽依は首を傾げつつ俺を見た。
「……奴隷?」
「なんでやねん」
二人揃って笑う。奈良出身の母の影響で、芽依の関西弁はどこか中途半端だ。そんな彼女の口調が、日常の中でジワジワと……俺に感染してきている。
「あ、でもな? トモ君」
「ん?」
「『なんでやねん』のイントネーションが違う」
「そうなん?」
「それも違う」
俺は家に着くまで、関西弁講座を受ける羽目になった。
「何で言えへんの!? おかしない?? 普段もしかしてウチの話聞き流してる!?」
「聞き流してない。芽依だって、変なイントネーションの標準語になるだろ? それと一緒」
芽依は真顔でボソリと言う。
「……え。私、標準語ちゃんと話せてないの?」
「話せてへんで?」
俺たちは、エセ標準語と、エセ関西弁のカップルらしい。




